主文
1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は,債権者の負担とする。
事実及び理由
第1 申立て
1 債権者が,債務者に対し,債務者会社A運輸区に所属する主任運転士1級としての業務に従事する労働契約上の地位にあることを仮に定める。
2 債務者が平成12年10月26日付けで債権者に対してなした別紙処分目録記載の命令の効力を停止する。
第2 事案の概要
1 本件は,債務者に列車の運転士として雇用されていた債権者が,列車の手歯止めを撤去しないまま出区してしまうというミスを犯し,運転士としての適格性について審査を受けた結果,他職適であり,出向年齢にも達しているとして,債務者から出向を命ぜられたが,かかる命令は,出向命令権の濫用であり,不当労働行為にも該当するなどとして,申立てのとおりの仮処分命令を求めるものである。
2 争いのない事実及び審理の全趣旨により容易に認められる事実
(1) 債務者は,日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)が昭和62年4月1日,分割・民営化され,東海地方を中心にして,東海道新幹線をはじめとする旅客鉄道輸送等を業とする株式会社として設立されたもので,肩書地に本社,名古屋市に東海鉄道事業本部,東京都に新幹線鉄道事業本部,静岡市,大阪市に支社,津市,飯田市に支店をそれぞれ置き,現在社員総数約2万2000名を擁する会社である。債務者のA運輸区は,昭和62年4月1日に国鉄が分割・民営化され,JR各社が設立された際,A運転区として設置されたものであり,平成元年2月1日にA車掌区と統合され,A運輸区となった。
A運輸区は,合計約150名の社員で構成されており,トップの区長は,区業務全般の管理及び運営を職務内容としている。
(2) 債権者は,昭和21年t月u日生まれ(平成12年10月26日当時54歳)であり,A市立C中学校卒業後,昭和37年3月から昭和40年11月までA市内の農機具会社で働き,昭和40年12月,国鉄に臨時雇用員として採用され,同時にA機関区に整備係として配属された。債権者は,昭和42年1月,国鉄のA機関区の準職員(整備係)として採用され,昭和43年7月,A機関区の機関助士となり,昭和53年8月8日,電気機関士となった。
債権者は,昭和62年4月,債務者のA運転区の運転士(1級)として採用され,昇進試験に合格したことにより,平成3年3月,A運輸区主任運転士(2級)となり,平成11年3月,A運輸区主任運転士(1級)となった。
主任運転士の職務内容は,「運転士の業務及び指導並びにその計画・調整業務,動力車の運用に関する業務,指定された者は車両技術主任の業務,指定された者は主任車掌の業務,その他上長の指示する業務」を所管すると定められている。
(3) 国鉄時代には,D1労働組合協議会,D2労働組合連合会が存在した。昭和62年9月,D2労働組合が結成され,債権者が同組合のF地方本部の執行委員に就任した。
平成3年8月,D労働組合が結成され,債権者が同組合のF地方本部の執行委員に就任した。
(4) 平成12年9月11日,東海地方は豪雨に襲われ,名古屋市内を流れる庄内川などが氾濫し,多くの被害が発生した。債権者は,同月12日,午後0時過ぎにA運輸区に出勤したところ,鉄道にも被害が及んでおり,中央線は列車がストップし,多くの乗務員が詰所で待機していた。債権者は,出勤報告した後,午後7時ころまで職場待機となった。夕方から順次運行が再開されたが,大幅にダイヤが乱れたままであり,E駅とG駅への小運転を行い,その後,A駅構内の電車整理のための入換作業を行い,午後11時30分ころ休養に入った。
債権者は,翌13日,所定の時間(午前5時17分)までに起床し,出勤点呼を行い,E駅まで回送列車でE駅からF行きの快速列車(2702M)をA駅まで運転し,A駅で次の乗務列車でありA駅構内に留置してある列車(2710M)の出区点検を始めた。
(5) ところが,債権者は,手歯止め使用中札を収納してしまった結果,列車の手歯止めの撤去を失念し,手歯止めを撤去しないまま出区して,手歯止めを粉砕した(以下「本件ミス」という。)。そして,債権者は,A駅の上り本線に列車を据え付け,発車待ちをしていた。
その後,債権者は,H運転士と乗務を交替し,A運輸区のI区長に本件ミスの報告と謝罪をした。
債権者は,第1会議室において,同日午前9時過ぎから,J首席助役,K助役,L助役による事情聴取を受け,債権者への質問は主にL助役が行った。
債権者は,本件ミスを起こしたことに対する顛末書を記載させられ,債権者の勤務終了時刻は所定より1時間延びた。そして,本件ミスの概要を記した「機器扱い不良事故(手歯止め撤去失念)」と題する掲示が乗務員室に掲出された。
(6) 債権者は,同月14日,J首席助役及びM助役からの事情聴取を受けた。債権者は,同月18日,19日,「運転取扱心得」,「基本動作に関する教育」などの自習ないしレポートを提出した。
債権者は,同月20日,I区長と面談し,I区長に対し,運転士を継続する意思を伝えた。
債権者は,同月21日,J首席助役から,「もう一度チャンスを与える」との話を伝えられ,それ以後,自習を継続した。
(7) 債権者は,同年10月12日午前11時から11時30分まで「知識確認」規程類の筆記試験を受け,午後1時30分から1時50分まで「出区点検」の審査を受けた。
債権者は,同月13日午前11時から11時20分まで「応急処置」の審査を受け,午後1時30分から1時50分まで「非常の場合の処置」の審査を受けた。債権者は,同月16日,I区長と面談の席上,I区長から「先日の試験は,4科目とも不合格であった」と告げられた。しかし,合格点は70点と告げられたものの,債権者の得点が何点かは一切開示されなかった。
債権者は,運転士を継続したい旨再度申し出たところ,I区長から,同月18日に再審査するとの返事があった。
債権者は,同月18日,「知識確認」の筆記試験,「出区点検」の審査,「応急処置」の審査,及び「非常の場合の処置」の審査を受けた。
債権者は,上記再審査の受験後,K指導助役から「本当によくがんばった」,「最終的には上へ上げないと分からないが」と声を掛けられた。
(8) 債権者は,同月19日,区長室において,J首席助役から,前日の審査の結果につき,債権者が4科目とも合格点に達しなかったと告げられた。債権者は,J首席助役に,合格基準が何点かと質問したが,J首席助役は,これに答えなかった。債権者は,同日午後5時ころ,I区長,J首席助役及びK指導助役と面談したが,I区長から「再審査の結果,他職適ということになりました。」,「年齢的にみても出向という方向になると思う。」と言われた。
債権者は,これに対し,簡易苦情処理申告の手続をしたいとの意向を述べ,それに対し,I区長は,簡易苦情処理申告に該当するか否かを確認する旨述べた。債権者は,同月20日,N助役に苦情申告票を手渡した。
債権者は,同月24日,J首席助役から,B株式会社(以下「本件出向先」という。)O事業所への「出向予定について」と題する書面を受け取り,併せて債権者の「事故摘録」(事故の記録)を見せられた。
(9) 債権者は,同月26日,I区長から,同年11月10日付けで本件出向先へ出向させることを内容とする「事前通知」を渡され,本件出向先への出向(以下「本件出向」という。)を命ぜられた(以下「本件出向命令」という。)。債権者は,これに対し,不本意であるので,簡易苦情処理を提出したい旨述べた。債権者は,同年10月27日,簡易苦情処理申告票をA運輸区の管理者に提出し,その結果,同年11月7日,簡易苦情処理会議が開催された。
債権者は,同年10月27日,岐阜労働局長あてに「紛争解決援助」の申出をしたが,同年12月12日,岐阜労働局長は,紛争解決援助の打ち切りをした。債権者は,同月7日,本件ミスを発生させたことを原因として,債務者から訓告処分を受けた。
債権者は,上記訓告処分に対し,同月14日,地方苦情処理会議あてに苦情申告票を提出し,その結果,平成13年1月11日,地方苦情処理会議が開かれた。さらに,債権者は,同月16日,中央苦情処理会議あてに異議申立てを行い,同月22日,中央苦情処理会議が開催されたが,対立のまま同会議は終了した。
(10) D労働組合F地方本部は,平成12年12月8日,債務者に対し,「転勤,出向に関する緊急申し入れ」をし,運転事故に関する乗務停止の基準の明示,日勤再教育の場を奇貨とした組合脱退を勧誘する行為の禁止,再乗務のための審査内容及び合格基準の明示などの事項を申し入れた。
D労働組合F地方本部は,平成13年3月16日,債務者に対し,債権者に対する出向を撤回し,元職場に復帰させること,業務上の事故に関する再教育,再審査の根拠及び再審査の結果を公表すること,再教育及び再審査における組合差別の禁止などの諸事項につき,団体交渉に応じるよう申し入れた。
(11) 債権者は,本件出向により,A市内からF市内まで片道約2時間の通勤時間となっている。
債権者は,本件出向により,本件出向先において,清掃業務に従事している。本件出向後,債権者には,1日働くごとに30分の超過勤務手当が支給され,休日数の少ない分について買い上げがなされ(正確には,本件出向先における年間所定労働時間数が債務者の年間所定労働時間数を超える場合にこの差の時間数を12で除して得られた時分に対する超過勤務手当を毎月支給していること),都市手当が支給されている。
3 争点
本件の争点は,①本件出向命令が出向命令権の濫用として無効であるか,②本件出向命令が不当労働行為として無効であるか,③本件出向命令が不明確な基準による恣意的な運用によるものとして無効であるか,④保全の必要性があるか,という点にある。
(1) 争点①(本件出向命令が出向命令権の濫用として無効であるか)について
ア 債権者の主張
(ア) 債務者と債権者との間には,「60才定年に関する協定」(以下「定年協定」という。)が締結され,定年協定において,「54才に達した日以降の人事運用については,原則として出向するものとする」との条項が存在するとしても,使用者にその権能の行使は無制限に許されるものではなく,労使間の信義則に照らし合理的な判断に服さなければならないと解すべきであって,その権限は,具体的事案において当該出向の業務上の必要性の程度と当該出向によって債権者が被る不利益の程度とを厳密に比較衡量して判断されなければならないというべきである。特に本件出向命令が,業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき,労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等は,権利の濫用として無効になるというべきである(最高裁昭和61年7月14日判決(以下「東亜ペイント最判」という。)参照)。
(イ) 債務者においては,定年協定が存在はするが,その運用において,54歳に達した労働者は,自動的にすべて出向させる運用は全くなされていない。A運輸区の運転士に限定してみても,54歳を超えても現実に運転士として運転業務に従事している労働者は多数存在する。すなわち,定年協定は,現場において全く運用されていない規定にすぎないのである。
(ウ) 債権者は,昭和62年4月,債務者のA運転区の運転士(1級)に合格し,平成3年3月,A運輸区主任運転士(2級)に合格し,平成11年3月,A運輸区主任運転士(1級)に合格したベテランの電車運転士であって,主任運転士としての業務を所管してきた債権者を全く運転業務に関係のない本件出向先に出向させる業務上の必要性は皆無である。
(エ) 一方で,債権者は,本件出向により,A市内からF市内まで片道100キロメートルもの通勤距離及び片道約2時間の通勤時間を余儀なくされるという不利益を被っている。
また,債権者は,本件出向により,永年慣れ親しんだ運転士業務とは一切関連性のない慣れない清掃業務に従事させられ,肉体的・精神的にも追い込まれている。さらに,労働条件面についていえば,債権者は,本件出向により,従来からの年次休暇も債務者にいたときと比べて減少し,1日の労働時間も8時間となり,債務者と比較して30分増え,労働条件面の悪化が著しい。
(長文のため、ここでは本文の冒頭のみを掲載しています。全文はこのページの表示後に読み込まれます。原本は原本PDFをご覧ください。)
出典:裁判所ウェブサイト「裁判例検索」(https://www.courts.go.jp/hanrei/18656/detail4/index.html)。本文は同サイト掲載の判決書PDFからTaiLexi AIがテキスト化・整形したもの(正確な文言は原本PDFを参照)。判示事項・裁判要旨・参照法条は裁判所の公表どおり。