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地裁判決訴え却下

東京地判 平成19年10月25日

平成19年(行ウ)第172号 裁決取消請求事件

裁判所
東京地方裁判所
裁判年月日
平成19年10月25日 (2007-10-25)
事件番号
平成19年(行ウ)第172号
事件名
裁決取消請求事件
裁判の種類・結果
判決 訴え却下
判例集等
—
分野
行政

判示事項

厚生年金保険法に基づいて設立された厚生年金基金がその設立事業所の事業主に対して規約に基づく特別掛金の納入告知をしたところ,前記事業主からの審査請求を受けた社会保険審査会が前記特別掛金は厚生年金保健法第9章第1節の規定による徴収金には該当しないとの理由で審査請求を却下する旨の裁決をした場合において,前記基金は同裁決の取消しを求める訴えの原告適格を有しないとされた事例

裁判要旨

厚生年金保険法に基づいて設立された厚生年金基金がその設立事業所の事業主に対して規約に基づく特別掛金の納入告知をしたところ,前記事業主からの審査請求を受けた社会保険審査会が前記特別掛金は厚生年金保健法第9章第1節の規定による徴収金には該当しないとの理由で審査請求を却下する旨の裁決をした場合につき,同法169条及び同条が準用する91条の「不服がある者」には原処分をした保険者である厚生年金基金自身を含まないから,前記基金は,そもそも裁決行政庁に対して審査請求をする権利を有しておらず,前記審査請求について実体審査を求める利益を有していないところ,一般に審査請求を却下した裁決には拘束力がないため,前記特別掛金は厚生年金保健法第9章第1節の規定による徴収金に含まれると主張する前記基金は,これと異なる判断をした前記裁決にかかわらず,前記特別掛金につき,同法141条1項,86条5項に基づく滞納処分をするために厚生労働大臣に対して同法141条3項に基づく認可の申請をすることができ,前記裁決によってその権利が侵害されたということはできないから,前記基金は前記裁決の取消しを求める訴えの原告適格を有しないとした事例

主文

1 本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

裁決行政庁が平成18年10月31日付けで平成18年(厚)第77号及び第87号事件についてした各裁決をいずれも取り消す。

第2 事案の概要

本件は,厚生年金保険法に基づいて設立された厚生年金基金である原告が,その設立事業所の事業主である株式会社A及び株式会社Bに対して,規約に基づく特別掛金(以下「本件特別掛金」という。)の納入告知をしたところ,同会社らがその取消しを求めて,それぞれ審査請求(以下「本件各審査請求」といい,これらを行った同会社らを,以下,併せて「本件各審査請求会社」という。)をし,裁決行政庁が,本件特別掛金は不服申立ての対象となる国税徴収の例による徴収が認められる厚生年金保険法第9章第1節の規定による徴収金には該当しないとして,平成18年10月31日付けで本件各審査請求をいずれも却下するとの各裁決(以下「本件各裁決」という。)をしたことから,本件特別掛金は上記徴収金に該当し,その納入告知は審査請求の対象となる処分に当たるから,本件各裁決には厚生年金保険法の解釈を誤った違法があると主張する原告が,本件各裁決の取消しを求めている事案である。

なお,本件は,本案前の争点についての判断を先行させるため,弁論を終結したものである。

1 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1) 当事者等

ア 原告は,平成2年11月1日,長野県に所在する協同組合C,D協同組合,E協同組合,F協同組合又はG協同組合の組合員である事業所を主たる設立事業所とし,同事業所に使用される厚生年金保険の被保険者である加入員の老齢,死亡又は脱退についての給付を行い,もって加入員及びその遺族の生活の安定と福祉の向上を図ることを目的として,厚生年金保険法に基づいて設立された厚生年金基金である(甲1)。

イ 本件各審査請求会社は,いずれも,貨物自動車運送業等を目的とする株式会社であり,原告の設立事業所の事業主であって,本店所在地を長野県東筑摩郡α××××番地に置いている(甲1,2の1・2)。株式会社Bは,株式会社Aが株式の全部を保有する同社の子会社である(甲5)。本件各審査請求会社は,株式会社AとHとの間の運送業務契約に基づき,Hへの商品配送業務を行っていた。

本件各審査請求会社の取締役であったIは,株式会社Bについては平成17年5月9日付けで辞任し,株式会社Aについては同月25日付けで解任された(甲2の1・2)。

ウ 株式会社J(変更前の旧商号「株式会社K」)は,平成17年4月20日,本店所在地を長野県東筑摩郡α××××番地,目的を貨物自動車運送業等,代表取締役をIとして設立された株式会社である。同社は,同年6月7日,旧商号を現在の商号に変更するとともに,本店所在地を長野県松本市β××××番地28に移転した。(以上につき,甲2の3)

(2) 本件特別掛金の納入告知に至る経緯

ア 原告の規約(以下「本件規約」という。)附則17条は次のとおり規定している(甲1)。

(加入員減少事業所に係る特別掛金の一括拠出)

第17条この基金は,設立事業所の加入員の一部が次の各号に掲げる事由のいずれかに該当して減少した場合において,当該加入員の減少に伴い他の設立事業所に係る掛金が増加することとなるときは,当該増加する額に相当する額として算定した額を,当該加入員が減少した設立事業所(以下「加入員減少事業所」という。)の事業主から特別掛金として一括して徴収するものとする。

(1) 設立事業所の事業主が,会社分割(会社分割後の事業所のすべてがこの基金の設立事業所となる場合を除く。以下「会社分割」という。)を行い,当該設立事業所の加入員の一部を他の事業所に転籍させることにより,この基金の加入員の資格を喪失させた場合

(2) 設立事業所の事業主が,事業の全部又は一部の譲渡(他の設立事業所に譲渡する場合を除く。以下「営業譲渡」という。)を行い,当該設立事業所の加入員の一部を他の事業所に転籍させることにより,この基金の加入員の資格を喪失させた場合

(3) 設立事業所の事業主が,前2号以外の方法により当該設立事業所の加入員の一部を他の事業所に転籍させることにより,この基金の加入員の資格を喪失させた場合(当該加入員が他の設立事業所の加入員となる場合を除く。)

(4) 設立事業所の事業主が,やむを得ない事由として代議員会が認めた場合を除き,雇用関係を変更する行為等事業主の都合により,当該設立事業所の加入員がその資格を喪失した場合

前項に定める当該増加する額に相当する額とは,次の各号に掲げる額をいう。

(1) 未償却過去勤務債務相当額

(2) 繰越不足金

(3) 基金の保有する固定資産の時価評価額が財政運営上の評価額を下回っている場合に生ずる不足金

(4) 財政運営上の不足金

(5) 資産勘定に計上されている特例調整金

イ 本件各審査請求会社である株式会社Aの従業員210名中29名及び株式会社Bの従業員139名中14名は,いずれも,平成17年6月30日,本件各審査請求会社から各退職(以下「本件各退職」という。)をし,翌7月1日,株式会社Jに再就職(以下「本件再就職」という。)をした。

ウ 原告は,本件各退職によって生じた加入員の減少がいずれも本件規約附則17条1項3号及び4号に該当するとして,平成18年3月30日付けで,加入員減少事業所に係る特別掛金(本件特別掛金)として,株式会社Aに対し,1603万1820円を,株式会社Bに対し,331万8533円を,それぞれ一括納付するよう告知(以下「本件各納入告知」という。)をした(甲4の1・2)。

(3) 本件各審査請求及び本件各裁決

ア 本件各審査請求会社は,平成18年5月30日,裁決行政庁に対し,本件各納入告知の取消しを求めてそれぞれ審査請求(本件各審査請求)をした。本件各審査請求会社は,本件各審査請求において,本件各退職は,Iが,本件各審査請求会社のHに関係する業務を奪い取るため,株式会社Jを設立した上,本件各審査請求会社の従業員の引き抜きを行ったことが原因であって,本件各審査請求会社の都合によるものではないから,いずれも本件規約附則17条1項3号及び4号に該当しない旨を主張した。

イ 裁決行政庁は,平成18年10月31日付けで,厚生年金基金の行った処分のうち,厚生年金保険法169条の準用する91条に基づいて,裁決行政庁に対して不服申立て(審査請求)をすることができる「掛金その他この章の規定による徴収金の賦課」とは,同法141条(86条ないし89条を準用)に基づいて国税徴収の例による徴収が認められる同法第9章第1節の規定による徴収金に限られるものと解すべきところ,本件特別掛金はこれに該当しないから,本件各納入告知は審査請求の対象となる処分には該当せず,本件各審査請求は不適法であるとして,これらをいずれも却下する旨の各裁決(本件各裁決)をした。

争点

本件の争点は次のとおりであり,これに対する当事者の主張は,別紙「争点に対する当事者の主張」記載のとおりである。

(1) 本案前の争点(原告適格の有無)

本件各裁決の取消しを求めることについて,原告は法律上の利益を有するか。また,社会保険審査会(裁決行政庁)の裁決を厚生年金基金が争うことは制度上予定されているか。

(2) 本案の争点(本件各裁決の適法性)

本件各裁決には,本件各審査請求の適法性について,厚生年金保険法の解釈を誤った違法があるか。

第3 当裁判所の判断

争点(1)(本案前の争点(原告適格の有無))について

(1) 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該裁決の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該裁決により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該裁決を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該裁決によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該裁決の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。

そして,裁決の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項参照)。

(2) 上記(1)を前提として,原告が本件各裁決の取消しの訴えについて原告適格を有するか否かについて検討する。

ア 法律上の利益の有無について

(ア) 前記前提事実(第2の1)(3)イのとおり,裁決行政庁は,平成18年10月31日付けで,本件特別掛金は,厚生年金保険法169条の準用する91条の「掛金その他この章の規定による徴収金」には該当しないとの判断に基づき,本件各納入告知は審査請求の対象となる処分には該当しないとして,本件各審査請求を却下する旨の裁決(本件各裁決)をしたものである。

ところで,一般に,審査請求を却下した裁決には拘束力が生じないと解され,原告も本件各裁決の判断に拘束されることはない。そうすると,原告は,本件特別掛金が同法第9章第1節の規定による徴収金(特に,同法138条5項の特別掛金)に含まれるとの前提に立っているのであれば,本件各裁決にかかわらず,国税滞納処分の例による処分(以下「滞納処分」という。)(同法141条1項,86条5項)をするため,厚生労働大臣に対し,その認可を受けるための申請(同法141条3項)をすることに何ら妨げはないものというべきである。

この点に関して,原告は,厚生労働大臣の所轄の下に置かれた裁決行政庁が本件各裁決をしている以上,本件特別掛金について滞納処分の申請をしても厚生労働大臣によって認可される可能性はないと主張する。しかし,裁決行政庁の委員は独立してその職権を行使するものとされており(社会保険審査会法(以下「審査会法」という。)20条),本件各裁決の具体的な判断に厚生労働大臣の指揮命令が及んでいるとみることはできないし,逆に,本件各裁決には厚生労働大臣の判断に対する拘束力がないのであるから,上記のような申請が認可をされる可能性がないということにはならない。加えて,仮に上記のような申請に対して厚生労働大臣が認可をしなかったとしても,原告は,その取消しを求めて抗告訴訟(行政事件訴訟法3条1項,2項)を提起し,その訴訟の中で本件特別掛金が厚生年金保険法第9章第1節の規定による徴収金(特に,同法138条5項の特別掛金)に含まれ又はこれと同視できることを主張することができる。

したがって,原告は,本件各裁決によってその権利が侵害されたということはできない。

(イ) 一般に,審査請求に対して却下の裁決がされた場合,当該裁決に拘束力がないことは上記(ア)でみたとおりであるが,当該裁決それ自体によって自己の権利が侵害されたとはいえないときでも,原処分によって権利が侵害され,その侵害状態の回復を求めるために,なお当該審査請求について実体審査を求める利益がある場合には,かかる利益は法律上保護された利益であるといえる。そして,このような利益を有する者は,当該裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有すると解される。しかし,厚生年金保険法169条及び同条が準用する91条の「不服がある者」とは,原処分からの救済を必要とする者,すなわち,原処分により自己の権利を侵害されたとする厚生年金基金の設立事業所の事業主等をいい,原処分をした保険者(厚生年金基金)自身を含むものでないことは明らかである。すなわち,厚生年金基金である原告は,そもそも裁決行政庁に対して審査請求をする権利を有しない者なのである。この点に関して,審査会法は,裁決行政庁が必要があると認めるときは,利害関係のある第三者を当事者として審査請求の手続に参加させることができると規定し(34条),この利害関係のある第三者には,原処分の取消しの裁決がされた場合に権利利益を侵害される保険者(厚生年金基金)も含まれると解される。とはいえ,審査会法が利害関係のある第三者に審査請求の手続への参加を認めた趣旨は,審査請求適格を有しないが裁決の効力によって自己の権利利益を侵害され得る者に当該審査請求の手続への参加を認め,もって適切公正な審査を行うという裁決行政庁の設置目的を達成するためであって,厚生年金基金の実体審査を求める利益を法的に保護された利益として肯定した趣旨とは解されない。さらに,仮に,裁決行政庁が,本件各審査請求について実体審査を行い,原告が求めるとおり,本件特別掛金が厚生年金保険法第9章第1節の規定による徴収金(特に,同法138条5項の特別掛金)に含まれ,又はこれと同視できると判断して,本件各審査請求を棄却したとしても,当該裁決は,原告が本件特別掛金について滞納処分の認可申請をした場合において,厚生労働大臣の判断を拘束するものではないから,この意味においても,原告には,本件各審査請求について実体審査(ひいては棄却の裁決)を求める法律上の利益はないというほかない。

したがって,原告が本件各審査請求について実体審査を求める法律上の利益はなく,このような観点からも,原告は本件各裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しているとは認められない。

(ウ) そうすると,原告は,本件特別掛金の各納入告知(本件各納入告知)は審査請求の対象となる処分に該当し,本件各審査請求は適法であるから,本件各裁決には厚生年金保険法の解釈を誤った違法があると主張するが,裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる原告の利益というものは,本件においては,全くこれを観念できないか,又はその利益は反射的な利益若しくは事実上の利益にすぎないといわざるを得ない。

(エ)

以上によれば,原告は,本件各裁決により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者には当たらないから,本件各裁決の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」ということはできず,本件各裁決の取消訴訟を提起する原告適格を肯定することはできない。

イ

社会保険審査会(裁決行政庁)の裁決を厚生年金基金が争うことは制度上予定されているかについて

上記アのとおり,原告は本件各裁決によってその権利義務に影響を受けないのであるから,厚生年金基金が裁決行政庁の裁決を争うことが制度上予定されているか否かについて判断するまでもなく,原告には原告適格が認められない。

よって,その余の点について判断するまでもなく,本件各訴えはいずれも不適法であって却下を免れないので,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第2部

大門匡

裁判長裁判官

田徹

裁判官

吉堀内元城

裁判官

(別紙)

争点に対する当事者の主張

(1) 本案前の争点(原告適格の有無)について

ア 本件各裁決の取消しを求めることについて,原告は法律上の利益を有するか。

(原告の主張)

本件各裁決は,本件特別掛金は厚生年金保険法141条(86条ないし89条を準用)に基づいて国税徴収の例による徴収が認められる同法第9章第1節の規定による徴収金には該当しないとして,本件各審査請求を却下したものであるから,これを前提とする限り,原告は本件各審査請求会社に対して滞納処分を行うことはできない。

また,滞納処分をするためには厚生労働大臣の認可を受ける必要があるが(同法141条3項),厚生労働大臣の所轄の下に置かれた裁決行政庁が本件各裁決をしている以上,滞納処分の申請が認可される可能性はないから,原告が本件各審査請求会社に対して滞納処分を行うことは事実上不可能である。

したがって,本件各裁決は,掛金及び徴収金の徴収が適正,確実かつ能率的に行われることについて利害関係を有している原告の権利利益を侵害し,ひいては原告の財政並びに他の基金加入者及び受給権者等の受給権に大きな影響を与えるものである。

そして,行政事件訴訟法9条2項は裁決の名宛人以外の第三者であっても原告適格を肯定し得る場合があることを前提としているから,原告が本件各裁決の名宛人でないことをもって原告適格を否定することはできない。

よって,原告は本件各裁決の取消しを求める法律上の利益を有する。(被告の主張)

原告は,本件各裁決の名宛人ではなく,そもそも裁決行政庁に対して本件各審査請求の実体審査を求めることができる地位にないのであるから,本件各裁決の取消しを求める法律上の利益を有しない。

なお,裁決行政庁に対する審査請求は原処分の執行を停止しないから(社会保険審査官及び社会保険審査会法(以下,本別紙において「審査会法」という。)35条1項),仮に本件特別掛金が厚生年金保険法第9章第1節の規定による掛金その他の徴収金に該当するとすれば,原告は,本件各審査請求にかかわらず,本件各審査請求会社に対し,国税滞納処分の例による処分(以下,本別紙において「滞納処分」という。)を行うことができる(同法141条,86条ないし89条)。そして,原告が滞納処分を行った場合,本件各審査請求会社は取消訴訟を提起することができるが,原告はその訴訟の中で本件各納入告知の適法性を主張することができる。このように,原告は本件各裁決によっていかなる不利益も受けていないのであり,原告が主張する不利益は事実上又は反射的なものにすぎない。裁決行政庁が本件各納入告知について疑義を呈したことについて原告に不満や不安があったとしても,それについて法的保護を求めることはできない。

イ 社会保険審査会(裁決行政庁)のした裁決を厚生年金基金が争うことは制度上予定されているか。

(原告の主張)

厚生年金基金は主として民間企業がその被用者のために自主的に設ける企業年金であって,厚生年金保険法は事業主に厚生年金基金の実施を義務付けていない(同法110条)。また,国民健康保険法4条が保険事業の健全な運営に関する国の努力義務や都道府県の指導義務を規定しているのに対し,厚生年金基金についてはそのような規定を設けていない。さらに,厚生年金基金は,一般私保険における事業者と同様,自らの責任と計算で掛金等を徴収して収入とし,又は年金給付義務を負担し,とりわけ企業独自の立場から代行部分に上積みされる部分(加算部分)の支給をしているのであり,保険事業経営による経済的利益を目的とし,経済的関係について固有の利害関係を有することからして,極めて私的な性格を有しているといえる。

よって,厚生年金基金は,国民健康保険事業における市町村等とは異なり,専ら法の命ずるところにより国の事務である保険事業を実施するという行政作用を担当しているわけではなく,行政主体としての地位にない。さらに,裁決行政庁は,委員の身分が保障され(審査会法24条),委員は独立して職権を行使し(同法20条),審理は原則公開とされ(同法37条本文),当事者等の口頭による意見陳述が認められ(同法39条1項),証拠調べの方法が定められ(同法40条),行政不服審査法の手続規定の適用が排除されている(厚生年金保険法169条,91条の2)など,保険者と被保険者その他の利害関係人との間の紛争を第三者的な立場から処理する裁定機関としての実質を有している。

したがって,裁決行政庁と厚生年金基金とは一般的な上級行政庁とその指揮監督に服する下級行政庁の場合と同様の関係に立つものではなく,裁決行政庁のした裁決に優越的効力は認められないから,原告は本件各裁決について取消訴訟を提起する原告適格を有する。

(被告の主張)

厚生年金基金は,老齢厚生年金の給付(厚生年金保険法130条1項)等の行政処分を行うことを業務としており,この限度では,給付行政の担い手としての行政主体たる性質を有している。また,社会保険審査会制度は,厚生年金基金等の被保険者及び事業主の不服に対する簡易迅速な救済のために制度設計され,立法化されたものである。

そうすると,厚生年金保険法上の保険者である原告は,裁決行政庁との間では,一般的な上級行政庁とその指揮監督に服する下級行政庁の場合と同様の関係に立ち,処分の適否については裁決行政庁の裁決に優越的効力が認められ,保険者はこれによって拘束されるべきことが制度上予定されているとみるべきである。

よって,原告は,本件各裁決について取消訴訟を提起する原告適格を有しない。

(2) 本案の争点(本件各裁決の適法性)について

(被告の主張)

厚生年金保険法は,第9章第1節の規定による徴収金について,国税徴収の例による徴収を認め,他方で,裁決行政庁への審査請求という簡易迅速な紛争解決,救済の途を開いている。このように,一般の私債権の場合と異なり,例外的な権利実現方法と不服申立手続を定めている法の趣旨及び目的に照らすと,その対象となるのは,厳密に同法第9章第1節の規定による徴収金に限定されるものと考えるべきである。

この点,同法第9章第1節において一括して徴収することができるとされる掛金は同法138条5項及び6項の「掛金」に限られるところ,本件特別掛金は,厚生年金基金の規約制定権(同法115条)に基づいて規定された本件規約に基づく通常の金銭債権にすぎず,国税徴収の例による一括徴収が認められた上記「掛金」には該当しない。

また,本件規約附則17条1項3号及び4号が規定する加入員の減少を厚生年金保険法138条5項の「設立事業所が減少する場合」と同視し得べき場合が想定されないではなく,そのような場合における特別掛金については,厳密には同項の規定による「掛金」ではないが,実質的には同項の規定による「掛金」とみなすことを可能とする余地があり得ないではない。しかし,裁決行政庁としては,処分時(平成18年3月30日)までの一連の経緯を対象として,「設立事業所が減少する場合」に該当するか否かの評価を行うことになるところ,本件各退職及び本件再就職について,これを肯定し得るに足りる的確な資料は存在しなかった。

よって,本件特別掛金の各納入告知(本件各納入告知)は審査請求の対象となる処分に該当せず,本件各審査請求はいずれも不適法であるから,本件各裁決には厚生年金保険法の解釈を誤った違法はない。

(原告の主張)

厚生年金保険法138条5項が,厚生年金基金の設立事業所が減少する場合において,当該減少に係る設立事業所の事業主から特別掛金を一括徴収すると定めた趣旨は,厚生年金基金の設立事業所の脱退等に伴い,財源不足を来たし,他の設立事業所に係る掛け金が増加することとなるような場合に,厚生年金基金から脱退した設立事業所の加入員及び元加入員において,財源不足を厚生年金基金に残った他の設立事業所の事業主又は加入員に負担させることになるにもかかわらず,自らは減額されることなく年金等の給付を受けることは不公平であるとの観点から,設立事業所間の公平を図るため,厚生年金基金から脱退する設立事業所の事業主に対し,同事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足を填補するよう求め,もって受給権を確保しようとしたことにある。

この点,本件規約附則17条1項が,「設立事業所の事業主が,当該設立事業所の加入員の一部を他の事業所に転籍させることにより,この基金の加入員の資格を喪失させた場合」(同項3号)及び「設立事業所の事業主が,雇用関係を変更する行為等事業主の都合により,当該設立事業所の加入員がその資格を喪失した場合」(同項4号)に,当該加入員が減少した設立事業所の事業主から特別掛金を一括徴収すると規定したのも,上記と同様の趣旨によるものであるから,本件規約附則17条1項3号及び4号に基づく特別掛金は厚生年金保険法第9章第1節の規定による徴収金(特に,同法138条5項の特別掛金)に含まれると解すべきである。

また,仮に本件規約附則17条1項3号及び4号に基づく特別掛金が一般的にみて厚生年金保険法第9章第1節の規定による徴収金(特に,同法138条5項の特別掛金)に該当しないとしても,本件各退職及び本件再就職が実質的には本件各審査請求会社の都合による解雇と株式会社Jへの転籍であるという実態(特に,株式会社Aについては,平成18年10月31日までに,同社に残っていた従業員全員(株式会社Bに再就職した1人を除く。)が株式会社Jに再就職している。)にかんがみると,これを「設立事業所が減少する場合」(同項)と同視して,本件特別掛金を同項の特別掛金とみなすべきである。

よって,本件特別掛金の各納入告知(本件各納入告知)は審査請求の対象となる処分に該当し,本件各審査請求はいずれも適法であるから,本件各裁決には厚生年金保険法の解釈を誤った違法がある。

出典:裁判所ウェブサイト「裁判例検索」(https://www.courts.go.jp/hanrei/36498/detail5/index.html)。本文は同サイト掲載の判決書PDFからTaiLexi AIがテキスト化・整形したもの(正確な文言は原本PDFを参照)。判示事項・裁判要旨・参照法条は裁判所の公表どおり。