平成26年特(わ)第914号,第1029号
薬事法違反被告事件
平成29年3月16日宣告東京地方裁判所刑事第11部
主文
被告会社及び被告人はいずれも無罪。
理由
第1部本件各公訴事実の要旨及び争点
第1 本件各公訴事実の要旨
本件各公訴事実(平成26年7月1日付け起訴状及び同月22日付け追起訴状記載の各公訴事実)の要旨は,次のとおりである。
被告会社は,医薬品等の製造・販売等を営む会社であり,被告人は,被告会社の従業員として,A大学大学院医学研究科循環器内科学に所属する医師らにより実施された臨床試験「AStudy」(高リスクの高血圧患者を対象に,被告会社が製造・販売するアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(以下「ARB」という。)に分類される高血圧症治療薬であるB剤を追加投与する群(第1部において,以下「B剤群」という。)と ARB以外の高血圧症治療薬を投与する群(第1部において,以下「非ARB群」という。)とに分けて,脳卒中等の心血管系イベントの抑制効果を比較するもの。第1部において,以下「AStudy」という。)及びそのサブ解析について,臨床データの解析等の業務を担当していたものであるところ,被告人は,下記1,2のとおり,被告会社の業務に関し,サブ解析の結果を被告会社の広告資材等に用いるため,医薬品であるB剤の効能又は効果に関し,虚偽の記事を記述した。
1 被告人は,AStudyの主任研究者であるC1及び同研究者であるC2らとともに, ARB とは異なる種類の高血圧症治療薬であるカルシウム拮抗薬(以下「CCB」という。)とB剤との併用効果に関するAStudyのサブ解析論文(第1部において,以下「CCB論文」という。)を記述するに当たり,平成22年11月頃から平成23年9月頃までの間に,① CCBの使用期間が12か月間を超える場合をCCB投与群とし,それ以外を CCB非投与群とするとの同論文の定義に基づかないでCCB投与群とCCB非投与群とを群分けし,②AStudyにおいて確認されたイベントのうち非ARB群のイベント数を水増しし,③さらに,CCB投与群とCCB非投与群との比較においては,統計的に有意な差が出ているか否かの指標となるP値につき,上記①の群分けを前提とした解析結果にすら基づかない数値を記載するなどして,同論文に掲載する虚偽の図表等を作成した上,そのデータをC2らに提供し,C2らをして,同図表等のデータに基づいて,同論文原稿の本文に,英語で, (i)「研究期間中のCCBの使用期間が12か月間を超える場合」をCCB投与群とした旨の虚偽の記載,(ii) CCB投与群における一次エンドポイント発生率がCCB非投与群と比較して低かったなどの虚偽の記載,(iii) B剤とCCBの併用群における一次エンドポイント発生率が非ARBとCCBの併用群と比較して低かったなどの虚偽の記載をさせ,上記図表等及び上記文章を同論文原稿に掲載させ,同年1月頃から同年10月頃までの間,C2をして,京都市内又はその周辺から,学術雑誌に同論文原稿を投稿させ,同月頃,同論文を雑誌社のウェブサイトに掲載させた。
2 被告人は,C1及びAStudyのサブ解析の研究者であるC3らとともに,冠動脈疾患(以下「CAD」ともいう。)を有する高リスクの高血圧患者におけるB剤の追加投与の効果に関するA Study のサブ解析論文(第1部において,以下「CAD論文」という。)を記述するに当たり,平成23年8月頃から同年10月頃までの間に,AStudyにおいて確認されたイベントのうち非ARB群のイベント数を水増しし,同水増しを前提にCADの既往歴がある群とその既往歴がない群とに分割して解析し,虚偽の数値を記載した図表等を作成した上,そのデータをC3らに提供し,C3らをして,同図表等のデータに基づいて,同論文原稿の本文に,英語で,CADの既往歴がある被験者の場合,B剤群における脳卒中の発生率が非ARB群と比較して有意に低かった旨の虚偽の記載をさせ,上記図表等及び上記文章を同論文原稿に掲載させ,同月頃から同年12月頃までの間,C3をして,京都市内又はその周辺から,学術雑誌に同論文原稿を投稿させ,平成24年2月頃,同論文を雑誌社管理のウェブサイトに掲載させた。
なお,イベント数を水増しした時期について,公訴事実においては,平成22年11月頃以降(上記1)あるいは平成23年8月頃以降(上記2)であったかのような記載がされているが,検察官の主張は,平成26年10月8日付け証明予定事実記載書,同年11月14日付け「求釈明書に対する回答書」及び冒頭陳述によれば,イベント数の水増し行為の大部分は平成21年4月23日までにされ,そのように水増しされた試験データを基に上記記載の時期に解析をするなどしたという趣旨である。
第2 争点
本件における争点は,以下のとおりである。
(事実認定上の争点)
① 被告人は,AStudyにおける心血管系イベントの発生に関し,非ARB群におけるイベント数を水増ししたか
② 被告人がイベント数を水増ししたものである場合,それは意図的な改ざんか
③ 被告人がイベント数を意図的に水増ししたものである場合,被告人は,
CCB論文及びCAD論文(以下,これらを合わせて「本件各論文」という。)の各作成当時,当該水増しが本件各論文におけるイベント発症率等の群間比較にどのように影響するかを認識していたか
④ 被告人は,CCB論文作成に際し,CCB投与群とCCB非投与群とを一定の基準に基づかずに恣意的に群分けしながら,作成名義人となった研究者らに対し,その群分けが「CCBの使用期間が12か月間を超えるか否か」という基準でなされているとの前提で,データ解析結果を記載した図表等を提供したか
⑤ 被告人が, CCB論文作成に際し,作成名義人となった研究者らに対し,CCB投与群とCCB非投与群との比較において,統計的に有意差があるか否かの指標となるP値につき前記群分けを前提とした解析結果にすら基づかない数値を記載するなど,意図的な改ざんを加えたデータを記載した図表等を提供したか
(法律解釈等に関する争点)
⑥ 本件各論文を作成,投稿及び掲載する行為が平成25年法律第84号による改正前の医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号,同改正前の法律の題名は「薬事法」。以下「昭和35年薬事法」又は「本法」という。)66条1項にいう「記事の記述」に当たるか
⑦ 本件各論文が本法66条1項にいう「効能,効果に関する虚偽の記事」に当たるか
⑧ 研究者らがした記事(論文)の記述について,被告人が記述したといえるか(被告人に間接正犯が成立するか)
⑨ 被告人が本件各論文に係る改ざん行為に及んでいた場合,当該行為が被告会社の業務に関連するか
第2部前提となる事実
関係証拠によれば,本件の経過等について,以下の事実が認められる。
なお,各事実の認定に供した証拠のうち主要なものを後掲括弧内に記載するが,その際,公判廷における供述(公判調書中の供述部分を含む。)については供述者名を略記し(場合により公判回数を併記する。供述者名が文脈上明らかなときは,公判回数のみを記載することがある。),それ以外のものについては証拠等関係カードにおける番号(「甲」,「乙」,「弁」及び「職」は,順に,検察官請求証拠(甲),同(乙),弁護人請求証拠及び職権採用証拠を意味する。)を記載する(一部書証及び人証に付した「p」で始まる数字等は,特定の便宜のために書証各丁右下に記入された丁数又は速記録の頁数を記載したものである。)。
第1 被告会社及び被告人
1 被告会社の概要(甲233,乙1,2,17,弁112,被告会社代表者)被告会社は,昭和35年に設立された医薬品の製造・販売等を目的とする会社であり,世界各国に現地法人を置いて医薬品の製造・販売等の事業を展開しているスイス連邦法人であるD社の日本法人である。
2 被告人の経歴(甲210~212,234,乙3,4,弁112,被告人)被告人は,昭和50年にE社に入社した後,当初は医薬情報担当者(以下「MR」という。)として営業を担当するなどしていたが,その後,独学で統計解析の知識を得て,医師が主導して実施する臨床試験の支援等をするようになった。平成9年に同社のうち被告人が所属する部門が被告会社に営業譲渡され,被告人は被告会社の所属となった。
その後,被告人は,平成14年にF大学非常勤講師(無給)に委嘱されるなどしたほか,被告会社においては,平成15年頃から学術企画グループ(後記第2の3(2)参照)等のマネージャーとなり,平成21年にAStudy(後記第2の4 (1)参照)の結果が発表された後にはSCA本部(後記第2の3(2)参照)のSCA戦略企画部の担当部長となり,平成23年に定年退職した後も再雇用され,平成25年に退職した。
第2 AStudyの実施に至る経緯
1 ARBと「降圧を超える効果」
(1) B剤(甲8,9)
被告会社は,平成12年11月,「G1剤」の商品名でB剤(一般名)という高血圧治療薬(降圧剤)の販売を開始した。
B剤は,降圧剤の一種であるARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)に属する薬剤であり,ARBは,血管を収縮させる物質であるアンジオテンシンⅡが受容体に結合するのを阻害して血管を拡張させることにより血圧を下げるものである。日本国内においては,他社が既に別の ARBの販売を開始しており,B剤(G1剤)は,日本国内で3番目のARBとして販売が開始された。
なお,降圧剤の種類としては,ARBのほか,CCB(カルシウム拮抗薬),アンジオテンシン変換酵素阻害薬(アンジオテンシンⅡを作る酵素の働きを阻害して血管を拡張させることにより血圧を下げる作用を有する。以下「ACE阻害薬」という。)等がある。
(2) 「降圧を超える効果」(甲6,7,246,304)
このうち,ARBやこれと作用点が類似しているACE阻害薬については,遅くとも平成13年頃には,海外における臨床試験の結果を受け,単に血圧を下げるだけではなく,降圧を超える効果として心臓,血管等を保護する作用があるという仮説が有力に唱えられていた。
2 HStudyの実施等
(1) HStudyの実施に至る経緯等(甲218)
G1剤の販売開始当時,既に競合他社によるARBが販売されていたことから,被告会社としては,それらとの差別化を図る必要があったところ,当時,海外の大規模臨床試験においては,G1剤の降圧効果を超えた臓器保護作用が発表されるなどしていたものの,日本人を対象としたエビデンス(比較試験結果等の根拠)は発見されていなかった。
そのような中で,平成12年末から平成13年初め頃,H大学教授である医師が,被告会社に対し,G1剤を使った大規模臨床試験を実施するための支援を求め,被告会社は,大規模臨床試験によってG1剤に有利なエビデンスが発見されればプロモーション(販売促進活動)戦略の要となるものと考え,その支援を決定した(以下,この大規模臨床試験を「HStudy」という。)。被告会社は,HStudyへの支援の一環として,同教授の研究室で使用できる奨学寄附金を年間 3000万円納入することとしたほか,統計解析の知識・経験が豊富である被告人にHStudyの統計解析を支援させることとした。
(2) HStudyの実施(甲71,193~195)
HStudyは,同教授が試験統括医師となり,心血管疾患を合併した日本人高血圧患者を対象に,ARBを用いない従来の降圧治療にB剤を追加投与することが有効か否かを検討するための医師主導型の多施設比較試験として,平成14年1月に開始された。
その試験デザインとしては,PROBE(Prospective Randomized Open Blinded-Endpoint:前向き・無作為化・オープン・エンドポイント盲検)法が用いられた。また,臨床試験において治療行為の有効性を検証するための評価項目であるエンドポイントのうち主要なものを意味する一次エンドポイント(主要評価項目)は,心血管系イベント(心血管系の疾患の発症等)及び心血管死から構成される複合エンドポイントとされた。
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出典:裁判所ウェブサイト「裁判例検索」(https://www.courts.go.jp/hanrei/86751/detail4/index.html)。本文は同サイト掲載の判決書PDFからTaiLexi AIがテキスト化・整形したもの(正確な文言は原本PDFを参照)。判示事項・裁判要旨・参照法条は裁判所の公表どおり。