主文
1一審原告Bの控訴に基づき,原判決主文第2項及び第5項
中一審原告Bに関する部分を次のとおり変更する。
2(1)一審被告は,一審原告Bに対し,484万円及びこれに
対する平成26年10月16日から支払済みまで年5分
の割合による金員を支払え。
(2)・当審において拡張したものを含め,一審原告Bのその余
の請求をいずれも棄却する。
3一審被告の控訴並びに一審原告A,C及びDの各控訴をい
ずれも棄却する。
4一審原告Bと一審被告との間に生じた訴訟費用は,第1,
2審を通じ,これを5分し,その2を一審原告Bの負担とし,
その余を一審被告の負担とし,一審被告のその余の控訴につ
いて生じた控訴費用は一審被告の,一審原告Aの控訴につい
て生じた控訴費用は一審原告Aの,一審原告Cの控訴につい
て生じた控訴費用は一審原告Cの,一審原告Dの控訴につい
て生じた控訴費用は一審原告Dの各負担とする。
5 この判決は,第2項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1一審被告の控訴の趣旨
(1)原判決中;一審被告敗訴部分を取り消す。
(2)上記取消しに係る一審原告らの請求をいずれも棄却する。
2一審原告らの各控訴の趣旨
(1)原判決を次のとおり変更する。
(2) 一審被告は,一審原告Aに対し,650万円及びこれに対する平成26年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)一審被告は,一審原告Bに対し,780万円及びこれに対する平成26年10月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(後記第2の1のとおり,一審原告Bは,当審において,請求の元本の額を拡張する訴えの変更をした。)。
(4)一審被告は,一審原告Cに対し,585万円及びこれに対する平成26年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(5)一審被告は,一審原告Dに対し,780万円及びこれに対する平成26年9月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1一審原告らは,それぞれ,いわゆる特殊詐欺グループに属する者らによる「オレオレ詐欺」と呼ばれるなりすましの電話を用いた欺罔行為により,一審原告ら各自の子が緊急に金銭を必要としている事態にある旨の誤信をして,上記のグループが管理する預金口座に金銭を振り込んで詐取された。本件の原審において,一審原告らは,暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴力団対策法」という。)3条の規定により指定された暴力団である稲川会(以下,「指定暴力団稲川会」又は「稲川会」という。)のいわゆる三次組織の構成員が,同法31条の2の威力利用資金獲得行為(以下単に「威力利用資金獲得行為」ということがある。)を行うについて,又は稲川会の事業の執行について上記の詐欺をした旨等を主張して,稲川会の会長として同会を代表する一審被告に対し,同条本文又は民法715条1項の規定による損害賠償請求権に基づき,上記第1の2(2)ないし(5)のとおり(ただし,一審原告Bについては元本の額は650万円),一審原告らがそれぞれ詐取された金銭に相当する額,慰謝料及び弁護士費用相当額の損害賠償金の各合計額並びにこれらに対するそれぞれの受けた最後の不法行為の日から各支払済みまで同法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた。
原審は,上記の各請求につき,いずれも暴力団対策法31条の2本文の規定による損害賠償請求権に基づき一審原告Aにつき363万円及びこれに対する平成26年10月3日から,一審原告Bにつき363万円及びこれに対する同月16日から,一審原告Cつき302万5000円及びこれに対する同月10日から並びに一審原告Dにつき484万円及びこれに対する同年9月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員の各支払を求める限度でそれぞれ認容し,その余をいずれも棄却した。
これに対し,一審被告及び一審原告らが各自の敗訴部分につき不服としてそれぞれ控訴を提起した。なお,当審において,一審原告Bは,請求の元本の額を780万円に拡張する訴えの変更をした。
2前提事実及び争点(争点に関する当事者の主張を含む。)は,次のとおり補正し,後記3のとおり当審における当事者の主な補充主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決3頁4行目の「争いのない事実」を「前提事実(争いのない事実,掲記の証拠(枝番のあるものは,全枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)」に改め,5行目の「暴力団である」を削り,同行目の「習志野一家E組」を「稲川会習志野一家E組(以下単に「E組」どいうこともある。)に,6行目の「F」を「G(以下「F」という。)にそれぞれ改め,12行目の「号」の次に「。甲1」を加え,同4頁11行目の「ア及びイ」を「アないしウ」に,12行目の「300万円」を「400万円」に,15行目の「100万円」を「.150万円」にそれぞれ改め,同行目の末尾の次に改行して次のとおり加える。「ウ平成26年10月16日50万円(以上につき甲25)」
(2) 同6頁4行目の「本文」を「の各号列記以外の部分」に改め,16行目の「H」の次に「(以下「E」という。)」を加え,17行目の「組員」を「構成員」に,18行目の「E組長」を「E組の組長であるE」に,19行目の「E組員」を「E組の構成員」に,同行目ないし20行目の「直近上部の習志野一家」を「稲川会における直属の上部組織(2次組織)である稲川会習志野一家(以下単に「習志野一家」ということもある。)の」に,同行目及び21行目の各「E組長」を「E」にそれぞれ改め,同7頁4行目の「威力利用資金獲得行為」の次に「(「当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持,財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得,又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為」)」を加え,11行目の「本文」を「の各号列記以外の部分」に,16行目の「指定暴力団員」を「指定暴力団」にそれぞれ改め,同8頁1行目の「出し子」の次に「(特殊詐欺により詐取された金銭を引き出す等の役割の者)」を加え,同9頁18行目及び19行目ないし20行目の各「暴対法」並びに同行目ないし21行目の「暴力団対策法」をいずれも「同法」に,26行目の「利用した」を「利用して」に,同10頁1行目の「暴力団所属組員」を「暴力団の構成員」に,13行目の「組長」を「組長であるE」に,17行目の「E組長」を「E」に,13頁4行目の「300万円」を「400万円」に,22行目の「150万円」を「180万円」に,同14頁1行目の「650万円」を「780方円」にそれぞれ改める。
3当審における当事者の主な補充主張
(1)一審被告の補充主張
アFが指定暴力団員ではないことについて
原審は,①℉が,習志野一家の事務所当番につき,E組としての当番を務めるなどして,同事務所に定期的,継続的に出入りしていたこと,②℉及びⅠが,本件詐欺グループに係る刑事手続において,FがE組の構成員である旨を述べていたこと,③℉が,みかじめ料の集金をしていたことがあること,④習志野一家及びE組の関係者が,刑事施設に収監されていたFに繰り返し面会をし,信書の発受も行っていたこと,⑤警察当局が℉をE組の構成員と把握していることを理由として,℉がE組の構成員であると認定した。
しかし;①の点については,℉は,養父でありE組の構成員である】が本来自身で果たすべき職務を℉に代務させていただけであり,そのことは,E組の組長であるEの陳述書(乙こ1)の記載内容からも明らかである。②の点については,℉が,自己を権威付ける目的からE組の構成員を僭称していただけであり,Ⅰも℉の言葉を信じていたにすぎないのであって,上記の刑事手続におけるこの点に係る供述の内容に信用性はない。③の点については,℉が,E組の構成員をかたってほしいままにそのような所為(みかじめ料の集金)に及んでいただけである。④の点については,一審原告らの訴訟代理人である弁護士によるマスコミへの発表により一審被告に対する損害賠償請求訴訟が一審原告らから提起されたとの事実が判明したので,事実関係等を確認するために面会に赴くなどしたものにすぎず,Fと習志野一家の関係者との間の継続的な交流を意味するものではなく,そのことは,Fとの面会等が上記のマスコミへの発表が行われた直後からの約1か月間のみであることからも明らかである。⑤の点については,単に警察がそのように認識しているということにすぎず,Eの陳述書(こ25)の記載内容からは,℉が十数年前に習志野一家又はE組の構成員ではなくなっていることが明らかである。
イ威力利用資金獲得行為の存否について
(ア) 原審は,暴力団員は,暴力団の威力の利用を背景として本件各詐欺のような特殊詐欺を実行しているという実態があり,このような実態が社会一般に認識されていたというべきである旨や,稲川会も,その下部組織を含め,このような特殊詐欺に従事,加担する構成員が多数いたであろうことが社会一般に認識されていた旨を説示する。
しかし,原審がその認定に用いた証拠の実質的内容は,単に警察当局者が国会の委員会において行った答弁陳述の内容,警察当局が作成した警察白書に掲載された執筆担当者の意見及び統計数値の結果並びに警察当局が内部で行ったアンケート調査に見られた意見でしかなく,それらについての真実性,正確性,精密性及び信頼性等の問題が存する上,その点をおいても,いずれも警察当局者に関わるものであり,社会一般が認識していたことの証拠とはならない。平成26年における特殊詐欺の検挙人員に占める暴力団関係者の割合は34.6%にすぎず,特殊詐欺事案の65.4%はそれ以外の者によって敢行されていたことになるし,また,稲川会の勢力が暴力団構成員の13%を占めていたとの原審の認定を踏まえて上記の暴力団関係者の割合(34.6%)に基づき単純計算すると,そのうち稲川会の関係者の占める割合は,4.5%にすぎないのであるから,本件各詐欺が,暴力団ひいては稲川会の関係者によって敢行されたものであるとの当然の根拠にはなり得ない。原審は,特殊詐欺の犯行グループは,リーダーや中核メンバーを中心として,電話を繰り返しかけて被害者をだます「架け子」,自宅等に現金等を受け取りに行く「受け子」等が役割を分担し,組織的に犯罪を敢行していることを指摘するが,特殊詐欺がこのような組織態様において敢行されることが多いと認められるということにすぎず,このことをもって,原審がいうような暴力団関係者による事案の特筆すべき実情であり,それが暴力団関係者によるものであるとの結論を導くことは不可能であり,余りに粗雑な推論というべきである。さらに,検挙された「受け子」や「架け子」等の発言として,「暴力団関係者から恐喝され,金を稼ぐために「受け子」をやるよう指示された。」,「生活に困っていたところ,知り合いのヤクザから「会社を起業して金を稼げ」と言われ,詐欺の被害者の名簿を渡された。」,「特殊詐欺のアジトには「架け子」の仕事を監督するヤクザがおり,犯行グループを厳しく統制していた。」というものが紹介されているとの原審が指摘する点も,その報告が事実であったとしても,そのような事案が存在したというにすぎず,件数も明らかではなく,そのことをもって,直ちに,特殊詐欺事案においては暴力団関係者が関与しているのが一般的であるとか,本件各詐欺に稲川会が関与していたとの結論を導き出すことは不可能である。
以上によれば,原審が説示する上記のような一般的な結論を導き出すことも不可能であることが明らかであり,そのような実態は存在しない。(イ)原審は,本件各詐欺も,暴力団の構成員が従事,加担し,暴力団の威力の利用を背景として資金を獲得する活動と同じ類型のものであると判示する。
しかし,原審の上記の判示が前提とした認定判断が破綻していることは上記(ア)のとおりであるから,そのような前提に基づく上記の認定判断をすることも不可能である。原審が「本件各詐欺の具体的な態様は,いずれも,本件詐欺グループを構成した者らが役割を分担して本件詐欺グループが管理する預金口座に金員を振りこませるという組織的,計画的なもの」とする点も,振込詐欺事案の多くがそのような実態を有するというにすぎず,そこから直ちに「暴力団の構成員が従事,加担し,暴力団の威力の利用を背景として資金を獲得する活動に係るものに通有する類型である」などという結論を導き出すことは余りに短絡的な議論であり,本件全証拠によっても,そのような認定を行うことはできない。
(ウ) 原審は,本件各詐欺は,稲川会の構成員による威力利用資金獲得行為と関連する行為であり,したがって,℉において,威力利用資金獲得行為を行うについて他人の財産を侵害したというべきである旨判示する。しかし,原審の上記の判示が前提とした認定判断が破綻していることは上記(ア)及び(イ)のとおりであるから,原審の論理に従ったとしても,上記の判示に至ることは不可能である。暴力団対策法31条の2本文の解釈として,具体的な行為としての「指定暴力団員による威力の利用」,すなわち,℉による威力利用行為が必要であることは明白であるが,原審の上記の判示においては,本件各詐欺の被害者に向けられたものとしても,本件各詐欺を敢行した本件詐欺グループ内のいずれにおいても,℉の具体的な所為についても,何ら具体的な威力利用行為を認定しておらず(本件では,そのような事実も証拠も存在しないことが明白であり,原審も認定できなかったと認められる。),不当である。稲川会が本件詐欺グループを支配管理下において運営していたとの事実を認める証拠も皆無であるのに,原審のような論理が成り立つはずがなく,原審の上記の判示は,根拠をもって結果を語り,次いで,その結果をもって根拠を語る循環論法であり,誤りである。
ウ免責事由の存否について
原審は,稲川会総本部が,各会員に宛てて,「総本部御通知」と題する書面を発出し,特殊詐欺等の事件には関わらないことを厳守するよう通知したというような事実があることのみによって,一審被告が一審被告以外の稲川会の指定暴力団員が行う威力利用資金獲得行為により直接又は間接にその生計の維持,財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得ることがなかったということはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はないと判示した。
しかし,暴力団対策法31条の2第1号の規定において,当該指定暴力団において「何らかの上納金制度がないとき」と読み取れる文言はないのであるから,その法文から当該指定暴力団にいわゆる上納金制度がないことを指すとの解釈は導き出されない。そのことは,同号が「生計の維持,財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得」ることがないときと並べて「当該資金を得るために必要な地位を得ることがないとき」との規定を設けていることからも明らかであり,「当該資金を得るために必要な地位を得る」という事実は,指定暴力団における上納金制度とは直接の関係がないからである。したがって,同号の解釈としては,威力利用資金獲得行為を敢行した暴力団員個人について,これにより得た資金等を,暴力団組織の上部に対して上納する行為が存在したか否かの問題として判断すべきものである。原審は,指定暴力団においては,上納金システムが存在することを当然の前提としているが,その上納金システムなるものの具体的な内容や実態については全く言及しておらず,本件については,一審被告又は一審被告が支配下に置いていた稲川会本部において,組織の末端に位置する者まで含めた全ての者から,例外なく上納金なるものを上納させているとの事実は明らかにされていないし,上納金なるものはいかなる機会に上納されるのであるかについても明らかにされていない。稲川会は,本部が設けられ,その本部は配下の第1次団体の代表者によって構成され,その第1次団体はその配下の第2次団体の幹部によって構成され,第2次団体は更にその配下の末端組長によって構成され,その末端組長は個々の構成員を配下に置いている状態にある。かかる組織構成において,その個々の末端の構成員の才覚により獲得する「シノギ」と称されている生活費や遊興費に係る金銭,財物等の経済的利益の一部が,上部組織に対して納付されているとは考えられない。本件においては,Fが得た金銭なり経済的利益はそれ程多額なものではなく,仮にFがE組の構成員であったとしても,その得た収入の一部を上納したとは考えられず,証拠上もその痕跡は存在せず,①本件各詐欺について,被疑者及び被告人として作成されたF及びⅠの供述調書,公判調書その他の証拠,②原審によりFが所属していたと認定されているE組の組長であるEの陳述書(乙1)によれば,過去に℉から金銭や何らかの経済的価値の提供を受けたことはなく,℉が本件詐欺グループにⅠを「出し子」として紹介していた事実も知らなかったこと,④Fが,Eを飛び越えて,稲川会の上位者に直接何らかの経済的利益を提供することはあり得ないこと,⑤一審被告自身の陳述書(乙24)によっても,℉とは面識もなく,同人から何らかの経済的利益や経済的地位の提供を受けたことがないことからしても,一審被告が,℉から「直接又は間接にその生計の維持,財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得,又は資金を得るために必要な地位を得ること」がなかったことが明らかである。
エ 使用者責任について
一審被告及び稲川会のいずれにおいても,本件各詐欺の加担者であるFとの間の使用者と被用者の関係及び本件各詐欺全体又は本件詐欺グループに対していわゆる「出し子」等を斡旋紹介する業務を事業としていたことを認めるに足りる証拠は皆無であり,民法715条所定の責任を負うものでないことは明らかである。
(2) 一審原告らの補充主張
ア精神的損害について
原審は,一審原告らの被った精神的損害の額は,財産的損害の1割の額とすることが相当であると判示した。
しかし,特殊詐欺の手口は非常に巧妙かつ狡猾であり,被害者の親切心や不安な心理を巧みに利用するものであり,そのうち,特にいわゆるオレオレ詐欺においては,親が子や孫を思う気持ちを逆手に取り,しかも,各登場人物の役割分担がされて高度に組織化されていることから,日々被害及び詐欺の手ロが報道されているにもかかわらず,一審原告らのような高齢者が被害に遭う事例が後を絶たない。そして,その狡猾さ・巧妙さゆえに被害に気付くのが相当遅れるケースもある一方,自らの被害に気が付いた被害者であっても,自らの行為を恥じる,家族からの非難を恐れるといった理由から,本来であれば一番に相談すべき家族等に対して,自らの被害を打ち明けられずにいるケースも多い。また,仮に家族に相談できたとしても,被害者であるにもかかわらず,その騙しの手口が子や孫の失敗を隠蔽するような口実を使用されてしまうため,口実とされた子や孫たちから,自分のことを信じてくれなかったのか等と非難されてしまうなど,被害に更に追い打ちをかけられるような事態になっている場合も多い。そして,被害後は,生活費や老後の資金等として考えていた金銭を奪われ,予定していた支出に充てることを断念せざるを得なくなってしまうなど,何らかの経済的困窮に遭遇している。そうした苛烈な状況であるにもかかわらず,被害者の多くは,自らが騙されたことに気が付いたときに,経済的に損害を受けたことを悔いるばかりでなく,被害者であるにもかかわらず,騙された自分を激しく責めるのであり,しかも,その後時間が経過しても,深い自己嫌悪に基づき自らを責め続ける被害者が圧倒的多数なのである。さらには,被害者の多くは,孤独な状況に陥らされ,被害に遭った時のことを毎日のように思い出してしまったり,特殊詐欺に関する報道に接した時に自らの被害についても思い出してしまったりしてしまうなど,被害回復の有無にかかわらず,以後も被害に遭った自らを責め,また,被害に遭ったことを忘れることができないという状況に置かれるのである(甲26ないし28)。以上のような特殊詐欺の被害者が置かれている状況が特別ではないことから,特殊詐欺を「殺人」と指摘する識者もいるのであり(甲27),このような状況からすれば,特殊詐欺の被害者についての精神的損害は,被った財産的損害の1割程度では慰謝されない。
したがって,一審原告らは,生命・身体に対する不法行為に比肩すべき精神的な損害を被ったものというべきであり,これらの事情を勘案すれば,その精神的損害の額は,それぞれ200万円を下回らないものというべきである。
イ弁護士費用について
原審は,一審原告らが被った本件各詐欺と相当因果関係のある弁護士費用相当損害は,財産的損害と精神的損害の合計額の1割とすることが相当であると判示した。
しかし,弁護士費用についても,損害額の1割という杓子定規な基準ではなく,一審原告らの身辺の安全や,主張・立証活動に要する労力等から,多数の弁護士による対応が必要不可欠であることを勘案すると,一審原告らの被った精神的損害及び財産的損害の合計額の3割を下回らないものというべきである。原審は,立証の材料となるべき証拠の収集等に莫大な時間及び費用が掛かっていることを考慮しておらず,事実を誤認するとともに法令の適用を誤った違法がある。
第3 当裁判所の判断
当裁判所は,当審において一部につき訴えの変更がされた後の一審原告らの各請求については,いずれも暴力団対策法31条の2本文の規定による損害賠償請求権に基づき一審原告Aにつき363万円及びこれに対する平成26年10月3日から,一審原告Bにつき484万円及びこれに対する同月16日から,一審原告Cつき302万5000円及びこれに対する同月10日から並びに一審原告Dにつき4.84万円及びこれに対する同年9月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員の各支払を求める限度で理由があり,その余はいずれも理由がないと判断する。その理由は,当審における当事者の主な補充主張を踏まえ,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」の第3の1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1)原判決14頁8行目の「甲10」から同行目の「甲13」までを「甲10ないし13」に,同行目の「甲19の2」から9行自の「甲22の1,2」までを「甲19ないし22」にそれぞれ改め,10行目の末尾の次に改行して次のとおり加える。
「ア稲川会においては,組織を代表する会長を頂点に,理事長,顧問等の各役職が置かれて最高幹部が名を連ね,こうした者らで構成される一次組織が稲川会の本部機能を担っており,各役職者の多くは,二次組織の代表の地位も兼ねている。一次組織の長は二次組織の各代表との間で,二次組織の代表又は幹部はそれぞれに属する三次組織の代表との間で,親子の擬制的血縁関係を結ぶなどしている。一次組織では,稲川会の活動方針や人事等が審議の上で決定されるが,最終的な決定権は会長にあり,その決定事項は,二次組織から三次組織へと伝えられ,下部組織の構成員に対して絶対的な拘束力と強制力を持っている。下部組織は,自らを表示する場合は,「稲川会」を冒頭に掲げ,次に二次組織である一家名を入れ,その次に三次組織である組の名称を付すという形で,自らの組織が稲川会の下部組織に属する組織であることを明確にしている。この下部組織に加入した者は,稲川会の名称や代紋の使用を許され,他方,稲川会の構成員となった者は,その地位に応じた金員を定期的に上部組織に対して上納する義務を負う。(乙28,弁論の全趣旨)」(2)同14頁11行目の「ア警視庁組織犯罪対策部組織犯罪対策課第三課長」を「イ警視庁組織犯罪対策部組織犯罪対策第三課長」に,22行目の「甲20の1,2」を「甲20」に,23行目の「イ」を「また,」に,同15頁5行目の「甲22の1,2」を「甲22」にそれぞれ改め,7行目の「。)」を削り,10行目の「4月27日」を「5月7日」に改め,19行目の「平成27年11月2.8日,」を削り,20行目の「公判」を「第8回公判」に改め,25行自の「平成28年1月7日,」を削り,26行目の「公判」を「第11回公判」に,同16頁16行目の「次とおり」を「次のとおり」に,17行目ないし18行目の「H(以下「E」という。)」を「E」に,19行目の「甲19の2」を「甲19」に,同17頁16行目の「9月30日」を「9月28日」に,同行目の「信書を授受」を「信書の発信及び受信を」に,18行目の「甲22の1,2」を「甲23」に,同18頁3行目の冒頭から同行目の「によれば,」までを次のとおりそれぞれ改める。
「(2)暴力団対策法31条の2本文所定の「指定暴力団員」については,同法9条の各号列記以外の部分により「指定暴力団等の暴力団員」と定められ,その「指定暴力団等」とは,同法2条5号の「指定暴力団又は指定暴力団連合」をいい,そのうち「指定暴力団」とは,同法3条の規定により指定された暴力団をいう(同法2条3号)ところ,前記前提事実(2)のとおり,稲川会は同法3条の規定により指定された暴力団であり,その傘下の組織である習志野一家及びE組も当然にこの指定暴力団に当たる。
(3) また,暴力団対策法が定める「暴力団員」とは,暴力団の構成員をいう(同法2条6号)ところ,前記(1)のように,」
(3) 同18頁7行目の「のみでなく」から「任務」までを「等の構成員の任務」に改め,8行目の「述べていた」の次に「(なお,℉は,みかじめ料の集金についても言及している。)」を加え,10行目の「授受」を「発受」に改め,12行目の「℉を」から13行目の「把握している旨の」までを削り,15行目の「あって,」の次に「当審における一審被告の主な補充主張アを踏まえて一件記録を参照しても,」を加え,20行目の「関係書」を「関係者」に,同行目の「24,25」を「2.4ないし27」に,25行目の「25」を「25ないし27」に,26行目の「その裏付けが」から同19頁1行目の「できない」までを「客観的な裏付けを欠くなどし'て直ちには採用し難いものであるから,上記の推認を覆すに足りない。」に,同行目の「乙4の1,2」を「乙4」に,10行目の「(3)」を「(4)」にそれぞれ改める。
(4)同19頁14行目の「甲5,甲6,甲7」を「甲5ないし8」に,23行目の「13%」を「約13%」に,同20頁3行目の「甲3」を「甲8」に,5行目の「31条の21号」を「31条の2第1号」に,18行目の「警察庁組織犯罪対策本部」を「警察庁組織犯罪対策部」に,同21頁6行目の「26年」を「平成26年」に,7行目の「暴力団構成員等」を「暴力団構成員等の」に,同22頁23行目の「位置づけ」を「位置付け」に,同23頁9行目の末尾の次に改行して次のとおり加える。
「カ℉は,平成26年2月頃から,勤め先を失い行き場所のなかったⅠを自宅に住まわせて居候をさせ,習志野一家の事務所の当番のうち自身がE組の担当する当番をする際には,Ⅰをその当番に連れて行き,同人と二人でその当番をしていた。そのような中で,℉は,Kから,詐欺の出し子の仕事があると聞き,KにⅠを紹介し,同年9月10日以降,本件各詐欺を含む本件詐欺グループによる詐欺の出し子をⅠに行わせた上で,Kから数回にわたり℉に交付された報酬については,自身で相当額を受け取り,Ⅰにその都度5万円程度を支払った。また,℉は,その当時,Ⅰが出し子をするために上記の当番をすることができないときは,その当番を免除して,同人を出し子の仕事に専念させていた。なお,℉は,Kとの間で,同年10月以降のⅠの出し子の報酬を月額80万円とし,月末に℉に支払うよう取り決めていたところ,同月23日に別件の被疑事件で逮捕される前にKに連絡をし,自分が逮捕されてもⅠに出し子を続けさせ,その報酬のうち生活費等で月20万円ないし30万円をⅠに渡し,残りは自分の留置先に差し入れてほしい旨を依頼するとともに,Ⅰに対し,出し子を続けるよう伝えた。(甲10ないし13,甲21,甲25,甲35,乙10ないし23)
キKは,℉を被告人とする本件詐欺グループに係る刑事被告事件の第7回公判に証人として出廷した際,平成26年10月当時,F自らが,Iは自分を怖がっているために自分の言うことは聞くなどと発言していた旨を証言している(甲35)。」
(5)同23頁10行目の冒頭から同24頁18行目の末尾までを次のとおり改める。
「(2)ア暴力団対策法31条の2は,指定暴力団員によるその所属する指定暴力団の威力を利用しての資金の獲得の行為により発生する被害につき被害者が民事手続によりその回復を図る場合において,直接の加害者であるいわゆる末端の指定暴力団員においては十分な資力がなく,被害の回復がされないおそれがあるものの,民法715条の規定によって当該指定暴力団の代表者等に対して損害賠償責任を追及するときには,同条の定める要件の主張立証に一般に困難を伴うことを考慮して,その負担の軽減を図ることを趣旨とするものであると解される。また,暴力団対策法31条の2本文所定の「威力利用資金獲得行為」については,同条において「当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持,財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得,又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう」と定義され,暴力的要求行為の禁止に関して定める同法9条の「威力を示して」とは異なり,「威力を利用して」との文言が用いられている。このような同法31条の2の規定の立法趣旨やその文理に照らすと,同条本文の「威力を利用」する行為については,資金の獲得のために威力を利用するものであればこれに含まれ,被害者に対して威力が示されることは必要ではないと解するのが相当である。
イ前記(1)によれば,本件各詐欺のような特殊詐欺については,暴力団の構成員の相当数が,種々の規制や取締りを回避して,新たな資金獲得源とすべく,その遂行に関与する人員の確保や統制等につき暴力団の威力の利用を背景としてこれを敢行しているという実態にあると認められるところ,Fは,自宅に居候をさせて習志野一家の事務所の当番も一緒にさせていたⅠがE組の構成員である自己を怖れて自己の指示に従うことを認識した上で,本件詐欺グループの一員であるKに対し,Ⅰを出し子役として紹介し,同人に本件各詐欺に係る出し子をさせて,その報酬の相当額を自らが取得し又は取得しようとしていたと認められ,また,Ⅰも,℉から,本件詐欺グループを紹介され,本件各詐欺に係る出し子役を行うに当たっては,℉がE組の構成員であることを十分に認識していたものと認められる。
このような事実関係に照らすと,℉は,自らが所属する暴力団に係る事務所の当番を自身と共に務めさせるなどしてⅠを自己の舎弟分のように利用するにとどまらず,同人が暴力団の構成員である自己を怖れ自己の指示に従うことを利用して,本件詐欺グループによる本件各詐欺に係る犯行に加担させ,自己の生計等の資金を獲得し,また,その資金を獲得するための地位を得たというべきであるから,そのような℉の行為は,上記アで述べた資金の獲得のために「威力を利用」するものとして,暴力団対策法31条の2本文所定の「威力利用資金獲得行為」に該当するものと認めるのが相当である。
ウ これに対し,一審被告は,暴力団対策法31条の2本文所定の威力利用資金獲得行為に当たるためには,被害者に対して威力を行使する必要があるとした上で,℉は,本件各詐欺の被害者(一審原告ら)とは全く接触していないのであるから,その行為は威力利用資金獲得行為には当たらない旨を主張するが,前述のとおり,同条本文の「威力を利用」する行為については,資金の獲得のために威力を利用するものであれば足り,被害者に対して威力が示されることは必要ではないと解されることから,一審被告の上記の主張は,その前提を欠いており,採用することができない。
そして,上記の認定判断は,当審における一審被告の主な補充主張イによっても,左右されるものではない。」
(6)同24頁20行目の冒頭から26行目の末尾までを次のとおり改める。「一審被告は,本件各詐欺により得られた利得金は全て℉により費消されたのであって,E組の組長であるEも℉が本件各詐欺に関与していたことさえ知らなかったし,E組は三次組織にすぎないから,℉が養父であるJや組長であるEを飛び越えて習志野一家や稲川会に資金を上納することはあり得ず,一審被告が直接間接を問わず何らの経済的利益を収受していないことは明らかであると主張する。
しかし,前記認定のとおり上納金制度が採られている稲川会において,その組織の頂点となる会長という地位にあった一審被告が,稲川会の指定暴力団員が行う威力利用資金獲得行為により,直接又は間接にその生計の維持,財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得ることがなかったとまでは直ちには認めることができず,当審における一審被告の主な補充主張ウを踏まえて一件記録を参照しても,暴力団対策法31の2第1号が定める要件に該当する事実を認めるに足りる的確な証拠はないというべきであるから,一審被告の上記の主張は採用することができない。
(7)同25頁7行目の「300万円」を「400万円」に,14行目の「あるから」を「あって,本件各詐欺の欺罔行為の内容,態様及びその結果並びにその被害に遭った一審原告らの心情及び状況等本件に現れた一切の事情に照らせば」に,16行目の「の額とすることが」を「に相当する額と認めるのが」に,18行目の「30万円」を「40万円」にそれぞれ改め,20行目の末尾の次に改行して次のとおり加える。
「これに対し,一審原告らは,当審における主な補充主張アのとおり,本件各詐欺により,生命・身体に対する不法行為に比肩すべき精神的損害を被ったものというべきであり,その精神的損害の額は,それぞれ200万円を下回らない旨を主張するが,一審原告らが指摘する点を踏まえて一件記録を参照しても,一審原告らが本件各詐欺によりその主張するような程度の精神的損害を被ったとまでは認めることができず,上記の認定の額をもって一審原告らが被った精神的損害の額と認めるのが相当というべきであるから,一審原告らの上記の補充主張は採用することができない。」
(8) 同25頁21行目の末尾の次に「当審における一審原告らの主な補充主張イを踏まえて考えたとしても,」を加え,22行目ないし23行目の「とすることが」を'「に相当する額と認めるのが」に,25行目の「33万円」を「44万円」に,同26頁5行目の「363万円」を「484万円」にそれぞれ改める。
第4 結論
第3において認定判断したところは,当審における当事者の他の補充主張によっても左右されるものではない。また,一審原告らが選択的に主張する民法715条本文の規定による損害賠償請求権については,一件記録を参照しても,既に述べたところを超える損害の額が認められるとはいえないので,これ以上は立ち入らない。
よって,一審原告Bの控訴は当審において拡張した請求の一部において理由があるから,原判決中の一審原告Bに関する部分を変更することとし,他方,一審被告の控訴並びに一審原告A,C及びDの各控訴はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第1 5民事部
裁判長裁判官 八木洋
裁判官 杉山順
裁判官 松本
出典:裁判所ウェブサイト「裁判例検索」(https://www.courts.go.jp/hanrei/89554/detail4/index.html)。本文は同サイト掲載の判決書PDFからTaiLexi AIがテキスト化・整形したもの(正確な文言は原本PDFを参照)。判示事項・裁判要旨・参照法条は裁判所の公表どおり。