令和6年5月14日判決言渡
令和5年(行ケ)第10062号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和6年3月26日
判決
原告スミスアンドネフューインコーポレイテッド
同訴訟代理人弁理士源
田正宏
同阿
部達彦
同黒
田晋平
被告特
許庁長官
同指定代理人佐
々木正章
同宮
下誠
同真
鍋伸行
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 請求
1 特許庁が不服2020-008392号事件について令和5年2月2日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
⑴原告による出願と拒絶理由通知の発出、意見書及び手続補正書の提出等原告は、平成27年12月11日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2014年(平成26年)12月11日(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とし、名称を「改善された固定強度を有する骨アンカー」とする発明につき特許出願(特願2017-531221号。以下「本願」という。)をしたが、令和2年2月10日付けで拒絶査定(以下「本件拒絶査定」という。)を受けた。
原告は、令和2年6月17日、本件拒絶査定に対し不服の審判請求(不服2020-008392号)をし、同日付けで手続補正をした。その後、令和3年3月29日付け、令和3年10月21日付け及び令和4年5月25日付けでそれぞれ拒絶理由通知が発せられたため、原告は、それらの拒絶理由通知に対応して、令和3年6月29日、令和3年12月20日及び令和4年8月15日付けで意見書及び手続補正書(令和4年8月15日提出の手続補正書につき甲5。特許請求の範囲を補正)を提出した。⑵審決と原告による本件訴訟提起
令和5年2月2日、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。出訴期間として90日を附加。その内容は別紙審決書(写し)のとおりである。)をし、その謄本は令和5年2月20日、原告に送達された。
原告は、令和5年6月19日、本件訴訟を提起した。
2 発明の内容
令和4年8月15日提出の手続補正書により補正された本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」といい、その明細書及び図面(甲4)を「本願明細書等」という。)は、以下のとおりである。
「縫合糸アンカーであって、
細長いアンカー本体であって、前記アンカー本体の遠位端から近位端に向かって前記アンカー本体の長さの少なくとも一部分に沿ってテーパー状になっている前記アンカー本体と、
前記アンカー本体を貫通して形成され、前記アンカー本体の長手方向軸に対して直角に延在し、縫合糸を受容するように寸法決めされたアイレットと、前記アンカー本体の外面から半径方向内方に向かって前記アンカー本体の外面内に形成され、前記アンカー本体の少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する複数のチャネルと、
前記複数のチャネルの間に画定され、前記アンカー本体の長さの少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する、円周方向に間隔を置かれた複数のリブであって、各リブの遠位端は、アンカー本体の前記遠位端よりも近位側に位置している、複数のリブと、
を備える前記縫合糸アンカーにおいて、
前記チャネルが、前記リブの高さと前記リブの幅との比が約1:4~約20:1の範囲内で選択されるように形成されており、
前記チャネルが前記アイレットと交差している場合に、前記チャネルの深さが、前記チャネルと交差する前記アイレットの近位側の縁部から前記アンカー本体の前記近位端に至るまで、縫合糸を受容するように寸法決めされていることを特徴とする縫合糸アンカー。」
3 本件審決の内容
⑴本件審決の内容は別紙のとおりであるところ、その理由の要点は、本願発明は、引用文献1(特開2005-144180号公報、甲1。以下、その文献を「甲1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから、特許法29条2項により特許を受けることができない、というものである。
⑵なお、本件審決は、上記判断をするに当たり、引用発明の内容、本願発明と引用発明との一致点及び相違点を、次のとおり認定した。
[引用発明の内容]
「縫合糸留め具10であって、
縫合糸留め具10は基端12aと末端12bを有する本体12を備え、本体12は略円筒状の基端部を有していると共に、末端方向に向かって先細になる先端部14を備え、
縫合糸受け溝24は、骨係合面部20の間に設けられ、本体12の基端12aの両側から延びて末端12bを取り巻く連続溝24の形となっており、縫合糸受け溝24は縫合糸26を収めるのに適合しており、また、末端12bを取り巻く連続溝24は、本体12の長手方向軸に対して直角に延在し、本体12の外面には、少なくとも1つ、なるべくなら幾つかの骨係合面部20も形成することができ、骨係合面部20は縦方向に延びる細長い隆起の形となっており、細長い隆起は、末端12bの直近位置から延びて基端12aで終端し、細長い隆起のそれぞれは、末端から基端に向かうにつれて増加する高さhを有する略三角形の断面形状とした縫合糸留め具10。」[一致点]
「縫合糸アンカーであって、
アンカー本体であって、前記アンカー本体の遠位端から近位端に向かって前記アンカー本体の長さの少なくとも一部分に沿ってテーパー状になっている前記アンカー本体と、
前記アンカー本体に形成され、前記アンカー本体の長手方向軸に対して直角に延在し、縫合糸を受容するように寸法決めされた部分と、前記アンカー本体の外面から半径方向内方に向かって前記アンカー本体の外面内に形成され、前記アンカー本体の少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する複数のチャネルと、
前記複数のチャネルの間に画定され、前記アンカー本体の長さの少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する、円周方向に設けられた複数のリブであって、各リブの遠位端は、アンカー本体の前記遠位端よりも近位側に位置している、複数のリブと、
を備える前記縫合糸アンカーにおいて、
前記アンカー本体に形成され、前記アンカー本体の長手方向軸に対して直角に延在し、縫合糸を受容するように寸法決めされた部分に、交差する前記チャネルの深さが、前記アンカー本体の前記近位端に至るまで、縫合糸を受容するように寸法決めされている縫合糸アンカー。」である点。[相違点]
【相違点1】
本願発明のアンカー本体が「細長い」ものであるのに対し、引用発明の縫合糸留め具10は細長いものであることは明記されていない点。【相違点2】
「前記アンカー本体の長手方向軸に対して直角に延在し、縫合糸を受容するように寸法決めされた部分」が、本願発明では、「前記アンカー本体を貫通して形成」される「アイレット」であるのに対し、引用発明では、「末端12bを取り巻く」「連続溝24」である点。また、この相違に伴い、アンカー本体の前記近位端に至るまで、縫合糸を受容するように寸法決めされているチャネルが、本願発明では、「前記アイレットと交差している場合」に「前記アイレットの近位側の縁部から」設けられているのに対し、引用発明では末端12bから設けられている点。
【相違点3】
本願発明のチャネルは「前記リブの高さと前記リブの幅との比が約1:4~約20:1の範囲で選択されるように形成」されているのに対し、引用発明のチャネルの寸法が特定されていない点。
4 原告の主張する本件審決の取消事由
⑴取消事由1
一致点の認定の誤り(相違点の看過)
⑵取消事由2
相違点2についての判断の誤り
⑶取消事由3
原告の主張に対する認定・判断の誤り
第3 当事者の主張
1 取消事由1(一致点の認定の誤り(相違点の看過))
〔原告の主張〕
⑴甲1の発明の詳細な説明(以下「発明の詳細な説明」を省略する場合がある。)の段落【0012】には、「本体12の外面には、少なくとも1つ、なるべくなら幾つかの骨係合面部20も形成することができる。この面部20は、骨に埋め込こまれた時はいつも、骨に係合して縫合糸留め具10の抜出しを防止するのに適合している。」と記載されている。この記載からすれば、「骨係合面部20」は本体12の外面に形成されるものであり、本体12の外面から突出しているものである。実際に、甲1の段落【0012】には「典型的な実施の形態における面部20は縦方向に延びる細長い隆起の形となっている」と記載されており、図1ないし5に示された実施形態では、いずれも骨係合面部20が本体12の外面から突出するように図示されている。
これらによれば、引用発明における「骨係合面部20」の間の本体12の外面(これを一応「チャネル」とする。)の底面は、本体12の外面と同じ高さ(径方向位置)になり、図1ないし5に示された実施形態でも、「チャネル」の底面の高さは本体12の外面と同じ高さであるか、又は本体12の外面よりも突出している。
これに対し、本願発明は、「前記アンカー本体の外面から半径方向内方に向かって前記アンカー本体の外面内に形成され、前記アンカー本体の少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する複数のチャネル」(上記第2の2、本願発明の内容。以下、本願発明の特定につき同じ。)と特定しており、この記載から、本願発明におけるチャネルは、アンカー本体の外面からアンカー本体内部に向かって凹状に掘り下げられた構成であることが分かる。すなわち、チャネルの底面の高さはアンカー本体の外面よりも低くなっている。このことは、本願明細書等の段落【0040】の「チャネル210は、アンカー本体202の外面250に向かって移動する概ね湾曲したまたは直線状の側部に移行する湾曲したチャネル根元部252(例えば、卵形または円形)を含む」との記載及び図2Bの記載からも明らかである。
⑵また、本願発明は、「前記複数のチャネルの間に画定され、前記アンカー本体の長さの少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する、円周方向に間隔を置かれた複数のリブ」と特定しており、この記載及び前述のチャネルの構成から、リブは、隣接したチャネル間に形成され、その高さは、本願明細書等の段落【0042】の「・・・。例えば、複数のリブ212頂点は、アンカー本体の外面またはその半径方向内側の位置に配置することができる。」との記載から、高くてもアンカー本体の外面と同じ高さであることが分かる。このことは、本願明細書等の段落【0042】の「複数のリブ212頂点は、アンカー本体の外面またはその半径方向内側の位置に配置することができる」との記載及び図2Bの記載からも明らかである。
よって、本件審決が、「引用発明の『複数の骨係合面部20の間の部分』は、・・・本願発明の『前記アンカー本体の外面から半径方向内方に向かって前記アンカー本体の外面内に形成され、前記アンカー本体の少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する複数のチャネル』に相当する。」とし、「引用発明の『複数の骨係合面部20』は、本願発明の『前記複数のチャネルの間に画定され、前記アンカー本体の長さの少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する、円周方向に間隔を置かれた複数のリブであって、各リブの遠位端は、アンカー本体の前記遠位端よりも近位側に位置している、複数のリブ』に相当する。」(8頁14行目ないし同頁29行目)と認定したのは誤りである。
なお、本件審決は、一方で、「引用発明の『縫合糸受け溝24』はチャネルと表現できる。また、引用発明の『縫合糸受け溝24は、骨係合面部20の間に設けられ、本体12の基端12aの両側から延びて末端12bを取り巻く連続溝24の形』であることは、本体12の両側に設けられた縫合糸受け溝24が本体12の末端12bを取り巻く連続溝24と交差していることである。」(8頁30行目ないし同頁34行目)とも認定しているが、引用発明の「縫合糸受け溝24」は、「本体12の末端12bを取り巻く連続溝24」と交差していると認定しているのであれば、引用発明の「縫合糸受け溝24」は、「複数のチャネル」には相当しない。
〔被告の反論〕
⑴原告の主張は、要するに、引用発明の「骨係合面部20の間の部分」及び「骨係合面部20」を、「本体12」の外面を基準としてみた場合、「骨係合面部20の間の部分」の底面は、本体12の外面と同じ高さであり、「骨係合面部20」は、本体12の外面から突出しているものであるのに対し、本願発明の「チャネル」及び「リブ」を、アンカー本体の外面を基準としてみた場合、「チャネル」の底面の高さはアンカー本体の外面よりも低く、「リブ」は、高くてもアンカー本体の外面と同じ高さであるから、引用発明の「骨係合面部20の間の部分」、「骨係合面部20」は、本願発明の「チャネル」、「リブ」にそれぞれ相当しないというものである。
しかし、本件審決は、引用発明の「本体12」が本願発明の「アンカー本体」に相当するとしているのではなく、「引用発明の『本体12』と『骨係合面部20』から構成される部材は、本願発明の『アンカー本体』に相当」するとしているのである。そして、引用発明の「本体12」と「骨係合面部20」から構成される部材の外面を基準とすれば、引用発明の「骨係合面部20の間の部分」は、当該外面よりも低く、「骨係合面部20」は、当該外面と同じ高さである。
また、本願発明は「縫合糸アンカー」という物の発明であるところ、原告の主張は、引用発明の「骨係合面部20の間の部分」及び「骨係合面部20」と、本願発明の「チャネル」及び「リブ」を表現する際に、引用発明では骨係合面部20を含まない本体12を基準に表現しているのに対し、本願発明ではリブを含めたアンカー本体を基準に表現しており、この基準の相違により表現が異なるということを述べているにすぎず、物としての構成の相違を主張するものでない。さらに、上記表現の相違により、何らかの物としての構成上の相違を生じさせるものでもない。
したがって、本件審決の認定に誤りはない。
⑵原告は、引用発明の「縫合糸受け溝24」は、「本体12の末端12bを取り巻く連続溝24」と交差していると認定しているのであれば、引用発明の「縫合糸受け溝24」は、「複数のチャネル」には相当しない旨主張する。しかし、本件審決は、引用発明の複数の「骨係合面部20の間の部分」を「複数のチャネル」に相当するとしているのであり、その上で、「チャネル」は通常、経路や溝を意味するから、「縫合糸受け溝24」もチャネルと表現でき、「縫合糸受け溝24は、骨係合面部20の間に設けられ」るものであるから、引用発明の「縫合糸受け溝24」も本願発明の「チャネル」に相当する旨認定したものである。
したがって、本件審決の一致点の認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点2に対する判断の誤り)
〔原告の主張〕
⑴本件審決は、甲1の図4に示される実施例に関し、「骨係合面部108の間に設けられた縫合糸受け溝110が穴104に交差させることが開示されている」と認定したが、誤りである。
ここで、「交差」の用語は、甲6(広辞苑第六版)に示されているように、「線状のものが十文字に交わること」を意味するから、本願明細書等の図2の記載にもよれば、甲1の図4に示される実施例に関する「骨係合面部108の間に設けられた縫合糸受け溝110が穴104に交差させることが開示されている」との認定は誤りであるとも考えられるところである。しかし、被告が主張するように、「丁字」、「T字」状の交わりが、社会通念上「交差」に含まれる場合があることは認める。
これを前提とすると、本願発明の構成は、アイレットとチャネルとが交わる部分においては、アイレットはチャネルを越えて延びておらず、チャネルと交る部分においてアイレットは終端しているから、いわゆる「T字」状の交差に相当しているとみなすことが可能である。
一方で、甲1の図4に記載される「穴104」(アイレット)は、「縫合糸受け溝112」の終端に位置しており、当該部分は「L字」状であり、「T字」状ですらなく、「穴104」(アイレット)は、「縫合糸受け溝112」と交差していない。また、引用発明の「縫合糸受け溝24」は、一つの連続溝であるから、不連続となるような「直角に交差する」部分は存在しない。そもそも、縫合糸受け溝24は単一の連続溝であるので、他の溝と交差する部分は存在しないということである。したがって、引用発明の「縫合糸受け溝24」にアイレットのような「交差する」部分を設けることは、示唆されていない。
甲1の図4等を見ても、縫合糸受け溝(チャネル)が穴(アイレット)と交差して、縫合糸受け溝(チャネル)が穴(アイレット)を越えて遠位端側に延びる構成は、証拠として開示または示唆されていない。甲1の図4には、本願発明のアイレットに一応相当する「穴104」が記載されているが、チャネルは穴104の近位端側に延びているだけであり、穴104の遠位端側には延びていない。また、甲1の図1ないし図3及び図5には、本体の最末端に形成された窪みから近位端側に延びる縫合糸受け溝が記載されているだけであり、窪みと縫合糸受け溝とを交差させることが示唆も記載もされていない。
⑵本願発明においては、チャネルの間にリブが形成されており、チャネルはアイレットと直角に交差している、すなわち、チャネルはアイレットと直角に交差しており、かつチャネルはアイレットをまたいで遠位端側へと延びている構成が理解される。これにより、チャネルの間に画成されたリブも、必然的にアイレットをまたいで遠位端側まで延びていることになる。なお、このような構成は、本願の図4A等にも記載されている。
そうすると、アンカーは遠位端側から骨内に挿入されるので、少なくともアンカーの遠位端において(アンカーの挿入初期)、アイレットに通された縫合糸よりも先にリブが骨と干渉することは、当業者であれば自明である。さらに、挿入工程においては、アンカー挿入の最初のインパクト時に、最も大きな衝撃力がアンカーに加わる。本願発明においては、そのような最大の衝撃力を、アイレットよりも遠位端側に延びたリブが受け、縫合糸が最大の衝撃力を受けることを回避する構成となっていることが当業者において理解できる。
このような構成のために、アンカーが骨内に挿入される場合に、縫合糸よりも先にリブの遠位端が骨と接触するため、縫合糸が骨と直接接触することが回避され、これにより縫合糸が骨により損傷することを回避しているとの本願発明の作用効果は、本願発明の構成に基づいて、本願発明の骨内への挿入開始時におけるものである。加えて、チャネルがアイレットと交差して、アイレットを越えて遠位端側に延びる構成による格別な作用効果が存在する。したがって、本願発明における「チャネルがアイレットと交差して、アイレットを越えて遠位端側に延びる」構成が容易想到と判断したことは誤りである。
⑶加えて、甲1の図1に示された実施形態と、図4に示された実施形態とを比較すると、本体の形状が大きく異なっている。具体的には、図1に示された実施形態では、末端が略平坦な形状を有し、図4に示された実施形態では、末端が尖った形状を有する。これらの実施形態のそれぞれについて使用時の状況を想定すると、図1に示された実施形態は、骨内に挿入される場合に、図4に示された実施形態よりも大径の下穴を骨に形成する必要があることが想定される。すなわち、これらの実施形態は、使用時の状況に応じて、技術思想が異なっているため、図1における実施形態の連続溝24に代えて図4に示された実施形態の穴104を適用したとしても、縫合糸アンカーと縫合糸を係合させることに関して同様の作用効果を奏するかは不明であり、図1における実施形態の連続溝24に代えて図4に示された実施形態の穴104を適用することには、動機付けがなく、かえって阻害要因がある。したがって、当業者は、図1における実施形態の連続溝24に代えて図4に示された実施形態の穴104を適用することを想到できたとはいえない。以上によれば、本件審決の相違点2の容易想到性に関する判断は誤りであり、本件審決は取り消されるべきである。
〔被告の反論〕
⑴原告は、「交差」との用語は、「線状のものが十文字に交わること」との意味を有するから、甲1の図4に示される実施例に関する「骨係合面部108の間に設けられた縫合糸受け溝110が穴104に交差させることが開示されている」との認定は誤っていることを主張する。
しかし、甲1の図4に記載されるように、骨アンカーにおいて、アイレットを設けて縫合糸を係合させることは周知技術であるから、縫合糸を係合させる手段を、引用発明の縫合糸止め具10の末端12bから、アイレットとすることは、単なる周知技術の置換にすぎず、その際、甲1の図4に、穴104を、歯108の間であって縫合糸留め具100の基端100a側に配置することが記載されていることを踏まえると、アイレットの位置をリブの間、すなわちチャネルと交差する位置とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。
また、「交差」の意味は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から明らかではないが、日常生活で使用される用語ではあるところ、例えばT字路交差点のとおり、T字交差の意味が包含されているから、本願発明の「交差」にはT字交差の意味が包含されるといえる。
よって、本件審決が「骨係合面部108の間に設けられた縫合糸受け溝110が穴104に交差させることが開示されているように」と記載したことに誤りはない。
また、原告は、本願明細書等の図2の記載から、「交差」が「線状のものが十文字に交わること」の意味であることは明らかである旨主張する。しかし、本願明細書等の図2Aには、アイレット214の近位側のチャネルの深さが「縫合糸を受容するように寸法決めされている」ことは記載されておらず、図2Aは本願発明の実施の形態を表した図とはいえないから、図2Aから本願発明における「交差」が「線状のものが十文字に交わること」の意味であることが明らかとはいえない。本願明細書等の図2Bについても同様である。
また、本願明細書等の図2Cには、アイレットが記載されていないから、図2Cから、本願発明における「交差」が「線状のものが十文字に交わること」の意味であることが明らかとはいえない。なお、本願明細書等の段落【0043】の「図2Cに示すさらなる実施形態では、アンカー200’は、第2の複数のチャネル216’を含む。複数の第2のチャネル216’は、アンカー本体200’の表面に形成され、アイレットから近位方向に延在する。各第2のチャネル216’の幅は、その中に縫合糸を受けるような寸法にされている。」との記載を踏まえても、第2のチャネル216’はアイレットから近位方向に延在しているのであって、遠位方向に延在していることは記載されていないから、十文字に交わるものではない。
よって、本願明細書等の図2の記載から、「交差」が「線状のものが十文字に交わること」の意味であることは明らかとする原告の主張は失当である。⑵原告は、本願発明のようにチャネルとアイレットが「交差」する場合、リブもアイレットを越えてさらに遠位端へ延びる構成であるため、アンカーが骨内に挿入される場合に、縫合糸よりも先にリブの遠位端が骨と接触するものである旨を主張する。
しかし、本願発明においては「前記チャネルが前記アイレットと交差している場合に、前記チャネルの深さが、前記チャネルと交差する前記アイレットの近位側の縁部から前記アンカー本体の前記近位端に至るまで、縫合糸を受容するように寸法決めされている」としか特定されておらず、原告が主張するような、縫合糸を受容するチャネルの遠位端側の延長線上にリブがあることは特定されていないから、アンカーが骨内に挿入される場合に、縫合糸よりも先にリブの遠位端が骨と接触するとの原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものである。
また、本願明細書等の発明の詳細な説明には、原告が主張するアイレットを越えてリブがさらに遠方に延びることにより上記の作用効果をもたらすことは具体的に記載されていない。
したがって、原告の主張は、特許請求の範囲及び本願明細書等の発明の詳細な説明の記載に基づく主張ではなく、失当である。
そして、上記のとおり、本願発明において、縫合糸を受容するチャネルの遠位端側の延長線上にリブがあることは特定されていないから、本願発明のリブがアイレットを越えて遠位端側に延びる構成であるとしても、リブは骨の下穴にある程度くい込むことで固定されるものであり、複数のリブの間の縫合糸が受容されるチャネルは、アンカーが骨内に挿入されると複数のリブの間のチャネルに骨が入り込み縫合糸と接触することが考えられるから、必ずしもアイレットを越えて遠位端側に延びるリブの存在により縫合糸と骨の接触を回避できることにはならない。
⑶原告は、甲1の図1及び図2に示された実施形態において、本願発明の「前記チャネルが前記アイレットと交差している場合」は記載も示唆もされていないから、甲1の図4に示された縫合糸受け溝110と穴104とを、甲1の図1及び図2に示された実施形態に適用しても、縫合糸受け溝110と穴104とが交差するように構成されない旨主張する。
しかし、上記原告の主張は、本願発明の「交差」が「線状のものが十文字に交わること」のみを意味することを前提にした主張であるところ、当該主張が失当であることは上記⑴及び⑵で述べたとおりである。
そして、本件審決は、甲1の図4に記載されるように、骨アンカーにおいて、アイレットを設けて縫合糸を係合させることは周知技術であるから、縫合糸を係合させる手段を、引用発明の縫合糸止め具10の末端12bから、アイレットとすることは、単なる周知技術の置換にすぎず、その際、アイレットの位置をチャネルと交差する位置とすることは、当業者であれば適宜採用し得る配置にすぎないと判断しているのであり、甲1の図4に、穴104を、歯108の間であって縫合糸留め具100の基端100a側に配置することが記載されていることを踏まえると、アイレットの位置を、複数のリブの間とし、原告が主張するような「線状のものが十文字に交わる」位置とすることに何ら困難性はない。また、そのような構成とした際の作用効果も、上記⑵で述べたとおり格別なものでない。したがって、本件審決の判断に誤りはない。
⑷原告は、甲1の図1と図4に示された実施例では縫合糸アンカーの先端の形状が異なるため、骨に形成する下穴の大きさが異なり、技術思想が異なるから、縫合糸アンカーと縫合糸を係合させることに関して同様の作用効果を奏するかは不明である旨主張する。
しかし、甲1の段落【0016】には「当業者であれば、骨の留め具10の本体12をいろいろな形状、大きさ、及び構造とすることを理解するであろう。」と記載されており、縫合糸アンカーの先端の形状は、当業者が適宜選択し得るものであり、下穴の大きさも、縫合糸アンカーの形状や大きさに応じて、当業者が適宜選択し得るものであるから、甲1の図1と図4に示された実施形態の技術思想が異なるとはいえない。そして、図1における実施形態の連続溝24に代えて、図4に示された実施の形態の穴104等の周知技術を適用することについては、いずれも「縫合糸アンカーと縫合糸とを係合させる」という機能が共通しているから動機付けがある。
したがって、本件審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(請求人の主張に対する認定、判断の誤り)
〔原告の主張〕
⑴本件審決は、令和4年8月15日に原告が提出した意見書において、「引用発明1では、結び目26aを有する縫合糸26を利用するために、本体12は、その最末端12bに略半球状の窪み18を有していることが不可欠です。従いまして、引用文献2図27a及び図27bに示されるような単なる穴14は必要とされません。単なる穴14は、結び目26aの窪み18からの脱落を防止することができないからです。結論としまして、当業者であっても、引用文献2に開示される単なる穴14を甲1に開示される窪み18の代わりに引用発明1に適用することを想到することはできません。」(本件審決11頁16行目ないし同頁23行目)と主張したことに対し、「引用文献1の段落【0014】に、窪み18は任意に含めることができるものであることが記載されているように不可欠な構成とはいえない。したがって、請求人の上記主張は採用できない。」(本件審決11頁25行目ないし同頁27行目)と認定、判断した。
しかし、甲1の段落【0014】には、「窪み18は、縫合糸の輪26の結び目26aを収めて、留め具10を骨に挿入する際の結び目26aによる干渉を防止するように設計するのが好ましい」と記載されていることから、窪み18の機能は、留め具10を骨に挿入する際に、縫合糸の輪26の結び目26aと骨とが干渉することを防止することである。窪み18が形成されていない場合、結び目26aは縫合糸受け溝24から突出し、留め具10を骨に挿入する際に結び目26aは骨と干渉する。このことを回避するために、結び目26aを有する縫合糸26を利用する場合、窪み18は不可欠な構成であるといえる。
⑵さらに、甲1の段落【0011】には、「本体12の末端12bもさまざまな任意の形状及び大きさとすることができるが、この末端12bには窪み18を形成するのが好ましい」と同様に記載されている。
一方、甲2(審決における引用文献2)の図27a及び図27bに示されるような単なる穴14は、縫合糸を通す穴であり、甲1の窪み18のような結び目26aの脱落を防止することとは関係のない構成である。よって、「引用文献2に開示される単なる穴14を甲1に開示される窪み18の代わりに引用発明1に適用することを想到することはできません。」(本件審決11頁22行目ないし同頁23行目)との原告の主張には誤りはなく、原告の当該主張を採用しなかった本件審決の判断は誤りである。⑶被告は結び目26aを不可欠の構成ではないなどと主張するが、甲1の図1において結び目26aを排除したうえで、さらに連続溝24を甲1の図4における縫合糸受け溝112及び穴104に置き換えることは、論理が飛躍しており、本願発明を知ったことを前提とした後知恵である。
〔被告の反論〕
⑴甲1の段落【0014】に「図1に示すように、縫合糸受け溝24には本体12の最末端12bに形成した窪み18も任意に含めることができる。」とされており、窪み18は任意であって、不可欠な構成であるとはされていない。また、原告が指摘する甲1の段落【0014】の記載もあくまでも「好ましい」とされているにとどまり、窪み18が不可欠な構成であるとはされていない。
また、技術的にみても、甲1の段落【0015】に「縫合糸受け溝24に配置する縫合糸26は、縫合糸の輪26の形とするのが好ましい。上述したように、縫合糸の輪26は結び目26aを備えることができる。その代りに縫合糸の輪26は、事情が変われば接着法によって互いに結び付けられる両端を有する糸から形成することができる。」と記載されており、結び目26aは不可欠な構成ではなく、結び目26aを有さないものである場合に窪み18は必ずしも必要ないことは明らかである。
したがって、本件審決が、原告の縫合糸留め具10の窪み18が不可欠であるという主張を採用しなかったことに誤りはない。
また、原告は、甲1の縫合糸留め具10に窪み18が不可欠であることを前提として、
「引用文献2に開示される単なる穴14を引用文献1に開示される窪み18の代わりに引用発明1に適用することを想到することはできません。」と主張する。
しかし、既に述べたとおり、甲1の縫合糸留め具10に窪みは不可欠なものではないため、原告の主張は失当である。
⑵また、本件審決は、そもそも甲2(引用文献2)を甲1(引用文献1)に適用しているものでない。本件審決は、縫合糸アンカーにアイレットを設けることが周知技術であることを前提として、この周知技術を引用発明の縫合糸留め具10の末端12bを取り巻く連続溝24に代えて適用しているものであり、その判断は、本件審決の相違点2についての判断で示したとおりであり、本件審決の判断に誤りはない。
なお、甲2は、縫合糸アンカーにアイレットを設けることが周知技術であることを示すために、令和4年5月25日付け拒絶理由通知書において例示したものである。
以上のように、本件審決において、甲1の縫合糸留め具10に窪みは不可欠であるという原告の主張を採用しなかったこと、また、この理解を前提とした判断に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 本願明細書等の記載内容
本願明細書等(甲4)には次のとおりの記載がある(下線は判決で付記)。⑴技術分野
「骨アンカーは、しばしば固定のための外科的処置において使用される。例えば、アンカーを縫合糸に取り付け、骨に埋め込むことができる。骨に埋め込まれた後、アンカーは骨に係合し、さらなる動きに抵抗して、取り付けられた縫合糸のアンカーポイントを提供する。」(段落【0001】)⑵背景技術
「アンカーの骨への固定強度は、骨とアンカーとの間の接触面積およびその間に存在する垂直抗力(すなわち、摩擦摺動抵抗)によって決定される。一定の垂直抗力を仮定すると、接触面積が増加するにつれて、固定強度は通常増加し、逆もまた同様である。」(段落【0002】)
「しかしながら、近年、外科医は外科的再建手術においてより小さなアンカーの使用に向かって動いている。例えば、より小さいアンカーの使用は、侵襲性が低く、より迅速な患者の治癒を可能にする。より小さい縫合糸アンカーの使用者により、周囲の骨との摩擦係合のために利用可能な表面積が小さくなり、従って、より低い固定強度が観察される。」(段落【0003】)⑶発明が解決しようとする課題
「従って、縫合糸アンカーのサイズが減少するにつれて、移植された際に骨との固定強度を維持および/または増加させる改良されたアンカーデザインが必要とされている。」(段落【0004】)
⑷課題を解決するための手段
「一実施形態では、縫合糸アンカーが提供される。縫合糸アンカーは、アンカー本体の遠位部分がテーパー状になっている、長手方向軸に沿って近位端から遠位端に延在する概して細長いアンカー本体を含む。縫合糸アンカーは、アンカー本体を貫通して形成され、長手方向軸に対して直角に延在し、縫合糸を受容するように寸法決めされたアイレットと、アンカー本体の外面内に形成され、アンカー本体の少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する、複数の第1のチャネルと、第1のチャネルの間に画定され、アンカー本体の全長の少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する、円周方向に離間した複数のリブであって、各リブの遠位端は、アンカー本体のテーパー状の遠位部分内で終端する、円周方向に離間した複数のリブと、をさらに含む。」(段落【0005】)
「一実施形態では、縫合糸アンカーは、アンカー本体コアの表面上に形成され、アイレットから近位方向に延在する複数のチャネルをさらに含み、各チャネルの幅は、縫合糸を受容するように寸法決めされる。」(段落【0023】)
⑸発明を実施するための形態
「本開示の実施形態は、従来の骨アンカーと比較して改善された固定を有する骨アンカーに関する。例えば、以下に詳細に説明するように、開示される骨アンカーの実施形態は、テーパー状の遠位端を有するアンカー本体と、アンカーの長さの少なくとも一部に沿って長手方向に延在するリブとを含む。複数のリブは、アンカー本体とテーパー付き遠位先端との間にさらに延在し、リブの遠位部分はテーパー付き遠位先端内で終端する。このようなリブは、アンカーの長さに沿ってリブと周囲の骨との間の接触を維持し、骨との表面積の増加した接触を提供し、固定強度を改善する、掘り出し影響を緩和する。」(段落【0034】)
「ある実施形態では、リブは、アンカー本体表面に形成された長手方向のチャネルによって画定される。他の実施形態では、リブは、アンカー本体表面から半径方向外側に延在する。さらなる実施形態では、リブの先頭の遠位縁部は、アンカーの遠位端が骨をより効率的に切断することを可能にするテーパー状の「ナイフエッジ状」構造で構成される。」(段落【0035】)「ここで、本開示の骨アンカーの実施形態を示す図2A~図2Cの実施形態を説明する。第1の骨アンカーの実施形態200の側面図および端面図がそれぞれ図2A~図2Bに示されている。第2の骨アンカーの実施形態250が、図2Cに、遠近法の端面図で示されている。」(段落【0036】)「図2A~2Bを参照すると、骨アンカー200は、長手方向軸204に沿って遠位端202Aから近位端202Bに延在する概して細長いアンカー本体202を含む。アンカー200の近位端202Bは、骨にアンカー200を位置決めして挿入するためのものである。例えば、ある実施形態(図示せず)において、近位端は、挿入器具を受け取るための開口を含むことができる。他の実施形態では、近位端は、挿入器具内に挿入するように適合されてもよい。」(段落【0037】)
「アンカー本体202の遠位端202Aは、骨に挿入するようにさらに適合されている。例えば、図2Aに示すように、アンカー本体202の遠位端202Aは、テーパー状の部分206を含む。ある実施形態では、テーパー部206の長さlは、全長の約10%~約30%他の実施形態では、テーパー部は、アンカー本体の長さの大部分に沿って、全長を含めて、それを含むことができる。さらなる実施形態では、アンカー本体のテーパー状の遠位部分は、選択された幾何形状で終端することができる。例としては、(例えば、長手方向軸に略垂直に延在する)概して平坦な先端、丸い先端、尖った先端、およびそれらの間の構成が挙げられるが、これらに限定されない。」(段落【0038】)
「アンカー本体202は、縫合アイレット214をさらに含む。アイレット214は、アンカー本体202を通ってその長手方向軸204に対して直角に延在し、縫合糸を受容するように寸法決めされる。例えば、アンカー本体の外面に隣接して延在する自由肢を有する縫合糸(図示せず)をアイレットに通してもよい。別の実施形態では、アイレットは、そこに縫合糸を固定するためのバーまたは他の突起を含むことができる。さらに別の実施形態では、アンカー本体にカニューレを挿入し、カニューレを通って縫合糸を通し、バーまたは突起に固定することができる。」(段落【0039】)「図2Bを参照すると、アンカー本体202は、アンカー本体202の外面250に形成された複数の第1のチャネル210をさらに含む。チャネル210それぞれは、チャネル根元部252を含む。ある実施形態では、チャネル210は、アンカー本体202の外面250に向かって移動する概ね湾曲したまたは直線状の側部に移行する湾曲したチャネル根元部252(例えば、卵形または円形)を含む」(段落【0040】)
「図2Cに示すアンカー200’の別の実施形態では、第1の複数のチャネル210’がアンカー本体202の周囲に円周方向に間隔を置いて配置された複数のリブ212’を画定する。例えば、複数のリブ212頂点は、アンカー本体の外面またはその半径方向内側の位置に配置することができる。」(段落【0042】)
「ある実施形態では、複数のチャネル210、210’の少なくとも2つが異なる深さである。例えば、図2Bに示すように、チャネル210は、アンカー本体202の円周の周りに反復パターン(例えば、1つの深いチャネル、2つの浅いチャネル)の2つの異なる深さを採用することができる。他の実施形態では、図2Cに示すように、各チャネル210’は、略同じ深さを有することができる。さらなる実施形態では、リブを画定する各チャネルの深さは、必要に応じて独立して変化させることができる。」(段落【0047】)⑹図
【図2B】
【図2C】
【図3A】
【図4A】
2 引用発明の内容
⑴甲1(引用文献1)の発明の詳細な説明の【発明の効果】には次のとおりの記載がある(下線は判決で付記)。
ア 背景技術
「軟組織を骨に付着させるための多くの器具や方法が開発されている。これらには、ねじ、ステープル、セメント、縫合糸留め具、及び縫合糸そのものが含まれている。より良い結果を上げている方法の幾つかには、縫合糸留め具を用いて縫合糸を骨に取り付け、組織を骨にごく接近させるように縫合糸を結ぶことが含まれている。組織は、開放手術の間、又は閉鎖(例えば関節鏡検査)式外科処置の間に、骨に取り付けることができる。従来の縫合糸留め具は、組織を骨に留めることに成功しているものが多いが、幾つかの欠点をも持っている。例えば、従来の縫合糸留め具の多くは、縫合糸を通さなければならない狭い通路を備えているので、縫合糸を通すことに困難さや遅れを引き起こしている。更には、縫合糸は留め具の末端において留め具に取り付けるのが普通であるので、結果として縫合糸が都合悪く動くか撚れることがある。縫合糸の2つの自由端が必要とされるか望まれる場合には、2つの自由端が留め具本体の内部、又は留め具本体の同じ側面上の唯一の穴を通って留め具から出る際に、好ましくない縺れや絡みが生じることがある。留め具がねじ型の留め具である場合には、結果として更に他の欠点が生じることがある。例えば、留め具を骨に差し込む際に、縫合糸を擦り減らすか、そうでなければ駄目にすることがある。さらに、いったん留め具を埋め込むと、縫合糸は摺動することができなくなることが多い。」(段落【0003】)
イ 発明を実施するための最良の形態
「図1及び図2は、本発明に係る縫合糸留め具10の一実施の形態を例示している。図示するように、縫合糸留め具10は基端12aと末端12bを有する本体12を備え、基端12aと末端12bとの間には縦軸線Lが延びている。本体12は概ね固体状とするのが好ましく、弾丸のような形状とすることができる。これにより、本体12は略円筒状の基端部を有していると共に、末端方向に向かって先細になる先端部14を備えている。本体12の基端12aは多様な形状とすることができるが、質的に平坦であるのが好ましく、止まり穴のような駆動器具受け部16(図2)を備えている。この受け部16は、留め具10を骨に押し込むのに有効な駆動器具を受けるために基端12aに形成してある。駆動器具受け部16は実際上任意の形状及び大きさとすることができ、穴に限定するわけではない。本体12の末端12bもさまざまな任意の形状及び大きさとすることができるが、この末端12bには窪み18を形成するのが好ましい。この窪み18は後段で詳細に説明する。代りの実施の形態では、図示しないが、末端12bを尖った及び/又は鋭利な末端部とすることにより、留め具10を骨に容易に挿入することができる。」(段落【0011】)「本体12の外面には、少なくとも1つ、なるべくなら幾つかの骨係合面部20も形成することができる。この面部20は、骨に埋め込こまれた時はいつも、骨に係合して縫合糸留め具10の抜出しを防止するのに適合している。面部20の形状や大きさは変えることができるが、典型的な実施の形態における面部20は縦方向に延びる細長い隆起の形となっている。この細長い隆起は、図示するように、末端12bの直近位置から延びて基端12aで終端している。細長い隆起のそれぞれは、図2に示すように、末端から基端に向かうにつれて増加する高さhを有する略三角形の断面形状とするのが好ましい。」(段落【0012】)
「縫合糸留め具10の表面又は内部には、縫合糸を収めるための少なくとも1つの縫合糸受け部を更に形成してある。図1及び図2に示すように、縫合糸受け部は、本体12の基端12aの両側から延びて末端12bを取り巻く連続溝24の形となっている。縫合糸受け溝24の形状や大きさは変えることができるが、図1に示すように、縫合糸26を収めるのに適合しているのが好ましい。縫合糸受け溝24は、本体12の外面と同じ高さか、より下の高さで縫合糸26を収めるのに有効な大きさと高さとするのも好ましい。このことは、留め具10を埋め込む際に縫合糸26を留め具10と骨の間でかみ合わせないようにする。更には、この種の縫合糸受け溝24の設計は、挿入中に縫合糸26の損傷を防止する。・・・」(段落【0013】)
「図1に示すように、縫合糸受け溝24には本体12の最末端12bに形成した窪み18も任意に含めることができる。窪み18は、一連の縫合糸受け溝24を中断させることができ、或いは本体12が2つの溝を別々に持つように縫合糸受け溝24から任意に隔てることができる。しかし、窪み18は、縫合糸の輪26の結び目26aを収めて、留め具10を骨に挿入する際の結び目26aによる干渉を防止するように設計するのが好ましい。したがって、窪み18は略半球状の窪んだ形とするのが好ましい。典型的な実施の形態において、窪み18は結び目26aを本体12の表面と同じ高さか、より下の高さに収めるのに適合している。」(段落【0014】)
「縫合糸受け溝24に配置する縫合糸26は、縫合糸の輪26の形とするのが好ましい。上述したように、縫合糸の輪26は結び目26aを備えることができる。その代りに縫合糸の輪26は、事情が変われば接着法によって互いに結び付けられる両端を有する糸から形成することができる。縫合糸の輪26は、留め具10に任意に接着することもでき、そうでなければ結び付けることもできる。しかしながら、縫合糸の輪26は、その基端部26bが本体12の基端12aから基部方向に広がる大きさとする必要がある。これにより、縫合糸の輪26の基部26bは、骨の留め具10に取り付ける予定の手術糸28の取付け機構を構成する。縫合糸の輪26によって、手術糸28は縫合糸の輪26に対して摺動し、それゆえに組織を骨に付着するのが容易になる。」(段落【0015】)
「当業者であれば、骨の留め具10の本体12をいろいろな形状、大きさ、及び構造とすることができることを理解するであろう。限定しない例として、図3は留め具10に類似しているが弾丸状でない留め具50を示している。どちらかと言えば、図示するように、留め具50は概ね円筒状であり、平坦な基端50aと先細でない末端50aとを有している。幾つかの骨係合部52を表面に形成してある。それらは、留め具50の総周囲長が末端50b側から基端50a側に向かって増加するように、留め具50の略中間部から留め具50の基端50a側に延びている。」(段落【0016】)
「本発明のもう一つの実施の形態において、図4に示すように、骨の留め具100は両側に溝(一方の溝112のみを図示)を備え、これらの溝は縫合糸の輪(不図示)を受ける穴104と連通している。骨の留め具100は、図1~図2に関して上述した骨の留め具10に類似しているが、概ね円筒形をして基端100aから末端100bに向かって先細になる本体102を有している。本体102の骨への挿入を容易にするため、本体102の先端106は尖っているのが好ましい。」(段落【0017】)「留め具100の表面には、少なくとも1つの、なるべくなら幾つかの骨係合面部108を、なるべくなら幾つかの飛び飛びの骨係合歯の形で形成することもできる。歯108の形状、大きさ、及び位置は変えることができるが、典型的な実施の形態における歯108は概ね底面三角形又はピラミッド状としてある。留め具100を骨に容易に挿入するため、歯108は縦方向に向けるのも好ましい。特に、図示するように、歯108の幅wtと高さhtは、末端側に位置する前端108aから基端側に位置する後端108bへと増加している。当業者であれば、縫合糸留め具100は図1~図2について上述した表面の細長い隆起を含め、その他いろいろな骨係合面部を備えることができることを理解するであろう。」(段落【0018】)
「図4の参照を続けるが、縫合糸の輪を収めるための縫合糸受け部を縫合糸留め具100の表面に設けることも好ましい。この縫合糸受け部は多様な構造とすることができる。しかし、典型的な実施の形態では、図1~図2について上述した縫合糸受け溝24に似ている両側の縫合糸受け溝110、112の形としてある。縫合糸受け溝110、112は本体102の基端100aから末端方向に延びるのが好ましく、それらは留め具100の本体102を貫通する穴104の所で終端することができる。穴104は本体102の末端100bに近い位置、より好ましくは本体102の略中間点に近い位置に設けてある。穴104は横向き穴とするのが好ましいが、任意の形状及び大きさとすることができると共に、本体102のどこにでも位置させることができる。しかし、穴104は留め具100の構造上の完全性を邪魔してはならない。穴104に丸みのある外縁、例えば縁104aを持たせることにより、その穴104に通した縫合糸を損傷させることなく自由に摺動させるのも好ましい。限定しない例として、その他の実施の形態における穴104は、留め具100の縦軸線lに対して傾いて延びることもあり、及び/又は留め具100の縦軸線lに沿って延びるか、軸線方向外側に延びることもある。当業者であれば、穴104は概ね任意の構造とすることができることを理解するであろう。」(段落【0019】)
ウ 図
【図1】
【図2】
【図4】
⑵上記によれば、引用発明の内容については、甲1の図1及び図2から、縫合糸留め具10において、本体12の基端12aの両側から延びて末端12bを取り巻く連続溝24、すなわち縫合糸受け溝24は、末端12bにおいて本体12をコ字状に取り巻いており、本体12の長手方向軸に対して直角に延在していること、縫合糸受け溝24は、縦方向に延びる細長い隆起の形をした複数の骨係合面部20の間に設けられていることが看て取れる。そして、上記⑴の記載(特に段落【0011】ないし【0013】の下線が付された箇所)及び図1、2及び4によれば、甲1には、本件審決が認定した内容の引用発明(上記第2の3⑵)が記載されているといえる。なお、本件審決が認定した引用発明の内容(本件審決7頁18行目ないし同頁33行目)については、原告も争わない(準備書面(原告第1回)令和5年7月31日付け第1の4)。
3 取消事由1(一致点の認定の誤り(相違点の看過))について⑴本件審決が認定した本願発明の内容(上記第2の2)については原告も争わない(令和5年7月31日付け準備書面(原告第1回)第1の2)ところ、本願発明と引用発明とを対比すると、以下のとおり認められる。
ア 引用発明の縫合糸留め具10が備える本体12の「末端12b」、「基端12a」は、それぞれ、本願発明のアンカー本体の「遠位端」、「近位端」に相当する。そして、引用発明の「本体12」は「略円筒状の基端部」と「末端方向に向かって先細になる先端部14」を有するから、引用発明の「縫合糸留め具10」は、本願発明の「アンカー本体であって、前記アンカー本体の遠位端から近位端に向かって前記アンカー本体の長さの少なくとも一部分に沿ってテーパー状になっている前記アンカー本体」を備える「縫合糸アンカー」に相当する。
イ 甲1の図1に照らせば、引用発明の縫合糸留め具10が備える本体12の外面に形成される、縦方向に伸びる細長い隆起の形の「幾つかの骨係合面部20」、すなわち「複数の骨係合面部20」は、「複数のリブ(畝、肋など)」と表現することができるものであり、「複数の骨係合面部20の間の部分」は、「複数のチャネル(溝、経路など)」と表現することができるものである。
また、引用発明の複数の骨係合面部20の細長い隆起は、縫合糸留め具10の「末端12bの直近位置から延びて基端12aで終端している」ものであることを踏まえると、上記「複数のチャネル」と表現することができる「複数の骨係合面部20の間の部分」は、本願発明の「前記アンカー本体の外面から半径方向内方に向かって前記アンカー本体の外面内に形成され、前記アンカー本体の少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する複数のチャネル」に相当する。
ウ さらに、引用発明の「複数の骨係合面部20」は、上記「複数のチャネル」と表現することができる「複数の骨係合面部20の間の部分」によって画定されるということができるから、引用発明の「複数の骨係合面部20」は、本願発明の「前記複数のチャネルの間に画定され、前記アンカー本体の長さの少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する、円周方向に間隔を置かれた複数のリブであって、各リブの遠位端は、アンカー本体の前記遠位端よりも近位側に位置している、複数のリブ」に相当する。
エ そして、引用発明の「複数の骨係合面部20の間の部分」は、本体12だけで形成されるものではなく、本体12と、当該本体12の外面に形成される縦方向に伸びる細長い隆起である複数の骨係合面部20によって形成されるものであるから、引用発明の「本体12と複数の骨係合面部20とによって構成される部材」が、外面から半径方向内方に向かって外面内に形成された複数のチャネル及び当該複数のチャネルの間に画定された複数のリブを備える、本願発明の「アンカー本体」に相当することになる。
オ 引用発明の「連続溝24」の「末端12bを取り巻く部分」は、本体12の末端12bをコ字状で取り巻いているから、「本体12の長手方向軸に対して直角に延在」するものであって、「縫合糸26を収めるのに適合している」ものである。
そうすると、引用発明の「連続溝24」の「末端12bを取り巻く部分」と本願発明の「アイレット」とは、「前記アンカー本体に形成され、前記アンカー本体の長手方向軸に対して直角に延在し、縫合糸を受容するように寸法決めされた部分」の限度で一致するといえる。
カ 引用発明の「縫合糸受け溝24」は、「骨係合面部20の間の部分」に設けられた「チャネル」と表現することができるものであって、「縫合糸を受容するように寸法決めされ」ているものである。
そして、引用発明における末端12bを取り巻く部分で、本体12の末端12bをコ字状で取り巻く、本体12の両側の縫合糸受け溝24と連続した溝である連続溝24は、上記オのとおり、「本体12の長手方向軸に対して直角に延在」するものといえるところ、縫合糸受け溝24とそれを延長した線と、「本体12の長手方向軸に対して直角に延在」する連続溝24とそれを延長した線とは、交差する位置関係にあるといえる。これを踏まえれば、「縫合糸受け溝24は、骨係合面部20の間に設けられ、本体12の基端12aの両側から延びて末端12bを取り巻く連続溝24の形」であることは、本件審決のとおり、「本体12の両側に設けられた縫合糸受け溝24が本体12の末端12bを取り巻く連続溝24と交差している」ということができる。
そうすると、本件審決のとおり、引用発明の「縫合糸受け溝24は、骨係合面部20の間に設けられ、本体12の基端12aの両側から延びて末端12bを取り巻く連続溝24の形となっており、縫合糸受け溝24は縫合糸26を収めるのに適合しており」と、本願発明の「前記チャネルが前記アイレットと交差している場合に、前記チャネルの深さが、前記チャネルと交差する前記アイレットの近位側の縁部から前記アンカー本体の前記近位端に至るまで、縫合糸を受容するように寸法決めされていること」とは、「前記アンカー本体に形成され、前記アンカー本体の長手方向軸に対して直角に延在し、縫合糸を受容するように寸法決めされた部分に」「交差する前記チャネルの深さが、前記アンカー本体の前記近位端に至るまで、縫合糸を受容するように寸法決めされている」限度で一致するといえる。
キ 以上の検討によれば、本願発明と引用発明との一致点は、本件審決が認定したとおりの内容(上記第2の3⑵)であるものと認められるから、審決の一致点の認定に誤りはなく、そこに相違点の看過も認められない。そうすると、原告の主張する取消事由1には理由がない。
⑵原告の主張に対する判断
ア 原告は、上記第3の1〔原告の主張〕⑴のとおり、引用発明の本体12と骨係合面部20から構成される部材が本願発明の「アンカー本体」に相当し、引用発明の骨係合面部20から窪んだ本体12の外面は「アンカー本体の外面」に相当するから、本願発明の「アンカー本体の外面から半径方向内方に向かって前記アンカー本体の外面内に形成された・・・チャネル」には相当せず、引用発明の「複数の骨係合面部20の間の部分」は、本願発明における「アンカー本体の外面内に形成され、前記アンカー本体の少なくとも一部分に沿って長手方向に延在する複数のチャネル」には相当しない旨を主張する。
しかし、本願明細書等の段落【0040】に「チャネル210は、アンカー本体202の外面250に向かって移動する・・・チャネル根元部252(例えば、卵形または円形)を含む」と、段落【0042】に「図2Cに示す・・・実施形態では、・・・複数のリブ212頂点は、アンカー本体の外面またはその半径方向内側の位置に配置することができる。」と、段落【0047】に「図2Bに示すように、チャネル・・・は、アンカー本体202の円周の周りに・・・異なる深さを採用することができる。」とそれぞれ記載されているとおり、「アンカー本体の外面」は、必ずしもアンカー本体に存在する複数のチャネル及び複数のリブによって形成される、断面が凹凸を有する輪郭を成す面を指すものではなく、「アンカー本体202の円周の周り」、すなわちチャネル及びリブをアンカー本体と一体のものとして、複数のチャネルの間に画定される各リブの最外部(頂点)を結んだ外周を指すものとしても用いられているものと解される。
そうすると、上記⑴エのとおり、本願発明の「アンカー本体」に相当する引用発明の本体12と複数の骨係合面部20とによって構成される部材においても、本体12の外面から突出した複数の骨係合面部20における最外部(頂点)、すなわち本体12の断面中心から半径方向外方に最も突き出した部分を結んだ外周を当該部材の外面とみなせば、引用発明の複数の骨係合面部20の間の部分は、本願発明の「複数のチャネル」に相当するものであり、かつ当該部材の外面から半径方向内方に向かって当該部材の外面内に形成されているものといえる。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は、上記第3の1〔原告の主張〕⑵のとおり、引用発明の「縫合糸受け溝24」は「複数のチャネル」に相当しないと主張する。
しかし、上記アで検討したとおり、引用発明の本体12と複数の骨係合面部20とによって構成される部材の、複数の骨係合面部20の最外部(頂点)を結んだ外周を当該部材の外面とみなせば、引用発明の「縫合糸受け溝24」も、当該部材の外面から半径方向内方に向かって、当該部材の外面内に形成された「複数の骨係合面部20の間の部分」の一つに含まれるものであり、「複数のチャネル」に相当するものといえる。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
4 取消事由2(相違点2に対する判断の誤り)について
⑴甲2(米国特許出願公開第2009/0149856号明細書)の記載事項
甲2には、次のとおりの記載がある。
ア Fig.27a
「
」
イ 6頁左欄(Fig.27aの説明)
「[0082]縫合アンカは、細長いシャフト12および先細チップ11を備えている。シャフト12には、隆起部が設けられている。チップ11近傍のシャフト12には、縫合糸13のための少なくとも1つの穴14が存在している。」
⑵相違点2の容易想到性の検討
ア 上記⑴ア及びイの記載によると、縫合アンカ(縫合糸アンカー)について記載する甲2には、縫合糸アンカーが縫合糸を受ける手段としての、本体の側面を貫通する穴の構造が開示されている。
そして、このような縫合糸を通す貫通した穴の構造は、上記⑴ア(甲2のFig.27a)や甲1の図2に示されるものと骨係合面部 (隆起部)の形状が異なる、甲1の図4に示される縫合糸留め具(縫合糸アンカー)においても設けられていること、甲1の背景技術(従来技術)として留め具本体の側面に設けられた穴から縫合糸を通す旨が記載されていること(段落【0003】)からすると、縫合糸アンカーの技術分野において、本件特許出願の優先日前の周知技術ということができる。なお、縫合糸が通る貫通する穴(アイレット)を縫合糸アンカーに設けることが周知技術であることについては、原告も争わない。
また、甲1には、上記2⑴のとおり、骨の留め具の本体をいろいろな形状、大きさ及び構造にできることを当業者は理解する(段落【0016】)と記載されており、縫合糸留め具本体の基端から末端方向に延びる縫合糸受け溝は、縫合糸留め具の本体を貫通する穴の所で終端することができることに加え、縫合糸を通すための貫通する穴は、縫合糸留め具の構造上の完全性を邪魔しない範囲であれば、縫合糸留め具の本体のどこにでも位置させることができる(段落【0019】)と記載されている。一方、甲1には、縫合糸受け溝は貫通する穴の所で必ず終端とし、貫通する穴を越えてさらに、末端方向に延びてはならない旨の記載はない。
そうすると、複数のチャネル及び複数のリブを備える甲1の図1に記載された引用発明の縫合糸留め具において、その末端を取り巻く縫合糸を受ける連続溝に代えて、上記周知技術に基づいて、縫合糸を通すための貫通する穴である「アイレット」を設けることは、当業者が容易に想到し得たものということができる。
イ 本願発明において、チャネルとアイレットとが交差している(上記第2の2)との点について、本願明細書等には「交差」の語の記載はないところ、「交差」は「線状のものが十文字に交わること」(甲6)を意味するが、縫合糸を受容するように寸法決めされた幅を有する、アンカー本体の表面上に形成されたチャネルは、アイレットから近位方向に延在するとの本願明細書等の段落【0023】における記載や、図4Aに示される縫合糸アンカーにおけるチャネルとアイレットの位置関係に照らすと、本願発明においては、チャネルとアイレットとが交差していることにおける「交差」は、「T字状の交わり」を意味していると解される。なお、「T字状の交わり」が社会通念上「交差」に含まれる場合があることや、本願明細書等の図面を参照し、本願発明におけるアイレットとチャネルとが交わる部分はT字状の交差に相当するとみなすことが可能であることについては、原告も認めるところである。
そして、上記アのとおり、引用発明の縫合糸留め具において、周知技術である縫合糸を通すための穴である「アイレット」を側面に設ける際に、甲1の図4にも示されているような、本体の両側にある縫合糸受け溝において、縫合糸留め具の構造上の完全性を邪魔しない範囲で、基端から末端に延びる基端側と末端側との間の位置で連通するように縫合糸留め具本体を横向きに貫通する位置とすることは当業者において適宜採用し得る設計事項であり、このようにすれば、縫合糸受け溝である「チャネル」の一つと、縫合糸を通すための貫通する穴である「アイレット」とは、本願明細書等の図3Aや図4Aに示されるようにT字状で交わることになり、本願発明でいう「交差」(T字状の交わり)の位置関係となるものである。
ウ 以上によれば、相違点2に係る本願発明の構成は、引用発明に甲2に記載された技術的事項と周知技術を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものと認められるから、本件審決がした相違点2についての容易想到性の判断に誤りはない。
したがって、原告の主張する取消事由2は理由がない。
⑶原告の主張に対する判断
ア 原告は、上記第3の2〔原告の主張〕⑴のとおり、甲1の図4等を見ても、縫合糸受け溝が穴と交差して、縫合糸受け溝が穴を越えて遠位端側に延びる構成は、開示又は示唆されておらず、本願発明の「前記チャネルが前記アイレットと交差している場合」とすることは、容易想到ではない旨を主張する。
しかし、上記⑵アのとおり、甲1には、縫合糸留め具本体の基端から末端方向に延びる縫合糸受け溝は、縫合糸留め具の本体を貫通する穴の所で終端することができることが記載されているにとどまる。そして、甲1の図4は、縫合糸受け溝を貫通する穴の所で終端する場合についての具体的な構造を示すものにすぎず、縫合糸受け溝は貫通する穴の所で終端とし、貫通する穴を越えてさらに末端方向に延びることはできないことを示すものではない。また、甲1には、縫合糸留め具に設けられた縫合糸受け溝は貫通する穴の所で終端とし、貫通する穴を越えてさらに末端方向に延びてはならないことまでは記載されていない。
さらに、上記2⑴の段落【0018】に「当業者であれば、縫合糸留め具100は図1~図2について上述した表面の細長い隆起を含め、その他いろいろな骨係合面部を備えることができることを理解するであろう。」と記載されているとおり、甲1には、甲1の図4に示される貫通する穴を備えた縫合糸留め具における骨係合面部の形状は、幾つかの飛び飛びの骨係合歯の形だけでなく、甲1の図1及び図2に示される表面の細長い隆起の形にもできるとの記載もある。
そして、引用発明、甲1の記載及び周知技術に基づいて、引用発明の縫合糸留め具における縫合糸受け溝である「チャネル」と貫通する穴である「アイレット」とを本願発明でいう「交差」(T字状の交わり)の位置関係とすることが当業者にとって容易に想到し得たことは、上記⑵で述べたとおりである。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は、上記第3の2〔原告の主張〕⑵のとおり、本願発明は格別な作用効果を奏する旨を主張する。
しかし、甲1の段落【0008】において、「さらに、縫合糸受け溝は縫合糸の輪を収めるので、骨に埋め込む際に縫合糸を留め具と骨の間でかみ合わせることがなく、縫合糸の損傷を防止することができる」と記載されているように、縫合糸受け溝や骨係合面部を備える引用発明の縫合糸留め具を骨内に挿入する際に、縫合糸が留め具と骨の間でかみ合わさって損傷することがない構造とすることは当業者における自然な発想であるところ、引用発明の縫合糸留め具の本体において、上記⑵のとおりに連続溝に代えて貫通する穴である「アイレット」を設ける場合についても、縫合糸、縫合糸受け溝(チャネル)、骨係合面部(リブ)、及びアイレットについて、骨内への挿入時における骨との接触による縫合糸の損傷を来さない構造や配置とすることは、当業者が当然に行うものである。原告が主張する作用効果は、そのような構造や配置とすることで自ずと奏されるものであって、格別なものではない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
ウ 原告は、上記第3の2〔原告の主張〕⑶のとおり、引用発明の縫合糸留め具において連続溝に代えて甲1の図4の貫通する穴を適用することには動機付けがなく、阻害要因がある旨を主張する。
しかし、本件審決の相違点2に係る判断において、引用発明の縫合糸留め具における連続溝に代えて貫通する穴を適用したことは、甲1の図4のみに基づくものではなく、上記⑵アのとおり、本件出願の優先日前の周知技術に基づくものであるから、原告の主張は前提を欠くものということができる。そして、甲1の図1と図4の末端形状が異なっていることは、当業者が、引用発明の縫合糸留め具において、連続溝に代えて周知技術である貫通する穴を適用することを阻害するものとはいえない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
5 取消事由3(請求人(原告)の主張に対する認定、判断の誤り)について⑴原告は、上記第3の3〔原告の主張〕⑴及び⑵のとおり、窪み18は引用発明の不可欠の構成であるとの原告の主張を本件審決が採用しなかったのは誤りである旨を主張する。
甲1には、上記2⑴イのとおり、段落【0011】に「この末端12bには窪み18を形成するのが好ましい」と、段落【0014】に「図1に示すように、縫合糸受け溝24には本体12の最末端12bに形成した窪み18も任意に含めることができる。・・・しかし、窪み18は、縫合糸の輪26の結び目26aを収めて、留め具10を骨に挿入する際の結び目26aによる干渉を防止するように設計するのが好ましい」と記載され、段落【0015】にも「縫合糸の輪26は結び目26aを備えることができる」と記載されている。これらの記載によれば、甲1の図1に示される結び目26aやそれを収めることができる窪み18は、任意に設けられる構成であって、引用発明における不可欠な構成であるとはいえない。
したがって、本件審決において、縫合糸留め具10の窪み18が不可欠であるという、原告の主張を採用しなかったことに誤りはなく、原告の主張する取消事由3は理由がない。
⑵原告は、上記第3の3〔原告の主張〕⑶のとおり、甲1の図1において結び目26aを排除したうえで、さらに連続溝24を、甲1の図4における縫合糸受け溝112及び穴104に置き換えることは、論理が飛躍しており、本願発明を知ったことを前提とした後知恵である旨を主張する。
しかし、上記のとおり、縫合糸の輪26の結び目26aは引用発明における不可欠な構成ではないから、これを排除する必要は生じない。また、本件審決では、「甲1の図1の縫合糸留め具における連続溝」に代えて「甲1の図4の縫合糸受け溝や穴」を採用するとしているのではなく、「引用発明の縫合糸留め具における連続溝」に代えて「周知技術である貫通する穴」を採用するとしているのであるから、原告の主張は前提に誤りがある。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
6 結論
以上のとおり、本件審決の認定及び判断に誤りは認められず、原告主張の取消事由1ないし3には、いずれも理由がない。
よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
東海林保
裁判官
今井弘晃
裁判官
水野正則
(別紙審決書写し省略)
出典:裁判所ウェブサイト「裁判例検索」(https://www.courts.go.jp/hanrei/93044/detail8/index.html)。本文は同サイト掲載の判決書PDFからTaiLexi AIがテキスト化・整形したもの(正確な文言は原本PDFを参照)。判示事項・裁判要旨・参照法条は裁判所の公表どおり。