令和8年8月4日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
令和6年(ワ)第70538号特許権侵害損害賠償請求事件
口頭弁論終結日令和8年5月26日
判決
当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、1000万円及びこれに対する令和6年11月15日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、発明の名称を「芳香カートリッジ」とする発明の特許(以下「本件特許」といい、本件特許に係る特許請求の範囲請求項1の発明を「本件発明」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が、別紙被告製品目録記載の各製品(以下、併せて「被告製品」という。)は本件発明の技術的範囲にそれぞれ属することから、被告による被告製品の譲渡等は本件特許権の侵害に当たると主張して、被告に対し、不法行為(民法709条。損害額につき、特許法102条2項。)に基づき、少なくとも7億2600万円を下らない損害の一部請求として1000万円の損害賠償及びこれに対する令和6年11月15日(本件特許権の設定登録日より後の日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
補助参加人は、被告を補助するため本件訴訟に参加した。
1 前提事実(証拠等を掲記しない事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められる。なお、書証の番号は特に断らない限り枝番号を含む(以下同じ。)。)
(1) 当事者等
ア 原告は、雑貨(ノンニコチンスティック等)商品の企画、製造、販売に関する事業等を行う株式会社である。(甲1)
イ 被告は、加熱式タバコを含む多様な商品の製造、販売、輸出入等を業とする株式会社である。(甲2)
ウ 補助参加人は、たばこの輸入及び販売、日本で販売されるたばこに関する連絡業務、市場開発、広告宣伝業及び広告物制作業務並びに販売促進業務等を行う合同会社である。
被告製品は、補助参加人の関連会社であるフィリップ・モリス・プロダクツ・エス・アー(以下「PMPSA」という。)が製造し、同社から供給を受けた補助参加人と被告との間の独占的販売契約に基づき、補助参加人から被告に供給されている製品である。補助参加人は、同契約に基づき、被告に対し、被告製品が第三者の権利を侵害した場合等に、被告が負担する損害・損失等について補償義務を負う。(丙1)
(2) 本件特許権及び本件発明
原告は、次の特許権(本件特許権)を有している(以下、本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。)。(甲3、4)
特許番号特許第7583390号
発明の名称芳香カートリッジ
出願番号特願2024-168233号
出願日令和6年9月27日
分割の表示特願2024-154121号の分割
原出願日平成31年4月24日
登録日令和6年11月6日
特許請求の範囲
【請求項1】
「発熱体と接触するエアロゾルフォーマと香気成分を含む被加熱芳香発生基材が巻装された被加熱芳香発生体と、
前記被加熱芳香発生体の両端部のうちの芳香カートリッジの端部
側に配設される蓋材と、前記被加熱芳香発生体に隣接するマウスピースとを、長手方向に連結するように巻装するカートリッジ外装体と、を備え、
前記マウスピースは、前記被加熱芳香発生体に隣接する貫通孔を含む円柱状支持部材と、前記円柱状支持部材に隣接する冷却部材と、前記冷却部材に隣接するフィルタとを備え、
前記冷却部材は、貫通孔が設けられた円柱状の管で形成されており、前記被加熱芳香発生体は、煙及び前記香気成分の気体生成持続材料である無機粒子をふくむ、
ことを特徴とする芳香カートリッジ。」
なお、上記「気体生成持続材料」に関し、本件明細書中の「気体生成維持材料」及び「気体生成持続材料」の記載が同一の意味を有することにつき、当事者間に争いはなく、以下、両者を区別せず、「気体生成持続材料」と記載する。
(3) 構成要件の分説
A発熱体と接触するエアロゾルフォーマと香気成分を含む被加熱芳香発生基材が巻装された被加熱芳香発生体と、
B前記被加熱芳香発生体の両端部のうちの芳香カートリッジの端部側に配設される蓋材と、前記被加熱芳香発生体に隣接するマウスピースとを、長手方向に連結するように巻装するカートリッジ外装体と、を備え、C前記マウスピースは、前記被加熱芳香発生体に隣接する貫通孔を含む円柱状支持部材と、前記円柱状支持部材に隣接する冷却部材と、前記冷却部材に隣接するフィルタとを備え、前記冷却部材は、貫通孔が設けられた円柱状の管で形成されており、
D前記被加熱芳香発生体は、煙及び前記香気成分の気体生成持続材料である無機粒子をふくむ、
Eことを特徴とする芳香カートリッジ。
(4) 被告の行為等
被告は、補助参加人との間の独占的販売契約に基づき、補助参加人から供給される被告製品を日本国内において譲渡又は譲渡の申出をしている。被告製品は、PMPSAが製造する「IQOSイルマ」又は「IQOSイルマi」と称する誘導加熱式喫煙具に挿入して用いられるたばこスティックである。(甲5)
ただし、被告製品の具体的な構成については、別紙「被告製品の構成(主張対比表)」のとおり、争いがある。
2 争点
(1) 被告製品の本件発明の技術的範囲への属否(争点1)
ア 「被加熱芳香発生基材」及び「被加熱芳香発生体」(構成要件A)の充足性(争点1-1)
イ 「蓋材と……マウスピースとを、長手方向に連結するように巻装するカートリッジ外装体」(構成要件B)の充足性(争点1-2)
ウ 「貫通孔を含む円柱状支持部材」(構成要件C)の充足性(争点1-3)
エ 「貫通孔が設けられた円柱状の管」である「冷却部材」(構成要件C)の充足性(争点1-4)
オ 「気体生成持続材料である無機粒子」(構成要件D)の充足性(争点1-5)
(2) 無効理由の有無(争点2)
ア 分割要件違反に基づく新規性欠如の有無(争点2-1)
イ 明確性要件違反の有無(争点2-2)
ウ サポート要件違反の有無(争点2-3)
エ 実施可能要件違反の有無(争点2-4)
オ 特表2015-503336号(丙36)に係る発明(以下「丙36発明」という。)を主引用例とする新規性・進歩性欠如の有無(争点2-5)
(3) 原告の損害発生の有無及び額(争点3)
3 当事者の主張
(1)「被加熱芳香発生基材」及び「被加熱芳香発生体」(構成要件A)の充足性(争点1-1)
(原告の主張)
ア 本件特許の請求項1において、構成要件Aの「被加熱芳香発生基材」及び「被加熱芳香発生体」(以下、併せて「被加熱芳香発生基材等」ということがある。)につき、非タバコ材を用いた基材であるとか、タバコ材を用いた基材を除くことは記載されていない。また、本件明細書には、本件発明の背景技術として、吸引力低下の原因は、①結合剤の増加、②常温で液体であるグリセリンやプロピレングリコール等のエアロゾルフォーマの経時的なブリードアウトであることが説明されている(【0008】、【0009】)。そうすると、被加熱芳香発生基材等がタバコ材を用いたものであるか非タバコを用いたものであるかに関わりなく、結合剤等を多量に用いる必要がある被加熱芳香発生基材等においては、上記①②が発生し、吸引力の低下が起き得ることになるから、本件発明が解決しようとする課題の背景技術の対象は、非タバコ材の被加熱芳香発生基材等のみならず、タバコ材の被加熱芳香発生基材等も含まれる。
イ また、本件明細書の記載によれば、本件発明は、被加熱芳香発生基材等が無機粒子を含むことにより、①無機粒子がスペーサとして充填物同士の接触面積を低減し、②長時間高温状態におかれても、エアロゾルフォーマのブリードアウトによる充填物同士の融着を阻害する効果を奏し、かつ、③無機粒子がエアロゾルフォーマのブリードアウトを抑制する効果を奏するものであることが理解できるところ(【0068】、【0267】)、これらの作用効果は、乾燥して粉砕したタバコ材とグリセリン等のエアロゾルフォーマと結合剤とを配合した被加熱芳香発生基材等を用いる場合にも奏するものである。
したがって、本件発明は、非タバコ材のみならず、タバコ材の被加熱芳香発生基材等における吸引量の低下を解決するものである。
ウ 本件明細書には、被加熱芳香発生基材等がタバコ材を含むことを前提とした記載(【0016】、【0018】、【0019】)があり、実際の実証実験においても、乾燥して粉砕したタバコ材とエアロゾルフォーマと結合剤とを配合した被加熱芳香発生基材を用いる場合、結合剤による影響やエアロゾルフォーマの経時的なブリードアウトによって吸引力の低下が起きることになるが、被加熱芳香発生基材に無機粒子を含めることにより、吸引力の低下を防ぐことが実証されている。
エ さらに、被告製品の被加熱芳香発生基材は、従来の紙巻きタバコのように燃焼により香気を発生させるものではなく、粒径100㎛以下に微粉砕されることによりその繊維構造を失った粉砕タバコ粉末に、エアロゾルフォーマ(グリセリン)及び結合剤(グアガム等)を混合し、スラリー状にして成形した人工的な被加熱芳香発生基材である。
したがって、被告製品の被加熱芳香発生体は、本件発明の被加熱芳香発生体と同様に、繊維を多量に含んでおらず、結合剤を多量に用いており、エアロゾルフォーマの経時的なブリードアウトによって、粒子径の空隙が塞がれ、気体流路が遮断されやすくなる。そのため、被告製品においては、「結合剤が増加すると、被加熱芳香発生基材の密度が高くなり、加熱により放出されるエアロゾルフォーマ及び非タバコ材の被加熱芳香発生基材内部からの揮発成分の流路が閉ざされ、エアロゾルの煙や非タバコ材の香気成分の吸引が困難となり、結果として、吸引量が低下する。」
(【0008】)
という本件発明の課題と同一の課題を有することになる。
オ 以上のとおり、請求項1及び本件明細書の記載によれば、本件発明の「被加熱芳香発生基材」は、非タバコ材を用いた基材であれ、タバコ材を用いた基材であれ、素材の由来にかかわらず、繊維を多量に含んでおらず、結合剤を多量に用いており、エアロゾルフォーマの経時的なブリードアウトが起こりやすい構造であれば、その範囲に包含するものである。そして、被告製品のようにタバコ葉の繊維構造を失い、結合剤とエアロゾルフォーマによって再成形された粉末基材は、無機粒子を含めなければ、結合剤による影響やエアロゾルフォーマの経時的なブリードアウトによって粒子間の空隙が塞がれ、気体流路が遮断されやすくなる。
よって、被告製品の基材は本件発明の「被加熱芳香発生基材」に含まれるものであり、被告製品は、本件発明の「被加熱芳香発生基材」及び「被加熱芳香発生体」(構成要件A)を充足する。
(被告及び補助参加人の主張)
ア 本件発明は、加熱によって香味を発生する基材(被加熱芳香発生基材)を、従来のタバコ材ではない非タバコ材に変えた喫煙カートリッジにおいて生じる特有の問題である、気体流量の減少という問題を解決することを課題とする発明であり(【0014】、【0097】)、「タバコ材を含むエアロゾル形成体」については、そのような問題が生じないことは本件明細書において明確に説明されている(【0008】~【0010】、【0042】、【0043】、【0106】~【0108】等)。また、本件明細書における基材の材料、製造方法等の説明は全て非タバコ材に関するものであり、タバコ材を用いた被加熱芳香発生基材等についての記述はない。発明の効果も、非タバコ材のみを用いた被加熱芳香発生基材についてしか記載されていない。
このように、本件発明の「被加熱芳香発生基材」、「被加熱芳香発生体」及び「芳香カートリッジ」は、タバコ材を使用したタバコシートやこれを使用した喫煙カートリッジを含まない。
イ これに対し、被告製品は、本件明細書において本件発明の解決課題の対象外とされている従来技術のタバコ材をエアロゾルの発生基材として用いたものであるから、本件発明における課題及び解決手段とは無関係である。したがって、被告製品は、構成要件Aの「被加熱芳香発生基材」及び「被加熱芳香発生体」を充足しない。
ウ なお、原告は、被告製品のタバコシートには繊維を多量に含んでいないことを前提とした主張をするが、被告製品のタバコ葉の粉末体は、微細なサイズに粉砕されていても繊維状の成分が残っており、その繊維は他の部分と絡まり合っているのであって、原告の上記主張は事実に反する。また、原告の主張する実証実験結果は本件明細書に記載されておらず、そのような後出しのデータを、本件発明の「被加熱芳香発生基材」の用語の意義や本件発明の技術的意義を解釈する上で参酌することは許されない。
(2) 「蓋材と……マウスピースとを、長手方向に連結するように巻装するカートリッジ外装体」(構成要件B)の充足性(争点1-2)
(原告の主張)
被告製品は、タバコ部の両端部のうちのタバコスティックの端部側に配設される部材A(フロントシール)と、部材B(タバコ部)に隣接する部材C、D及びEとを、長手方向に連結するように巻装する巻紙F及び巻紙Gを備える(構成d)ものである。そして、本件発明のカートリッジ外装体が1つの部材をもって構成されていなければならないと限定解釈する理由はないので、複数の巻紙であってもカートリッジ外装体に含まれるから、被告製品の巻紙F及び巻紙Gは本件発明のカートリッジ外装体に相当し、被告製品は構成要件Bを充足する。
(被告及び補助参加人の主張)
本件発明は、①蓋材、②被加熱芳香発生体、③マウスピースの3部材を長手方向に連結するものが「カートリッジ外装体」であると規定している。そして、本件特許の請求の範囲の文言によれば、マウスピースは「円柱状支持部材」と「円柱状冷却部材」と「フィルタ」とで構成されるものである。つまり、「カートリッジ外装体」は①、②、③を連結することによって1個の「カートリッジ」とするための部材であり、本件明細書には、そのような部材としては1個のものしか記載されていない。
他方、被告製品は、部材A(フロントシール)、部材B(タバコ部)、部材C(エアーフローチャンバー)及び部材D(冷却プラグ)の一部分を、巻紙Fで包み、さらに、中空円筒管状部材に接して部材E(フィルタ)を位置させて、巻紙Fの一部と重なるように巻紙Gで巻くことにより、部材A~Eが順次隣接して配置される1本のスティックとして構成している。
原告が「カートリッジ外装体」に当てはめていると思われる被告製品の巻紙Fは、部材A~CとDの一部を連結して巻装しているだけで、部材Eは巻紙Gによって部材Dと連結されているから、本件発明のように蓋材と被加熱芳香発生体に、支持部材、冷却材、フィルタの3つで構成される「マウスピース」を連結するという構成が存在しない。
したがって、「蓋材と……マウスピースとを、長手方向に連結するように巻装するカートリッジ外装体」は存在せず、被告製品は構成要件Bを充足しない。
(3) 「貫通孔を含む円柱状支持部材」(構成要件C)の充足性(争点1-3)(原告の主張)
ア 「支持部材」について
本件特許の請求の範囲の文言上、本件発明を加熱ブレード挿入方式(喫煙デバイスに搭載された加熱ブレードをタバコスティックに挿入し、その加熱ブレードの抵抗加熱によってタバコを加熱する方式。)に限定する旨の記載はなく、本件明細書上も、そのように限定する旨の記載や誘導加熱方式(外部から加熱ブレードを差し込むのではなく、製造時点であらかじめタバコ部分の中に小さな金属片を配置しておき、電磁誘導の原理を利用して、上記金属片を熱してタバコ部分を加熱する方式。)を排除する記載はないから、本件発明は加熱ブレード挿入方式に限定されない。
「支持部材」とは、被加熱芳香発生体に対して掛かる力に対し、被加熱芳香発生体を支えてその移動を阻止するものと解釈されるところ、加熱ブレード挿入方式のみならず、誘導加熱方式の装置においても、カートリッジ挿入時にはカートリッジをしっかり内部に固定するためのテーパーを持った突起からの抗力がカートリッジに作用し、エアロゾル形成基材を移動させる力が働く。すなわち、タバコスティックは、デバイスに挿入される際、デバイスの内壁全体から圧力を受け続けながら押し込まれることになるから、充填物であるタバコ部分にはマウスピース側に移動する力が加わる。また、被告製品をデバイスの長手方向に対して斜めの方向から挿入しようとすると、タバコスティックにはマウスピース方向(軸方向)への力が加わる。このとき、部材C(エアーフローチャンバー)が抵抗となって、「タバコ部分がマウスピース側に移動しないように支持」する。したがって、誘導加熱方式の装置に使用される被告製品においても、部材B(タバコ部)が移動する力が作用する場合に、部材Cが部材Bに対して掛かる力に対し、部材Bを支えてその移動を阻止するものとして機能する。
よって、被告製品の部材Cは「支持部材」に相当する。
イ 「貫通孔を含む円柱状」について
「円柱」とは、底面が円であり、高さ方向にまっすぐ伸びた立体であり、「貫通孔を含む円柱」とは、円柱の中に穴が貫通しているものを意味する。本件明細書中にも、貫通孔を含む円柱状支持部材が「管」であることが明記されている(【0157】、【0244】)。このように、「貫通孔を含む円柱」は、細長い円筒形で中が空洞になっているものを含む概念であり、「管」
をも含む概念である。
被告製品の部材Cは、中空管状であるから、細長い円筒形で中が空洞になっているものであり、「貫通孔を含む円柱状」に該当する。
ウ 小括
したがって、被告製品の部材Cは「貫通孔を含む円柱状支持部材」に相当し、被告製品は構成要件Cを充足する。
(被告及び補助参加人の主張)
ア 「支持部材」について
(ア) 本件発明の「支持部材」は、被加熱芳香発生体に加熱ブレードなどの加熱要素が挿入される際に加わる力により、被加熱芳香発生体が、芳香カートリッジ全体との相対的位置関係において、マウスピースの方向に「移動」しようとするのを受け止めて「支持」するための部材であるところ、被加熱芳香発生体のマウスピース方向への移動を防止することは、加熱ブレードを被加熱芳香発生充填物に挿入するブレード加熱方式のデバイス(本件特許の元出願の出願当時に唯一市場に存在したデバイス。)で使用されるタバコスティックにおいてのみ必要となり、誘導加熱方式のデバイスで用いられるタバコスティックにおいては必要とされない。本件明細書において、被加熱芳香発生体にマウスピース側への相対的移動を生じさせようとする力が加わる場合として記載されているのは、発熱体が被加熱芳香発生基材の中に挿入される場合だけであり、それ以外の場合については記載も示唆もされていない。加えて、本件明細書には、「本発明は、加熱式喫煙具の電子制御式発熱材を備えたチャンバに、発熱体と接触するように装着され(る)……芳香カートリッジに関する。」(【0001】)と記載されているとおり、加熱ブレード挿入方式のものを意味していることは明らかである。
これに対し、被告製品は、誘導加熱方式で用いられるカートリッジであるから、デバイスのチャンバに装着することにより、スティックが「発熱体と接触するように」なるものではなく、また、「マウスピース側への移動」を生じさせる力が生じないから、上記「支持」は必要ではない。実際に、被告製品の部材C(エアーフローチャンバー)は、その中空管状の構造により気体の流通路として機能するだけで、タバコ部分の移動を防止するという「支持」の機能は有していない。したがって、被告製品には、本件発明の「支持部材」に対応するものが存在しない。
(イ) 原告が被告製品について主張する「移動」は、本件明細書が前提にしているものとは全く別のもの(タバコスティックをデバイスに挿入したときにデバイスの内壁から受ける圧力)であり、そのような内壁からの圧力を「支持」の根拠とすること自体が失当である上、被告製品の構造上、カートリッジを挿入した際に、部材B(タバコ基体)とタバコスティック全体との相対関係においてマウスピース方向(軸方向)への力はほとんど掛からないから、原告の主張は事実に反する。
(ウ) したがって、被告製品の部材C(エアーフローチャンバー)は、被加熱芳香発生体が相対的にマウスピース側に移動しないように支持しているとはいえず、本件発明の「支持部材」には当たらない。
イ 「貫通孔を含む円柱状」について
本件発明の支持部材は、「円柱状」と規定されており、「円柱」とは、中が詰まっていることが基本的な形態であるのに対し、被告製品の部材Cは、気体を流通させるために設けられた、もともと中空である管ないし中空円筒であるから、「円柱状」との要件を充たさず、円柱状の部材に「貫通孔が設けられた」ものでもない。
ウ 小括
したがって、被告製品の部材Cは、「貫通孔を含む円柱状支持部材」に当たらず、被告製品は構成要件Cを充足しない。
(4) 「貫通孔が設けられた円柱状の管」である「冷却部材」(構成要件C)の充足性(争点1-4)
(原告の主張)
ア 「貫通孔が設けられた円柱状の管」について
前記(3)のとおり、「貫通孔を含む円柱」は、細長い円筒形で中が空洞になっているものを含む概念であり、「管」をも含む概念であるところ、「貫通孔が設けられた円筒状の管」とは、細長い円筒形で中が空洞になっているものを意味する。被告製品の部材D(冷却プラグ)も、中空管状であり、細長い円筒形で中が空洞になっているものであるから、
「貫通孔の設けられ
た円柱状の管」に相当する。
イ 「冷却部材」について
被告製品の部材D(冷却プラグ)は、被告製品の広告に記載されているとおり、煙を冷却する部材であるから、「冷却部材」に相当する。
ウ 小括
したがって、被告製品の部材Dは「貫通孔が設けられた円柱状の管」である「冷却部材」に相当する。
よって、前記(3)と併せ、被告製品は、構成要件Cを充足する。(被告及び補助参加人の主張)
ア 「貫通孔が設けられた円柱状の管」について
本件明細書において、「冷却部材」は「空隙率が高い連続孔を有する円柱状の多孔質体や数多くの貫通孔が設けられた円柱状の管等が用いられる」(【0029】)と説明されているところ、被告製品の部材Dは、アセテート繊維の集合体である材料を円筒状に形成したものであり、管の外形は約7mm、中空部の径は約5mmで、管壁の厚みが約1mmと薄い中空管であり、「貫通孔が設けられた円柱状の管」ではない。
原告の主張によれば、「貫通孔を含む円柱」も、「貫通孔が設けられた円柱状の管」も、いずれも同じ意味を有することになってしまい、日本語として不自然極まりない上、本件発明が「貫通孔を含む円柱」ではなく、あえて「貫通孔が設けられた円柱状の管」と規定していることを無視するものに他ならず、失当である。
イ 「冷却部材」について
被告製品の部材Dは、「熱交換器」の役割を果たすものではなく、タバコ部から来る気体を吸い口側へとスムーズに流通させるとともに、巻紙Gの通気口から、管壁を構成する通気性の素材(セルロースアセテートの繊維の集合体)に設けられた通気口を通じて、管の内部に外部の空気を取り込み、取り込んだ空気が吸引によって管の内部でタバコ部から来る気体と混ざるようにすることによって、吸い心地を調整している部材であるから、本件発明の「冷却部材」とは異なるものである。
ウ 小括
したがって、被告製品の部材Dは、「貫通孔が設けられた円柱状の管」である「冷却部材」に当たらず、被告製品は構成要件Cを充足しない。
(5) 「気体生成持続材料である無機粒子」
(構成要件D)の充足性(争点1-5)
(原告の主張)
ア 被告製品に無機粒子が存在すること
本件明細書には被加熱芳香発生体に無機粒子を加える方法の限定はなく、原告は無機粒子を存在させる代表的な方法として「添加」に係る記載をしたにすぎない。したがって、本件発明の「無機粒子をふくむ」とは、無機粒子を添加することに限定解釈されるものではなく、何らかの方法により被加熱芳香発生体に無機粒子が存在すれば足りる。
被告製品の解析報告書及び調査報告書には、SEM(走査電子顕微鏡)画像及びEDX(エネルギー分散型X線分光法)マッピング分析画像が示されているところ、これらを合わせ見れば、SEM画像により、タバコ葉表面に白っぽい粒(粒子)が付着していることが分かり、かつ、EDXマッピング分析画像により、SEM画像において粒子が確認された特定の領域内に、例えば、Ca(カルシウム)、C(炭素)及びO(酸素)が含まれていることから、CaO₃(炭酸カルシウム)が存在することが推測される。このような分析手法により、被告製品のタバコ葉表面には、炭酸カルシウム、硫酸カリウム、二酸化ケイ素、ケイ酸アルミニウム等と推測される無機物の粒子が存在することが分かる。
被告及び補助参加人は、タバコシート表面の無機物について、水(テクニカルウォーター)に含まれるカルシウム、マグネシウム等が析出した可能性を指摘するが、仮にそのような無機物が水分の蒸発により析出したのであれば、当然結晶として成長しているのであり、無機粒子であるといえる。
イ 無機粒子の気体生成持続材料としての機能
(ア) 本件発明における「気体生成持続材料」とは、「気体放出量を安定化する材料」であり(【0041】)、無機粒子である(【請求項1】)。本件明細書には、「幅広い粒子径の無機粒子が、その材質にかかわらず、気体生成持続材料として機能していることが分かる。」、
「本発明の無機粒子とし
て使用をすることのできる無機物は、特に限定されない」(【0267】、【0276】)と記載されている。
したがって、気体放出量の低下を改善できるような無機粒子、すなわち、気体生成持続材料として機能する無機粒子であれば、本件発明の「気体生成持続材料である無機粒子」に該当する。
無機粒子による気体放出量の低下の改善については、様々な機構が考えられるが、代表的な例としては、無機粒子によって気体流路の閉塞を防止することや、被加熱芳香発生基材間の融着を防止することが挙げられる。被加熱芳香充填物に無機粒子が存在する以上、また、その大きさ、形状、存在箇所・態様等からすれば、この無機粒子は気体生成持続材料としての効果を生じていると考えるのが当然である。
(イ) また、本件明細書には、「本発明の無機粒子として使用をすることのできる無機物は、特に限定されないが、……炭酸カルシウム等の金属炭酸塩、硫酸マグネシウム及び硫酸カルシウム等の金属硫酸塩、……を単独で又は二つ以上を選択して用いることができる。更に、ゼオライト、コロイダルシリカ及びヒュームドシリカ等の酸化ケイ素、並びに、天然物である珪藻土及びバーミキュライト等も用いることができる。特に、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、酸化ケイ素、及び、アルミナが好ましい。」(【0276】)と記載されているので、少なくとも「炭酸カルシウムの粒子」、「硫酸カリウムの粒子」及び「二酸化ケイ素の粒子」は、本件発明の「気体生成持続材料である無機粒子」に該当する。
(ウ) 被告製品中のタバコシートのタバコ葉の「粉末体」は、タバコ葉が粒径100㎛以下という微細なサイズに粉砕されたもので、お互い絡み合うような繊維を有さない。すなわち、本件明細書で想定されているような、「タバコ材の繊維がその塊状態を維持」できるようなものではなく、「無数の粉末体(タバコ葉)に弾力のある糊を混ぜてぐちゃぐちゃにしたような構造」であるから、まさに本件発明の課題が発生する態様のものである。
本件明細書には、「無機粒子が充填物の表面に存在すると、無機粒子がスペーサとして充填物同士の接触面積を低減し、長時間高温状態におかれても、エアロゾルフォーマのブリードアウトによる充填物同士の融着を阻害する効果があること、及び、無機粒子がエアロゾルフォーマのブリードアウトを抑制する効果があること等が考えられる。」
(【0267】)
と記載されている。
そして、上記のとおり、被告製品のタバコシートには、炭酸カルシウム、硫酸カリウム、二酸化ケイ素、ケイ酸アルミニウムの無機粒子が存在しているのであるから、これによって無機粒子がスペーサとしてタバコ葉同士の接触面積を低減し、気体の流路を確保できるのは明白であり、無機粒子が気体生成持続材料として機能していることの立証は十分である。
ウ 小括
よって、被告製品のタバコシートには気体生成持続材料として機能する無機粒子が存在するから、被告製品は、本件発明の構成要件Dを充足する。(被告及び補助参加人の主張)
ア 被告製品の製造工程において「無機粒子」を添加していないこと本件明細書によれば、「無機粒子」は、①被加熱芳香発生基材の内部に存在させる場合には、
「被加熱芳香発生基材の製造プロセスの原材料として被
加熱芳香発生基材組成物中に添加」され(【0069】)、②表面に存在させる場合には、「被加熱芳香発生シートが製造される工程[手段]の後に、無機粒子を前記非加熱芳香発生シートに散布する工程[手段]と、被加熱芳香発生基材が製造されるシート加工工程[手段]の後に、無機粒子を被加熱芳香発生基材に散布する工程[手段]」によって添加されるものであり(【0070】)、これにより、本件発明の効果(【0097】)を奏するとされている。また、本件明細書には、被加熱芳香発生基材に無機粒子を添加した実施例が記載され、その評価(【0159】)が行われている。さらに、本件明細書に記載された被加熱芳香発生体の製造工程図からも、本件発明における「無機粒子」とは、粉体として存在していたものであって、非タバコ材の混合工程あるいは非タバコ材がシート成形された段階で、散布あるいは添加されるものと理解される。
これに対し、被告製品の製造工程には、そもそも炭酸カルシウムその他の無機粒子を添加する工程が存在せず、被告製品のスラリーの原料にも無機粒子(粉体)は入っていない。したがって、被告製品のタバコシートは、その表面にも、内部にも、本件発明の「無機粒子」を「ふくむ」余地がない。
原告の提出する被告製品の製品解析報告書及び調査報告書中のSEM画像及びEDXマッピング分析画像によっても、被告製品のタバコシートの表面の何か所かの部位に、例えばCa(カルシウム)の元素が集積していることが認められるにとどまるところ、以下のとおり、これにより、CaCO3(炭酸カルシウム)などの無機物の「粒子」が存在するということはできない。すなわち、EDXは、試料中に含まれる元素の定性/定量分析とその分布状況を調べる分析手法であって、試料中に含まれる元素は把握できても、それらの元素がどのような化合物としてどのような形状で存在しているまでは分からない。また、実際のEDXのCa(カルシウム)とO(酸素)のマッピング分析画像を比較しても、その形状は一致しておらず、これらがCaCO₃(炭酸カルシウム)粒子であるということはできない。
また、補助参加人提出の被告製品のタバコ材のSEM写真には、無機粒子は存在しない。
さらに、仮に、被告製品のタバコシートにおいて高カルシウム濃度が観察された領域に何らかの形の無機粒子が含まれていたとしても、①タバコ基材の製造過程で形成されたスラリーが乾燥し水分が蒸発する過程で、スラリー中のイオン性無機物が沈殿し、タバコシート内に堆積物を形成し、それらの一部がシートの表面に露出したものである、又は、②これらの物質が、タバコスラリーの製造に使用された地下水や水道水に天然に含まれていた成分やタバコ葉にもともと含まれていた成分が沈殿ないし析出したものである、という2通りの合理的な説明が可能である。
以上より、被告製品のタバコ部分には、本件発明にいう「無機粒子」は含まれていない。
イ 被告製品において「無機粒子」が「気体生成持続材料」であることの立証がないこと
(ア) 本件発明において、「気体放出量を安定化する材料を気体生成持続材料と称する」(【0041】)として定義される「気体生成持続材料」について、「気体放出量(の)安定化」機能の有無、程度、測定方法等は本件明細書に一切記載されておらず、この点についての技術常識も存在しない。また、本件明細書には、「この気体生成持続材料は、無機粒子である。」(【0068】)との記載はあるが、これは「気体生成持続材料」が「無機粒子」である場合を述べているだけであって、当該記載は「気体生成持続材料」の意味を何ら明確にするものではない。
このように、本件発明の「気体生成持続材料」の意味は不明確である。原告は、構成要件Dの充足性を立証するために、「気体生成持続材料」といえるために必要な「気体放出量(の)安定化」機能の有無、程度、測定方法等を明らかにした上で、被告製品がこれを充足することを立証しなければならないが、その立証はない。
(イ) 加えて、本件発明の「気体生成持続材料である無機粒子」は、被加熱芳香シートの表面に付着している場合には、
「無機粒子がスペーサとして
充填物同士の接触面積を低減し、長時間高温状態に置かれても、エアロゾルフォーマのブリードアウトによる充填物同士の融着を阻害する効果がある」(【0267】)とされ、シートの内部に存在する場合は、「被加熱芳香発生基材の密度が低くなり、気体流路が閉ざされることが解消され」(【0069】)るとされている。また、本件明細書において、気体生成持続材料とは、上記のとおり、「気体放出量を安定化する材料」と定義されている。
したがって、無機粒子は、シートの内部又は表面に存在し、かつ、それが気体の流通量を低下させないという働きをするものであるときに、初めて「気体生成持続材料」であるといい得る。
しかし、原告は、被告製品における無機粒子であると主張する炭酸カルシウム等の粒子が、被加熱芳香発生基材の内部で、あるいは被加熱芳香発生基材同士の間で、気体流路を確保することで「気体放出量を安定化する」ことにより「気体生成を持続させる」という機能を果たしていることを立証できていない。
ウ 小括
よって、被告製品は、本件発明の構成要件Dを充足しない。
(6) 分割要件違反に基づく新規性欠如の有無(争点2-1)
(被告及び補助参加人の主張)
ア 本件特許は、特願2023-203716(以下「原出願」という。)からの分割出願(特許法44条)によって出願された特願2024-116183(以下「特許5出願」といい、特許5出願に係る特許を「特許5」という。)から分割出願された特願2024-154121(以下「特許9出願」といい、特許9出願に係る特許を「特許9」という。)から更に分割出願されたものであるところ、以下のとおり、本件特許出願、特許9出願、特許5出願には、それぞれ原出願の明細書等に開示されていない新たな技術的事項が導入されているから、分割出願の要件を満たさない。
したがって、本件特許は出願日の遡及効を享受できず、その出願日は令和6年9月27日となる。そうすると、本件発明は、特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である原出願の特許公開公報(特開2024-023495。丙33。)に記載された発明であるから、新規性又は少なくとも進歩性を欠き、無効とされるべきである。
また、本件特許の出願日には、既に被告製品が公然実施されていたから、被告製品が本件発明の技術的範囲に含まれるのであれば、本件発明は、公然実施品である被告製品によって、新規性又は少なくとも進歩性を欠くこととなる。
イ 特許5出願の分割要件違反
(ア) 「支持部材」に関する新規事項追加
原出願の当初明細書等(以下「原出願当初明細書」という。)には、支持部材について、その中心に貫通孔を含むものであるとされており、実施形態を示す図においても支持部材はすべて中央に貫通孔を有している(【0033】、【図13】~【図18】)。他方、特許5の請求項は、支持部材について「円柱状」とのみ規定しており、「貫通孔」を有するとの限定がないから、特許5出願に係る発明は、貫通孔を有しない円柱状のものを包含するものとなっており、原出願当初明細書に記載された事項の範囲を超えるものである。
支持部材における流路の構成は、原出願当初明細書の発明の課題とその解決手段に関係する重要な要素であり、同明細書には、支持部材における気体の通過を確保することが芳香カートリッジとして必須であることが示されているところ、貫通孔が任意の付加事項であるとする原告の主張は失当である。
(イ) 「冷却部材」に関する新規事項追加
原出願当初明細書には、冷却部材について、「冷却部材は、熱交換器の役割を果たすものが好ましく、空隙率が高い連続孔を有する円柱状の多孔質体や数多くの貫通孔が設けられた円柱状の管等が用いられる。空隙率は、少なくとも50%以上は必要であり、70~90%であることが好ましい。」(【0029】)と記載されており、実施形態に示される冷却部材は、すべて貫通孔がなく、円柱の全部分が多孔質体で形成された円柱形状である(【図14】、【図15】、【図21】、【図23】)。他方、特許5の請求項の記載は、冷却材について「円柱状」とのみ規定しており、「多孔質体」や「多数の貫通孔が設けられた」との限定がないから、円柱であって多孔質体でないものや、円柱に1個の貫通孔を設けたものをも包含する内容となっており、特許5出願に係る発明は、原出願当初明細書に記載された事項の範囲を超えるものである。
原告は、気体の温度を低下させるという機能を有しさえすれば、それは「冷却部材」であって、その形態に限定はない旨の主張をするが、原出願当初明細書には、冷却部材に係る技術的事項として、「揮発してきたエアロゾルフォーマを冷却、凝縮して煙を発生させる」、「紙巻きタバコと比較して、芳香カートリッジの加熱部とマウスピースとの極端に短い間隔で、気体自体の温度を下げ、口腔内で心地よい喫煙を楽しめるようにする」(【0029】)ことが記載されているのであり、そのような機能を実現することのできる冷却部材として、上記の形態が記載されているのであるから、「多孔質体」や「数多くの貫通孔が設けられた」という技術的事項が課題解決に関係がないとか、任意の付加事項であるとする原告の主張は失当である。
ウ 特許9出願の分割要件違反(フィルタに関する新規事項追加)原出願当初明細書には、フィルタについてキャビティを有するものであるとされており(【0023】、【0035】)、実施形態の図等によれば、キャビティとは、フィルタと呼ばれる単一の部材自体の一部に設けられた空洞部を指すと解釈される。他方、特許9の請求項の記載は、フィルタが支持部材に隣接する部材であるとした上、このフィルタがキャビティを配設されたものとしている。しかるに、原告は、特許9に係る訴訟(東京地方裁判所令和6年(ワ)第70603号特許権侵害損害賠償請求事件。以下「別件訴訟」という。)において、特許9に係る発明のフィルタにつき、被告製品の部材D(冷却プラグ)及び部材E(フィルタ)を一体としてフィルタと捉えた上で、部材Dの端から端まで貫通する中空部分がフィルタのキャビティに当たると主張する。このような原告主張の解釈(2つの異なる部材を一体の構成として「フィルタ」と捉えられる。)を前提とする限り、特許9発明は、原出願当初明細書に記載された事項の範囲を超えるものである。
エ 本件特許出願の分割要件違反(冷却部材に関する新規事項追加)原出願当初明細書には、冷却部材について、上記イ(イ)のとおり、「円柱状の多孔質体や数多くの貫通孔が設けられた円柱状の管等が用いられる。」(【0029】)と記載されている。これに対し、本件特許の請求項の記載は、冷却材について「貫通孔が設けられた円柱状の管で形成されており」と規定しており、「多孔質体」や「多数の貫通孔が設けられた」との限定がないから、円柱であって多孔質体でないものや、円柱に1個の貫通孔を設けたものをも包含する内容となっており、そのような形状の冷却部材を包含し得る本件発明は、原出願当初明細書に記載された事項の範囲を超えるものである。
この点に関する原告の主張が失当であることは上記イ(イ)のとおりである。
オ 以上より、本件特許は、分割要件違反により、新規性又は少なくとも進歩性を欠き、無効とされるべきものである。
(原告の主張)
ア 「支持部材」に関わる新規事項追加について
原出願当初明細書に記載された「支持部材」は、被加熱芳香発生体のマウスピース方向への移動を防止するものであり、一義的かつ明確な語である。当業者は容易に任意の「支持部材」を選択できるのであり、貫通孔を有する円柱状の支持部材は、選択可能な態様として特許5の明細書に記載されているにすぎない。
被告及び補助参加人は、「貫通孔」という発明特定事項の削除は、新たな技術的事項の導入であり許されないと主張するが、親出願の当初明細書等に多数の実施例に対応する多数の課題が記載されている場合、多数の中の一つの課題を解決するための構成が記載されているのであれば、それは、親出願の当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項に含まれると認められると解すべきである。
特許5の課題は「被加熱芳香発生基材内及び被加熱芳香発生基材間における気体流路の閉塞による吸引量低下」であり、その課題を解決するための手段として被加熱芳香発生体が気体生成持続材料である無機粒子を有するという構成を備えたものであるから、ここでは、支持部材が貫通孔を有することは課題や効果との関係から必要ではない。
したがって、「支持部材」は、被加熱芳香発生体のマウスピース方向への移動を防止する部材であればよいから、貫通孔の有無は特許5の課題の解決には関係がなく、当業者は任意の支持部材を容易に選択することが可能である。
よって、仮に特許5が「貫通孔」という発明特定事項を削除したものと解釈する余地があったとしても、「貫通孔」には特許5の課題との関係では特段の技術的意義がないから、これを新規事項の追加ということはできない。
イ 「冷却部材」に関する新規事項追加について
原出願当初明細書に記載された「円柱状冷却部材」は、文字どおり「円柱状」の「冷却」する「部材」であり、本件明細書にも「気体の温度を低下させるための部材」であるとの記載がある(【0028】)。このように、「円柱状冷却部材」とは一義的かつ明確な語であり、これをそのまま発明特定事項にすることに問題はない。当業者は容易に任意の「円柱状冷却部材」を選択できるのであり、「円柱状の多孔質体」や、「数多くの貫通孔が設けられた円柱状の管等」は、選択可能な態様として特許5の明細書に記載されているにすぎない。
被告及び補助参加人は、特許5の請求項や本件特許の請求項の記載の「円柱状冷却部材」の記載は、「多孔質体」や「多数の貫通孔が設けられた」という発明特定事項の削除であるから、新たな技術的事項の導入であり許されないと主張するが、「多孔質体」や「多数の貫通孔が設けられた」という限定は、特許5及び本件特許の課題解決には関係がなく、当業者は任意の冷却部材を選択することが可能である。
よって、仮に特許5及び本件特許が「多孔質体」や「多数の貫通孔が設けられた」という発明特定事項を削除したものと解釈する余地があったとしても、これらの特徴は特許5及び本件特許の課題との関係では特段の技術的意義がなく、新規事項の追加ということはできない。
ウ 「フィルタ」に関する新規事項追加について
原告は、別件訴訟において、被告製品の部材D(冷却プラグ)及び部材E(フィルタ)は一体の構成としてフィルタと捉えられることを前提として主張しているのであって、明細書に冷却部材として示された部材に中空部があればその中空部分が「フィルタ」のキャビティに当たるとの主張はしていない。
したがって、被告及び補助参加人の主張は、原告の主張を曲解したものであり、失当である。
エ 小括
以上より、特許5、特許9及び本件特許には分割要件違反はなく、出願日が原出願日に遡及する。したがって、丙33は本件特許の先行文献ではなく、被告製品は出願前の公然実施品に当たらない。
よって、本件特許には無効理由がない。
(7) 明確性要件違反の有無(争点2-2)
(被告及び補助参加人の主張)
ア 「被加熱芳香発生基材」及び「被加熱芳香発生体」について
本件特許の請求項に記載された「被加熱芳香発生基材」について、本件明細書中の説明には、特に非タバコ材のみを使用したものに限定する記載は存在しない一方で、本件明細書では、本件発明は被加熱芳香発生基材に非タバコ材のみを使用した場合に生ずる芳香性気体の吸入量低下という問題に対処するための発明であると説明されており、「被加熱芳香発生基材」という用語についての説明に一貫性がない。その結果、当業者は、請求項に記載された「被加熱芳香発生基材」や「被加熱芳香発生体」がどのようなものを含むのかを理解することができない。
この点につき原告は、本件明細書の「被加熱芳香発生基材」が非タバコ材のみを使用したものに限定されないことを前提に、本件明細書の「被加熱芳香発生基材」や「被加熱芳香発生体」も、本件特許の請求項に記載された「被加熱芳香発生基材」も、非タバコ材のみを使用したものに限定されないという点において明確である旨の主張をする。しかし、本件明細書は、「被加熱芳香発生体」の語を、タバコ材を含むエアロゾル形成体ではなく、「繊維を多量に含んでいない非タバコ材を使用する場合」における「被加熱芳香発生シート又は被加熱芳香発生充填物」を指すものとして用いており、「被加熱芳香発生基材」が、「タバコ成分を全く使用せず、非タバコ材のみを使用する」基材であることを前提に、本件発明の課題、解決手段及び効果に関する記載並びに実施態様が説明されている(【0007】、【0008】、【0014】、【0097】、【0209】)ため、請求項に記載された「被加熱芳香発生基材」や「被加熱芳香発生体」がタバコ成分を使用するものを含むのかを当業者が理解することができず、発明の外延が不明となっている。
よって、本件発明は、明確性要件を満たさない。
イ 「円柱状」について
本件発明では、支持部材及び冷却部材の形状が「円柱状」の語を用いて特定されているところ、本件明細書中の用語の使い方を見ると、「円柱状」とは、その文字どおりの意味(柱のように中が材料で詰まっているもの)を意味するのか、中が空洞になっているもの(中空管)も含むのかが不明である。さらに、
「数多くの貫通孔が設けられた円柱状の管等」
(【0039】)
では、「管」と「円柱」が一緒にされており、「円柱」の概念がますます不明となっている。
このように、明細書上も意味が不明(多義的)である「円柱」の語を用いて支持部材及び冷却部材の形状を特定している本件発明の請求項は、当業者にとって発明に含まれる範囲を理解することができないものであるから、明確性要件を満たしていない。
ウ 「気体生成持続材料」について
本件明細書及び本件発明の請求項の記載では、気体生成持続材料が「被加熱芳香発生基材」に存在するものであるか、「被加熱芳香発生体」に存在するものであるかが不明確である。また、本件明細書では両者の用語の使い分けも明確でない。このような明細書の記載に基づく本件特許の請求項の記載は、当業者が発明に含まれるものの範囲を理解することができないから、明確性要件を満たしていない。
この点につき、原告は「被加熱芳香発生体は被加熱芳香発生基材と発熱体を含む」と主張するが、本件発明は、「被加熱芳香発生体」が「発熱体を含む」ことは規定しておらず、本件明細書を見ても、むしろ、発熱材は芳香カートリッジではなく加熱式喫煙具のチャンバ内に備えられるとされている(【0001】、【0020】)から、原告の主張はその前提において誤りである。
さらに、気体生成持続材料について、「気体放出量」の「安定化」機能の有無、程度、測定方法等は本件明細書に記載されておらず、これについての技術常識も存在しないのであって、この点からも本件発明の「気体生成持続材料」の意味は不明確である。
エ 「無機粒子」について
「無機粒子」の語は、一般に、無機粒子の集合物である粉体を意味して用いられる場合と、無機物である個々の粒子を意味して用いられる場合がある。本件明細書中、被加熱芳香発生基材に存在させる方法や効果を確認する場合に関して記載されているものは、粉体としての無機粒子であるが、本件特許の請求項に規定されている無機粒子は、無機粒子の粉体に由来する無機粒子を指すものか、単に個々の無機粒子に着目した無機粒子であるのかが不明である。
また、本件明細書には、「平均粒子径」について好ましい数値範囲が記載され(【0071】)、実施例のいずれにも添加された無機粒子の粒子径が特定されているが、個々の粒子についての「粒子径」の記載はない。よって、本件発明は、明確性要件を満たさない。
(原告の主張)
ア 「被加熱芳香発生基材」及び「被加熱芳香発生体」について
「被加熱芳香発生基材」及び「被加熱芳香発生体」は、本件明細書においていずれも明確に定義、説明されており(【0008】、【0020】、【0021】等)、これらがタバコ材に限定されるという定義や説明は存在しない。仮に、被告及び補助参加人の主張するとおり、本件明細書の記載から本件発明における被加熱発生芳香基材等が非タバコ材に限定されると読めるとしても、これは単なる解釈にすぎず、明示的な定義や説明ではないから、それ自体明確な「被加熱発生基材」及び「被加熱芳香発生体」の用語を不明確にするものではない。
イ 「円柱状」について
「円柱状」の語義は、「底面が円であり、高さの方向にまっすぐに伸びたすがた、ありさま」であり、中空管を含む概念である。被告及び補助参加人は、「円柱状」が中実であるという誤った定義に基づいて、明細書や特許請求の範囲の記載が不明確であると主張しているものである。そもそも請求項に記載された用語は「円柱」ではなく「円柱状」であるから、これが中空管を含む概念であることは当業者にとって自明である。
このように「円柱状」の語義を正解するならば、明細書や特許請求の範囲の記載は明確である。
ウ 「気体生成持続材料」について
(ア) 「被加熱芳香発生体」とは、発熱体と接触する「被加熱芳香発生基材」が巻装されたものであるため(【0020】、【0021】等)、気体生成持続材料は「被加熱芳香発生体」を構成する「被加熱芳香発生基材」に存在する。このように、本件明細書によれば、「被加熱芳香発生体」と「被加熱芳香発生基材」、及び、気体生成持続材料とこれがどのような関係にあるかについて明確に理解できる。
(イ) 本件明細書において、「気体生成持続材料」は、「気体放出量を安定化する材料」、「被加熱芳香発生体から気体を安定して放出させる材料」と説明されており、その種類は5種類が例示されている(【0041】、【0068】、【0049】、【0051】、【0053】、【0055】、【0060】)。これらの記載からは、気体生成持続材料は、被加熱芳香発生体から気体を安定して放出させるための何らかの材料であればよいことが分かり、当業者は任意の材料を選択できる。
したがって、気体生成持続材料は、気体放出量の安定化の有無、程度、測定方法等が判明していなければ特定できないような性質のものとはいえない。
エ 「無機粒子」について
無機粒子とは、文字どおり無機物の粒子であり、その意味は極めて明確である。本件明細書には、被加熱芳香発生基材に振りかける、あるいは被加熱芳香発生基材の材料に混ぜる方法が記載されているが、そのような無機粒子の由来に関する記載によって、請求項の記載がかえって不明確になるということはない。
本件特許において、無機粒子が粉体であるか個々の無機粒子に着目したものであるかは問題とならず、どちらか一方かを明確に区別しなければ特許発明の権利範囲が不明確となるようなものではない。また、本件特許は無機粒子を構成に含むこと自体が要件であり、これが添加されたかどうかも問題とはならない。
オ 小括
以上より、本件特許には明確性要件違反はない。
(8) サポート要件違反の有無(争点2-3)
(被告及び補助参加人の主張)
ア 「気体生成持続材料」について
(ア) 被加熱芳香発生基材(体)について
本件特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載された課題解決手段が反映されていない。
すなわち、本件明細書の発明の詳細な説明によれば、本件発明は、スティック型電子タバコにおいて、エアロゾル形成基材に非タバコ材のみを使用するに場合に生じる特有の問題(結合剤を多く含ませることによる基材内部の流路の閉塞、基材同士の融着等による吸引量の低下)を解決することを課題とし、これを解決する手段として、エアロゾル形成基材の内部又は表面に「気体生成持続材料」である無機粒子を存在させるものである(【0007】~【0011】、【0014】)。
他方、本件特許の特許請求の範囲には、芳香カートリッジのエアロゾル形成体やエアロゾル形成基材は「被加熱芳香発生体」「被加熱芳香発生基材」とのみ記載されている。原告の主張によれば、これらはタバコ材で構成されるものも含むとされるところ、タバコ材を使用したエアロゾル形成基材等には、非タバコ材のみを使用する場合に生じる特有の問題を解決するという課題が存在しないから、本件発明は発明の詳細な説明に記載された課題解決手段を反映していないこととなり、サポート要件に反する。
(イ) 無機粒子について
a 本件明細書には、気体生成持続材料である無機粒子について、「より積極的に安定して気体を放出させる材料」(【0067】)であるとし、この無機粒子が、①被加熱芳香充填部材の内部に存在する場合と、②被加熱芳香発生シート又は被加熱芳香発生基材の表面にある場合とに分けた上、上記①の場合は、無機粒子が内部に存在することによって「被加熱芳香発生基材の密度が低くなり、気体流路が閉ざされることが解消され」るとし、上記②の場合は、表面に存在する無機粒子が「被加熱芳香発生基材同士の融着現象を防止することができ、被加熱芳香発生シート又は被加熱芳香発生基材間の流路を閉ざされることがなく」なるため、「吸引成分の吸引が困難となることもない」として、その作用・効果を説明している(【0068】)。
しかし、上記作用機序は何ら実証を伴ったものではなく、このような作用機序が成り立つかどうか自体が極めて疑わしい。また、少なくとも、上記作用機序が成り立つために、被加熱芳香発生基材を構成する材料の組成や組織状態、結合剤の量、添加される無機粒子の添加量、その粒径(平均粒径)と実際に存在する粒子の直径等々、様々な前提条件が必要であることは技術常識上明らかであるが、本件明細書にはそのような条件が記載されていない。加えて、本件明細書中に実施例として記載されているものは、非タバコ材からなる特定の組成の被加熱芳香発生基材の表面に、特定の粒子径で特定の量の無機粒子粉体を外からまぶすことによって添加した例のみであり、被加熱芳香発生基材の充填率も特定の範囲にとどまっている。それにもかかわらず、本件特許の請求項の記載は、無機粒子の組成、添加量、粒子径、添加態様、充填率を始めとして、本件明細書に説明された基材同士の融着防止や機材内部における流路の確保に必要と考えられる条件による限定が存在しない。
したがって、本件特許の請求項に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明の範囲をはるかに超えており、その記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲ものではない。
b また、本件特許の請求項に記載された発明は、無機粒子の存在する場所を限定していないから、これが被加熱芳香発生基材の内部に存在する場合と表面に存在する場合とを含む。
しかし、無機粒子が内部にある場合について、本件明細書には、発明の効果を確認できる記載がない。なお、原告の主張する本件明細書の段落【0277】の記載は、単に「効果を確認している」とするだけで、具体的にどのような実験等に基づくものかは記載されていないから、特許請求の範囲に記載された発明が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると当業者に認識させる記載ではない。そして、無機粒子が表面に存在するように添加した場合についての説明と実施例は記載されているものの、いずれも実施例でも無機物の添加量、平均粒子径、充填率、種類(化合物)が限定されており、これら以外の場合に本件発明の効果が得られるか否かは不明である上、実施例Ⅴ、Ⅵでは、無機粒子が添加されているにもかかわらず効果が発現していない。
c 以上のとおり、無機粒子の添加量、平均粒子径、被加熱芳香発生体に存在する無機粒子の大きさ、被加熱芳香発生体の充填率等を何ら特定していない請求項の発明は、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲を明らかに超えており、サポート要件違反がある。
イ 「冷却部材」について
本件発明の冷却部材について、仮に「貫通孔が設けられた円柱状の管」(構成要件C)が「中空管」でもよいという原告の解釈を前提とした場合、本件明細書中の記載や実施例によれば、冷却部材は多孔質体や数多くの貫通孔が設けられた円柱状の管とされているところ、本件発明の「貫通孔が設けられた円柱状の管で形成されて」いる冷却部材は、明細書に記載された事項の範囲を超えている。
また、上記「貫通孔が設けられた円柱状の管」(構成要件C)について正しい解釈(中空円柱である円柱状の管が存在し、その肉厚部に貫通孔が設けられている)を前提としても、本件明細書には、冷却部材がそのような形状であることによる効果を確認する記載は存在しない。
したがって、いずれにせよ、本件発明の「冷却部材は、貫通孔が設けられた円柱状の管で形成され」との構成(構成要件C)は、明細書に記載された事項の範囲を超えている。
(原告の主張)
ア 「気体生成持続材料」について
(ア) 被加熱芳香発生基材(体)について
本件発明の発明特定事項は非タバコ材に限定されるものではなく、本件明細書の記載もタバコ材を含むことを想定しており、タバコ材であっても繊維質を含まずにエアロゾルフォーマや結合剤を多く含む形態においては、本件発明によって「気体流路の閉塞による吸引成分の吸引量低下」という課題が解決できる。よって、請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないということはできない。
(イ) 無機粒子について
特許請求の範囲の全域において発明課題が解決できることを実施例を基に立証するためには、膨大な数量の実施例が必要となってくるのであるから、特許出願段階ではおよそ不可能である。
本件発明の無機粒子の作用機序は、本件明細書に明確に説明されており(【0068】)、本件発明において使用可能な典型的な無機粒子については、複数の実施例があり、その結果が表にまとめられている(【0268】【表2】)ところ、当該表から、幅広い粒子径の無機粒子が、その材質にかかわらず、気体生成持続材料として機能していることが分かる(【0267】)。このような作用機序と具体例に触れた当業者は、本件発明の無機粒子を容易に認識可能である。原告は、上記のとおり実施例を用いて、少なくとも一定の無機粒子は本件発明の課題解決効果を奏することを立証しているのであるから、上記作用機序について何らの実証を伴っていない旨の被告及び補助参加人の主張は根拠のないものである。また、内部に含まれる無機粒子についても、本件明細書中で無機粒子の効果が発現されることを確認しており、その機序についても論理的な説明がなされている(【0277】)。表面に存在する無機粒子については、幅広い種類や粒子径の無機粒子が、その材質に関わらず、気体生成材料として機能しているのであり、このことから、特にこれらを限定しなくても、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されている。
したがって、本件明細書における「気体生成持続材料」に関する記載に触れた当業者は、本件発明における「気体生成持続材料としての無機粒子」を容易に認識可能であるから、本件発明がサポート要件に欠けることはない。
イ 「冷却部材」について
被告及び補助参加人の「円柱状」の語の解釈が誤っていることは前記のとおりである。
当業者は、本件明細書の記載から請求項の円柱状部材を容易に理解可能である。また、本件明細書には「多孔質体」や「数多くの貫通孔が設けられた円柱状の管等」が円柱状の冷却部材の例として挙げられており、これらの具体例から円柱状の冷却部材を拡張ないし一般化することは当業者にとって容易であるから、本件発明がサポート要件に欠けることはない。
(9) 実施可能要件違反の有無(争点2-4)
(被告及び補助参加人の主張)
本件発明に関する明細書の発明の詳細な説明は、実施可能要件である「当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」(特許法36条4項1号)を充足しない。上記(8)のとおり、本件明細書の発明の詳細な記載からでは、当業者が本件発明の全範囲にわたって、どのようにすれば発明の課題を解決し、本件発明を実施できるかが不明である。
(原告の主張)
前記(8)のとおり、当業者であれば、本件明細書で挙げられた説明と具体例に基づいて、本件発明を実施することが可能である。
(10) 丙36発明を主引用例とする新規性・進歩性欠如の有無(争点2-5)(被告及び補助参加人の主張)
ア 丙36の記載
特表2015-503336号(丙36)は、本件特許の優先日よりも前の2013年7月4日に国際公開され、日本おいては2015年2月2日公表された公表特許公報である。丙36の図1には、以下の図に示される構造の加熱式エアロゾル発生物品(タバコスティック。【0010】、【0011】)が記載されている。
【図1】
このエアロゾル発生物品(タバコスティック)は、加熱要素により加熱されて吸入可能なエアロゾルを発生するものであり、具体的には、ピン又はブレードの形態である加熱要素8を、エアロゾル形成基材7でなる円筒プラグに挿入し、加熱要素8に電流を通して発熱させることにより、エアロゾル形成基材から、たばこ成分を含むエアロゾルを発生させるように構成されている(【0010】~【0016】)。そして、このタバコスティックは、上流側から順に、前方プラグ2、エアロゾル形成基材7のプラグ、中空の管体6、移送セクション4及びマウスピースフィルタ3を配置し、シガレット紙と接して組み立てられてロッド(棒)状の物品になっている(【図1】、【0017】【0018】)。エアロゾル形成基材7は、タバコ含有材料あるいは非タバコ材料を含むことができ、さらにエアロゾルフォーマを含むことができる(【0034】)。また、エアロゾル形成基材の下流側に位置するフィルタ(マウスピースフィルタ)は、好適なフィルタ材料、例えばセルロース・アセテート・トウから作ることができ(【0021】)、前方プラグは、マウスピースフィルタと同じ材料、例えば、セルロース・アセテート・トウから形成することができる(【0026】)。
ここで、丙36に記載されたエアロゾル発生物品は本件発明の「芳香カートリッジ」に、加熱要素8は本件発明の「発熱体」に、エアロゾル形成基材7は本件発明の「被加熱芳香発生基材」に、エアロゾル形成基材の円筒プラグは本件発明の「被加熱芳香発生体」に、前方プラグ2は本件発明の「蓋材」に相当する。また、エアロゾル形成基材の円筒プラグに隣接して順に設けられた中空の管体6、移送セクション4及びマウスピースフィルタ3は、併せて本件発明の「マウスピース」に相当し、シガレット紙5は、本件発明の「カートリッジ外装体」に相当する。そして、前方プラグ2、エアロゾル形成基材7のプラグ、中空の管体6、移送セクション4及びマウスピースフィルタ3は、いずれも外形において円柱状である。そして、支持部材や貫通孔に関する原告の解釈を前提とすれば、中空の管体6は「貫通孔を含む円柱状の支持部材」に相当し、移行セクション4は「貫通孔が設けられた円柱状の管で形成され」た「冷却部材」に相当する。
イ 丙36発明
以上から、丙36には、以下の内容の発明(丙36発明)が記載されている。
a 加熱要素8(発熱体)と接触するエアロゾルフォーマとタバコの香気成分を含むエアロゾル形成基材7(被加熱芳香発生基材)をロッド状に巻装してなる、エアロゾル形成基材7のプラグ(被加熱芳香発生体)と、
b エアロゾル形成基材7のプラグ(被加熱芳香発生体)の両端部のうちの芳香カートリッジの端部側に配設される前方プラグ2(蓋材)と、エアロゾル形成基材7のプラグ(被加熱芳香発生体)に隣接するマウスピースとを、長手方向に連結するように巻装するシガレット紙5(カートリッジ外装体)と、を備え、
c マウスピースは、エアロゾル形成基材のプラグに隣接する中空管体6(貫通孔を含む円柱状支持部材)と、円管状の移送セクション4(貫通孔が設けられた円柱状の管で形成された冷却部材)と、移送セクション4に隣接するマウスピースフィルタ(フィルタ)と、を備え、
e たことを特徴とする、電気加熱式エアロゾル発生物品(芳香カートリッジ)
ウ 対比
丙36発明は、本件発明と構成要件A~C及びEの構成において一致する。
他方、丙36には、エアロゾル形成基材7のプラグが、本件発明の「気体生成持続材料」である「無機粒子」を含むことについての記載がない。しかし、丙36発明におけるエアロゾル形成基材の主原料はタバコ葉であって、タバコ葉に一定量の無機物が含まれていることは、本件特許の優先日のはるか前から知られており、これらの無機物はエアロゾル形成基体の内部又は表面に存在することになる。そして、原告は、侵害論においては「エアロゾル形成基材に何らかの無機粒子が含まれていれば、その無機粒子は『気体生成持続材料』であり、その無機粒子が『添加された』ものである必要はない」と主張しているのであって、その理屈を丙36発明のエアロゾル形成基材にそのまま当てはめれば、丙36に記載されたエアロゾル形成基材には、原告のいうところの「気体生成持続材料」である「無機粒子」が存在していることになる。
したがって、丙36に気体生成持続材料である無機粒子についての明示の記載がないことは、本件発明と丙36発明との実質的な相違点ではない。
エ 小括
以上より、本件発明は、丙36発明に対して新規性又は少なくとも進歩性を欠いている。
(原告の主張)
本件発明と丙36発明との相違点としては、
「気体生成持続材料」である「無
機粒子」の有無を挙げることができるところ、被告及び補助参加人は、この相違点について、丙36発明のタバコ葉には一定量の「無機物」が含まれているのであるから、実質的に無機粒子が存在すると主張する。
しかし、被告及び補助参加人がタバコ葉に含まれると主張するカリウム、カルシウム等は、無機の元素ではあるが、これがどのような態様で存在するのかが不明である以上、無機物が粒子を形成したものである「無機粒子」とはいえない。そのため、本件発明と丙36発明とは、無機粒子の存否の点が明確に異なるから、本件発明が丙36発明に開示されているとはいえないし、この相違点について想到容易と考えられるような根拠もない。
したがって、本件発明には、新規性及び進歩性が認められる。
(11) 原告の損害発生の有無及び額(争点3)
(原告の主張)
被告は、業として、遅くとも本件特許権の設定登録日である令和6年11月6日から現在まで、被告製品を譲渡している。
原告は、誘導加熱式デバイスに挿入して使用するタバコスティックである「TheThird(ザ・サード)」(以下「原告製品」という。)を販売しているところ、タバコスティックに係る日本国内の市場において被告と競業関係にある。
被告製品の譲渡による被告の現在までの売上高は30億円を下らず、限界利益率は20%を下ることはない。したがって、被告が不法行為によって得た利益は6億円(30億円×20%)であり、特許法102条2項により、同額が原告の被った損害と推定される。
被告らによる上記不法行為と相当因果関係が認められる弁護士費用は、6000万円を下らない。
上記損害の合計6億6000万円は資産の譲渡等の対価に該当し、消費税の課税対象となるため、10%の消費税相当額6600万円も損害となる。したがって、原告の損害は合計7億2600万円を下らないが、一部請求として内金1000万円を請求する。
(被告及び補助参加人の主張)
争う。原告製品は、タバコ成分を含まないことを特徴として販売されている「茶葉スティック」であるから、「タバコスティック」である被告製品と市場で競合する関係にない。商品のカテゴリーとしても、原告製品が「雑貨」に分類されるのに対し、被告製品は、販売等にたばこ事業法による認可を必要とするたばこ製品であり、需要者が異なる。また、原告製品はフィリップモリスの最新の電気加熱式喫煙器具である「IQOSILUMA」で使用できるスティックであることを売り物にして販売されているため、原告製品を購入しようとするのは、既に同器具を保有している消費者であり、通常たばこの喫煙者であって、これらの者が禁煙などのために被告製品から原告製品に乗り換えることはあっても、その反対(原告製品の需要が被告製品によって奪われること)は実際上あり得ない。
第3 当裁判所の判断
1 本件発明について
本件明細書には、以下の記載及び表がある。
(技術分野)
本発明は、加熱式喫煙具の電気制御式発熱体を備えたチャンバに、発熱体と接触するように装着され、発熱体の加熱により生成するエアロゾルの煙と香気成分とを堪能することができる芳香カートリッジに関する。(【0001】)(背景技術)
このような非タバコ材のみを使用するスティック型電子タバコでは、そのエアロゾル形成体に繊維を多量に含むタバコ材を用いることができない上、様々な風味を放出させるために、多種多様な非タバコ材を使用するが故の問題を抱えている。(【0007】)
まず、タバコ材を含むエアロゾル形成体は、タバコ材の繊維がその塊状状態を維持し、タバコ材の脱落及び融着を妨げていたが、繊維を多量に含んでいない非タバコ材を使用する場合、被加熱芳香発生シート又は被加熱芳香発生充填物(被加熱芳香発生基材)の塊状状態を安定して維持するためには、繊維の機能を果たす結合剤等を多量に使用することになる。そのため、結合剤が増加すると、被加熱芳香発生基材の密度が高くなり、加熱により放出されるエアロゾルフォーマ及び非タバコ材の被加熱芳香発生基材内部からの揮発成分(気体)の流路(気体流路)が閉ざされ、エアロゾルの煙や非タバコ材の香気成分(吸引成分)の吸引が困難となり、結果として、吸引量が低下する。(【0008】)また、エアロゾルフォーマは、常温で液体であるグリセリンやプロピレングリコール等であるため、結合剤が多くなる程被加熱芳香発生基材から経時的にブリードアウトし、被加熱芳香発生基材同士が融着する。そのため、気体流路が閉ざされ、吸引成分の吸引が困難となり、結果として吸引量が低下する。(【0009】)
(逆に、結合剤等の添加量を低減すると別の問題が起きることもあり、)被加熱芳香発生基材を構成する組成物や配合比を大きく変更して解決することは難しい。そのため、吸引量に大きな影響を及ぼすマウスピースの構造、並びに、被加熱芳香発生基材の製造方法及びその充填状態等に着目した解決手段が求められるものと考えられる。(【0010】、【0011】)
(発明が解決しようとする課題)
本発明は、上述したように、タバコ成分を全く使用せず、非タバコ材のみを使用するが故の特有の吸引力低下の課題、すなわち、被加熱芳香発生基材内及び被加熱芳香発生基材間における気体流路の閉塞による吸引成分の吸引量低下の課題、を解決することができ、非タバコ材等の脱落や粉塵の発生もない芳香カートリッジを提供することを目的としている。(【0014】)(課題を解決するための手段)
(吸引最適化手段について、)より具体的には、マウスピースを構成するフィルタに備えられる気体流路の拡大による吸引量の向上を図るキャビティ、マウスピースを構成する被加熱芳香発生体のマウスピース側への移動を防止する支持体に備えられる変形による吸引量低下を防止する形状補強部材、マウスピースに備えられる熱の拡散による接合部の破損を防止する断熱材、並びに、非たばこ材等の脱落物や粉塵の発生を防止する蓋材及び補足する隔壁材を意味する。気体生成維持材料は、被加熱芳香発生体から放出される気体の流路が閉塞されない材料である。より具体的には、製造方法により内部構造が改良された被加熱芳香発生基材、配合量が最適化された被加熱芳香発生体を構成する被加熱芳香発生基材、被加熱芳香発生体を構成する被加熱芳香発生基材の内部及び/又は表面に存在する無機粒子、充填率が改良された被加熱芳香発生基材である。(【0022】)
吸引最適化を図るためには、加熱により気体を放出する被加熱芳香発生体の改良も必要である。被加熱芳香発生体の気体放出量は、上述した吸引量と密接な関係にあり、以下、この点について説明する。本発明では、気体放出量を安定化する材料を気体生成持続材料と称する。(【0041】)
タバコ材を含むエアロゾル形成体は、タバコ材の繊維がその塊状状態を維持し、タバコ材の脱落及び融着を妨げていたが、繊維を多量に含んでいない非タバコ材を使用する場合、被加熱芳香発生基材の塊状状態を安定して維持するためには、繊維の機能を果たす結合剤等を多量に使用することになる。そのため、結合剤が増加すると、被加熱芳香発生基材の密度が高くなり、気体流路が閉ざされ、吸引成分の吸引が困難となる。また、エアロゾルフォーマは、常温で液体であるグリセリンやプロピレングリコール等であるため、結合剤が多くなる程被加熱芳香発生基材から経時的にブリードアウトし易く、被加熱芳香発生基材同士が融着するので、被加熱芳香発生基材間の流路を閉ざし、吸引成分の吸引が困難となる。(【0042】、【0043】)
そこで、本発明では、まず、被加熱芳香発生基材の製造方法[装置]により、上記課題を解決しうることを見出した。(【0044】)
以上、……気体生成持続材料となる被加熱芳香発生基材を製造方法[装置]によって最適化するという解決手段を説明してきたが、より積極的に安定して気体を放出させる材料を考案した。(【0067】)
この気体生成持続材料は、無機粒子である。無機粒子の効果は、それが存在する場所に依存して二通りある。一方は、無機粒子が被加熱芳香充填物の内部に存在する場合である。無機粒子を被加熱芳香発生体に添加することによって、被加熱芳香発生基材の密度が低くなり、気体流路が閉ざされることが解消され、気体の吸引が困難となることがない。他方は、無機粒子が被加熱芳香発生シート又は被加熱芳香発生基材の表面にある場合である。エアロゾルフォーマが、被加熱芳香発生基材から経時的にブリードアウトしても、無機粒子が、被加熱芳香発生基材同士の融着現象を防止することができ、被加熱芳香発生シート又は被加熱芳香発生基材間の流路を閉ざされることがなく、吸引成分の吸引が困難となることが解決される。(【0068】)
無機粒子としては、酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化チタン、酸化鉄、アルミナ等の金属酸化物、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム等の金属炭酸塩、リン酸カルシウム等の金属リン酸塩、チタン酸カリウム、チタン酸マグネシウム等のチタン酸塩、ゼオライト、コロイダルシリカ、ヒュームドシリカ等の酸化ケイ素等であることが好ましく、平均粒子径が、1~100㎛であることがより好ましい。更に、無機粒子が効果的に機能するためには、非タバコ材100質量部に対し、無機粒子が0.1~10質量部添加されることが好ましい。(【0071】)
(発明を実施するための形態)
≪評価1≫
作製した芳香カートリッジを長辺70mm、短辺14mm、高さ45mmである紙製の箱に、被加熱芳香発生体が底に向くように充填した。このように、用意された芳香カートリッジ入り箱を、40℃の環境下、2週間ポリ袋に入れて放置した。その後に、取り出し、常温常湿環境に1日放置したものについて以下の評価を行う。充填物を被加熱芳香発生体より取り出し、それらが固まっているかどうかを確認する。それと共に、5人の被験者に喫煙を行ってもらい、吸引量と風味の官能評価を実施した。
ランクA:ピンセットで取り出した時点で、ほぐれるもの
4人以上が吸引量及び風味共に十分感じ取れるもの
ランクB:ピンセットで押してほぐれるもの
2人以上が吸引量及び風味共に十分感じ取れるもの
ランクC:ピンセットで押しても、塊の残るもの
誰も吸引量及び風味共に十分感じ取れないもの
ランクCのものは、長期の保管などにより、加熱式喫煙具の発熱体に挿入するのが困難となる可能性の高いものである。(【0159】)
具体的な実施例で無機粒子の効果を説明する。そのために、従来から行われている製造方法[装置]として、(製造例1)を採用し、この製造方法[装置]で作製された被加熱芳香発生基材の気体生成持続性に及ぼす各種無機粒子の影響を次のようにして評価した。(【0256】)
本実施例では、……被加熱芳香発生充填物を作製した後に、各種無機粒子を所定量添加し、被加熱芳香発生充填物表面に均一に付着するように散布及びまぶす工程[手段]を追加した。……このようにして作製された芳香カートリッジについて、≪評価1≫を行った。(【0257】、【0259】~【0266】)以上の評価結果を表2に示す。表から明らかなように、幅広い粒子径の無機粒子が、その材質にかかわらず、気体生成持続材料として機能していることが分かる。≪評価1≫の結果から明らかなように、被加熱芳香発生充填剤の経時的な融着が生じることがなく、気体放出量、すなわち、気体吸引量及び風味共に、経時的な変化が少ない。このような効果を発現する理由は定かではないが、次のように考えられる。無機粒子が充填物の表面に存在すると、無機粒子がスペーサとして充填物同士の接触面積を低減し、長時間高温状態におかれても、エアロゾルフォーマのブリードアウトによる充填物同士の融着を阻害する効果があること、及び、無機粒子がエアロゾルフォーマのブリードアウトを抑制する効果があること等が考えられる。(【0267】、【0268】)【表2】
被加熱芳香発生基材の気体生成持続性に及ぼす無機粒子の影響
被加熟芳香
発生シート
無機粒子
粒子径
㎛
添加量
質量部
充填率
%
評価1 評価2
本
実施例Ⅰ
製造例1
炭酸カルシウム
A
実施例Ⅱ
製造倒1
炭酸マグネシウム
A 20
実施例Ⅲ
製造例1
酸化ケイ素
A
実施例Ⅳ
製造例1
アルミナ
A
実施例Ⅴ
製造例1
アルミナ
B
実施例Ⅵ
製造例1
酸化ケイ素
0.5
B
実施例Ⅶ
製造例1
酸化ケイ素
A
比較例Ⅰ
製造例1
ナシ
―
―
C
―
更に、≪評価2≫から明らかなように、無機粒子は、発熱体の汚染を防止する効果もあることが認められた。特に、添加する無機粉体の平均粒子径は、1~50㎛であると良好な効果があり、5㎛以上であると更に汚染の防止効果が高まる。(【0269】)
このような効果を得るためには、無機粒子が、平均粒子径1~100㎛の直径を有していることが好ましい。平均粒子径が1㎛未満であると、無機粒子の効果が低減する。一方、5㎛以上であると、無機粒子の効果が高まるのでより好ましい。同様の理由で、10㎛以上であることがより更に好ましい。また、粒子径が大きくなる程、充填物の充填率を下げるが、50㎛以下であれば、無機粒子の効果が大きいと共に、必要最低限の充填率を確保することが可能である。(【0270】)
無機粒子の添加量は、その効果が発現するためには、少なくとも充填物100質量部に対して0.001質量部が必要であり、0.01質量部以上であるとより好ましく、0.05質量部以上であるとより更に好ましい。逆に、充填物100質量部に対して10質量部を超えると、充填物の充填率が低下するため、気体吸引量や風味への影響がある。このような観点から、5質量部以下であることがより好ましく、2質量部以下であることがより更に好ましい。(【0275】)
本発明の無機粒子として使用をすることのできる無機物は、特に限定されないが、塩化ナトリウム及び塩化カリウム等の金属塩化物、酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化チタン、酸化鉄、及び、アルミナ等の金属酸化物、炭酸マグネシウム及び炭酸カルシウム等の金属炭酸塩、硫酸マグネシウム及び硫酸カルシウム等の金属硫酸塩、リン酸カルシウム等の金属のリン酸塩、並びに、チタン酸カリウム及びチタン酸マグネシウム等のチタン酸塩を単独で又は二つ以上を選択して用いることができる。更に、ゼオライト、コロイダルシリカ及びヒュームドシリカ等の酸化ケイ素、並びに、天然物である珪藻土及びバーミキュライト等も用いることができる。特に、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、酸化ケイ素、及び、アルミナが好ましい。(【0276】)
2 争点1-5(「気体生成持続材料である無機粒子」(構成要件D)の充足性)について
事案に鑑み、まず、争点1-5について検討する。
(1) 被告製品のタバコシート表面上の無機粒子
原告は、被告製品のタバコシート表面に、炭酸カルシウム、硫酸カリウム、二酸化ケイ素、ケイ酸アルミニウムの無機粒子が存在していると主張するところ、被告製品のタバコシートのSEM画像によれば、タバコシート表面上に直径約1~6㎛の角張った粒子が複数存在し、タバコシート表面から約0.3~1.6㎛突出していること、これらの粒子が含まれる領域内のEDXマッピング分析画像によれば、特定の粒子に対応する位置に、例えば、炭酸カルシウムを構成する元素(Ca、O、C)が多く検出されていることが認められる(甲8、11)。これらの点をみる限りは、被告製品に上記粒子が存在し、かつ、当該粒子が炭酸カルシウムの化合物であること、すなわち無機粒子であることの蓋然性は、相応にあるということができる。
もっとも、被告製品の製造工程において無機粒子を添加する工程が存在することを認めるに足りる証拠はなく、無機粒子が被告製品に存在するその他の理由・機序に関する客観的な証拠もない。さらに、上記EDXマッピング分析画像において集積が認められる元素についても、実際に原告が主張する化合物として粒子の形状で存在していることが確実であるとは証拠上認められない。そうすると、上記の蓋然性を考慮に入れたとしても、被告製品のタバコシートの表面上に無機粒子が存在していることについては、疑いが残るものといわざるを得ない。
このことを前提に、以下、仮に被告製品のタバコシートの表面上に無機粒子が存在しているとした場合、これが「気体生成持続材料である無機粒子」といえるか否かについて検討する。
(2) 「気体生成持続材料」の意味
原告は、気体放出量の低下を改善できるような無機粒子、すなわち、気体生成持続材料として機能する無機粒子であれば、本件発明の「気体生成持続材料である無機粒子」に該当するとした上で、被加熱芳香充填物に無機粒子が存在する以上は、また、その大きさ、形状、存在箇所・態様等からすれば、この無機粒子は気体生成持続材料としての効果を生じていると考えるのが当然であるから、被告製品には「気体生成持続材料である無機粒子」が含まれると主張する。
そこで検討するに、「気体生成持続材料」は、一般的な用語ではなく、本件明細書中の用語であるところ、「本発明では気体放出量を安定化する材料を気体生成持続材料と称する。」(【0041】)との記載からすると、「気体生成持続材料」とは気体放出量を安定化する機能を有するものと理解される。そして、理由は定かではないものの、無機粒子がタバコシートのような充填物の表面に存在することで、充填物同士の接触面積を低減し、エアロゾルフォーマのブリードアウトによる充填物同士の融着を阻害する効果があること、及び、エアロゾルフォーマのブリードアウトを抑制する効果があること等により、気体放出量が安定化し、気体吸引量及び風味の経時的な変化が抑制されるものと理解することができる(【0267】)。
そうすると、本件明細書中の「気体生成持続材料」として機能する「無機粒子」とは、上記の機能、すなわち、タバコシートのような充填物の表面に存在することで、充填物同士の接触面積を低減し、エアロゾルフォーマのブリードアウトによる充填物同士の融着を阻害し、エアロゾルフォーマのブリードアウトを抑制することで、気体放出量を安定化する機能を有する無機粒子をいうものと解するのが相当である。
(3) 気体生成持続材料として機能する無機粒子の範囲
ア 本件明細書の中の実施例Ⅰ~Ⅶは、いずれも、被加熱芳香発生充填物100質量部に対して1質量部の無機粒子の粉体を、被加熱芳香発生充填物の表面全体に付着するように散布するとともにまぶした被加熱芳香発生充填物を用いて作製した被加熱芳香発生体であり(【0259】~【0265】)、各実施例の無機粒子の粉体の平均粒子径は0.5~47㎛、充填物の充填率は65~81%である。そして、これらの実施例のいずれにおいても、評価1の結果はランクB以上というのであって、上記実施例において添加された無機粒子はいずれも気体生成持続材料として機能しているものと評価される。
これに対し、比較例Ⅰは、無機粒子の粉体を散布するとともにまぶすという工程を経ない被加熱芳香発生充填物を用いて作成した被加熱芳香発生体であり(【0266】)、その充填率は81%であったところ、評価1の結果はランクCである。
イ そして、本件明細書には、上記実施例の試験結果を踏まえ、「このような効果を得るためには、無機粒子が、平均粒子径1~100㎛の直径を有していることが好ましい。」、「無機粒子の添加量は、その効果が発現するためには、少なくとも充填物100質量部に対して0.001質量部が必要であり、0.01質量部以上であるとより好ましく、0.05質量部以上であるとより更に好ましい。」(【0270】、【0275】)との記載がある。これらの記載は、無機粒子の気体生成持続材料としての効果に関するものか、発熱体の汚染を防止する効果(表2の評価2に関する。【0269】)に関するものか区別されていないものの、後者の効果については、「添加する無機粉体の平均粒子径は、1~50㎛であると良好な効果があり、5㎛以上であるとさらに汚染の防止効果が高まる。添加する無機粉体の添加量は、0.01~5質量部であると良好な効果があり、0.1質量部以上とするとさらに汚染の防止効果が高まる。」(【0269】)との記載が別にあることから、上記【0270】及び【0275】の記載は、少なくとも、気体生成持続材料としての効果と発熱体の汚染を防止する効果の双方に関するものと捉えるのが自然である。
ウ 上記実施例及び比較例の結果並びに本件明細書の記載を踏まえると、どのような粒子径、添加量、充填率であっても、無機粒子が被加熱芳香充填物の表面に存在するというだけで気体生成持続材料として機能するとはいえず、本件明細書の【0270】、【0275】及び【表2】に記載されるような所定の粒子径、添加量、充填率の条件を満たす必要があると解するのが合理的である。
(4) 被告製品における無機粒子に関する原告の主張立証
以上を前提に検討するに、原告は、被告製品のタバコシートの表面上に存在する無機粒子は「気体生成持続材料である無機粒子」に該当する旨主張する。
しかし、原告は、被告製品のタバコシートの表面に存在すると主張する無機粒子につき、その粒子径、添加量、充填率について何ら主張立証しないのであって、当該無機粒子が気体生成持続材料として機能することにつき、何らの立証もないものといわざるを得ない。
したがって、被告製品のタバコシートの表面に無機粒子が存在するか否か、また、その無機粒子が被告製品の製造工程において添加されたことを要するか否かを判断するまでもなく、被告製品に気体生成持続材料としての無機粒子が存在するということはできないのであるから、原告の上記主張は採用することができない。
(5) 小括
以上より、被告製品は本件発明の構成要件Dを充足しない。
3 争点2-3(サポート要件違反の有無)及び争点2-4(実施可能要件違反の有無)について
次に、争点2-3及び争点2-4について検討する。
(1) サポート要件違反について
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件(特許法36条6項1号)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知的財産高等裁判所平成17年11月11日判決・判時1911号48頁参照)。本件発明が解決しようとする課題は、「被加熱芳香発生基材内及び被加熱芳香発生基材間における気体流路の閉塞による吸引成分の吸引量低下」(【0014】)であるところ、気体流路の閉塞は、結合剤が増加することにより被加熱芳香発生基材の密度が高くなったり、被加熱芳香発生基材からエアロゾルフォーマが経時的にブリードアウトし、被加熱芳香発生基材同士が融着したりすることにより生じる(【0008】、【0009】)。
この課題の解決方法として、前記のとおり、本件明細書には、気体生成持続材料として機能する無機粒子を被加熱芳香発生基材の表面に存在させることが挙げられているところ、当業者が、上記課題を解決することができると認識することができる範囲の無機粒子は、【0270】、【0275】及び【表2】に記載されるような所定の粒子径、添加量、充填率の条件を満たすものに限られるのであって、作用機序(【0068】)や出願当時の技術常識に照らしても、当業者が無機粒子の粒子径等にかかわらず上記課題を解決することができると認識することができるとはいえない。
したがって、無機粒子に関して粒子径、添加量、充填率について何ら限定しない本件発明は、発明の詳細な記載によりその課題を解決することができると認識することができないから、サポート要件を満たさない。
(2) 実施可能要件違反について
前記のとおり、本件発明は、無機粒子に関して粒子径、添加量、充填率についての限定がないところ、本件明細書中には、これらについて限定した無機粒子の記載しかないから、当業者が、本件発明の全部を実施できるように記載されているとはいえず、実施可能要件(特許法36条4項1号)も満たさない。
(3) 小括
以上より、本件発明にはサポート要件違反及び実施可能要件違反の無効理由がある。
4 まとめ
したがって、その余の点について論ずるまでもなく、原告は、被告に対し、本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を行使し得ない。
第4 結論
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官
廣瀬孝
裁判官
池田幸子
裁判官島村陽子は、異動のため署名押印することができない。
裁判長裁判官
廣瀬孝
別紙
当事者目録
原告
Future Technology 株式会社
同訴訟代理人弁護士
小林幸夫
同弓削田博
同平田慎二
被告
双日株式会社
同訴訟代理人弁護士𠮷田和彦
同高石秀樹
東京都千代田区永田町二丁目11番1号山王パークタワー
被告補助参加人(以下「補助参加人」という。)
フィリップ・モリス・ジャパン合同会社
同訴訟代理人弁護士古城春実
同堀籠佳典
同岡田健太郎
同平井佑希
別紙
被告製品目録
(省略)
別紙
被告製品の構成(主張対比表)
(省略)
出典:裁判所ウェブサイト「裁判例検索」(https://www.courts.go.jp/hanrei/97093/detail7/index.html)。本文は同サイト掲載の判決書PDFからTaiLexi AIがテキスト化・整形したもの(正確な文言は原本PDFを参照)。判示事項・裁判要旨・参照法条は裁判所の公表どおり。