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地裁判決

東京地判 令和8年6月26日

令和元年(行ウ)第327号 損害賠償請求事件(住民訴訟)ほか

裁判所
東京地方裁判所
裁判年月日
令和8年6月26日 (2026-06-26)
事件番号
令和元年(行ウ)第327号
事件名
損害賠償請求事件(住民訴訟)ほか
裁判の種類・結果
判決
判例集等
—
分野
行政

令和8年6月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官

令和元年(行ウ)第327号損害賠償請求事件(住民訴訟)(第1事件)令和2年(行ウ)第242号損害賠償等請求事件(住民訴訟)(第2事件)令和2年(行ウ)第243号不当利得返還履行請求事件(住民訴訟)(第3事件)口頭弁論終結日令和8年2月6日

判決

主文

1 本件訴えのうち、別紙2却下部分目録記載の部分を却下する。

2 被告は、Aに対し、1199万9203円及びこれに対する令和4年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

3 被告は、第2事件被告補助参加人Bに対し、660万円及びこれに対する令和4年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。

4 被告は、第2事件被告補助参加人Cに対し、88万円及びこれに対する令和4年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。

5 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

6 訴訟費用の負担は、別紙3訴訟費用負担目録記載のとおりとする。事

実及び理由

第1 請求

1 第1事件

(1) 被告は、第1事件及び第2事件被告補助参加人Dに対し、365万1208円及びうち364万5037円に対する平成31年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

(2) 被告は、Aに対し、4227万1569円及びうち3608万2727円に対する平成31年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

2 第2事件

(1) 被告は、第1事件及び第2事件被告補助参加人Dに対し、462万8844円及びうち408万円に対する令和2年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

(2) 被告は、Aに対し、706万5786円及びうち414万4000円に対する令和2年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

(3) 被告は、Eに対し、401万6203円及びうち354万円に対する令和2年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

(4) 被告は、Fに対し、767万8427円及びうち468万4000円に対する令和2年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

(5) 被告は、Gに対し、285万8992円及びうち252万円に対する令和2年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。

(6) 被告は、Hに対し、883万5638円及びうち570万4000円に対する令和2年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。

(7) 被告は、第2事件被告補助参加人Bに対し、825万9468円及びうち696万円に対する令和2年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。

(8) 被告は、第2事件被告補助参加人Cに対し、305万1162円及びうち88万円に対する令和2年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。

3 第3事件

⑴主位的請求

被告は、第3事件被告補助参加人Iに対し、4863万9318円及びうち3892万0616円に対する令和2年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

⑵予備的請求

被告は、第3事件被告補助参加人Iに対し、3293万3204円及びうち2507万5110円に対する令和2年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を請求せよ。

第2 事案の概要

第1事件は、平成24年4月から平成31年3月までの間にJ市立病院(以下「本件病院」という。)の院長相談役と称する職に臨時的任用職員として任用されていた第3事件被告補助参加人I(以下「I」という。)がJ市から支給を受けた基本給、時間外勤務手当及び通勤手当(以下、併せて「基本給等」という。)について財務会計法規に反する違法な支出があったとして、第1事件原告らが、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、被告を相手に、当時J市長(以下、J市長を単に「市長」ということがある。)の職にあった第1事件及び第2事件被告補助参加人D(以下「D市長」という。)及びA(以下「A市長」という。)に対し、それぞれの在任期間に係る支出によってJ市に生じた損害の賠償及びこれに対する各支出があった日の後の日である平成31年3月23日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。特に断らない限り、以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払の請求をするよう求める住民訴訟である。

第2事件は、IがJ市から支給を受けた平成24年4月分から同年12月分までの時間外給与及び平成25年1月分から平成28年9月分までの日額給(以下、併せて「日額給等」という。)について財務会計法規に反する違法な支出があったとして、第2事件原告らが、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、被告を相手に、当時市長の職にあったD市長及びA市長並びに当時本件病院の院長の職にあったE(以下「E院長」という。)及びF(以下「F院長」という。)に対しては各人の在任期間に係る支出によってJ市に生じた損害の賠償及びこれに対する各支出があった日の後の日である令和2年3月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払の請求を、当時本件病院の事務長の職にあったG(以下「G事務長」という。)及びH(以下「H事務長」という。)並びに当時本件病院の総務課長の職にあった第2事件被告補助参加人B(以下「B総務課長」という。)及び同C(以下「C総務課長」という。)に対しては各人の在任期間に係る支出によってJ市に生じた損害及びこれに対する前同日から支払済みまで同割合による遅延損害金について地方自治法243条の2の8第3項の規定による賠償の命令を、それぞれするよう求める住民訴訟である。第3事件は、IがJ市から支給を受けた基本給、時間外勤務手当、時間外給与及び日額給の一部につき、Iが土地区画整理組合の業務に従事するなどしており本件病院における勤務実態がなく、IがJ市から支給を受けた通勤手当につき、これに対応する公共交通機関の使用の実態がないにもかかわらず不当に利得したものであるとして、第3事件原告らが、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、被告を相手に、Iに対し、当該不当利得の返還及びこれに対する各支出があった日の後の日である令和2年3月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を請求するよう求める住民訴訟である。

1 関係法令等の定め

別紙4のとおり(同別紙で定義した略称は、本文においても用いる。)

2 前提事実

以下の各事実は、当事者間に争いがないか、掲記の各証拠(枝番号のあるものは、枝番号も含む。)及び弁論の全趣旨により、容易に認められる。⑴当事者等

ア 原告らは、いずれもJ市の住民であり、第1事件ないし第3事件原告K及び同L(以下、それぞれ「原告K」及び「原告L」といい、両名を併せて「原告Kら」という。)は、いずれもJ市議会議員である。

イ D市長は平成9年4月から平成25年4月26日まで、A市長は同月27日から令和7年4月26日まで、J市長の職にあった者である。

ウ E院長は平成19年7月1日から平成25年3月31日まで本件病院の院長であった者であり、F院長は同年4月1日以降、本件病院の院長を務める者である。

エ G事務長は平成21年2月1日から平成25年1月31日まで、H事務長は同年2月1日から平成30年3月31日まで、本件病院の事務長であった者である。事務長は、臨時的任用職員の賃金に関する支出負担行為の専決権者であった。

オ B総務課長は平成17年1月1日から平成26年3月31日まで、C総務課長は同年4月1日から令和元年9月30日まで、本件病院の総務課長であった者である。総務課長は、臨時的任用職員の賃金に関する支出命令の専決権者であった。

カ Iは、J市の副市長を退職した後、本件病院において、平成21年6月4日から平成24年3月31日まで、専門監として任用され、平成24年4月1日から平成31年3月31日まで、J市の臨時的任用職員として院長相談役と称する職に任用されていた。

また、Iは、平成24年5月から、J市M土地区画整理組合(以下「本件区画整理組合」という。)において、業務委託契約に基づき、理事長相談役としての業務に従事していた。

⑵本件病院の概要等

本件病院は、J市によって開設され、内科、循環器内科、小児科、外科、整形外科、脳神経外科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、精神科、歯科口腔外科、リハビリテーション科、放射線科、麻酔科、救急科の各診療科目を有する、病床数300床の病院である(J市病院事業の設置等に関する条例(平成13年J市条例第38号)3条)。

なお、本件病院に係る事業には、地方公営企業法の規定のうち同法2条2項所定の財務規定等のみが適用される(弁論の全趣旨)。

⑶本件病院におけるIの任用等

ア J市は、平成21年6月3日、J市立病院経営専門監設置規則(本件規則)を制定し、専門監を設置した。J市は、同月4日、J市の副市長を退職したIを専門監として任用し、平成24年3月31日まで、Iに対し、月額75万円の報酬を支給した。

イ J市は、平成24年3月31日、Iの専門監としての任期が同日で終了することに伴い、本件病院内に院長相談役と称する職を新たに設置し、Iを、次の条件で、臨時的任用職員である院長相談役として任用した(甲4の1)。期間平成24年4月1日から同年9月30日まで

勤務時間週3日(月~金)午前8時30分から午後5時まで

賃金月給28万円

所定時間外労働の有無有り

ウ その後、J市が平成30年9月28日に期間を同年10月1日から平成31年3月31日までとしてIを院長相談役として任用するまで、合計13回にわたり、Iの院長相談役としての任用が繰り返された。(甲4の2ないし14)

この間、臨時職員雇用確認書(甲4の1ないし14。以下「雇用確認書」という。)上の賃金額は、当初は月給28万円(週3日勤務)であったが、平成25年10月から月給34万2000円(同)に、平成26年4月から月給36万円(同)に、平成28年10月から月給55万円(週5日勤務)にそれぞれ増額された。

エ J市は、平成24年4月分から平成31年3月分までのIの賃金につき、基本給等として別表1記載のとおり、日額給等として別表2記載のとおり、各金員を支出した(乙32ないし37)。

なお、別表1の「時間外勤務手当」とは、「出張、時間外等勤務命令簿」(甲16)による勤務時間外の勤務に対応するものとして、雇用確認書に基づき支給されたものであり、別表2の「時間外給与」及び「日額給」とは、週3日勤務とされていた期間におけるこれを超える勤務に対応するものとして、雇用確認書に基づかずに支給されたものである。

⑷原告らによる住民監査請求

ア 原告Kらは、平成31年3月22日、J市監査委員に対して、「J市長が2012年4月から2019年3月にかけて臨時職員雇用確認書に基づいてI氏に支払った給料の全額はJ市が被った損害であるから、監査委員は、J市長に対し、D氏及びA氏に対して、当該損害の賠償請求をする等、必要な措置を講じるように勧告することを求める」との住民監査請求(以下「本件住民監査請求1」という。)をした。同監査委員は、令和元年5月16日、本件住民監査請求1を棄却し、その頃、かかる監査の結果を原告Kらに通知した(甲21、弁論の全趣旨)。

イ 原告らは、令和2年3月30日、J市監査委員に対して、「J市が2013年1月から2016年9月までの期間にI氏に対し支払った2316万円は、契約に基づかない違法な支出であり、J市が被った損害であるから、監査委員は、J市長に対し、同期間にJ市立病院長、J市立病院事務長及びJ市立病院総務課長に就いていた者に対して当該損害の賠償請求をする等、必要な措置を講じるように勧告することを求める。」との住民監査請求(以下「本件住民監査請求2」という。)をした。同監査委員は、令和2年5月27日、日額給の支出の違法性は認定したものの、J市の損害を否定して本件住民監査請求2を棄却し、同月29日、かかる監査の結果を原告らに通知した(甲47、弁論の全趣旨)。

ウ 原告らは、令和2年3月30日、J市監査委員に対して、「J市長が2012年4月から2019年3月にかけて臨時的任用職員としてのI氏に支払った78、633、556円は、M土地区画整理組合の兼業による二重報酬受け取りにあたり、J市が被った損害であるから、監査委員は、J市長に対し、I氏に対して、当該損害の賠償請求をする等、必要な措置を講じるように勧告することを求める。」との住民監査請求(以下「本件住民監査請求3」という。)をした。同監査委員は、令和2年5月27日、勤務実態のない賃金額が明らかでないものの、J市が被った損害が認められるとして、市長に対して、Iへ当該損害について返還請求をすることを勧告し、同月29日、かかる監査の結果を原告らに通知した(甲56、弁論の全趣旨)。⑸本件訴えの提起

原告Kらは、令和元年6月12日、第1事件の訴えを提起した。また、原告らは、令和2年6月26日、第2事件及び第3事件の訴えを提起した。なお、第2事件は、訴えの提起時においては、平成25年1月分から平成28年9月分までの日額給について、違法な財務会計上の行為があったとして、被告を相手に、E院長及びF院長に対し損害賠償請求をするよう求める請求並びにG事務長、H事務長、B総務課長及びC総務課長に対し損害賠償命令をするようそれぞれ求める請求をするものであったが、原告らは、令和5年7月10日付け訴えの変更(請求の拡張)申立書により、違法な財務会計上の行為として平成24年4月分から同年12月分までの時間外給与に係るものを追加した上、損害賠償請求の相手方にD市長及びA市長を追加した。

また、第1事件は、訴えの提起時においては、Iに対して支給された賃金の全てを損害賠償請求の対象とするものであったが、原告Kらは、令和7年2月19日付け訴えの変更申立書により、日額給等については第2事件の対象とされているとして、日額給等に係る部分を取り下げること等を内容とする請求の減縮をした。

⑹J市とIとの間の訴訟

ア J市長は、令和2年9月28日、地方自治法96条1項12号の規定により、J市が、Iに対し、Iが本件区画整理組合の業務に従事するなどして本件病院において勤務していないにもかかわらず賃金の支給を受けるとともに、自家用車で通勤していたにもかかわらず公共交通機関の利用を前提として通勤手当の支給を受けたとして、不当利得返還請求権に基づき、合計3527万8139円及び遅延損害金の支払を求める内容の訴訟(以下「別訴」という。)を提起することについて、議会の議決を求める旨の議案(以下「本件議案」という。)を提出し、本件議案は、同日に開かれた令和2年第3回J市議会定例会において可決された(乙75ないし77)。

J市は、令和2年10月16日付けで、Iに対し、不当利得返還請求権に基づき、合計3527万8139円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年3分の割合による金員の支払を求める別訴を東京地方裁判所立川支部に提起した。なお、同年12月7日付けで、遅延損害金について、その起算日を賃金等の各支払日の翌月1日とする請求の拡張がされた。(乙26、73、78)

イ 別訴について、令和4年11月17日、次の内容の和解(以下「別訴和解」という。)が成立した(乙72、戊1)。

(ア) Iは、J市に対し、本件病院からの受取賃金(3336万6727円)を含め、本件解決金として3340万円の支払義務があることを認める。(イ) Iは、J市に対し、上記(ア)の金員を令和5年1月6日限り支払う。(ウ) J市は、その余の請求を放棄する。

(エ) J市とIは、J市とIとの間には、本件に関し、本和解条項に定めるものの他、何らの債権債務がないことを相互に確認する。

(オ) 訴訟費用は各自の負担とする。

ウ Iは、J市に対し、令和4年12月7日、別訴和解に係る解決金3340万円を支払った(乙80)。

3 争点

⑴第1事件

ア 第1事件に係る住民監査請求の適法性(監査請求期間経過についての正当理由の有無・本案前の争点)

イ 違法な財務会計行為の有無

ウ 故意又は過失の有無

エ J市の損害額(別訴和解の効力を含む。)

⑵第2事件

ア 第2事件に係る住民監査請求の適法性(本案前の争点)

(ア) 二重の住民監査請求の適否

(イ) 監査請求期間経過に係る正当な理由の有無

イ 違法な財務会計行為の有無

ウ 院長についての「当該職員」該当性(本案前の争点)

エ 故意又は(重)過失の有無

オ J市の損害額(別訴和解の効力を含む。)

⑶第3事件

ア 第3事件に係る住民監査請求の適法性(本案前の争点)

(ア) 二重の住民監査請求の適否

(イ) 監査請求期間経過に係る正当な理由の有無

イ 訴えの利益の有無(本案前の争点)

ウ 法律上の原因の有無

エ 損失の有無及び額

4 争点に関する当事者の主張

別紙5のとおり(同別紙で定義した略称は、本文においても用いる。)

第3 当裁判所の判断

1 認定事実

前記前提事実に加え、後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

⑴Iに対する賃金の支出等に係る経過

ア Iの院長相談役への任用に関する経過(証人G、証人B、証人D、証人I、甲1、162、乙96、98、100、丙5)

J市は、平成21年6月3日、本件病院に専門監を設置し、同月4日、Iを専門監に任用した。本件規則において、専門監の任用期間は、平成24年3月31日を超えない範囲で市長が定めることとされ、その所掌事項は、J市立病院改革プランに示す経営改善の具体的措置に関すること、その他本件病院の経営に関することとされていた。平成23年3月16日に開かれた同年度J市議会一般会計予算特別委員会において、N副市長(以下「N副市長」という。)は、本件病院の専門監の任期についての質問を受けて、任期の延長をするかどうかについては市長と相談をするが、同年4月1日から平成24年3月31日までの任期が限度であると考えている旨を答弁した。同委員会には、D市長も同席していた。

平成24年に入っても本件病院の経営状況は厳しく、E院長は引き続きIに病院経営を支えてもらいたい旨の意向を有していたところ、G事務長は、同年1月頃、E院長から、Iの専門監の任期が同年3月31日で終了し、その後は、院長相談役として本件病院に残ることとなる旨を伝えられた。G事務長は、同月頃、N副市長に対し、その任用形態について確認したところ、N副市長は、Iを臨時的任用職員として任用すること、週3日勤務で月給28万円とすること、週3日を超える勤務について時間外給与を支給することは許容すること等を伝えた。G事務長は、N副市長からの指示を受け、D市長に対し、Iを同年4月から臨時的任用職員として任用する旨を報告したところ、D市長は、細かいことはN副市長と相談するよう述べた。

その後、Iは、平成24年3月31日付けで、前記前提事実⑶イの内容が記載された雇用確認書(甲4の1)に署名捺印した。B総務課長は、同年4月初旬頃、G事務長から、Iを同月1日付けで院長相談役として任用することとなった旨を告げられ、I作成と思しき手書きの文書の交付を受けた。同文書には、院長相談役の業務内容、賃金額等が記載されていた。B総務課長は、同文書を総務課の臨時職員担当であったО主事(以下「О主事」という。)に手渡し、Iを院長相談役として任用するための事務処理を指示した。О主事は、同日付け日病総第58号回議書(甲5、33、乙64の1)を起案し、これに上記雇用確認書及び手書き文書を添付して決裁に回し、B総務課長、G事務長及びE院長等の決裁を経た。

イ Iに対する時間外給与の支出に関する経過(乙98、100、丙5、証人G、証人B)

雇用確認書(甲4の1)において、Iの勤務日数は週3日とされていたが、実際にはこれを超える週5日程度の勤務が常態化していた。G事務長は、Iからの要望を踏まえ、平成24年4月中旬頃、B総務課長に対し、院長相談役の時間外給与について、源泉徴収票の乙欄(2か所以上から給与が支給されている場合における従たる給与につき適用されるもの。甲93)で処理できないかとの相談を持ち掛けた。B総務課長は、基本給と時間外給与を合算して甲欄で処理すべきである旨を回答したが、同年5月上旬頃、G事務長が改めて院長相談役の時間外給与を乙欄で処理するよう指示し、B総務課長はこれを受け、О主事に指示してかかる処理を行った。

О主事は、同年5月9日から平成26年3月10日までの間、臨時職員の平成24年4月分から平成26年2月分までの賃金支払に係る支出負担行為伺としての回議書(丙1の1ないし23)を起案し、B総務課長及びG事務長(平成25年1月分以降はH事務長)はこれを決裁した。上記回議書は、Iの賃金について、基本給及び通勤手当のみが記載され、時間外給与の記載がないものであった。

Iに対する時間外給与(時間単価3000円に80ないし120時間を乗じて計算した額。乙22の1ないし9)の支出に係る支出命令は、B総務課長が平成24年4月分から同年12月分までのIに対する時間外給与に係る支出伝票の決裁をすることによって行われた(乙24の1ないし9)。これらの支出伝票はG事務長の決裁を経たものではなく、その他上記時間外給与の支出に係る支出負担行為として行われたG事務長の決裁がされた書面はない。

ウ Iに対する日額給の支出に関する経過(乙98、99、100、101、丙5、丁4、証人G、証人H、証人B、証人C、証人I)

G事務長は、平成24年9月中旬頃から同年10月上旬頃にかけて、B総務課長及びIとの間で、Iが週3日を超えて勤務している状況を踏まえた賃金の増額について協議した。その際、週3日を超える勤務について日額給として支給するという提案もあったが、協議の結果、従前どおり時間外給与で対応することとなった。

ところが、G事務長は、平成25年1月下旬頃、B総務課長に対し、Iの週3日を超える勤務日について日額給として6万円を支給することとなった旨を告げるとともに、I作成と思しき手書き文書を交付した。当該手書き文書には、日額給支給決定の理由や、Iの週3日の勤務日及びそれ以外の勤務日における業務内容、日額給を平成25年1月1日に遡って適用すべきこと、問題が発生した場合にはIが自ら責任をもって対応することなどが記載されていた。

B総務課長は、同月30日、平成25年1月以降、Iに対し、週3日の勤務日以外の勤務日につき日額給6万円を支給することを内容とする同日付け日病総第884号回議書(丙2)を自ら起案し、G事務長の決裁を経た。C総務課長は、平成26年4月1日にB総務課長の後任として本件病院の総務課長に就任した後、Iが実働として週5日の勤務をしているところ、週3日の勤務を前提とする基本給等の他に残りの勤務日について日額給を支給することについて本件病院内で協議がなされた旨等を内容とする「相談役の報酬等について」と題する書面(丁1)の交付をIから受けた。C総務課長は、Iに対し日額給を支給することが本件病院内で既定事項となっているものと認識した。

Iに対する日額給(日単価6万円に8ないし10日を乗じて計算した額。乙22の10ないし54)の支出に係る支出命令は、平成25年1月分から平成26年2月分まで、B総務課長が支出伝票の決裁をし(乙24の10ないし23)、同年3月分から平成28年9月分まで、C総務課長が支出伝票の決裁をする(乙24の24ないし54)ことによって行われた。これらの支出伝票は、H事務長の決裁を経たものではなく、その他上記日額給の支出に係る支出負担行為として行われたG事務長又はH事務長の決裁がされた書面はない。なお、日額給についても、従前の時間外給与と同様に、源泉徴収票の乙欄で処理されていた(乙52ないし54、56)。

⑵本件住民監査請求1の経緯等(なお、議会における質問及び答弁等に関する事実認定は、原則として議事録等に記載された語をそのまま用いているため、「賃金」のほか、「給与」、「報酬」等の語が混在している。)

ア 平成27年9月24日に開かれた同年第3回J市議会定例会(平成26年度特別会計決算特別委員会)において、原告Kは、院長相談役の給与について質問し、本件病院総務課長から、「病院相談役といった形で、(中略)約700~800万前後の数字だったかと思います。」との答弁がされた(乙3)。

イ 平成28年9月23日に開かれた同年第3回J市議会定例会(平成27年度特別会計決算特別委員会)において、原告Kは、院長相談役の①役割並びに②賃金の額、勤務時間、形態及び出勤状況について質問し、本件病院総務課長から、①について、医療とそれ以外の両面で病院を支えていくという意味で院長を補佐するもの、②について、賃金は500万円から600万円の間、通常、月曜日から金曜日まで、職員と同じような時間帯で勤務しているとの答弁がされた(乙4)。

ウ 平成30年3月28日に開かれた同年第1回J市議会定例会(同年度特別会計予算特別委員会)において、原告Kは、院長相談役の報酬額や職責について質問した(乙20)。

エ 原告Kは、平成30年4月10日、J市議会議長に対し、院長相談役の過去の報酬に係る資料の開示を求め、同年3月26日付け雇用確認書(賃金欄の金額が黒塗りされたもの)の開示を受けた(甲63)。

オ 平成30年6月5日に開かれた同年第2回J市議会定例会において、原告Kは、「普通公務員の給料ってのは条例で決められてんですよ。(中略)院長相談役の報酬って、(中略)何か条例に基づいてない部分での支給じゃないかと。」、「根拠がどこにあるのかわからないんですね。」などと指摘した上、院長相談役の報酬の条例上の根拠について質問し、本件病院の事務長からは、「院長相談役はJ市特別職の職員で非常勤のものの報酬及び費用弁償に関する条例に定める非常勤特別職員ではないため、条例上の根拠はございません。」などとの答弁がされた。これを受けて、原告Kは、「少なくとも今ここでわかったのは、条例上による規定でお金出してませんよということなんですね。」と述べた。また、A市長から、「賃金(中略)についてふさわしい形での算定が行われているかどうかということについての疑義をいただきました。(中略)報酬につきましては、臨時職員の雇用についてふさわしいものということございますので、適正な形で早急に見直す、そんなことを検討していきたいと思っております。」との答弁がされた。(甲6)

カ 平成30年9月25日に開かれた同年第3回J市議会定例会(平成29年度特別会計決算特別委員会)においても、院長相談役の処遇等について質問がされた(甲7)。

キ 原告Lは、平成31年1月25日、J市議会議長に対し、院長相談役を雇用する際の契約書や過去5年間の労働時間に係る資料等の開示を求め、平成24年3月31日付けから平成30年9月28日付けまでの14回分の雇用確認書(賃金欄の金額が黒塗りされたもの。甲4参照)のほか、回議書(甲5)、出張、時間外等勤務命令簿(甲16)等の資料の開示を受けた(甲64)。

ク 原告Kらは、平成31年3月22日、本件住民監査請求1をした。⑶本件住民監査請求2及び3の経緯等

ア J市議会は、令和元年6月10日、「J市元副市長のJ市立病院とM土地区画整理組合の兼業による二重報酬受取の徹底解明及びJ市立病院のハラスメントの原因究明を求める決議」を採択し、これを受けて、同年8月22日、「J市元副市長のJ市立病院とM土地区画整理組合の兼業による二重報酬受取等に関する実態調査のための第三者実態調査委員会」(以下「第三者委員会」という。)が設置された(甲21)。

イ 第三者委員会は、令和2年2月3日、J市長に対し、「J市元副市長のJ市立病院とM土地区画整理組合の兼業による二重報酬受取等に関する実態調査のための第三者実態調査委員会報告書」(第三者委員会報告書)を提出した。

第三者委員会報告書では、Iに対し、時間外給与として、平成24年4月分から同年9月分までは24万円、同年10月分から同年12月分までは36万円が基本給とは別に支払われていたこと、平成25年1月分から平成26年8月分までは、週3日勤務を超える日数分の勤務に対する日額給の形で、一月当たり48万円から60万円が基本給とは別に支払われていたこと、さらに、平成26年9月分からは基本給及び上記日額給とは別に、また、週5日勤務となった平成28年10月からは基本給とは別に、それぞれ時間外勤務手当として月額10万円から45万3426円の範囲の金額が支払われていたことが報告された。第三者委員会報告書は、調査の結果新たに判明した問題点として、Iの任用について、「平成24年4月1日以降、平成31年3月31日までその雇用期間は7年間に及んでおり、初回となる上記雇用確認書のみ回議書が残されているものの、2回目以降は臨時職員要綱第4条で規定されている事項を個別具体的に記載した回議書は作成されておらず、職員課長との合議も行われていないようである。」、Iに対する「賃金については、平成25年1月分から平成28年9月分まで臨時職員雇用確認書に規定がない日当が契約外で支給されている。上記の長期に渡る継続的な雇用及び日当の支払いについては、本調査では十分な確認ができていないが違法である可能性が高い。」としている。(甲23)

ウ 原告らは、令和2年3月30日、本件住民監査請求2及び3をした。

2 事実認定の補足説明

前記認定事実⑴アに関し、D市長は、Iが臨時的任用職員として任用される前に本件病院側から報告を受けた事実はなく、市長としての在任中において、Iはずっと専門監であると認識していた旨を主張し、これに沿うD市長の供述等(乙70の2、103、己1、証人D)がある。

この点、G事務長は、Iを臨時的任用職員として任用する前にその旨をD市長に報告し、D市長からは詳細はN副市長と話をするように述べられた旨を供述する(証人G)。E院長も、第三者委員会によるヒアリングにおいて、D市長からIの専門監としての任用が終わることを伝えられ、引き続き本件病院に残ってもらいたいとの要望を伝えた旨を述べ(乙96)、同ヒアリングにおいて、F院長も、D市長に対しIを院長相談役でなく専門監として任用したいとの要望を伝えた旨を述べていることなど(乙97の1)に照らすと、複数の本件病院の関係者が、D市長との間で、Iの専門監としての任用が終了し、その後は専門監とは異なる任用形態でIを任用することを前提にやり取りをしていたと認めることができる。そもそもIの専門監の任期終了後の任用形態については、J市による支出の根拠にも関わる事柄であり、本件病院側のみで容易に判断し得るものであったとは考え難いものであることからすれば、D市長は、Iの専門監の任期終了後は、専門監とは異なる任用形態によりIを任用することとなることにつき認識していたと認めるのが相当である。

そうすると、前記認定事実⑴アのとおりの事実を認めるのが相当であって、D市長の上記供述等は、かかる事実と整合しないものであり、D市長の上記主張は採用することができない。

3 争点⑴ア(第1事件に係る住民監査請求の適法性・本案前の争点)について⑴第1事件は本件住民監査請求1を経て提起されたものであるところ、本件住民監査請求1のうち、当該請求がされた平成31年3月22日より1年以上前の財務会計上の行為を対象とする部分は、地方自治法242条2項の定める「当該行為のあつた日又は終わつた日から一年」の期間を経過したものであることから、同項ただし書の「正当な理由」があるかが問題となる。

⑵普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為の存在又は内容を知ることができなかった場合には、地方自治法242条2項ただし書にいう「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、当該普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものであると解される(最高裁平成14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。

⑶これを本件についてみると、前記認定事実⑵によれば、J市議会議員である原告Kらは、平成27年9月24日の平成26年度特別会計決算特別委員会において、Iの院長相談役としての任用に問題があるとの認識の下、院長相談役の給与について質問し、それ以降も、J市議会の定例会等において、院長相談役の役割や賃金の額等についての質問をするとともに、院長相談役の過去の報酬に係る資料の開示を求めるなどしていた。

その上で、原告Kは、平成30年6月5日に開かれた同年第2回J市議会定例会において、院長相談役の報酬が、「何か条例に基づいてない部分での支給じゃないかと。」との質問をし、本件病院の事務長からは、「条例上の根拠はございません。」との答弁がされ、A市長においても「適正な形で早急に見直す」ことを検討すると答弁したのであるから、遅くともこの時点で、原告Kらにおいて、院長相談役であったIに対する賃金の支出が違法である可能性を認識したというべきであるから、客観的にみて監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為の存在又は内容を知ることができたというべきである。

そうすると、同日から9か月以上経過した後にされた本件住民監査請求1は、当該普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内にされたものとはいえないから、地方自治法242条2項ただし書の「正当な理由」があるとは認められない。

⑷これに対し、原告Kらは、院長相談役の任用がJ市議会及び住民に対して秘密裏になされ、J市も平成31年2月までこれを秘匿していたとして、原告Kらにおいて、相当の注意力をもって調査を尽くしても、客観的にみて監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為の存在又は内容を知ることはできなかった旨を主張する。

しかし、院長相談役の任用が殊更J市議会及び住民に対して秘匿されていたことまでは認められないし、原告Kらが、J市議会定例会等における質問等によって、Iに対する賃金の支出が違法である可能性を認識することができたのは上記のとおりであるから、Iの任用に係る雇用確認書や回議書等が原告Kらに開示されたのが平成31年2月になってからであったとしても、そのことが前記⑶の判断を左右するものとはいえない。

その他、原告Kらの主張する事情を考慮しても、「正当な理由」があるとは認められず、この点に関する原告Kらの主張は、採用することができない。したがって、本件住民監査請求1のうち、本件住民監査請求1が受理された平成31年3月22日の時点で既に1年を経過している財務会計行為を対象とする部分については不適法である。

よって、第1事件に係る訴えのうち、平成30年3月21日以前の財務会計行為を対象とする部分である、別紙2却下部分目録記載1の部分は、適法な住民監査請求を欠くものとして不適法である。

4 争点⑵ア(第2事件に係る住民監査請求の適法性・本案前の争点)について⑴二重の住民監査請求の適否

ア 被告は、第2事件に係る住民監査請求は、本件住民監査請求1と同一の財務会計行為を監査の対象とすることを求めるもので、不適法である旨を主張する。

第2事件は、本件住民監査請求2を経て提起されたものであるところ、本件住民監査請求2は、「J市が2013年1月から2016年9月までの期間にI氏に対し支払った2316万円」、すなわちJ市がIに対し支払った平成25年1月分ないし平成28年9月分の日額給(別表2記載の金員のうち、日額給に係る部分。なお、前記前提事実⑸のとおり、同記載の金員のうち、時間外給与に係る部分については、第2事件の訴訟提起後、訴えの変更により請求が拡張された。)の支出を監査の対象とすることを求めるものである(前提事実⑷イ)。これに対し、本件住民監査請求1は、「J市長が2012年4月から2019年3月にかけて臨時職員雇用確認書に基づいてI氏に支払った給料の全額」(別表1記載の金員)の支出を監査の対象とするものである(前提事実⑷ア)。前記前提事実⑶エのとおり、時間外給与ないし日額給は、雇用確認書(甲4の1ないし14)に基づくものとは認められないことからすると、本件住民監査請求2において監査の対象とすることを求める財務会計行為が本件住民監査請求1と同一であるとはいえず、この点の被告の主張は採用することができない。

イ また、被告は、第2事件に係る住民監査請求は、第3事件と同一の財務会計上の行為を対象とするもので、不適法である旨を主張する。

地方自治法242条1項の規定による住民監査請求に対し、監査委員の監査の結果が請求人に通知された場合において、請求人たる住民は、監査の結果に対して不服があるときは、同法242条の2第1項の規定に基づき同条2項1号の定める期間内に訴えを提起すべきものであり、同一住民が先に監査請求の対象とした財務会計上の行為又は怠る事実と同一の行為又は怠る事実を対象とする監査請求を重ねて行うことは許されていないものと解される(最高裁昭和62年2月20日第二小法廷判決・民集41巻1号122頁参)。

そうであるならば、二重の監査請求がされたことにより後行の監査請求が不適法となった場合において、これらの監査請求を経て提起された住民訴訟は、先行の監査請求を基準にすると同号の定める期間を経過したこととなるときに不適法となるものというべきであって、先行の監査請求を基準にしても同号の定める期間の遵守に欠けるところがないときは、直ちに不適法となるとはいえない。

本件についてみると、第2事件の前段手続としてされた本件住民監査請求2が、第3事件の前段手続としてされた本件住民監査請求3と同一の財務会計上の行為を対象とするものであったとしても、本件住民監査請求2と本件住民監査請求3はいずれも令和2年5月29日に監査の結果が通知されており(前提事実⑷イ及びウ)、原告らは、同年6月26日、第2事件に係る訴えを提起したのであるから(前提事実⑸)、いずれの監査請求を基準としても、第2事件につき、地方自治法242条の2第2項1号の定める期間の遵守に欠けるところはないから、訴えが不適法であるとはいえない。したがって、この点の被告の主張は採用できない。

⑵監査請求期間経過に係る正当な理由の有無

ア 前記3⑵の観点から、本件住民監査請求2についての「正当な理由」の有無を検討する。

令和2年3月30日にされた本件住民監査請求2は、Iに対して支出された雇用確認書に基づかない時間外給与及び日額給を問題とするものであるところ、前記認定事実⑵及び⑶によれば、雇用確認書に記載のある賃金(基本給等)については、それまでもJ市議会定例会における質問等で取り上げられていたものの、雇用確認書に基づかない時間外給与及び日額給については、その支出が問題になっていたことはうかがわれず、Iに対して時間外給与及び日額給が支出されていたことは、同年2月3日付けの第三者委員会報告書において初めて指摘がされたものと認められる。

そうすると、日額給等の支出については、原告Kらにおいて、第三者委員会報告書で上記指摘がされるまでは、相当の注意力をもって調査を尽くしても、客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることはできなかったというべきであり、上記指摘がされてから50日程度でされた本件住民監査請求2については、監査請求期間の経過について正当な理由があると認めるのが相当である。

イ これに対し、被告は、平成28年9月の時点又は遅くとも平成30年6月の時点で当該行為の存在又は内容を知ることができた旨主張するが、前記アの検討に照らし、かかる被告の主張は採用できない。

5 争点⑵ウ(院長についての「当該職員」該当性・本案前の争点)について地方自治法242条の2第1項4号に規定する「当該職員」は、住民訴訟制度が同法242条1項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正しもって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして同権限を有するに至った者を広く意味し、その反面およそこのような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないと解するのが相当である(最高裁昭和62年4月10日第二小法廷判決・民集41巻3号239頁参照)。

J市において、支出負担行為としての報酬の支給の決定について法令上の権限を有する者は市長である(地方自治法149条2号)ところ、前記前提事実⑴エ及びオのとおり、訓令の形式であるJ市立病院事務決裁規程(乙13、14)により、臨時的任用職員の賃金に関する支出負担行為については部長すなわち事務長が、支出命令については課長すなわち総務課長が、それぞれ専決する権限、すなわち、常時、市長に代わって、最終的にその意思を決定する権限を有することとされていたことが認められる。

したがって、臨時的任用職員の賃金の支出負担行為については事務長、支出命令については総務課長が、法令上の権限を有する市長に加え、これら財務会計上の行為につき法令上権限を有する者からあらかじめ専決することを任され、上記権限行使についての最終的意思決定を行うとされている者として当該職員に当たるということができる。

他方、院長については、内部的にも当該普通地方公共団体の当該財務会計上の行為についての最終的な意思決定を行う権限を有するものとされていないのであるから、臨時的任用職員の賃金の支出負担行為、支出命令を行う権限を有する地位ないし職にあると認められない。

したがって、院長は、当該職員に該当しないから、第2事件に係る訴えのうち、被告を相手に、E院長及びF院長に対し損害賠償請求をするよう求める部分(別紙2却下部分目録記載2の部分)は住民訴訟の類型に該当しない不適法な訴えである。

6 争点⑶イ(第3事件に係る訴えの利益の有無・本案前の争点)について⑴第3事件は、原告らが、J市の執行機関である被告を相手に、Iに対し、IがJ市から支給を受けた勤務実態のない賃金及び利用実態のない通勤手当について、不当利得返還請求(以下「本件不当利得返還請求」という。)をするよう求めるものであるところ、前記前提事実⑹アのとおり、J市は、Iに対し、Iが本件病院において勤務していないにもかかわらず賃金の支給を受けるとともに、自家用車で通勤していたにもかかわらず公共交通機関の利用を前提として通勤手当の支給を受けたとして、不当利得返還請求権に基づき合計3527万8139円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める別訴を提起したのであって、これはJ市がIに対し本件不当利得返還請求の一部について不当利得返還請求権を行使したものであると認められるから、別訴が提起された時点で、少なくともかかる別訴の請求額の限度において、第3事件に係る訴訟の目的は達成したものとして、訴えの利益が消滅したというべきである。そして、前記前提事実⑹イのとおり、別訴において本件清算条項を含む別訴和解が成立したところ、これは、「本件」、すなわち、J市のIに対する勤務実態のない賃金及び利用実態のない通勤手当の不当利得返還請求に関するJ市とIとの間の一切の債権債務関係を清算する内容であるということができるから、本件不当利得返還請求に係る請求権もその清算の対象に含まれるというべきである。訴訟上の和解は、確定判決と同一の効力を有するものであり(民事訴訟法267条)、もはやJ市がIに対し本件不当利得返還請求をすることはできないというべきであって、本件不当利得返還請求はその全部が行使されたものといえるから、第3事件に係る訴えの利益はその全部が失われたというべきである。

⑵これに対し、原告らは、①別訴和解につきJ市議会の議決がない、また議会の議決を不要とすべき場合にも該当しない、②本件議案が別訴和解を承認するものであるとしても地方自治法180条1項に違反する無効なものである、③別訴和解は権利放棄につき議会の議決を経ていない点で同法96条1項10号に違反し無効であるとして、別訴和解が無効である旨を主張する。この点、同項12号は、普通地方公共団体がその当事者である訴えの提起、和解、あっせん、調停及び仲裁について、議会が議決しなければならない旨を定めるところ、地方公営企業法40条2項は、地方公営企業の業務に関する地方公共団体がその当事者である訴えの提起、和解、あっせん、調停及び仲裁については、条例で定めるものを除き、地方自治法96条1項12号の規定は適用しない旨を定めている。本件病院につき、上記条例の定めの有無等は明らかでないため、ひとまず別訴和解につき同号の規定が適用されるとの前提に立って検討すると、証拠(乙75ないし77、81)によれば、本件議案は、同号の規定に基づき別訴の提起について議会の議決を求めるものであり、本件議案の議決とは別に別訴和解をすることについての議決がされたことは認められないが、本件議案は「訴訟の進行に応じて必要があるときは、適当と認める条件で和解することができる」との訴訟遂行の方針を含むものとして可決されたこと、令和2年第3回定例会において本件議案に係る審議がされたが、かかる方針について疑問視する趣旨の発言は特段なく、本件議案は全会一致で可決されたことが認められる。

以上によれば、本件議案が議決された際に、別訴において訴訟の進行に応じて和解をする訴訟方針についても議会の承諾があったものというべきである。別訴がIに対し3527万8139円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるものであり、別訴和解が、IがJ市に対し解決金として3340万円の支払義務があることを認めることを内容とするものであって、請求金額を大きく減額するものではなく、別訴和解は上記の訴訟方針を逸脱するものとはいえないことも踏まえれば、本件議案を議決したことにより別訴和解をすることについても議決がされたものと認めるのが相当である。したがって、上記①の点についての原告らの主張は採用できない。

また、和解が、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめる趣旨の合意であることからすれば、別訴和解について議会の議決がされたことにより、本件不当利得返還請求に係る請求権を一部放棄することについても、その趣旨を含むものとして議決がされたものと認めるのが相当である。したがって、別訴和解につき、権利放棄につき議会の議決を経ていないものとはいえず、同項10号に反するとの上記③の原告らの主張も採用できない。なお、上記の別訴の請求及び別訴和解の内容等に照らし、かかる権利放棄が、普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする同法の趣旨等に照らして不合理であって議会の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるともいえない(最高裁平成24年4月20日第二小法廷判決・民集66巻6号2583頁、最高裁平成24年4月23日第二小法廷判決・民集66巻6号2789頁参照)。

本件議案は、J市長の専決処分について議会に議決を求めたものとは認められないから、上記②の点についての原告らの主張も採用することができない。⑶よって、第3事件に係る訴えは、その余の点について検討するまでもなく、訴えの利益を欠き、不適法である。

7 本案前の争点についてのまとめ

⑴第1事件について

前記3のとおり、第1事件に係る訴えのうち、別紙2却下部分目録記載1の部分は、適法な住民監査請求を欠くものとして不適法である。

⑵第2事件について

前記5のとおり、第2事件に係る訴えのうち、別紙2却下部分目録記載2の部分は住民訴訟の類型に該当しないものとして不適法である。

なお、被告は、原告らが、第2事件について、被告を相手に、D市長及びA市長に対し、損害賠償請求をするよう求める請求を追加する内容の訴えの変更をしたこと(前提事実⑸)について、本件住民監査請求2において具体的措置を求められた相手方ではないため監査請求前置を欠く旨及び監査請求の段階における防御の機会が与えられていないから訴えの変更は認められない旨を主張するが、住民訴訟においては、その対象とする財務会計上の行為又は怠る事実について監査請求を経ていると認められる限り、監査請求において求められた具体的措置の相手方とは異なる者を相手方として同措置の内容と異なる請求をすることも、許されると解すべきである(最高裁平成10年7月3日第二小法廷判決・裁判集民事189号1頁)。前記前提事実⑷イのとおり、本件住民監査請求2は、第2事件において対象とされている財務会計上の行為であるIに対して支払われた雇用確認書に基づかない日額給の支出を問題とするものであるから、請求の相手方が監査請求におけるものと異なるからといって、上記訴えの変更により追加された部分について、監査請求前置の要件に欠けるとはいえず、かかる訴えの変更が許されない旨をいう被告の主張には理由がない。

⑶第3事件について

前記6のとおり、第3事件に係る訴えは、訴えの利益を欠くものとして不適法である。

8 争点⑴イ(違法な財務会計行為の有無(第1事件関係))及びウ(故意又は過失の有無(第1事件関係))について

⑴前記3のとおり、第1事件に係る訴えのうち、別紙2却下部分目録記載1の部分は不適法であるため、本案の争点に対する判断としては当該部分以外の部分である、Aに対し、損害賠償を請求するよう求める部分のうち、平成30年3月分から平成31年3月分の基本給等に係る部分について、違法な財務会計行為の有無を検討すれば足りることとなるが、事案に鑑み、平成24年4月分から平成31年3月分の基本給等に係る支出について検討する。

⑵違法事由④(給与条例主義違反)について

ア 地方自治法は、常勤の職員であると非常勤の職員であるとを問わず、その給与の額及び支給方法を条例で定めなければならないと規定している(同法203条の2第4項、204条3項)。これは、職員の給与の額及び支給方法を議会が制定する条例によって定めることにより、地方公務員の給与に対する民主的統制を図るとともに、地方公務員の給与を条例によって保障する趣旨に出たものと解される。同法の上記規定の趣旨、特に議会による民主的統制の要請に照らすと、職員の給与の額及び支給方法を条例で定めないことは許されないし、また、条例において、一定の細則的事項を規則等に委任することは許され得るとしても、職員の給与の額及び支給方法に係る基本的事項を規則等に委任することは許されないというべきである。臨時的任用職員は、緊急の場合又は臨時の職に関する場合などに任用される(地公法22条2項、5項)が、当該職員が従事する職が当該普通地方公共団体の常設的な事務に係るものである場合には、その職に応じた給与の額等又はその上限等の基本的事項が条例において定められるべきである。他方で、当該職員が従事する職が臨時に生じた事務に係るものである場合には、その職に応じた給与の額等についてあらかじめ条例で定め難いことも考えられるが、上記の地方自治法の趣旨によれば、少なくとも、その職に従事すべく任用される職員の給与の額等を定めるに当たって依拠すべき一般的基準等の基本的事項は、可能な限り条例において定められるべきものと解される。(最高裁平成22年9月10日第二小法廷判決・民集64巻6号1515頁(以下「平成22年最判」という。)参照)

イ 本件についてみると、Iが従事していた院長相談役の職は、平成24年4月1日の最初の任用から平成31年3月31日に退職するまでの間、14回にわたりその任用が繰り返されていること(前提事実⑶イ及びウ)からすれば、臨時に生じた事務に係るものであるというには疑義があるものの、I以外に当該職に従事した者があることは認められず、Iが任用される際に新たに創設されたものであるから、少なくともその任用時においては、臨時に生じた事務に係るものであるとして、その職に応じた給与の額等についてあらかじめ条例で定め難いものであったということもできないではない。しかしながら、本件給与条例は、臨時的任用職員の給与については、20条が「任命権者が職員の給与との均衡を考慮し、別に定める」と規定するのみであり、その他院長相談役の給与の額等を定めるに当たって依拠すべき一般的基準等に関する定めは見当たらない。そして、本件要綱は、地公法22条5項に基づき雇用する者等を「臨時職員」と定義した上(本件要綱2条)、「臨時職員」の賃金を「時間給、日額給、時間外勤務手当(事前に職員課長と協議した場合に限る。)及び交通費」と定め(本件要綱6条1項)、「時間給及び日額給」の額につき賃金表により具体的に定めているが(本件要綱6条2項)、これらの規定により難いときは、市長が別に定めるものとしている(本件要綱11条)。

上記のとおり、本件給与条例20条は「職員の給与との均衡を考慮し」という抽象的な規定にとどまり、どの臨時職員につきどの職員の給与との均衡を考慮すべきかについては何ら明らかではなく、臨時職員に対する給与の額及び支給方法の決定を全て任命権者に一任するものというほかない。結局、院長相談役の賃金については、これを定めるに当たって依拠すべき一般的基準等の基本的事項が条例で定められることがないまま、任用期間ごとにその都度雇用確認書(甲4の1ないし14)により定められたものであるといわざるを得ない。そうすると、Iの基本給及び基本給の額に基づき算出されることとなる時間外勤務手当(本件要綱6条3項、本件給与条例11条参照)の支出については、給与の額及び支給方法を条例で定めなければならないと規定した地方自治法の規定(同法203条の2第4項、204条3項)に反するものとして、違法である。また、通勤手当は、職員の通勤の実情に応じて算出されるものであるが(本件要綱6条3項、本件給与条例9条参照)、飽くまで基本給が支給されることを前提に、これを補完するものとして支給されることからすると、通勤手当の支出についても、その支出の基礎を欠くものとして、違法というべきである。

したがって、違法事由④に係る違法が認められる。

⑶違法事由④に係る故意又は過失について

ア 判断枠組み

前記5のとおり、Iに対する基本給等の支出に係る権限はいずれもJ市長の権限に属するものであるが、補助職員による専決によって処理されている。市長の権限に属する財務会計上の行為を、補助職員が専決により処理した場合には、市長は、補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失によりこれを阻止しなかったときに限り、自らも財務会計上の違法行為を行ったものとして、市が被った損害を賠償する義務を負うものと解される(最高裁平成3年12月20日第二小法廷判決・民集45巻9号1455頁、平成22年最判参照)。

イ D市長の故意又は過失

Iが院長相談役として任用された平成24年4月1日の時点で、既に普通地方公共団体の臨時的任用職員の給与について条例において定められるべき事項について判示した平成22年最判が存在し、前記⑵アの解釈を採るべきであるとの認識が実務において共有されており、また、共有されているべきであったと認めるのが相当である。そして、前記認定事実⑴アによれば、D市長は、Iが平成21年6月4日に本件病院において専門監として任用されたことを知っており、また、本件規則4条において、専門監の任期は、平成24年3月31日を超えない範囲で市長が定めることとされている上、平成23年3月16日に行われたJ市議会においてN副市長が専門監の任期につき平成24年3月31日までが限度である旨を答弁しており、D市長はその場に同席していたものであるから、Iの専門監としての任期が平成24年3月31日で終了することも認識していたことが認められる。また、D市長は、G事務長から同年4月1日以降はIを臨時的任用職員として任用することについて報告を受けるなどしていた。

そうすると、D市長は、同日以降、臨時的任用職員として任用されることとなったIの給与の額等を定めるに当たって依拠すべき一般的基準等の基本的事項が条例において定められるべきであることを認識し得たというべきである。それにもかかわらず、上記の基本的事項につき、自らこれを定めることも、補助職員にこれを定めることを指示することもしなかったのであるから、補助職員が条例上の根拠を欠いたまま基本給等の支出をすることにつき、財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、これを阻止しなかったことにつき、少なくとも過失があるといえる。

ウ A市長の故意又は過失

A市長がJ市長に就任した時点において、既に前記⑵アの解釈を採るべきであるとの認識が実務において共有されており、また、共有されているべきであったと認められることは前記イのとおりである。そして、A市長は、市長就任時において、Iが当初本件病院において専門監として任用されたこと及びIが専門監とは異なる地位で本件病院において任用されていることを認識していた(証人A)。そうである以上、A市長としては、Iがいかなる条例上の根拠に基づき基本給等を支給されているかにつき確認すべきであったといわざるを得ない。

そうすると、A市長は、臨時的任用職員として任用されていたIの給与の額等を定めるに当たって依拠すべき一般的基準等の基本的事項が条例において定められるべきであることを認識し得たというべきである。それにもかかわらず、A市長は、上記の基本的事項につき、自らこれを定めることも、補助職員にこれを定めることを指示することもしなかったのであるから、補助職員が条例上の根拠を欠いたまま基本給等の支出をすることにつき、財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、これを阻止しなかったことにつき、少なくとも過失があるといえる。

⑷以上によれば、違法事由④につき、違法な財務会計上の行為があり、D市長及びA市長の過失が認められる以上、その余の違法事由(違法事由①ないし③、⑤及び⑥)について考慮するまでもなく、D市長及びA市長の責任が認められることとなる。

9 争点⑵イ(違法な財務会計行為の有無(第2事件関係))及びエ(故意又は(重)過失の有無(第2事件関係))について

⑴違法な財務会計行為の有無

ア 日額給等の条例上の根拠について

前記前提事実⑶エのとおり、日額給等は、週3日勤務とされていた期間におけるこれを超える勤務に対応するものとして、雇用確認書に基づかずに支出されたものであるところ、かかる支出につき、条例上の根拠があるかについて検討すると、前記8⑵で述べたのと同様に、日額給等の額等を定めるに当たって依拠すべき一般的基準等の基本的事項が条例で定められることがないまま、総務課長による支出伝票の決裁によって日額給等の支出がされていたものといわざるを得ない(認定事実⑴イ及びウ)。そうすると、Iに対する日額給等の支出については、給与の額及び支給方法を条例で定めなければならないと規定した地方自治法の規定(同法203条の2第4項、204条3項)に反するものとして、違法である。

イ 支出命令の違法について

前記認定事実⑴イ及びウのとおり、Iに対する日額給等の支出については、いずれも、事務長により行われた支出負担行為があったものと認められない。そうすると、Iに対する日額給等の支出はいずれも支出負担行為を欠くものとして、地方自治法232条の3の規定に反し、違法である。そして、前提たる支出負担行為を欠いて行われた支出命令もまた違法であるといわざるを得ない。

もっとも、G事務長及びH事務長については、上記のとおり、日額給等の支出について支出負担行為をしておらず、また、そもそも前記アのとおり日額給等の支出に係る支出負担行為をすることが違法であるのであって、支出負担行為をしないことが違法であるともいい難い以上、「故意又は重大な過失により法令の規定に違反して当該行為をしたこと又は怠ったこと」(地方自治法243条の2の8第1項)に該当しないから、G事務長及びH事務長に対し賠償命令をするよう求める請求は理由がないこととなる。

⑵B総務課長の故意又は重過失

ア 前記⑴アの違法事由について

(ア) 前記認定事実⑴イ及びウのとおり、B総務課長は、Iに対する平成24年4月分から同年12月分までの時間外給与及び平成25年1月分から平成26年2月分までの日額給の支出につき、支出伝票の決裁をもって支出命令を行った。前記8⑶イにおいて述べたとおり、これらの支出命令の時点で、前記8⑵アの解釈を採るべきであるとの認識が実務において共有されており、また、共有されているべきであったと認めるのが相当であるから、B総務課長は、条例上の根拠を欠く時間外給与及び日額給の支出について支出命令を行ったことにつき、少なくとも重過失があるといわざるを得ない。

(イ) これに対し、B総務課長は、О主事が起案した臨時職員の賃金支払に係る回議書(丙1の1ないし23)及び支出伝票の決裁によりIに対する賃金の支出が全て行われていたと認識していた、日額給等については具体的処理をするに当たっての決裁は、B総務課長を通すことなくIとО主事との間で行われていた、日額給等の支出伝票は大量の要決裁文書の中に紛れて決裁を求められたものである、B総務課長が支出命令をしたのは、地公法32条の規定に基づき、上司であるG事務長の指示に従ったものであるとして、故意及び重過失はない旨を主張し、これに沿う供述等(乙100、丁4、証人B)をする。

しかし、B総務課長が、Iに対し時間外給与及び日額給を支出することを内容とする支出伝票に自ら押印して決裁をしている(乙24の1ないし23)以上、その内容を認識していなかったものとは認め難い。また、地公法32条の規定は、職員は、その職務を遂行するに当たって、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない旨を定めるものであって、法令等の規定に基づくものでない上司の命令に従う義務を定めたものでない以上、支出命令を行ったことがG事務長の指示に従うものであったとしても、B総務課長の故意又は重過失が否定されるとはいえない。したがって、B総務課長の上記主張は採用できない。

イ 前記⑴イの違法事由について

B総務課長は、Iに対する平成24年4月分から同年12月分までの時間外給与及び平成25年1月分から平成26年2月分までの日額給の支出につき、支出伝票の決裁をもって支出命令を行ったものであるところ(認定事実⑴イ及びウ)、支出命令が支出負担行為を前提とするものである以上、支出命令を行う者は、支出命令を行うに当たり、支出負担行為の内容を確認すべき義務を負うというべきであり、そうである以上、B総務課長は、支出負担行為を欠くことにつき認識し、又は容易に認識し得たというべきである。したがって、B総務課長は、支出負担行為を欠く支出命令をしたことにつき、少なくとも重過失があるといわざるを得ない。

⑶C総務課長の故意又は重過失

ア 前記⑴アの違法事由について

前記認定事実⑴ウのとおり、C総務課長は、Iに対する平成26年3月分から平成28年9月分までの日額給の支出につき、支出命令を行った。前記8⑶イにおいて述べたとおり、これらの支出命令の時点で、前記8⑵アの解釈を採るべきであるとの認識が実務において共有されており、また、共有されているべきであったと認めるのが相当であるから、C総務課長は、条例上の根拠を欠く時間外給与及び日額給の支出について支出命令を行ったことにつき、少なくとも重過失があるといわざるを得ない。

これに対し、C総務課長は、C総務課長が総務課長に就任した時点でIに日額給を支給することは既に決定事項となっており、地公法32条の規定に基づき、上司の指示に従って支出命令をしたものであるとして、故意及び重過失はない旨を主張し、これに沿う供述等(乙101、丙5、証人C)をするが、前記⑵アに述べたとおり、同条の規定は法令等の規定に基づくものでない上司の命令に従う義務を定めたものでない以上、支出命令を行ったことが上司の指示に従うものであったとしても、C総務課長の故意又は重過失が否定されるとはいえない。

イ 前記⑴イの違法事由について

C総務課長は、Iに対する平成26年3月分から平成28年9月分までの日額給の支出につき、支出命令を行ったものであるところ(認定事実⑴ウ)、支出命令が支出負担行為を前提とするものである以上、支出命令を行う者は、支出命令を行うに当たり、支出負担行為の内容を確認すべき義務を負うというべきであり、そうである以上、C総務課長は、支出負担行為を欠くことにつき認識し、又は容易に認識し得たというべきである。したがって、C総務課長は、支出負担行為を欠く支出命令をしたことにつき、少なくとも重過失があるといわざるを得ない。

この点、C総務課長は、日額給等の支出に係る支出負担行為は、事務長が口頭の合意により行っていたと認識していた旨の供述をする(証人C)。しかし、そもそも地方自治体が行う支出に係る支出負担行為が口頭の合意のみにより行われたとは通常考え難い上、事務長が日額給等の各支出について口頭により合意をした事実を認めるに足りる証拠はなく、C総務課長が、支出負担行為が口頭でされたことを前提にその具体的な内容を事務長に確認する等の行動に出たことを裏付ける客観的な証拠も見当たらないから、C総務課長がそのような認識を有していた旨をいう上記供述は採用することができない。

⑷D市長及びA市長の故意又は過失

前記8⑶アの観点から検討すると、前記認定事実⑴イ及びウによれば、Iに対する日額給等については、Iと本件病院の事務長らとの間でその支給や具体的な金額について協議が行われたものであって、市長又は市長部局関係者に、Iに対し日額給等の支給をすることにつき、報告等がされたことはうかがわれず、Iの院長相談役としての任用時において、N副市長が、週3日を超える勤務につき時間外給与を支給する旨を述べたこと(認定事実⑴ア)からすれば、市長において、Iに対し基本給を基準として時間外勤務の対価の支給がされることについての認識を有していたことがうかがわれるが、そのことを超えて、D市長及びA市長が、Iに対し、雇用確認書に基づく基本給等の支給とは別に日額給等を支給することを認識した事実を認めることはできない。そうすると、D市長及びA市長のいずれについても、日額給等の支出について、補助職員が前記⑴ア及びイの財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失によりこれを阻止しなかったとは認められず、D市長及びA市長につき、故意又は過失があったとはいえない。

10 争点⑴エ及び⑵オ(J市の損害額(第1事件・第2事件関係)について)⑴上記で述べたところによれば、第1事件については、平成30年3月分から平成31年3月分までに支出された基本給等については、J市がA市長に対し損害賠償請求権を有することになる。また、第2事件については、J市が支出した日額給等の金額について、B総務課長及びC総務課長のそれぞれに対し、各人が日額給等の支出に係る支出命令を行った期間に対応する部分について損害賠償請求権を有することになる。

もっとも、前記前提事実⑹ウのとおり、Iは、J市に対し、令和4年12月7日、別訴和解に係る解決金3340万円を支払ったところ、別訴和解は、J市がIに対して支払った基本給等及び日額給等を含む支出につき、不当利得返還請求をしたことについて、解決金の額を3340万円と定めた上、本件清算条項を付して和解をしたものであるから、その弁済によりJ市の第1事件に係る損害及び第2事件に係る損害の一部が消滅したものと認められる。ここで、上記解決金は、まず遅延損害金に充当され、次に元本に充当されるが、元本はいずれも弁済期にあるから、債務者のために利益が多いものから先に充当されることになる(平成29年法律第44号による改正後の民法489条1項、488条4項2号)。

不法行為による損害賠償債務は、不法行為の時に発生し、かつ、何らの催告を要することなく遅滞に陥るものであるから(最高裁昭和37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照)、遅延損害金は各支出の時から発生し、別表1の「元本合計に対する各支払日から別訴和解に係る解決金支払済みまでの遅延損害金」欄のとおり、平成24年4月分から平成31年3月分までの基本給等に対する上記解決金の支払日までの遅延損害金が合計1757万7727円となり、別表2の「時間外給与又は日額給に対する各支払日から別訴和解に係る解決金支払済みまでの遅延損害金」欄のとおり、平成24年4月分から平成28年9月分までの日額給等に対する上記解決金の支払日までの遅延損害金が合計1054万7991円となることから、上記解決金はまずこれらに充当される。

次に、第1事件及び第2事件に係る損害の元本に、上記解決金3340万円から上記遅延損害金の合計である2812万5718円を控除した残金である527万4282円を、債務者のために利益が多いものとして遅延損害金の起算日が古いもの、すなわち日付の古い財務会計上の行為に係る損害部分から順に充当すると、第1事件についてJ市が有する損害賠償請求権については、訴えが不適法である別紙2却下部分目録記載1の部分を除くと、損害の元本の全額が上記解決金の支払により填補されることなく残ることとなり、第2事件についてJ市が有する損害賠償請求権については、平成24年4月分から同年12月分までの時間外給与に係る損害が上記解決金の支払により填補されることとなる。

⑵第1事件関係

ア 前記⑴によれば、第1事件に係る損害の元本については、不適法となる別紙2却下部分目録記載1の部分を除くと、別表4のとおり、平成30年3月分から平成31年3月分までの基本給等の合計金額である1199万9203円がJ市の損害として認められる。また、上記金額に対する遅延損害金については、別訴和解に係る解決金の支払によりその支払日までに生じたものが消滅するため、上記解決金の支払日の翌日である令和4年12月8日から支払済みまでの限度で理由がある。

イ これに対し、被告は、別訴和解は当該職員らの損害賠償債務も免除する意思でされたものであるから、J市の当該職員らに対する損害賠償請求権は消滅した旨を主張する。

この点、債権者が債務者との間で訴訟上の和解をするに際し、当該債務と不真正連帯債務の関係にある他の債務者の残債務をも免除する意思を有していると認められるときは、当該他の債務者に対しても残債務の免除の効力が及ぶものというべきであると解される(最高裁平成10年9月10日第一小法廷判決・民集52巻6号1494頁)。

本件についてみると、IのJ市に対する不当利得返還債務と当該職員らのJ市に対する損害賠償債務が不真正連帯債務の関係にあると解する余地があるとしても、別訴は、J市がIのみを被告として訴えを提起したものであり、別訴和解は、飽くまでJ市とIとの間の紛争を解決する趣旨でされたものであるところ、その趣旨を超えて、別訴和解が当該職員らの損害賠償債務を免除する意思でされたことをうかがわせる事情は認められない。

したがって、別訴和解におけるJ市のIに対する残債務免除の効力が、当該職員らに対しても及ぶとはいえず、J市の当該職員らに対する損害賠償請求権が消滅したとはいえない。

よって、上記主張は採用することができない。

⑶第2事件関係

ア 前記⑴によれば、第2事件に係る損害賠償請求権の元本については、平成24年4月分から同年12月分までの時間外給与に係る損害を除いた部分につき、別表5のとおり、B総務課長及びC総務課長が日額給等の支出に係る支出命令を行った期間に対応する部分についてJ市の各人に対する損害賠償請求権が認められるところ、原告らの請求は、その請求金額の限度で認めることとなる。また、上記金額に対する遅延損害金については、別訴和解に係る解決金の支払によりその支払日までに生じたものが消滅するため、上記解決金の支払日の翌日である令和4年12月8日から支払済みまでの限度で理由がある。

イ これに対し、被告は、別訴和解は当該職員らの損害賠償債務も免除する意思でされたものであるから、J市の当該職員らに対する損害賠償請求権は消滅した旨を主張するが、前記⑵イに述べたとおり、かかる主張は採用することができない。

11 まとめ

⑴第1事件について

第1事件の訴えのうち、別紙2却下部分目録記載1の部分は、不適法であるから却下することとする。

その余の第1事件の訴えに係る原告Kらの請求は、主文の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

⑵第2事件について

第2事件の訴えのうち、別紙2却下部分目録記載2の部分(第1の2⑶及び⑷)は、不適法であるから却下することとする。

その余の第2事件の訴えに係る原告らの請求は、主文の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

⑶第3事件について

第3事件の訴えは、不適法であるから却下することとする。

第4 結論

よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第38部

裁判長裁判官鎌

野真敬

裁判官中出明香

裁判官中川大夢

(別紙2)

却下部分目録

1 第1事件に係る訴えのうち、

⑴Dに対し損害賠償を請求するよう求める部分

⑵Aに対し損害賠償を請求するよう求める部分のうち、平成25年4月分から平成30年2月分までの基本給(平成26年12月分についてはその他支給を含む。以下同じ。)、時間外勤務手当及び通勤手当に係る部分

2 第2事件に係る訴えのうち、E及びFに対し損害賠償を請求するよう求める部分

3 第3事件に係る訴え

(別紙3)

訴訟費用負担目録

1⑴第1事件について生じた費用(補助参加費用を除く。)は、これを10分し、その3を被告の負担とし、その余を第1事件原告らの負担とする。⑵第1事件について生じた補助参加費用は、第1事件原告らの負担とする。2⑴第2事件について生じた費用(補助参加費用を除く。)は、これを4分し、その1を被告の負担とし、その余を第2事件原告らの負担とする。

⑵第2事件について生じた補助参加費用のうち、第2事件被告補助参加人Bについて生じたものは、これを20分し、その1を第2事件原告らの負担とし、その余を同補助参加人の負担とし、第2事件被告補助参加人Cについて生じたものは、同補助参加人の負担とし、第2事件被告補助参加人Dについて生じたものは、第2事件原告らの負担とする。

3 第3事件について生じた費用(補助参加費用を含む。)は、第3事件原告らの負担とする。

(別紙5)

争点に関する当事者の主張

【本案前の争点】

1 争点⑴ア(第1事件に係る住民監査請求の適法性)について

(原告Kらの主張)

⑴院長相談役という臨時的任用職員としてのIの任用は、J市議会及び住民に対して秘密裏になされてきており、原告KらはJ市議会議員であるものの、J市は、院長相談役の任用についてJ市情報公開条例を盾に平成31年2月に至るまで秘匿していた。本件は、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても、客観的に見て監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができない場合に当たり、これに反する特段の事情もない。本件住民監査請求1は、本件の事案が明らかになった同月から2か月以内にされたものであるから、監査請求期間の経過について、「正当な理由」(地方自治法242条2項ただし書)がある。

⑵被告は、J市議会定例会等における原告Kらの質問を取り上げ、原告Kらは、平成28年9月の時点で本件事案の実態について一定程度把握していたと主張するが、原告Kらが当時議会で問題にしていたのは、70歳を超えたIが長年にわたり院長相談役として居続けるのは適切かという点であり、本件住民監査請求1の対象である財務会計行為を問題としていたわけではない。平成26年度市立病院事業会計決算書を見ても院長相談役のことは記載されておらず、議会答弁でもIの任用の具体的な内容や勤務実態等はほとんど明らかにされなかったことからすると、原告Kらは、J市議会議員として相当の注意力をもって調査したとしても、客観的に見て院長相談役の給料の支払が違法であることを知ることはできなかった。

⑶被告が、原告Kの平成30年3月の特別会計予算特別委員会での質問を取り上げる点も、前記と同様に理由がない。

また、平成30年6月5日のJ市議会定例会における原告Kの一般質問について、病院事務長から院長相談役の賃金に「条例上の根拠はございません」との答弁はされたが、本件給与条例に基づくものでないことが明らかになったのみで、本件要綱に基づいて賃金が支払われている可能性も否定できない。院長相談役が臨時職員である以上、雇用確認書を確認しなければ院長相談役への給料の支払が違法であるかを確認できないところ、原告Kは、同年4月10日に院長相談役の過去の報酬の開示を求めたが、開示されたのは賃金欄が黒塗りされた同年3月26日付けの雇用確認書1枚のみであり、原告KらがJ市に対して院長相談役の資料の開示を請求し続けたところ、平成31年2月に入って14回分の雇用確認書を含む資料が開示され、院長相談役への給料の支払が違法であるとの本件事案の内容が明らかになったものである。

(被告の主張)

本件住民監査請求1のうち、本件住民監査請求1が受理された平成31年3月22日の時点で既に1年を経過している財務会計行為を対象とする部分については、当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過してなされたものであり、また、次のとおり、監査請求期間の経過について正当な理由はない。

⑴原告Kは、J市議会議員として、平成27年9月24日開催のJ市議会定例会の特別会計決算特別委員会で院長相談役の任用の実態について、平成28年9月23日開催の同委員会で院長相談役の勤務実態や賃金の額等について質問するなどしており、原告Lも、同日、同委員会で院長相談役について発言している。原告Kの質問が、J市の臨時任用職員であったIの任用や、賃金の支払という財務会計行為に関するものであったことに疑いを入れる余地はなく、原告Kらは、遅くとも平成28年第3回J市議会定例会が開催された平成28年9月の時点で、本件住民監査請求1の対象である財務会計行為を問題としており、議会における質疑を通じ、本件事案の実態について一定程度把握していたということができ、この時期に、J市議会議員として相当の注意力をもって調査を尽くせば客観的に見て監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができたことは明らかである。本件住民監査請求1が受理された平成31年2月22日は、平成28年9月から2年以上が経過しており、相当な期間内に監査請求をしたとはいえない。

⑵また、原告Kは、その後も、院長相談役について、平成30年3月28日開催の特別会計予算特別委員会で質問を行い、同年6月5日開催のJ市議会定例会で一般質問を行うなど、継続的に院長相談役に関する質疑を行っていたことからすると、原告Kらは、どんなに遅くとも、平成30年第2回J市議会定例会が開かれた同月の時点で、本件住民訴訟の対象である財務会計行為について、監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができたということができ、相当な期間内に監査請求をしたとはいえない。

2 争点⑵ア(第2事件に係る住民監査請求の適法性)について

(原告らの主張)

⑴二重の住民監査請求の適否

ア 第2事件の対象となる財務会計上の行為は、本件住民監査請求1で従前主張されていた財務会計行為とは別個の新たな違法、不当事由に基づくものであって、同事由については改めて判断がされる必要がある。

イ 「当該職員」に対する損害賠償請求(第2事件)と、「相手方」に対する不当利得返還請求(第3事件)は競合し得るから、本件において、同一の財務会計行為に対する二重の住民監査請求を提起した違法はない。

⑵監査請求期間経過に係る正当な理由の有無

Iに対する日額給の支払の事実は、令和2年2月18日に公表された「J市元副市長のJ市立病院とM土地区画整理組合の兼業による二重報酬受取等に関する実態調査のための第三者実態調査委員会報告書」(甲23。以下「第三者委員会報告書」という。)により初めて実態が明らかになった。原告らが、同報告書の発表前にこの事実を知ることは不可能だったのであり、相当の注意力をもって調査を尽くせばその存在及び内容を知ることができたとはいえないから、監査請求期間の経過について「正当な理由」がある。

(被告の主張)

⑴二重の住民監査請求の適否

ア 本件住民監査請求2のうち、原告Kらを請求人とする部分は、本件住民監査請求1と同一の財務会計行為を対象とするものであり、不適法である。

イ 本件住民監査請求2は、本件住民監査請求3と同一の財務会計行為を対象とするものであり、不適法である。

⑵監査請求期間経過に係る正当な理由の有無

前記1(被告の主張)のとおり、原告らは、平成28年9月の時点で、相当の注意力をもって調査を尽くせば客観的に見て監査請求をするに足りる程度に第2事件の対象である財務会計行為の存在又は内容を知ることができたのであり、本件住民監査請求2が受理された令和2年3月30日の時点で、平成28年9月から3年以上も経過しているのであるから、本件住民監査請求2はその対象とする財務会計行為のあった日又は終わった日から1年を経過してなされたものであり、監査請求期間の経過について「正当な理由」もない。

3 争点⑵ウ(院長についての「当該職員」該当性)について

(原告らの主張)

院長は、市長の命を受け、院務をつかさどり、所属職員を指揮監督するという義務及び権限があり(本件処務規程6条1項)、事務長や総務課長等、所属職員の監督義務を負うことから、「当該職員」(地方自治法242条の2第1項4号本文)に該当する。

(被告の主張)

院長は、財務会計行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者ではなく、その者から権限の委任を受ける等して権限を有するに至った者でもないから、「当該職員」には当たらない。原告らは、本件処務規程6条1項をもって、市長からの委任又は専決権限の授与があった旨主張するとみられるが、本件において、個別に委任規則が定められている等の事情は認められず、また、専決権限についても、J市事務決裁規程で内部権限の分配が行われる取扱いとなっており、本件処務規程は、本件病院の円滑な運営を期するため、組織及び運営について必要な事項を定めることを目的とするものにすぎないから、原告らの主張には理由がない。

4 争点⑶ア(第3事件に係る住民監査請求の適法性)について

(原告らの主張)

⑴二重の住民監査請求の適否

第3事件の対象となる財務会計上の行為は、第1事件及び第2事件の対象となる財務会計上の行為と重複しているが、請求内容等が異なることから、同一の住民監査請求として不適法となるものではない。

⑵監査請求期間経過に係る正当な理由の有無

Iに対する勤務実態なき賃金及び時間外手当の支払の事実は、第三者委員会報告書により初めて実態が明らかになった。原告らが、同報告書の発表前にこの事実を知ることは不可能だったのであり、相当の注意力をもって調査を尽くせばその存在及び内容を知ることができたとはいえないから、監査請求期間の経過について「正当な理由」がある。

(被告の主張)

⑴二重の住民監査請求の適否

ア 本件住民監査請求3のうち、原告Kらを請求人とする部分は、第1事件の前段手続として提起された本件住民監査請求1の対象と同一の財務会計行為を対象とするものであり、不適法である。

イ 本件住民監査請求3は、本件住民監査請求2と同一の財務会計行為を対象とするものであり、不適法である。

⑵監査請求期間経過に係る正当な理由の有無

前記1(被告の主張)のとおり、原告らは、平成28年9月の時点で、相当の注意力をもって調査を尽くせば客観的に見て監査請求をするに足りる程度に第3事件の対象である財務会計行為の存在又は内容を知ることができたのであり、本件住民監査請求3が受理された令和2年3月30日の時点で、平成28年9月から3年以上も経過しているのであるから、本件住民監査請求3はその対象とする財務会計行為のあった日又は終わった日から1年を経過してなされたものであり、監査請求期間の経過について「正当な理由」もない。

5 争点⑶イ(第3事件に係る訴えの利益の有無)について

(原告らの主張)

⑴別訴和解における清算条項(前提事実⑸イ(エ)。以下「本件清算条項」という。)は、「本件に関し」という文言が挿入されている以上、J市とIとの間の一切の権利関係を清算するというものではなく、その効力は、一部請求である別訴の訴訟物のみに及び、本件訴訟における請求のうち別訴の請求額を超える部分には及ばない。

⑵仮に、本件清算条項の効力が、本件訴訟における請求のうち別訴の請求額を超える部分にも及ぶとしても、以下のとおり、別訴和解は無効である。

ア 令和2年9月28日のJ市議会で議決された議案第79号(以下「本件議案」という。)は、「訴えの提起」についてしか議決を求めておらず、和解の議決を求めるものではない。したがって、別訴和解について議決があったものとはいえない。

また、別訴和解は、解決金の額が別訴の請求額よりも200万円近く低額であり、本件訴訟における請求額よりも5000万円以上低額であり、清算条項が付されることにより本件訴訟において全額返還の道が絶たれてしまいかねないことから、訴訟の対象となった権利義務に著しい影響があり、本件和解をすることでJ市に不利益をもたらすことは明白である。したがって、本件和解については、議会の承認決議を不要とすべき場合に該当するものではない。

イ 本件議案には「訴訟の進行に応じて必要があるときは、適当と認める条件で和解をすることができる」との記載があるところ、これは別訴の和解全てを無制限に被告の専決処分とする内容であり、地方自治法180条1項に違反する無効なものである。

ウ 別訴和解は、J市のIに対する請求権を一部放棄する内容を含むが、権利を放棄する場合に議会の議決を要する旨を定める地方自治法96条1項10号に反して議会の議決を経ておらず、無効である。

(被告の主張)

地方自治法242条の2第1項4号に基づく請求が認められるのはあくまで普通地方公共団体の職員による違法な財務会計上の行為等があった場合における当該職員又は当該行為等の相手方に対して損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を行使できることが前提である。相手方等に対してこれらの請求権を行使できなくなった場合には、もはや当該普通地方公共団体の執行機関等にその行使を義務付けることは不可能であって、かかる場合には訴えの利益が失われると解するべきである。

本件清算条項により、J市とIとの間では、Iが本件病院の臨時的任用職員として支給を受けた基本給等及び日額給等に関する問題はその全部が解決済みであって、もはやこの問題に関するJ市のIに対する請求権は存在しない。したがって、本件清算条項により、Iが本件病院の臨時的任用職員として支給を受けた上記金員に関し、J市からIに対する請求権を行使することはできないから、第3事件についてはその請求の全部について訴えの利益がない。

【本案の争点】

6 争点⑴イ(違法な財務会計行為の有無(第1事件関係))について(原告Kらの主張)

⑴先行する原因行為の違法性に係る判断枠組み等

原因行為がこれに続く支出負担行為又は支出命令と不可分一体の関係にある場合には、原因行為が違法であれば、これに対応する支出負担行為又は支出命令も、財務会計法規上の義務に違反するものとして、当然に違法となるというべきである。

本件の場合、臨時職員の任用と給与の支出負担行為は事務長の専決、臨時職員の任用の更新と給与の支出命令は総務課長の専決とされているから、本来的権限が市長にあり、事務長の専決行為である臨時職員の任用と給与の支出負担行為、総務課長の専決行為である臨時職員の任用更新と給与の支出命令はそれぞれ不可分一体の関係にあり、任用又はその更新が違法であれば、これに対応する支出負担行為又は支出命令も、財務会計法規上の義務に違反するものとして、当然に違法となる。

⑵任用又はその更新については、次のアないしウのとおり、地公法等の各種規定を潜脱するもので、違法である。

ア 院長相談役を臨時的任用職員として任用したことは地公法及び規則の潜脱行為である(以下、かかる違法事由を「違法事由①」という。)。

(ア) 院長相談役は、専門監と同じかそれ以上の職務を担うものである。同一の職務内容であるにもかかわらず、専門監は地公法3条3項3号の参与として、院長相談役は同法22条5項の臨時的任用職員として設置されたもので、平成24年3月31日と翌4月1日とで任用根拠が前者から後者に変更されることは極めて不自然であり、地公法及び本件規則を潜脱するものに他ならず、任命権者として与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものである。また、職務内容が同一であるにもかかわらず任用根拠が変更されることについて検討された形跡はなく、明らかに市長の一存で行われたものである。

(イ) 院長相談役の任用に際しては、本件要綱4条により、回議書に基づき職員課長と合意した後に雇用確認書で確認することが求められているが、本件では、回議書に基づき職員課長と合議されたのは早くとも平成24年4月1日であるのに対し(甲5、乙64の1)、同年3月31日にはJ市長とIが雇用確認書で確認しているというように(甲4の1)、本件要綱の手順と逆になっており、法定の手続に違反している。

また、雇用確認書には勤務内容につき「別紙のとおり」との記載があるのに別紙の添付がなく、回議書には従事する職務の内容の記載がなく、この点でも本件要綱4条に違反している。

イ 臨時的任用職員である院長相談役を7年にわたって継続して任用したことは地公法22条5項に違反する(以下、かかる違法事由を「違法事由②」という。)。

(ア) J市においては、そもそも本件規則で専門監が設置されていたのであるから、臨時職員として院長相談役を設置する必要はなかったにもかかわらず、あえてこれを設置し、さらに、臨時的任用職員の任用の更新が慣例化していることに便乗し、院長相談役の任用の更新を13回も繰り返したのであり、地公法22条5項及び本件要綱3条に違反することは明らかである。(イ) 平成24年4月1日付けの回議書以外、本件病院内で院長相談役の必要性を吟味した資料や回議書は存在せず、J市が院長相談役の必要性を吟味した形跡は全くない。

ウ 本件区画整理組合の理事長相談役であるIを地公法38条1項の許可を与えずに臨時的任用職員である院長相談役として任用し続けたことは、同条項に違反する(以下、かかる違法事由を「違法事由③」という。)。

(ア) Iは、J市が助成する本件区画整理組合の理事長相談役に就任し、理事会及び理事協議会等への出席等の日常的役割を果たすことで、毎年報酬を得ていた。J市は、Iが本件区画整理組合の理事長相談役として、平成24年4月から平成31年3月までの理事会全てに出席していることを把握していながら、Iに対し、地公法38条1項の許可を一度も与えることなく、院長相談役の任用を更新し続けたのであり、同条項に違反する。

(イ) また、Iは、院長相談役の勤務時間中に本件区画整理組合の理事長相談役として理事会に出席し、院長相談役としての賃金及び理事長相談役としての報酬を二重に受け取っていたが、同法35条に基づく職務専念義務の免除も受けていなかった。

⑶支出負担行為の違法

次のアないしウのとおり、基本給等の支出負担行為は違法である。

ア 院長相談役に対する賃金の支払根拠は給与条例主義に反する(以下、かかる違法事由を「違法事由④」という。)。

(ア) 普通地方公共団体の職員に対する給料等は、条例によらずに支給することはできず、また、地方自治法は、常勤の職員であるか非常勤の職員であるかを問わず、その給与の額及び支給方法を条例で定めなければならないと規定している。しかし、J市においては、臨時的任用職員を含む臨時職員の賃金につき、本件給与条例20条が、

「任命権者が職員の給与との均衡を考慮し、

別に定める。」と抽象的な文言を置くのみであり、任命権者の裁量に白紙委任されているに等しく、地方自治法及び地公法の給与条例主義に反する。(イ) 本件要綱6条1項は、臨時職員の賃金は時間給、日額給、時間外勤務手当及び交通費としており、J市が、臨時的任用職員であるIに対して月給を定めることは同条項に反する。本件要綱11条は、臨時職員の雇用に当たって、「前各条によりがたいときは、市長が別に定めるものとする。」とするが、「前各条によりがたいとき」に当たらないことは明らかである。

(ウ) 仮に本件給与条例20条が給与条例主義に反しないとしても、本件では、回議書及び雇用確認書のどこを見ても職員の給与との均衡を考慮した形跡はなく、Iが自己の賃金を自分で決定し、任命権者たるJ市長がこれを黙認していたというのが実態である以上、Iの賃金の決定は、給与条例主義に反する。

イ 院長相談役の時間外勤務は本件要綱5条2項に違反する(以下、かかる違法事由を「違法事由⑤」という。)。

(ア) 本件要綱5条2項は、「臨時職員の勤務時間は、確認書による時間とし、時間外の勤務は認めない。ただし、特別な事情がある場合は事前に職員課長と協議するものとする。」とするところ、本件において、Iは本件病院に対して毎月時間外労働を申請しているが、事前に職員課長がIと当該時間外勤務について協議した形跡はなく、Iの時間外勤務は同条項に違反している。(イ) Iは、雇用確認書で定められた始業時間前及び就業時間後に本件病院の会議の大半をこなしており、日中の時間帯はほとんど本件区画整理組合の業務に費やしていた。Iが同病院で勤務したことを確認できるのは、会議の出席だけであり、タイムカード及び時間外命令簿で算出された時間外勤務に対する賃金の支払は、Iの労働に対する対価として適正なものではない。

ウ 院長相談役の勤務実態がないにもかかわらず賃金を支払ったことは違法である(以下、かかる違法事由を「違法事由⑥」という。)。

Iは、平成24年4月から本件区画整理組合の理事長相談役に就任していたところ、J市は、Iから院長相談役の出勤、時間外等勤務命令簿を受け取りながら、他方でIが同理事会に出席していたことも把握していたのであるから、院長相談役としての勤務実態がないにもかかわらずIに院長相談役の賃金を支払っていたことが明らかである。

⑷支出命令の違法

支出負担行為が財務会計法規上の義務に違反して違法なものである場合には、支出命令も違法となり、これを看過して支出命令を発することは、財務会計法規上の義務に違反するものとして違法である。

(被告の主張)

⑴違法事由①について

ア 専門監は、意思決定手続への関与をその権限とするのに対し、院長相談役は、あくまで院長のサポート役であって、専門監と院長相談役の職務及び権限には明らかな差異がある。院長相談役は、そもそも専門監以上の職務を担う同一職として位置づけられていたものではない。

イ また、院長相談役の雇用に際しては、回議書により意思決定がなされており、その回議書には、伺いの主旨及び伺いの理由として、専門監の任期が終わるに当たり、経歴や実績等を踏まえて新たに臨時的任用職員として雇用する旨記載されており、市長の一存で行われたとの原告らの主張には根拠がない。⑵違法事由②について

ア Iの雇用契約は、原告らの主張するように更新されていたものではなく、1年ごとに、その必要性を吟味の上、設置された新たな職に改めて任用したもので、地公法22条5項に違反しない。

イ 本件病院における臨時的任用職員の職の必要性の吟味について、個人ごとの資料や回議書はないが、新たな雇用期間が始まる際、雇用確認書に基づく本件病院全体の回議書で意思決定が行われていた。院長相談役についても同様の取扱が行われ、5年間の改革プランの取組を実行計画として位置づけ、毎年度の実施状況を踏まえた進行管理とともに各年度に実施する取組を明確化しており、職務の必要性が十分に吟味されていた。

ウ 雇用確認書(甲4の1)の期日と雇用確認書の締結に係る回議書(甲5)の期日が入れ違っているのは原告らの指摘するとおりであるが、同回議書には、Iを臨時的任用職員として雇用する理由として、専門監の任期が終わるに当たり、経歴や実績などを踏まえ新たに臨時的任用職員として雇用する旨の記載があり、臨時的任用職員としての雇用について検討されていた。

また、雇用確認書には別紙がないが、回議書には従事する職務の内容についての具体的な記載があるといえ、本件要綱4条に反するものではない。⑶違法事由③及び⑥について

J市が、Iが本件区画整理組合の理事長相談役であることを知っていたとの原告らの主張は否認する。

また、営利企業への従事の制限は地方公務員が従うべき服務規律であるが、服務規律に違反した職員がいたとしても、当該職員の任用が直ちに違法になるものではなく、給与の支給が当然に違法になるものでもない。

⑷違法事由④について

ア 臨時的任用職員については、少なくとも、その職に従事すべく任用される職員の給与の額などを定めるに当たって依拠すべき一般的基準等の基本的事項は、可能な限り条例において定められるべきものであり、条例によって一定の基準のもとに具体的・細目的事項を下位の法令に委任することは、任命権者の恣意的な決定を排するものであって、かつ、給与条例主義の趣旨を没却するものでない限り、当然に許容される。J市においては、本件給与条例20条において、臨時的任用職員の給与の額等を定めるに当たって依拠すべき一般的基準について、「職員の給与との均衡を考慮する」と定めた上、細則を別に定めるとの委任をしているのであるから、何ら違法ではない。

イ 院長相談役の賃金については、院長相談役が、院長に対して進行中の改革プランの円滑な推進や院内外の懸案事項について適切な助言、指導を行うことや、医師や看護師などの専門性の高い多職種が働く病院職場での調整等を担うことなどが職務の内容であったことから、通常の臨時職員で用いられていた時間給や日額給を適用せず、月給と定めたものである。また、本件要綱11条によって市長が定めたもので、何ら違法ではない。

ウ Iの賃金の決定が給与条例主義に反するとして原告らが主張する事情は、給与条例主義とは何ら関係のない主張であり、仮にこれらの事実があったとしても、そのことを理由に給与の支給が給与条例主義に反することにはならない。また、J市長は、Iの業務内容や実績に関する本件病院関係者の認識に基づき、「職員との給与の均衡を考慮」した上、Iとの間で雇用確認書を締結したものである。

⑸違法事由⑤について

ア 平成28年3月31日、時間外労働及び休日労働に関する協定が締結されたところ、この協定は本件病院に勤務する臨時職員も対象となっている。この協定の締結に係る回議書においては、職員課長も決裁しており、これによって、時間外勤務や出張の必要性に関する職員課長との事前の協議があったといえる(乙17)。また、本件病院に対する職員からの職場要求に対し、時間外手当の支給について管理者に現認により支給する旨回答しているところ、この回答の際にも職員課長との合議がされており、時間外勤務について事前の合議があったといえる(乙18)。時間外勤務が本件要綱5条2項に違反するものではない。

イ Iが日中の時間帯はほとんど本件土地区画整理組合の業務に費やしていたとの原告らの主張は否認する。本件病院の勤務時間中における本件区画整理組合の業務への従事による重複については、具体的な時間が特定されるには至っていない。タイムカード及び時間外命令簿は信用できず、これをもとに算出された時間外勤務に対する賃金の金額が適正なものでないとする原告の主張には裏付けがない。

ウ 本件要綱は、本件給与条例20条1項の規定する別段の定めに当たるところ、「職員の給与との均衡」という「その職に従事すべく任用される職員の給与の額等を定めるに当たって依拠すべき一般的基準」は同条項に定められているから、Iを含む臨時職員の賃金を本件要綱において定めることは、地方自治法204条の2に反するものではない。

7 争点⑴ウについて(故意又は過失の有無(第1事件関係))

(原告Kらの主張)

市長は、その権限に属する財務会計上の行為をあらかじめ特定の補助職員に専決させることとしていたところ、この場合、補助職員の財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失によりその補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、賠償責任を負うものと解される。

本件では、D市長は、Iの任用及びその更新が違法であることを認識した上で任用及びその更新の指示をしていたのであり、事務長によるIの賃金支払に係る決裁を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意に事務長が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかった。

また、A市長も、同様にこれを知っていたとみなすべきであるから、少なくとも、事務長によるIの賃金支払に係る決裁を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、重大な過失により事務長が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかった。(被告及びD市長の主張)

職員らに財務会計上の違法行為があったとしても、D市長及びA市長には、これについて具体的な予見可能性がなかったから、当該違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失によりこれを阻止しなかったとはいえない。

8 争点⑵イ(違法な財務会計行為の有無(第2事件関係))について(原告らの主張)

⑴財務会計行為の原因行為の不存在等

J市は、Iが勤務日と定められていない日に出勤した場合には、勤務時間に関係なく、基本給とは別に賃金(平成24年4月分から同年12月分までは時間外給与、平成25年1月分から平成28年9月分までは日額給)を支払っていたもので、その合計額は2580万円に上る。本件要綱6条2項は、時間給及び日額給は別に定める賃金表によるとするが、この賃金表にIが就いた役職に相当するものがないばかりでなく、日額6万円という極めて高額な日額給が定められた職種は存在しない。基本給とは別に日額給等の支払を行う旨の合意があったことを示す書類はない以上、J市長が日額給等の支払を定めたということもできないから、日額給等の支払が本件要綱11条に基づくものともいえず、法律及び条例に基づかない給与その他の給付として、地方自治法204条の2に反する。仮に日額給等の支払合意があったとしても、この合意は、専決権者によって決定されたものではなく、また、本件要綱にも違反することから、実体的にも手続的にも違法であり、支払の根拠として適法、有効な合意ではない。

⑵支出負担行為の違法

支出負担行為は、支出命令とは別個のもので、地方公共団体が支払義務を負う予算の執行の最初の行為であり、その権限を有するのは長であり、通常は職員が専決で行っているものであることからすると、支出命令をもって支出負担行為とみなすことはできず、予算執行の最初の行為として、本来的権限者又は専決権者が行わなければならない。しかし、本件においては、「支出伝票」(乙24)には専決権者である事務長の決裁がなく、総務課長の決裁しかないことから、支出命令にしか該当せず、支出負担行為とみなすことはできない。仮にこれを支出負担行為とみなすとしても、専決権者の決裁がないことから、違法な支出負担行為である。

⑶支出命令の違法

前記⑴及び⑵のとおり、日額給等については、そもそも支出負担行為の前提たる原因行為すらないのであるから、日額給等に係るJ市の債務は発生しておらず、また、「支出伝票」(乙24)を支出負担行為とみなすとしても違法であることから、発生していない債務を発生したと確定した旨を通知する本件の支出命令は、内容が虚偽のものであり、違法である。

(被告の主張)

J市とIとの間には、日額給等支払の口頭の合意があった。当該合意は、本件要綱11条に基づくものであるから、日額給等の支払は合法である。

9 争点⑵エ(故意又は(重)過失(第2事件関係))について

(原告らの主張)

⑴日額給等の支給については、支給の合意及び支給までの手続的経緯等から、当時の市長、院長、事務長及び総務課長が、Iとの間で雇用確認書にない独自の賃金の支払を法律や条例に基づかない違法なものであると認識しながら、組織的に、通常の賃金の支払の手続とは明らかに異なる財務会計行為を行ったものである。⑵院長の故意又は過失

院長は、所属職員の管理義務を負う者として、事務長の専決事項に属する事項に係る財務会計上の違法行為を阻止すべき注意義務を負うところ、給与条例主義に反する日額給等の支払について事務長から相談を受けながら(甲71)、これに反対することなく、違法な財務会計行為を是認しており、また、これを引き継いだF院長も、これを止めることをしていない。

事務長が、臨時職員の賃金支払について権限のない院長に対し、書面で「お伺い」(甲71の2)を立てたのは、そもそもIは院長やJ市長の要望により、専門監の任期満了後も臨時職員という違法な形で勤務を継続していたことから、その雇用及び賃金の支払について院長に報告して判断を仰いでいたからと考えられる。

そうであれば、院長が違法な日額給等の支払を事務長以下賃金の支給に係る職員に対して業務命令を発して止めることが可能であったにもかかわらず、これをしなかったために違法な日額給等の支払が行われたものであるから、日額給等の支払について、院長に故意又は重過失がある。

⑶事務長の故意又は重過失

事務長は、日額給等の支出負担行為の専決権者であるが、少なくとも、Iの雇用確認書に日額給等の記載がなく、その支払が法律や条例、要綱に基づかないものであることを認識しながら、Iとの間で日額給等の支払を合意し、支出負担行為を行った。G事務長には、給与条例主義違反の時間外給与(後の日額給)の支払を合意し、支出負担行為を行ったことにつき故意又は重過失があり、平成25年2月からこれを引き継いだH事務長についても、当然日額給が雇用確認書に記載のない違法な賃金であることを認識しながら、これを是正せず、本来の月例賃金とは異なる賃金支給の取扱いを続けたものであるから、同様に故意又は重過失がある。

⑷総務課長の故意又は重過失

B総務課長は、時間外給与(後の日額給)支給開始時において、それが違法なものであることを認識しており、C総務課長は、日額給の支給開始後に総務課長に就任したが、その支出の適法性について確認すべき義務があったにもかかわらず、これを怠っており、いずれも、違法な日額給等の支出につき故意又は重過失がある。

⑸市長の故意又は過失

D市長は、Iを院長相談役として臨時任用職員に任用した張本人であり、日額給等の支払を認識していた。仮にD市長がIの待遇の決定を本件病院の現場に任せていたとしても、Iの任用に積極的に関与したのであるから、少なくとも、専決権者に丸投げし、専決権者が違法な支出をすることを阻止しなかった点において、管理義務に違反した過失がある。

A市長は、平成25年4月に市長に就任した時点で、Iが本件病院に勤務していたことを認識しており、Iが本件病院で勤務している経緯やその待遇について、認識していたと考えることが自然であるし、少なくとも、専決権者に丸投げし、専決権者が違法な支出をすることを阻止しなかった点において、管理義務に違反した過失がある。

(被告及びD市長の主張)

⑴院長の故意又は過失

日額給の支払は適法なものであり、E院長及びF院長に故意又は過失はない。⑵事務長の故意又は重過失

日額給の支払は適法であり、J市が支払義務を負うもので、適正な支払手続に従って支払われたものである。G事務長及びH事務長に故意又は重過失はない。⑶総務課長の故意又は重過失

前記⑵と同様であり、B総務課長及びC総務課長に故意又は重過失はない。⑷市長の故意又は過失

補助職員らに財務会計上の違法行為があったとしても、D市長及びA市長には、これについて具体的な予見可能性がなかったから、当該違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失によりこれを阻止しなかったとはいえない。

(B総務課長の主張)

⑴B総務課長は、上司であるG事務長の職務命令である、Iに対する日額給支払について定めた平成25年1月30日付け回議書(丙2参照)の事務長決裁に従い、日額給を含むIの賃金に係る回議書及び支出伝票を決裁したものであり、B総務課長には、過失はもとより、違法性の認識もなかった(地公法32条参照)。⑵Iへの日額給の支払は、「請求書」によってなされていたところ、B総務課長は、平成25年1月分から平成26年1月分までは、日額給に係る請求書(乙35の1ないし13)を決裁していない。B総務課長は、同年2月分の請求書(乙35の14)については決裁したが、この請求書に用いられた書式は、請求書を発行しない業者への支払や個人への研修参加費等の支払のために使用していた定型書式であり、B総務課長は、これを賃金の支払の決裁の書類と認識せず、個人への日常的な支払に係るものであると誤認して決裁したものである。また、B総務課長は、日々上がってくる請求書については、その作成者を信頼していたため、いちいちその内容を確認することはしていなかった。

さらに、B総務課長は、Iの出勤日全てを一律に日額給の対象とすることを防ぐべく、飽くまで時間外勤務手当に相当するものとしての日額給となるように、厳格かつ抑制的な運用を行っていた。

したがって、B総務課長には、日額給に係る請求書を決裁したことについて、故意又は重過失はなかった。

⑶平成26年3月分の日額給の一部である24万円については、その支出手続がされた同年4月当時、B総務課長は、既に定年退職しており、これに関与していないので、賠償責任を負わない。

(C総務課長の主張)

Iへの日額給の支払は、平成25年1月分からであったところ、これは、平成24年12月28日付けI作成の文書における28万円は変更せず、残り週2日間を報酬として医師より少し下げた1日6ないし7万円としてほしい旨の要請書(丁1)に基づき、平成25年1月17日当時のG事務長がE院長にIの賃金について週3日(同額28万円)をルーティン業務とし、その他は概ね1日6万円とし、週2回勤務を基本に計算する旨の提案がされ(丁2)、これをE院長が承諾し、同月からB総務課長の指示の下、日額給が支給されていた。

C総務課長が総務課長となったのは平成26年4月で、日額給が支給されるようになってから1年4か月後のことであり、日額給を支給することは当然の前提となっていた。日額給の支給は事務長及び院長の組織的決定事項であり、C総務課長はその決定に従わざるを得なかった(地公法32条参照)。

このように、C総務課長は、日額給の支給開始には一切関与しておらず、日額給を支給すべきとする上司の業務命令に基づいて支給しただけであるから、故意又は重過失はない。

10 争点⑴エ及び⑵オ(J市の損害額(第1事件・第2事件関係))について(原告らの主張)

⑴第1事件について

各請求の相手方の各在任期間に係る支出によってJ市に生じた損害の額は、別表3第1事件欄の「填補後の額(元金)」欄(「雇用確認書に基づく支払」欄記載の額から「別訴和解による填補」欄記載の額を控除した金額である。)記載のとおりである。

⑵第2事件について

各請求の相手方の各在任期間に係る支出によってJ市に生じた損害の額は、別表3第2事件欄の「填補後の額(元金)」欄(「雇用確認書に根拠のない支払」欄記載の額から「別訴和解による填補」欄記載の額を控除した金額である。)記載のとおりである。

(被告の主張)

⑴否認する。

⑵別訴和解は、第1事件及び第2事件の当該職員らの損害賠償債務も免除する意思でされたものであるから、J市の当該職員らに対する損害賠償請求権もこれにより消滅した。

11 争点⑶ウ(法律上の原因の有無(第3事件関係))について

(原告らの主張)

⑴Iは、平成24年4月1日から平成31年3月31日までの7年間、本件病院の院長相談役として、8135万1764円(基本給3439万2000円、時間外勤務手当1882万5748円、通勤費233万1172円、その他支給2844円及び日額給等2580万円)の賃金の支払を受けた。しかし、Iは、本件病院及び本件区画整理組合を兼業しており、本件病院における勤務実態は、本件病院で開催された会議への出席のみであり、かかる分を超える賃金の支出は、ノーワーク・ノーペイ原則により法律上の原因のないものである。

⑵また、上記日額給については、J市長とIとの間で支払についての契約すら交わされておらず、この点でも法律上の原因がない。

⑶Iは、本件病院の駐車場を契約しており、通勤に自家用車を使用していたことがうかがえるところ、雇用確認書によれば、交通費は公共交通機関に限られているから、上記交通費は法律上の原因がなくIに支払われたものである。(被告及び補助参加人Iの主張)

⑴Iの勤務実態は、本件病院内で開催される会議に出席した日時のみであるとの原告らの主張は否認する。Iは、休日勤務カード等に基づき、本件病院に勤務していた時間中に本件区画整理組合において同組合の業務を行っていたことが客観的に認められる日時等を除く時間帯は、本件病院において臨時的任用職員として勤務していた。

⑵自家用車での通勤に変更の届出がなされた場合には、41万9760円の交通費が支払われるから、法律上の原因のない交通費は、差額191万1412円にとどまる。

⑶Iが本件病院の勤務時間中に本件区画整理組合の業務を行っていたことが客観的に認められる日時及び本件病院と同組合との間の移動時間に対応する賃金額、公共交通機関を利用したものとして支給した通勤手当から自家用車を利用して通勤した場合に支給されるべき通勤手当を控除した後の金額を合算した3527万8139円を除く部分については、Iが支払を受けたことに法律上の原因がないとはいえない。

12 争点⑶エ(損失の有無及び額(第3事件関係))について

(原告らの主張)

⑴損失について

J市の損失及びIの利得の額は、別表3第3事件欄の「填補後の額(元金)」欄(「雇用確認書に基づく支払」欄記載の額及び「雇用確認書に根拠のない支払」欄記載の額の合計から、「実労働時間賃金額」欄記載の額及び「別訴和解による填補」欄記載の額の合計を控除した金額であり、主位的に上段の金額、予備的に下段の金額である。)記載のとおりである。

⑵別訴和解による請求権の消滅について

本件清算条項は、「本件に関し」という文言が挿入されている以上、被告とIとの間の一切の権利関係を清算するというものではなく、その効力は、別訴の訴訟物のみに及び、本件訴訟における請求のうち別訴の請求額を超える部分には及ばない。

仮に、本件清算条項の効力が、本件訴訟における請求のうち別訴の請求額を超える部分にも及ぶとしても、前記5(原告らの主張)⑵と同様に、本件和解は無効である。

⑶消滅時効について

第3事件に係るJ市のIに対する不当利得返還請求は、民法上の不当利得返還請求権に基づくものであり、民法167条の規定により消滅時効は10年になるから、消滅時効は完成していない。

(被告の主張)

⑴損失について

否認する。

⑵別訴和解による請求権の消滅について

本件清算条項により、J市とIとの間では、Iが本件病院の臨時的任用職員として支給を受けた基本給等及び日額給等に関する問題はその全部が解決済みであって、もはやこの問題に関するJ市のIに対する請求権は存在しない。⑶消滅時効について

J市のIに対する不当利得返還請求権は、公法上の金銭債権であり、地方自治法236条1項により5年の消滅時効が適用され、同条2項により、時効期間の経過によりその援用を要せず当然に消滅する。Iに対する第3事件に係る訴訟告知書が送達されたのは、令和2年8月26日であるところ、その時点で既に5年が経過していた、平成27年8月25日までにIに支給された賃金に係る不当利得返還請求権は、既に時効により消滅している。Iの賃金は当月の月末払であったから、平成27年7月分までの賃金に関する不当利得返還請求はすることができない。

別紙1、別紙4及び別表1ないし5は掲載省略

出典:裁判所ウェブサイト「裁判例検索」(https://www.courts.go.jp/hanrei/97103/detail4/index.html)。本文は同サイト掲載の判決書PDFからTaiLexi AIがテキスト化・整形したもの(正確な文言は原本PDFを参照)。判示事項・裁判要旨・参照法条は裁判所の公表どおり。