TaiLexi AI日本の判例・法令
← ホーム
地裁判決請求棄却

東京地判 平成17年2月23日

平成15年(ワ)第7588号等 営業秘密使用差止等請求事件

AI 要約AI

退職従業員が競業避止合意に基づく義務を負う場合でも、就業中に得た一般的な知識・経験・技能を用いる業務は競業避止義務の対象とならないとされた事例

ほか 1 項目を見る ↓AI が判決本文から作成した要約です(誤りを含む可能性があります)。
裁判所
東京地方裁判所
裁判年月日
平成17年2月23日 (2005-02-23)
事件番号
平成15年(ワ)第7588号等
事件名
営業秘密使用差止等請求事件
裁判の種類・結果
判決 請求棄却
判例集等
—
分野
民事・知的財産・不正競争・民事訴訟

AI 要約AI

要旨

  • 退職従業員が競業避止合意に基づく義務を負う場合でも、就業中に得た一般的な知識・経験・技能を用いる業務は競業避止義務の対象とならないとされた事例
  • 不正競争防止法2条1項4号、5号、7号、8号の不正競争行為の主張が、具体的な事実の特定を欠き主張自体失当とされた事例
事案の概要・争点・判断などを表示

事案の概要

  • 原告はかつら等毛髪製品の販売等を目的とする会社で、被告会社は元従業員らが設立した美容室「ワンズクラブ」を経営する会社である。
  • 原告は、被告らが原告の顧客情報(本件顧客名簿)を不正に取得・使用したとして、不正競争防止法違反等を理由に、顧客への勧誘行為の差止め、名簿の破棄・使用禁止、損害賠償2358万円等を請求した。
  • 被告Aらは原告の元従業員で、退職後に被告会社に就職し、ワンズクラブで勤務していた。原告は被告Aらに対し、競業避止義務違反(民法415条)及び不法行為(民法709条)も主張した。

争点

  • 被告らは不正競争行為を行ったか否か
  • 被告Aらに競業避止義務違反があるか否か
  • 被告らの行為に違法性はあるか否か
  • 原告の被った損害はいくらか

判断

  • 不正競争行為について、原告の主張は具体的な事実の特定を欠き主張自体失当である。念のため実体判断しても、被告会社の宣伝活動等から顧客獲得に不自然な点はなく、本件顧客名簿の不正取得・使用を認めることはできない。
  • 被告Aらは本件誓約書に基づく競業避止義務を負うが、ワンズクラブでの業務は就業中に得た一般的な知識・経験・技能を用いるもので、原告の特有の情報を利用したものではないから、競業避止義務の範囲に含まれない。
  • 不法行為についても、不正競争行為が認められない以上、その前提を欠き理由がない。
  • 損害については、その余の点を判断するまでもなく、請求はいずれも認められない。

判旨(本文から引用)

  • 従業員と使用者との間で締結される、退職後の競業避止に関する合意は、その性質上、十分な協議がされずに締結される場合が少なくなく、また、従業員の有する職業選択の自由等を、著しく制約する危険性を常にはらんでいる点に鑑みるならば、競業避止義務の範囲については、従業員の競業行為を制約する合理性を基礎づける必要最小限の内容に限定して効力を認めるのが相当である。
  • 従業員が、使用者の保有している特有の技術上又は営業上の情報等を用いることによって実施される業務が競業避止義務の対象とされると解すべきであり、従業員が就業中に得た、ごく一般的な業務に関する知識・経験・技能を用いることによって実施される業務は、競業避止義務の対象とはならないというべきである。

結論

  • 1 原告の請求をいずれも棄却する。
  • 2 訴訟費用は原告の負担とする。

AI が本文から作成した要約です。引用の際は本文をご確認ください。

平成15年(ワ)第7588号営業秘密使用差止等請求事件

平成15年(ワ)第26800号営業秘密使用差止等請求事件

口頭弁論終結日平成16年10月20日

判決

原告株式会社アートネイチャー

同訴訟代理人弁護士遠藤直哉

同水野靖史

同弘中絵里

同村谷晃司

被告株式会社エス・エフ・シー

(以下「被告会社」という。)

被告A

被告B

被告C

被告D

被告ら訴訟代理人弁護士塩谷睦夫

主文

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

1 被告らは,別紙1顧客目録記載の者に対し,かつらその他毛髪に関する製品販売,又は,増毛,育毛,理容,美容その他毛髪に関する役務の提供並びにこれらの勧誘行為をしてはならない。

2 被告らは,別紙1顧客目録記載の者の氏名又は略称及び連絡先等の情報が記載されている被告らの占有に係る名簿,カルテ,磁気ディスク,その他名称及び種類を問わず一切の記録媒体を破棄せよ。

3 被告らは,別紙2顧客名簿目録記載の顧客名簿の全部若しくは一部を使用し,又は第三者に開示若しくは使用させてはならない。

4 被告らは,原告に対し,各自金2358万円及びこれに対する,被告会社及び被告Aについて平成15年4月17日から,被告B及び被告Cについて同月18日から,被告Dについて同年11月29日から,それぞれ支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

5 3,4について仮執行宣言

第2 事案の概要

原告は,被告らに対して,以下の請求原因に基づいて,「第1請求」欄記載の請求をした。すなわち,

① 被告会社並びに原告の元従業員でその後被告会社に就職した被告A,被告B,被告C及び被告D(以下「被告Aら」という。)が別紙1顧客目録記載の顧客(以下「本件顧客」という。)情報及びこれを含む別紙2顧客名簿目録記載の顧客名簿(以下「本件顧客名簿」という。)について,不正競争防止法(以下「法」という。)2条1項所定の不正取得行為,不正取得後の使用行為等の不正競争行為(法2条1項4号,5号,7号,8号)を行った。

② 被告Aらが原告を退社した後に原告と同業の被告会社に就職したことは,被告Aらの原告に対する競業避止義務違反を構成する(民法415条)。③本件顧客名簿を使用した被告Aらの競業行為は不法行為を構成する(民法709条)。

1 前提となる事実等(争いがない事実以外は証拠を末尾に記載する。)

(1) 原告

原告は,昭和42年6月23日に設立された,毛髪製品の製造及び販売,並びに毛髪育成指導及び美容・理容業等を目的とする会社である。具体的には,かつらその他毛髪に関する製品の販売,増毛法の指導及びかつらの利用者に対する理容・美容などの役務の提供を営業内容としている。

従前,株式会社アートネイチャー関東(以下「アートネイチャー関東」という。),株式会社アートネイチャー東京(以下「アートネイチャー東京」という。)等の販売会社が全国に存在していたが,平成13年4月2日,アートネイチャー関東及びアートネイチャー東京を含む販売会社7社が原告に吸収合併された(甲34)。なお,アートネイチャー関東は,平成8年11月に,宮城県,福島県,栃木県,群馬県及び埼玉県の5県に係る業務を担当する会社として,アートネイチャー東京から分社したものである。

原告は,全国的に営業を展開しており,福島県においても複数の店舗を有している。郡山市内では,昭和51年5月に郡山店を開設した。

(以下では,合併前のアートネイチャー関東を原告と表記する場合がある。)

(2) 被告ら

ア 被告会社は,毛髪製品(かつら等)の製造及び販売,理容業,美容業,建築の設計施工等を目的として平成14年5月7日に,Eが設立し,被告Dが実質的に運営した会社である。被告会社は,同年11月に,福島県郡山市内に「ワンズクラブ」という名称の美容室(以下「ワンズクラブ」という。)を開設し,以降,ワンズクラブを営業してかつらのメンテナンス及び美容業を行っている(被告会社代表者)。

イ 被告Aは,平成4年6月11日,アートネイチャー東京に入社し,技術者として郡山店に配属された。平成9年4月1日に店長に昇進し,郡山店に勤務していたが,関東営業本部レディースの営業職への平成14年4月1日付けの配置転換の内示を受けて,同年3月に退職の意思を表明し,同年5月10日付けで原告を退職した(乙35)。

同被告は,同年10月10日,被告会社に入社し,同年11月から現在に至るまで,ワンズクラブにおいて専ら技術者として勤務している(乙52)。

ウ 被告Bは,平成6年1月11日,アートネイチャー東京に入社し,主に原告郡山店においてカウンセラー(営業職)として勤務していたが,平成14年10月31日に原告を退社した(乙36)。

同被告は,同年12月,被告会社に入社し,ワンズクラブにおいて営業職として勤務していたが,平成15年12月に被告会社を退職した(乙36,被告B)。

エ 被告Cは,平成10年4月1日,アートネイチャー関東に入社し,郡山店においてカウンセラーとして勤務していたが,平成14年10月31日に原告を退社した(乙37)。

同被告は,同年12月,被告会社に入社し,現在,ワンズクラブにおいて営業職として勤務している(乙37)。

オ 被告Dは,平成元年8月,アートネイチャー東京に入社し,営業課長,店長等を経て,平成12年4月からはお客様サービスセンター課長として勤務していたが,平成13年6月に退職した(乙41)。

同被告は,平成14年5月,被告会社に入社し,管理者兼技術者としてワンズクラブに勤務していたが,平成15年12月に被告会社を退職した(被告会社代表者,被告D)。

(3) 本件顧客

本件顧客とは,従前,原告郡山店又は原告の他の店舗の顧客であったが,その後,ワンズクラブに来店し,契約等をした顧客18名を指す。

(4) 本件顧客名簿

ア 本件顧客名簿の内容

本件顧客名簿とは,「開発リスト」「お客様カルテ」と題する書面又はコンピュータに記載又は記録された「原告の顧客及び新規問合せ者に関する氏名,住所,電話番号,勤務先,契約商品,入金額」を指す。しかし,本件顧客名簿の具体的な内容は,原告の主張によっても,必ずしも明らかではない。

イ 原告郡山店における本件顧客名簿の管理状況

(ア) 原告郡山店においては,問合せがあった者や契約を締結するに至った顧客の氏名,住所,電話番号,契約内容等の情報を,本件顧客名簿として,「開発リスト」,「お客様カルテ」,「コンピュータ管理の電磁記録」により管理している。このうち,「開発リスト」には,問合せ客の氏名,住所,電話番号等が記載されている。「お客様カルテ」は,平成14年7月まで使用されていたもので,契約に至った顧客の氏名,自宅住所及び電話番号並びに勤務先及び電話番号が記載されている。コンピュータでは,顧客の氏名,住所,電話番号,契約内容等の顧客情報が記録され,保存されている(甲63)。

(イ) 開発リストは,社外秘と明記された上,専用の鍵付書類ロッカーに保管され,郡山店においては,閲覧できる者が新規営業担当者2名に限定されている。

お客様カルテは,専用の鍵付書類ロッカーに保管され,従業員が営業

上必要な場合に使用することとなっていた。なお,平成14年4月以降は,店長が朝解錠し,夜施錠して管理されていた。

コンピュータに保存されている顧客情報の閲覧は,平成13年9月ま

で,パスワードを付与された一定の登録者(ブロック長,店長,入力担当者1名,新規営業責任者)のみ可能であり,同月以降も,3種類の段階的パスワードにより,閲覧可能な情報の範囲に差異が設けられ,一般の従業員は顧客の電話番号や住所の閲覧ができないようにされている(甲63)。

ウ 有用性及び非公知性

原告が,宣伝広告活動,無料の毛髪診断等を通じて獲得した顧客の情報は,有用な情報である。また,本件顧客名簿は,非公知のものである。

2 争点

(1) 被告らは不正競争行為を行ったか(争点1)

(3) 被告Aらに競業避止義務違反があるか(争点2)

(2) 被告らの行為に違法性はあるか(不法行為の成否)(争点3)

(4) 原告の被った損害はいくらか(争点4)

3 争点についての当事者の主張

(1) 争点1(被告らは不正競争行為を行ったか)について

(原告の主張)

ア 被告Aの行為

(ア) 法2条1項4号の不正競争行為

被告Aは,平成13年9月以降,禁止されていた私有パソコンの持込

みを行い,郡山店において,当該パソコンに顧客情報を入力する方法によって本件顧客名簿を不正に取得した。

(イ) 法2条1項7号の不正競争行為

被告Aは,平成9年4月1日以降,原告郡山店の店長として本件顧客

名簿の開示を受けていた。被告Aは,原告退職後の平成14年5月以降,不正の競業及び原告に損害を与える目的で,本件顧客名簿を用いて顧客に個別に電話をかけてワンズクラブへの個別勧誘を行い,本件顧客名簿を使用した。

イ 被告Bの行為

(ア) 法2条1項4号の不正競争行為

被告Bは,原告を退職する平成14年10月31日までの間に,お客

様カルテ記載の顧客情報を転記,記憶するなどの方法により本件顧客名簿を不正に取得した。

そして,同年11月以降,原告の顧客の勤務先を個別に訪問してワン

ズクラブへの来店を勧誘し,不正に取得した本件顧客名簿を使用した。また,被告会社就職以降は,不正に取得した本件顧客名簿を被告会社

に開示した。

(イ) 法2条1項7号の不正競争行為

被告Bは,原告郡山店におけるカウンセラーとして契約見込者の顧客

情報が記載された開発リストを原告から開示され,勤務先情報を除く顧客情報を開示されていた。

被告Bは,被告Cと共謀し,平成14年11月以降,不正の競業及び

原告に損害を与える目的で,被告会社に就職することにより本件顧客名簿を被告会社に開示した。

ウ 被告Cの行為

(ア) 法2条1項4号の不正競争行為

被告Cは,平成13年9月以降,禁止されていた私有パソコンの持込

みを行い,郡山店において,当該パソコンに顧客情報を入力して,本件顧客名簿を不正に取得した。

そして,被告会社就職以降,不正に取得した本件顧客名簿を被告会社

に開示した。

(イ) 法2条1項7号の不正競争行為

被告Cは,原告郡山店におけるカウンセラーとして契約見込者の顧客

情報が記載された開発リストを原告から開示され,勤務先情報を除く顧客情報を開示されていた。

被告Cは,被告Bと共謀し,平成14年11月以降,不正の競業及び

原告に損害を与える目的で,被告会社に就職することにより本件顧客名簿を被告会社に開示した。

エ 被告Dの行為

(ア) 法2条1項7号の不正競争行為

被告Dは,平成8年11月以降,郡山店を統括するアートネイチャー

関東のお客様相談室長,お客様サービスセンター課長として,原告から顧客情報を開示されていた。

被告Dは,原告退職後,不正の競業及び原告に損害を与える目的で,

原告の顧客情報を用いてワンズクラブを開設し,本件顧客名簿を使用し,また被告会社に対して開示した。

(イ) 法2条1項5号の不正競争行為

被告Dは,被告A,被告B及び被告Cが,不正に本件顧客名簿を取得

したことを知って,本件顧客名簿を被告会社とともにワンズクラブにおける勧誘行為のために使用している。

(ウ) 法2条1項8号の不正競争行為

被告Dは,本件顧客名簿について,被告A,被告B及び被告Cによる

不正開示行為によって取得するものであることを知って,本件顧客名簿を被告会社とともに使用している。

オ 被告会社の行為

(ア) 法2条1項5号の行為

被告会社は,被告A,被告B及び被告Cが不正に本件顧客名簿を取得

したことを知って,本件顧客情報を使用している。

(イ) 法2条1項8号の行為

被告会社は,本件顧客名簿について,不正開示行為によって取得する

ものであることを知って,利用している。

(被告らの反論)

ア 被告らは,本件顧客名簿を不正に利用するなどの,不正競争行為を行ったことはない。

被告会社の経営するワンズクラブの顧客と原告の顧客(郡山店又は他の店舗の顧客)であった者が10数名共通していたとしても,以下の経緯に照らすならば,被告らが本件顧客名簿を不正に使用したことを推認することはできない。すなわち,被告らは,原告が,いったん顧客にかつらを販売した後,メンテナンス・サービスを怠ったり,高額のメンテナンス料を徴収したり,新しいかつらの購入を勧誘したりする傾向があることについて,多くの顧客が不満を有しているという事情を知悉していた。そこで,被告会社は,原告のみならず他社の大手のかつら会社の既存の顧客に対して,安価で高品質のメンテナンスサービスを提供すれば,経営が成り立つと考え,これを目的とする事業を開始した。被告会社は,オープニングキャンペーンを実施し,①従来の会社と異なり,自社が,かつらの専門店であることを明確に打ち出し,②他社製品の顧客も,被告会社のメンテナンスサービスを利用することができること,修理代金が格安であること(大手のかつら会社の3分の1ないし4分の1の価格)等を中心に宣伝した。そして,被告会社は,チラシ(ポスティング),ガイドクーポン(新聞折り込み),ザ・ウィークリー(ポスティング,新聞折り込み),福島民報新聞,福島民友新聞(新聞広告掲載)等により,大々的な宣伝活動を行った。被告会社は,その後も,シティ情報ふくしま(月刊誌),週間新聞サンデーあいづ(新聞広告掲載)等を利用した積極的な宣伝を行った。被告会社の顧客が,原告会社の顧客と競合したのは,被告会社が,以上のとおりの営業戦略や宣伝方法を採ったからであって,被告らが,本件顧客名簿を不正に利用したからではない。

イ 被告A及び被告Cが,私有のパソコンを原告郡山店に持ち込んだ点に不正はない。

被告Aが私有のパソコンで行った業務内容は,契約金額,契約履歴,発注,入荷,納品,入金の日付や数字の入力のみで,顧客の氏名以外,住所や電話番号,勤務先等を入力する項目は一切なかった。この入力内容は,福島県内の福島店,いわき店及び会津店でも同様であった。また,当時の被告Aの上司で監督者であったエリア長は,被告Aのパソコン持込みによる管理を了承していた。そして,平成13年12月に正式に私有パソコンの持込みが禁止されたので,被告Aは私有パソコンを自宅に持ち帰った。

被告Cの私有パソコン持込みは,月報作成の際などに必要となるパソコン端末の台数が足りなかったため,当時の上司であったエリア長の承認の下に業務上の必要から行ったものである。平成14年4月から,新しい上司が月報作成を行うようになったので,被告Cは私有パソコンの持込みを止めた。

(2) 争点2(被告Aらに競業避止義務違反があるか)について

(原告の主張)

ア 営業秘密規程に基づく競業避止義務

(ア) 平成9年3月11日に改定施行された原告の営業秘密規程(甲7)24条(以下「本件競業禁止規定」という。)では,秘密保持誓約書を提出した者が退職した場合には,原則2年間,競合地域での同種事業を営む他社への就職が制限されることが規定されている。

(イ) 被告Aらは,平成10年3月から5月にかけて,当時の勤務先であったアートネイチャー関東に秘密保持誓約書を提出した。アートネイチャー関東は,平成13年2月8日,原告に吸収合併されたので,秘密保持誓約書の提出による競業避止の合意は原告に承継された。

(ウ) したがって,被告Aらは,競業避止義務を負う。

(エ) 仮に,上記営業秘密規程について,被告Aらが全面的な競業避止義務を負担するとの効力までは認められないとしても,少なくとも,被告Aらが原告の顧客に対して,同種の営業活動をすることについての避止義務は負担すると解すべきである。

イ 個別の競業避止合意に基づく競業避止義務

(ア) 被告Aらは,平成10年3月から5月にかけて,当時の勤務先であったアートネイチャー関東に対し,営業秘密保持誓約書(甲29の1ないし29の3,47)(以下「本件誓約書」という。)を提出し,アートネイチャー関東との間で,本件誓約書に基づく競業避止の合意をした。その後,アートネイチャー関東は,平成13年2月8日に原告に吸収合併され,同競業避止合意は原告に承継された。

(イ) 本件誓約書には,退職の日から2年間,競業関係にたつ事業への就職又は役員就任あるいは独立して競業する事業の営業を行わないことが記載されている。

(ウ) 本件誓約書の競業避止義務の内容は,以下のとおり,合理性がある。

a かつら業界では,他業種に比較して顧客の開拓,発見が困難であ

り,顧客獲得までに多額の宣伝費用を要する。そして,顧客の継続的利用により初めて一定の利益を確保することができる。原告は,そのために,従業員に対し,商品知識,接客サービスの方法等の営業ノウハウを教えている。このようなノウハウを取得した従業員が,退職後,直ちに競業することを許容するとすれば,重要な継続的来店顧客数に影響し,原告の経営に深刻な影響を与えかねない。

b 禁止期間は2年間に限定されている。

c 禁止業種は,かつら販売,そのメンテナンス等であり,単なる理

容・美容店の営業は含まれない。仮に,本件誓約書の内容が禁止業種が限定されていない点で不合理であるとしても,原告の顧客に対するかつら販売等の営業活動を禁止する範囲で効力を有すると限定解釈することにより,合理性を肯定することができる。

d 禁止地域は原告の当該店舗との競合エリアである。

ウ 被告Aらは,原告退職後,2年以内に,原告と同種事業を営む被告会社に就職し,原告の顧客に対する競業行為を行っており,営業秘密規程に基づく競業避止義務あるいは個別の競業避止合意のいずれにも違反している。

(被告Aらの反論)

ア 本件競業禁止規定は,被告Aらに対する効力はない。

すなわち,本件競業禁止規定は,アートネイチャー関東を吸収合併する前の原告において定められたものである。企業が合併しても,新たに就業規則が制定・変更されない限り,従業員には元の会社の就業規則が従前どおり適用される。原告においては,合併後も適法な就業規則の制定・変更手続が採られていない。また,本件競業禁止規定は,退職者の職業選択の自由等を侵害するもので,公序良俗に反し,無効である。

イ 被告Aらは,本件誓約書に基づく競業避止義務を負わない。

すなわち,本件誓約書は,アートネイチャー関東の就業規則に基づいて提出したものであるが,同就業規則は,労働基準法90条の労働者の意見聴取義務手続は全く採られておらず,無効である。したがって,同就業規則を根拠とする本件誓約書の従業員からの徴収も違法であり無効である。本件誓約書の内容についても,職業選択の自由等を侵害するもので,公序良俗に反し,無効である。アートネイチャー関東が原告に吸収合併された後,原告では,本件誓約書のような誓約書を提出させることはせず,退職時に,競業禁止義務等を記載した誓約書を提出させる取扱いが実施されるようになった。被告Aらは,退職時に誓約書の提出を求められたが,それを拒否して誓約書を提出していない。したがって,このことからも,本件誓約書に基づく競業避止義務を負うものではない。

(3) 争点3(被告らの行為に違法性はあるか)について

(原告の主張)

前記(1)記載の被告らの行為は,営業・職業選択の自由の範囲を逸脱したものであり,不法行為を構成する違法性がある。

(被告らの反論)

原告の主張は否認する。

(4) 争点4(原告の被った損害はいくらか)について

(原告の主張)

被告らの行為により,原告は,得べかりし利益を失った。その額は,原告の取引形態が継続的な役務・製品提供を特色とするものであること,ワンズクラブに来店している原告の顧客は,従前継続的に原告店舗に来店していた者であることからすれば,少なくとも将来5年間にわたる利益額,すなわち,理容等役務提供売上分については全額,製品契約売上分については売上金額から仕入原価7%相当額を差し引いた金額である。

顧客1名当たりの逸失利益額は196万2195円であり,原告の元顧客でワンズクラブの顧客となった51名分の総額は1億円を超え,被告らが認めている88名分では1億7267万3160円となる。

(被告らの反論)

原告の主張は否認する。

第3 争点に対する判断

1 争点1(被告らは不正競争行為を行ったか)について

(1) 原告の主張の当否

原告は,被告らが不正競争行為(法2条1項4号,5号,7号,8号)を行ったと主張する。しかし,裁判所の再三の釈明に対しても,本件口頭弁論終結に至るまで,原告は,被告らそれぞれについて,いつ,どこで,どのような内容の営業秘密を,どのような態様で不正に取得し,利用したか等に関して,抽象的に述べるのみで,何ら具体的な事実を摘示しない。

したがって,原告の被告らが不正競争行為に該当する事実を行ったとの主張は,十分な特定がされているとは言い難いので,主張自体失当である。

(2) 事実認定及び判断

念のため,被告らが不正競争行為を行ったか否かについて判断する。

本件全証拠によるも,被告Aらにおいて,本件顧客名簿を不正に取得したり,被告会社に開示したり,自ら使用するなどし,被告会社においても,不正取得,不正開示があることを知りながら本件顧客名簿を使用したとの原告の主張を基礎づける具体的な事実の存在を認定することはできない。その理由は,以下のとおりである。すなわち,

「前提となる事実等」及び証拠(乙1ないし32,35ないし38,41ないし46,被告会社代表者,被告A,被告B,被告C,被告Dの各供述)によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告A,被告B及び被告Cは,いずれも,原告の郡山支店で技術者,営業担当者として勤務し,被告Dはアートネイチャー東京で営業課長,店長等として勤務していたが,平成13年から平成14年にかけて,原告を退職した。被告会社の代表者であるEは,被告Dから,大手かつらメーカーでは,かつらを製作,販売した後に,メンテナンスや修理目的で来店した顧客に対して,新規のかつらの購入を執拗に勧めたり,高額のメンテナンス料を徴収したりしている実情があり,顧客に不満があることを聞いて,そのような顧客を対象とするかつらのメンテナンス業を開始しようと考えた。被告会社代表者は,平成14年11月ころ,福島県郡山市内に「ワンズクラブ」を開設し,被告Dに業務全般をまかせ,被告Aらを雇用した。

イ 以上の経緯で,被告会社は,他社の大手のかつら会社の既存の顧客に対して,安価で高品質のメンテナンスサービスを行うことを目的とした事業を開始した。被告会社は,オープニングキャンペーンを実施し,自社が,かつらの専門店であることを明確に打ち出し,他社製品の顧客も,被告会社のメンテナンスサービスを利用することができること,修理代金が格安であること(大手のかつら会社の3分の1ないし4分の1の価格)等を中心に宣伝した。被告会社は,平成14年11月ころから,チラシ(ポスティング),ガイドクーポン(新聞折り込み),ザ・ウィークリー(ポスティング,新聞折り込み),福島民報新聞(30万部,新聞広告掲載),福島民友新聞(20万部,新聞広告掲載)等により,大々的な宣伝活動を行った。被告会社は,その後も,シティ情報ふくしま(月刊誌),週間新聞サンデーあいづ等を利用して積極的な宣伝を行った。

その結果,被告会社は,平成16年8月ころまでに,顧客数130名程度を獲得することができた。

ウ なお,被告A及び被告Cが,原告郡山店在職中に,職場において私有パソコンを使用したことがあった(争いがない)。

しかし,被告Aは,原告内部のコンピュータシステム変更時の混乱や事務の停滞を避けるために,上司の承諾の下に,業務用として使用したにすぎず,原告から私有パソコン持込み禁止の指示が出された後は自宅に持ち帰り,その後は使用することはなかった。また,被告Cについても,従前からの報告書作成等の業務に用いたほか,原告郡山店におけるキャンペーン開催時の準備のためにも使用したが,これらの使用について上司等から異議が述べられることはなかった(乙35,乙37)。

以上認定した事実,すなわち,被告会社の既存のかつら利用者に絞り込んだ営業形態を採用していること,修理代金が格安であることや既存のかつら利用者を対象とする旨を明示した宣伝を行っていること及び宣伝の媒体も広範かつ大量であることと獲得した顧客の数とを対比すれば,被告会社の顧客獲得実績には,本件顧客名簿に係る情報を利用しなければ達成できなかったなどの不自然な点は認められない。

そして,他に,被告らが,本件顧客名簿を不正に取得したり,被告会社に開示したり,自ら使用するなどし,被告会社において,不正取得,不正開示があることを知りながら本件顧客名簿を使用したことを推認させる事実は認められない。また,被告A及び被告Cの私有のパソコンを業務に使用したことをもって,被告らが本件顧客名簿を不正に取得したと推認することもできない。

(3) 原告の指摘する点に対する判断

原告は,①ワンズクラブの顧客と原告の元顧客とが共通すること,②被告会社のポスティングは,原告の顧客を中心として実施されていること,③被告Aが電話により原告の顧客を勧誘したり,被告Bが原告の顧客の職場を訪問して勧誘したりしたこと,④本件顧客のワンズクラブへの来店動機には不自然な点があること等の事実が存在するとして,これらの事実により被告らが不正競争行為を行ったことが推認される旨主張する。

しかし,以下のとおり,原告の指摘する点は理由がない。

ア ワンズクラブの顧客と原告の元顧客とが共通する点について

原告は,ワンズクラブの顧客のほとんどが原告の元顧客であることからすれば,被告らにおいて,本件顧客名簿を用いて原告の顧客を勧誘していることが推認される旨主張する。

しかし,以下のとおり,原告の主張を採用することはできない。

確かに,平成16年8月ころの時点において,ワンズクラブの顧客のうち原告の元顧客は88人であり,全体の顧客数約130人の70パーセント弱の割合を占めることが認められ(乙52,54),これは,アデランス社と原告とが業界全体の80パーセントを占め,その80パーセントを2分しているとすれば,原告の推定市場占有率40パーセントより幾分高い割合であることがうかがえる。しかし,原告顧客のうち,5年程度継続後に来店しなくなる者(以下

「退客者」という。)が通常10パーセント程度いること(乙35,乙36,乙37,乙51,被告D),原告の福島県内の顧客数は1500人程度と考えられること(乙51,被告D),ワンズクラブでは,原告が実施している「編み込み式」と呼ばれる装着方法のかつらを利用することにより維持費用等がかさむなどの理由から不満を持っている者が少なくないこと(乙35,乙37,乙51,被告D),「他社で編み込み式をご使用されている方へ」など,編み込み式の装着方法を使用したかつらの顧客を対象とした宣伝活動などを実施していること(乙2,3,10,21,24,28の2ないし6),上記の原告の市場占有率は推測に基づくものであり,必ずしも正確な市場占有率ではないこと等の事情を考慮すれば,前記の全体の顧客数に占める原告の元顧客の割合が不自然な程度に高いということはできない。したがって,原告の主張に係る事実から被告らにおいて,本件顧客名簿を不正に使用していたことが推認されると解すべきではない。

イ 被告会社のポスティングの方法について

(ア) 原告は,被告Aらにおいて,原告の顧客の住所に集中してポスティングを実施しているとして,このような方法は,本件顧客名簿を使用しない限りは実施できないはずである旨主張する。そして,それをうかがわせる事情として,ポスティングの具体的計画が作成されていないこと,ワンズクラブ店舗内で6万部以上のチラシを印刷することは考えられないこと,ポスティング実施の記録が存在しないこと等の点で,被告らのポスティングには,不自然な点があると主張する。

(イ) そこで検討すると,被告Aらは,ワンズクラブの宣伝チラシを作成し(乙28の1ないし28の6),無料券(乙29の1,29の2)などとともに,ポスティングを実施したこと(乙1,乙51,乙53,乙54),ポスティング用チラシは,ワンズクラブ店舗内で,被告B及び被告Cが,業務の間を利用して,パソコンを使用して印刷したものであること(被告B,被告C),ポスティングは,平成14年12月ころから平成15年8月ころまで,被告Bらが,分担して実施し,合計6万枚程度配布したこと(乙54,被告B),配布先は,郡山を中心に福島,会津,須賀川,白河の各地区であったこと(被告B)が認められ,これらによれば,被告Aらは,地区を決めた上でチラシを適宜戸別に配布していたものと認められ,原告の顧客の住所にあてて集中してチラシを配布したものではない。

(ウ) ワンズクラブにおいて,ポスティングに関する具体的な計画や実施の記録がない点については,ワンズクラブが,ごく少人数で運営されていたこと,配布行為は被告D,被告B及び被告Cが,空いた時間を利用して行っていたので(乙53,乙54,被告B),互いに詳細な打ち合わせは必要がなかったこと等の事情に照らすならば,格別,不自然であるということはできない。

(エ) なお,原告は,郡山市内に居住する,原告の郡山店の従業員6名にはいずれもポスティングがされていない旨の書面(甲37)を提出する。しかし,前記のとおり,被告らによるポスティングは,計画を立てた上の組織的なものではなかったことからすれば,ポスティングがされていない地域があったとしても,格別不自然とはいえず,前記の認定を左右するものとまではいえない。

ウ 原告の顧客に対する電話等の個別勧誘について

原告は,被告Aらが,電話や職場訪問によって,原告の顧客にワンズクラブへの来店を勧誘していることから,本件顧客名簿の使用が推認されると主張する。

被告Aは,原告の顧客3名に電話し,被告Bは原告の顧客1名の職場を訪問し,それぞれワンズクラブへの来店を勧誘したことが認められる(乙53,被告A)。しかし,被告A及び被告Bが,このようなごくわずかの顧客について電話番号や職場を知っていたことがあったとしても,格別不自然な点は認められない。これらの事実をもって,被告らによる本件顧客名簿の使用を推認することはできない。

エ 本件顧客のワンズクラブへの来店動機について

原告は,本件顧客のワンズクラブへの来店した動機に関する被告らの説明には不自然な点があり,本件顧客名簿を使用して本件顧客を個別に勧誘したことがうかがえる旨主張する。

しかし,かつらの使用を秘匿したい顧客としては,施術やカウンセリングを通じて,技術者や担当者と継続的な信頼関係を築き,そのような技術者らに引き続き相談したいと望む場合は少なくないものと推測され,そのような顧客がワンズクラブに来店する例があるとする被告B及び被告Cの供述(被告B,被告C)は不自然とはいえない。したがって,顧客がワンズクラブに来店した点に不自然な点はないから,被告Aらが本件顧客名簿を使用したと認定することは相当でない。

(4) 小括

以上から,被告らが不正競争行為を行ったと認めることはできない。

2 争点2(被告Aらに競業避止義務違反があるか)について

(1) 競業避止義務の有無

ア 原告は,①原告の営業秘密規程(甲7)における本件競業禁止規定,及び②本件誓約書(甲29の1ないし29の3,47)による個別の競業避止合意に基づいて,被告Aらは,競業避止義務を負っているので,被告Aらが原告退職後に被告会社に就職して,かつらの修理,美容業を行っていることは,当該義務に違反する旨主張し,他方,被告Aらは,営業秘密規程又は本件誓約書のいずれも効力がない旨主張する。

この点について,当裁判所は,被告らが,営業秘密規程に基づく競業避止義務を負うか否かの点はさておき,少なくとも,本件誓約書に基づく競業避止義務を負うというべきであると判断する。その理由は以下のとおりである。

イ 争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 被告A,被告B及び被告Dは,アートネイチャー東京に入社し,その後アートネイチャー東京から分社したアートネイチャー関東に移り,被告Cは,同分社後のアートネイチャー関東に入社し,いずれも,平成13年4月2日にアートネイチャー関東が原告に吸収合併されるのに伴い,原告の従業員となった(甲34,乙35ないし37,41)。

(イ) 被告Aらは,平成10年3月下旬に,被告Cは同年5月24日に,当時の勤務先であったアートネイチャー関東に対し,本件誓約書に署名押印して提出した(甲29の1ないし3,47)。

(ウ) 本件誓約書には,その3項及び4項に,以下のとおりの記載がある(甲29の1ないし29の3,47)。

「3.貴社を退職する場合も次の事業に関して就職したり,役員に就

任したり,独立して営業などをしません。ただし,貴社より書面で承諾いただいたものについては,この限りではありません。

① 貴社が行う主たる事業と競合関係にたつもの

② 貴社の企画または開発中の事業と競合関係にたつもの

③ その他,貴社が定めた事業

4.前項による就職または自営等の禁止期間は,原則として退職の

日から2年間とします。ただし,それより長期または短期の期間を貴社が定めた場合は,それに従います。」

(エ) 本件誓約書には,合意内容が,就業規則や営業秘密規程等の社内の規則等の規定に基づくことや,それらに依拠するものであることを示す記載はない(甲29の1ないし29の3,47)。

(オ) アートネイチャー関東は,平成13年4月2日,アートネイチャー東京等の販売会社とともに,原告に吸収合併された(甲34)。

ウ 本件合意書の効力

イで認定した事実に基づいて,以下検討する。本件誓約書は,被告Aらとアートネイチャー関東との間で交わされた個別の合意であり,アートネイチャー関東が原告に吸収合併されたことに伴い,その効力は原告に承継された。したがって,被告Aらは,原告との間で,本件誓約書に基づく義務を負担する。これに対して,被告Aらは,本件誓約書も就業規則等を根拠とするものであり,アートネイチャー関東及び原告のいずれの就業規則等も,必要な手続が履践されていない無効なものであるから,本件誓約書も効力を生じない旨主張する。しかし,本件誓約書が作成された時点での被告Aらの勤務先であるアートネイチャー関東の秘密規定(甲65)4条には,個別に秘密保持契約を締結する旨が規定されているのみであるし,前記のとおり,本件誓約書には,就業規則や秘密規定等の他の規則に根拠を置く旨の記載はないので,被告Aらのこの点の主張は,前提を欠き,採用することはできない。

(2) 被告Aらの負う競業避止義務の内容及び義務違反の有無

そこで,被告Aらが負う競業避止義務の内容及び義務違反の有無について検討する。

ア 従業員と使用者との間で締結される,退職後の競業避止に関する合意は,その性質上,十分な協議がされずに締結される場合が少なくなく,また,従業員の有する職業選択の自由等を,著しく制約する危険性を常にはらんでいる点に鑑みるならば,競業避止義務の範囲については,従業員の競業行為を制約する合理性を基礎づける必要最小限の内容に限定して効力を認めるのが相当である。そして,合理性を基礎づける必要最小限の内容の確定に当たっては,従業員が就業中に実施していた業務の内容,使用者が保有している技術上及び営業上の情報の性質,使用者の従業員に対する処遇や代償等の程度等,諸般の事情を総合して判断すべきである。上記の観点に照らすならば,従業員が,使用者の保有している特有の技術上又は営業上の情報等を用いることによって実施される業務が競業避止義務の対象とされると解すべきであり,従業員が就業中に得た,ごく一般的な業務に関する知識・経験・技能を用いることによって実施される業務は,競業避止義務の対象とはならないというべきである。

イ 本件についてみると,以下の理由により,被告Aらが,ワンズクラブにおいて行っている業務は,被告Aらが,本件誓約書により負担する競業避止義務の範囲に含まれないと解するのが相当である。

被告Aらがワンズクラブで行っている業務の内容は,既に購入したかつらの使用者を対象として,営業担当者数名及び技術担当者1名によって行う,かつらのメンテナンスや美容業などであって,これらは,被告Aらが原告就業中の日常業務から得た知識・経験・技能を利用した業務ということができ,原告が保有する特有の技術上又は営業上の情報を利用した業務であることを認めるに足りる証拠はない。前記のとおり,被告Aらは,ワンズクラブの業務を開始するに際して,地元新聞等への広告や折り込みチラシ,ポスティングによる宣伝広告活動を行うことにより,自己の顧客を開拓したものであって,原告の特有の営業上の情報を利用したものではない。その他,被告Aらがワンズクラブにおいて業務を遂行するに当たり,原告特有の情報を利用したことを認めるに足りる証拠はない。

以上のような業務内容等に照らせば,被告Aらのワンズクラブにおける業務は,本件誓約書による競業避止義務の内容に含まれないというべきである。

ウ これに対して,原告は,商品知識,接客サービスの方法等の営業

ノウハウなどについても競業避止義務によって保護されるべきである旨主張する。しかし,本件で被告Aらが行っている,商品知識や営業態様は,正に従業員が日常的な業務遂行の過程で得られた知識・技能であって,このような知識等は,従業員が自由に利用することができる性質のものであると解すべきであって,そのような利用までも禁止することは職業選択の自由に対する重大な制約となるから,競業避止義務の内容に含まれると解することは相当でない。

また,原告は,本件誓約書による競業避止義務は,少なくとも原告の顧客に対する営業活動を禁止する限度で肯定されるべきである旨主張する。しかし,原告の顧客に対する営業活動を制約する限りで効力を有すると解するのは客観性を欠き妥当とはいえない。この点についての原告の主張は採用できない。

エ そうすると,その余の点を判断するまでもなく,被告Aらが本件誓約書による競業避止義務に違反したとは認められない。

なお,原告の営業秘密規程(甲7)中の本件競業禁止規定に基づく競業避止義務については,仮に効力があるとした場合であっても,その適用範囲は,本件誓約書に基づく競業避止義務の適用範囲と同様に考えられるから,被告Aらに競業避止義務違反はない。

3 争点3(被告らの行為に違法性があるか)について

原告は,被告らにおいて,本件顧客名簿を使用してワンズクラブを営業し,又は,ワンズクラブの営業行為に従事することは,被告らの営業・職業選択の自由の範囲を逸脱した違法性があるとして,不法行為を構成する旨主張する。しかし,前記1のとおり,被告らにおいて,本件顧客名簿を不正取得,不正開示,又は使用したとの事実は認められないので,被告らの行為が不法行為を構成するとの原告の主張は,その前提を欠き,妥当でない。その他,被告らが不法行為を行ったと認めるに足りる証拠はない。

4 小括

そうすると,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも認められない。

第4 結論

以上の次第で,原告の請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部

裁判官 榎戸道也

裁判官 山田真紀

裁判長裁判官飯村敏明は,転任のため署名押印することができない。

裁判官 榎戸道也

※(別紙1)顧客目録は省略

(別紙2)

顧客名簿目録

出典:裁判所ウェブサイト「裁判例検索」(https://www.courts.go.jp/hanrei/9752/detail7/index.html)。本文は同サイト掲載の判決書PDFからTaiLexi AIがテキスト化・整形したもの(正確な文言は原本PDFを参照)。判示事項・裁判要旨・参照法条は裁判所の公表どおり。