主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は,控訴人X1株式会社に対し82万2000円,同株式会社X2に対し63万2000円,同X3に対し88万7000円,同株式会社X4に対し70万2000円,同有限会社X5に対し40万9000円,同X6有限会社に対し46万2000円及びその余の控訴人らに対し各100万円並びに各金員に対する平成8年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人X1株式会社,同株式会社X2,同X3,同株式会社X4,同有限会社X5及び同X6有限会社を除く控訴人らのその余の損害賠償請求を棄却する。
4 控訴人らの当審において追加された損失補償請求に係る訴えを却下する。
5 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを20分し,その1を被控訴人の,その余を控訴人らの各負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人X7に対し,1000万円,及び同控訴人を除くその余の控訴人それぞれに対し,別紙請求額表の控訴請求金額欄各記載の金員,並びにこれらに対する平成8年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(主位的請求及び当審において追加された損失請求について同じ)。
第2 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人らの当審における追加請求(損失補償請求)に係る訴えを却下する。
第3 事案の概要(略語等は,特に記すほか,原判決に従う。)
1 本件の概要
本件は,堺市において平成8年7月中旬ころ発生した腸管出血性大腸菌O−157に起因する学童らの集団食中毒につき,厚生大臣(当時)が,貝割れ大根が原因食材とは断定できないが,その可能性も否定できない(中間報告),原因食材としては特定施設から7月7日,8日及び9日に出荷された貝割れ大根が最も可能性が高いと考えられる(最終報告)などと公表し,これにより,貝割れ大根が前記食中毒の原因食材であり,貝割れ大根一般の安全性に疑問があるかのような印象を与え,貝割れ大根の売上が激減したとして,控訴人X7(控訴人協会)が,前記集団食中毒の真の原因究明や貝割れ大根の販売促進活動等に要した費用に相当する損害,信用毀損等による損害として1000万円,及びその余の控訴人ら(控訴人業者ら)が,逸失利益及び貝割れ大根の廃棄費用等の積極損害,信用毀損等による損害が生じたとして,被控訴人に対し,それぞれ国家賠償法1条に基づき,別紙請求額表の控訴請求金額欄記載の損害賠償金(当審において,損害賠償金の一部及び弁護士費用の全部につき,減縮された。)並びに中間報告が公表された平成8年8月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求し,当審において,憲法29条3項に基づく損失補償として同額の金員を追加的に請求した事案である。被控訴人は,控訴棄却を求め,損失補償請求の追加に同意せず(控訴審における損失補償請求の追加的併合には相手方の同意を要する。最高裁平成5年7月20日第三小法廷判決・民集47巻7号4627頁),同請求に係る訴えの却下を求めた。原判決は,本件各報告の疫学的判断及び結論に不合理な点は認められず,これらの公表が国家賠償法上違法であるとはいえないとして,控訴人らの請求を棄却した。
当裁判所は,本件各報告の疫学的判断及び結論に不合理な点は認められないとした点について原審の判断を是認したが,原審とは異なり,中間報告の公表の方法には,違法があるとして,控訴人らの請求につき,貝割れ大根の廃棄,販売減少に基づく損害賠償請求は認めなかったものの,貝割れ大根の商品としての評価,信用が毀損されたことによる損害の賠償として,控訴人ら各自100万円(同金額以下の請求をする者については,請求額)及びこれに対する違法行為の日(平成8年8月7日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を認め,当審における新たな訴えは却下すべきものと判断した。
2 争いのない事実等
争いのない事実等は,原判決の事実及び理由の「第2事案の概要」の1(原判決14頁初行(編注・訟務月報本号(以下月報巻号省略)296ページ29行目)から16頁19行目〈編注・298ページ15行目〉まで)記載を引用する。
3 争点(争点(4)の他は,原判決16頁〈編注・298ページ21行目〉再掲)
(1) 本件各報告の基礎にある疫学的な調査の適否及びその判断の合理性の有無
(2) 本件各報告を公表したことについての国家賠償法上の違法性の有無
(3) 損害額
(4) 損失補償請求の可否
4 当事者の主張
争点に関する当事者の主張は,別紙のとおり,当審における当事者双方の主張を付加するほか,原判決の事実及び理由の「第2事案の概要」の3(原判決16頁25行目〈編注・298ページ21行目〉から133頁3行目〈編注・391ページ21行目〉まで)の記載を引用する。
第4 当裁判所の判断
1 事実関係
前提となる事実関係は,原判決の事実及び理由の「第3当裁判所の判断」1記載(原判決133頁5行目〈編注・391ページ23行目〉から174頁17行目〈編注・425ページ9行目〉まで)を引用する。
2 争点(1)(疫学的調査の適否及び本件各報告の判断の合理性)について
(1) 原判決の引用
当裁判所も,本件各報告が基礎とした疫学的な調査は適切で,その判断を合理的なものと認めた原判決を是認すべきものと判断した。その理由は,当審における控訴人らの主張に鑑み,下記(2)において補正及び付加をするほかは,原判決の事実及び理由の「第3当裁判所の判断」2記載(原判決174頁20行目〈編注・425ページ12行目〉から298頁3行目〈編注・520ページ4行目〉までの部分。ただし,原判決266頁16行目〈編注・495ページ29行目〉から269頁7行目〈編注・497ページ28行目〉まで,280頁3行目〈編注・506ページ5行目〉から285頁16行目〈編注・510ページ8行目〉まで及び296頁9行目〈編注・518ページ21行目〉から298頁3行目〈編注・520ページ5行目〉までを除く。)を引用する。
(2) 補正及び付加
ア 「原因食喫食日の特定」(〈略〉)について
控訴人らの主張の要旨は,[1]入院者の欠食調査には,入院者約500名中99名の調査漏れがあり,これに早期退院者が多数含まれている可能性があり,同調査に基づく推論には限界がある,[2]有症者の欠食(出席簿)調査の結果による推論は,統計学の手法の合理性や基礎資料の正確性に疑義がある,[3]学校行事による欠食調査については,入院者の絶対数が少なく,早期退院者が漏れており,7月5日までの給食が原因食である可能性を否定できない,というにある。
控訴人らの指摘する事実は,それぞれもっともな点を含み,調査結果を公表するに当たり,慎重な取扱いを要する点であるとは考えるが,[1]については,同調査の回答率は,約80%(7月18日現在の入院者534名に対しては約75%)で,疫学的な調査の観点からは有意な結果であるといえ,[2]については,有症者の欠食(出席簿)調査と入院者調査の結果は,全体の傾向を把握する上では有用なものとされており,[3]については,本件において,発症者の分布からは二次感染の可能性は低いと考えられ,控訴人らの主張を考慮しても,なお,本件集団下痢症の原因食喫食日について,北・東地区では7月8日,中・南地区では7月9日とした判断を是認した原判決の判断は,左右されるまでには至らない。
イ 「原因献立の特定」「原因食材の特定」(〈略〉)について
(ア) 控訴人らの「原因献立の特定」に関する当審における主張は,要旨,[1]喫食調査の個票の空欄を喫食したとして集計しており,実態を正確に反映していない,[2]中・南地区において,原因献立とされた7月9日の冷やしうどんを喫食しなかった入院児童が4名いることを十分な論拠なしに軽視するのは科学的ではない,[3]中・南地区において,7月9日の冷やしうどんの貝割れ大根のほか,同月10日の給食(鶏肉とレタスの甘酢あえ)に提供された貝割れ大根がO−157に汚染されていたとみる(複数日曝露説)のは,客観的な証拠もなく,発症者の分布状況から説明できるかも疑問がある,[4]カイ二乗検定により有意差があればただちに因果関係があるとはいえず,入院者と有症者とでは,カイ二乗検定の結果が異なっているうえ,そもそも喫食率にあまり差を生じない学校給食において喫食率をもとに原因献立との関連性を検討するのは無理がある,というにある。
しかしながら,[1]については,学校給食の特性を考慮しても,本件調査の内容を考慮すると杜撰の感を免れず,喫食傾向に歪みが生じる余地が十分ありうるが,[2]については,全体の傾向として,中・南地区において冷やしうどんを欠食した入院者及び有症者が少ない傾向があり,特定の因子に曝露した者が100%当該疾病に罹患するとも,これに曝露しなかった者が100%当該疾病に罹患しないともいえず,他の機会にO−157に感染する可能性もあることに鑑みると(〈証拠略〉),入院者のうち4名の欠食者がいる事実によって疫学的調査の結論が左右されるわけではなく,[3]については,中・南地区の発症者の分布状況が,同月12日にピークに達した後,翌13日もそれほど減少せず,右側に裾を引く発症曲線を形成していることからすると,連続曝露の可能性も推測されないではなく,[4]については,喫食調査及びカイ二乗検定の結果のみから導かれた判断ではないことをも考慮すると,控訴人らの主張を考慮しても,なお,本件集団下痢症の原因献立につき,中・南地区においては,同月9日の牛乳及び冷やしうどん,北・東地区においては,同月10日の牛乳及びとり肉とレタスの甘酢あえの可能性が高いとした結論を是認した原判決の判断は,なお,左右されるまでには至らない。
(イ) 控訴人らの「原因食材の特定」についての主張の要旨は,牛乳の除外について,[1]学校に納入した2業者の双方が汚染された原乳を仕入れていた場合,納入校と多発発症校との分布が一致しないことはあり得るが,本件においては,2業者の原乳仕入れ状況,生産工程,流通過程等について調査されておらず,O−157が混入した可能性を完全には否定できない,[2]殺菌記録の記載を確認しただけで,保存乳の検体調査もされず,実際に殺菌されたかどうか不明である,というにあり,また,非加熱食材である,レタスときゅうりの除外について,同じ業者が出荷したものであるか,流通過程において原因菌に接触する機会があったかは全く不明で,これらの食材が原因食材である可能性も否定できず,異なる原因により,同時多発的に本件集団下痢症が発生した可能性を否定する根拠はない,というにある。O−157は,貝割れ大根に常在する菌ではなく,牛等の家畜の腸内に常在する菌であり,原乳がO−157に汚染される可能性があることに鑑みると,原乳が汚染されていた可能性は否定できず,加熱滅菌処理のデータは時系列的に記録されるものである(〈証拠略〉)ものの,企業のモラルに対する信頼を失わせる事実の多発を多く見る上,本件における調査の意義を考慮すると,この点も杜撰な調査の1例と言えるが,保管状況の違いを考慮に入れても,堺・西地区の全校が非発生校であったことを考慮すると,牛乳を原因食材から除外したことに不合理な点は認められないとした原審の判断は,一応,是認することができる。
流通過程において汚染される場合,同一の機会に複数の食材が汚染されることが想定されうるが,本件においては,流通経路等の関係施設や食材運搬車からO−157が検出されず,7月8日(中・南地区の冷やしうどんの前日),貝割れ大根をA株式会社が,きゅうりを株式会社B及びC株式会社が,7月9日(北・東地区の鶏肉とレタスの甘酢あえの前日),貝割れ大根及びレタスをC株式会社(〈証拠略〉)が,それぞれ納入し,流通過程における複数の食材への汚染を窺わせる具体的な事情は特段認められず,中・南地区と北・東地区について,原因食材が共通であることを前提に,レタス及びきゅうりを除外したことに不合理な点は認められないとした原審の判断は,是認することができる。
ウ 「貝割れ大根の出荷状況」(〈略〉)について
(原判決266頁16行目〈編注・495ページ29行目〉から268頁19行目〈編注・497ページ15行目〉までに代える当裁判所の判断)
控訴人らは,本件特定施設の出荷した他の貝割れ大根からは,集団下痢症が発生しておらず,本件集団下痢症が,一般家庭には供給されず,学校給食に提供された食材を原因としてのみ発症したと考えるべきで,本件特定施設の出荷した貝割れ大根は除外されるべきであると主張する。
本件特定施設は,7月1日から15日までの間に,総合計24.6トンの貝割れ大根を25カ所の一次卸売業者(販売施設967か所(大阪府,京都府はじめ近畿地方の5県。1日平均1.6トン))に出荷し,堺市内の小学校には,7月8日北・東地区57kg(同月5日,7日出荷),同月9日中・南地区69kg(同月8日,9日出荷),同月10日中・南地区85kg(同月9日,10日出荷),計211kg(1日平均70kg。出荷量の約4.3%)出荷した(〈証拠略〉)。
大阪府の調査によれば,府下における散発事例における発症者数累計218名,うち84名について,本件特定施設から出荷された貝割れ大根を喫食した者7名,喫食していない者38名であり,散発事例におけるO−157のDNAパターンは,貝割れ大根を喫食していない者7名中4名につき,本件集団下痢症の原因菌と一致した(〈証拠略〉)。また,本件特定施設が貝割れ大根を納入した販売施設967か所中958か所についての販売実績及び散発事例の調査によると,10施設についてO−157の陽性者が認められた(〈証拠略〉)。
以上の事実関係の下においては,貝割れ大根を原因食材から除外すべき理由は見あたらない。しかしながら,本件特定施設が出荷した貝割れ大根のうち,堺市内の小学校への納入量が出荷量全体の約4.3%にとどまるにもかかわらず,本件集団下痢症が,小学校において有症者合計6121名にものぼる大規模な発生をみており,このことは,本件特定施設から出荷された貝割れ大根を原因食材から除外することは相当でないにしても,本件集団下痢症が学校給食に関連する諸事情を主たる原因とするものであることを端的に物語るものとして重視すべき事実である。
エ 「羽曳野市の老人ホームでの集団発生」(〈略〉)について
控訴人らの主張の要旨は,老人ホームの事例と本件集団下痢症とで原因菌のDNAパターンが一致したからといって,同一食材によるとはいえないというにある。DNAパターンが同一であるか,又は近縁性があることは,発生原因を特定するに足る事実ではないが,発生原因が同一であるとする判断を補強しうる事実で,本件特定施設の出荷した貝割れ大根が本件集団下痢症の原因食材の疑いがあるとする判断と矛盾しないということはでき,また,それ以上の意味を有するものでもない。
オ 「京都事業所での集団発生」(〈略〉)について
(原判決280頁3行目〈編注・504ページ4行目〉から283頁4行目〈編注・508ページ9行目〉までに代える当裁判所の判断)
これらの事実によれば,上記事業所におけるO−157感染症の集団発生は,本件集団下痢症と時間的場所的に接近しており,O−157のDNAパターンも,本件集団下痢症の原因菌のものと同一であるか,又は近縁性があるとされ,本件特定施設から中・南地区に出荷されたのと同時期に出荷された貝割れ大根が原因食喫食日と疑われた日の昼食に使用されており,本件特定施設から出荷された貝割れ大根が本件集団下痢症の原因食材であるとした判断と矛盾するものではない。
控訴人らはDNAパターンの一致について上記と同旨の主張をするが,これについての判断も,上記のとおりである。
カ 「その他の事例について」(〈略〉)について
(原判決283頁6行目〈編注・508ページ11行目〉から285頁初行〈編注・509ページ24行目〉までに代える当裁判所の判断)
本件特定施設から中・南地区に出荷されたのと同時期に出荷された貝割れ大根を喫食した者が,本件集団下痢症と時間的場所的に接近し,本件集団下痢症の原因菌と同一ないし近縁性のあるDNAパターンのO−157に感染し発症した事実は,本件集団下痢症の原因食材が貝割れ大根であるとする判断と矛盾しないし,DNAパターンが同一であるか,又は近縁性があることの意味も,上記のとおりで,それ以上の意味を有するものではない。
キ 「施設及びその運営状況について」(〈略〉)について
控訴人らの主張に関連して付言するに,配送の経路と発生校,非発生校の分布が必ずしも合致せず,自校調理方式にもかかわらず,発生校が広範囲に及ぶ(以上,原判決)上,本件の流通過程において,他の食材から貝割れ大根が汚染されたことを窺わせるような特段の事情はない(〈証拠略〉)ことに鑑みると,流通や運送の過程における汚染ではなく,食材自体の汚染の可能性を検討したことに不合理な点は見あたらないとした原判決の判断は,是認することができる。
一方,O−157の菌は貝割れ大根に常在するものでなく,本件特定施設の水,土壌,種子等からO−157の菌が検出されず,同所から出荷されるまでの過程における汚染の経路が明らかにならなかったことに鑑みると,本件において,汚染を疑うにしても,流通過程における汚染の可能性も否定できない(〈証拠略〉は,中間報告の段階では,流通過程における汚染の可能性も考えられていた旨証言する。)。殊に,前記のとおり,学校給食のために納入された量が本件特定施設の出荷した貝割れ大根の総量の約4.3%に過ぎないにもかかわらず,学童及び教職員に本件集団下痢症が大量発生し,他に出荷された圧倒的多数の量からの発症例が皆無に近く,貝割れ大根が原因食材であることを否定する方が,事実に則している感を否めない上,貝割れ大根自体の汚染の疑いを否定できないにしても,本件集団下痢症の大量発生には,学校給食を含む流通の過程が寄与した可能性の方が大きかったと見られ,この過程における衛生管理にも,大きな関心が向けられるべきであった。
ク 小括(総合判断)(〈略〉)
(原判決296頁9行目〈編注・518ページ21行目〉から297頁末行〈編注・520ページ1行目〉までに代える当裁判所の判断)
以上のとおり,本件集団下痢症の原因食材として,本件特定施設から特定の日に出荷された貝割れ大根と断定できないが,その可能性も否定できない(中間報告),又はその可能性が最も高いと考えられる(最終報告)とした本件各報告における判断は,中間報告においては,内容自体曖昧に過ぎるが,当時,貝割れ大根が原因食材であると断定できないとしたこと自体は格別の問題を生じないし,最終報告については,前記のような疑問を抱く点もあるものの,調査や分析の手法等において疫学的な調査の手法に則ったもので,(ア)本件集団下痢症が発生した時期及び場所の特定),(イ)発生原因の特定,(ウ)原因食喫食日の特定,(エ)原因献立の特定,(オ)原因食材の特定の各項目を順次検討して上記結論に至った点も不合理とまではいうことができず,本件集団下痢症の原因食材として本件特定施設から出荷された貝割れ大根が疑われるとの判断を否定することにはならず,本件調査及びその分析の過程において,恣意的な判断があったともいえない。これによれば,本件各報告における判断に不合理な点は認められないとした原審の判断は,是認することができる。
(3) 要約
本件各報告の内容及び前記認定の事実は,次のとおり要約することができる。本件集団下痢症の原因食材につき,中間報告は,本件特定施設から特定の日に出荷され,学校給食用に納入された貝割れ大根と断定できないが,その可能性も否定できないとし,最終報告は,汚染源,汚染経路の特定はできなかったが,本件特定施設から7月7日,8日及び9日に出荷された貝割れ大根の可能性が最も高いと考えられ,上記日以外に出荷されたもの及び他の生産施設から出荷されたものについての安全性に問題があるという結論が導かれるわけではないとした。
本件各調査においては,本件特定施設の水や土壌,種子からはO−157の菌が検出されず,汚染源,汚染経路については,生産過程,流通過程を含め,解明されなかった(〈証拠略〉)。〈証拠略〉は,流通過程において他の食材により貝割れ大根が汚染された可能性は考えられないと証言するが,〈証拠略〉は,中間報告の段階においては,流通経路における汚染の可能性も考えられたと証言している。本件においては,実験による検証の結果,生産過程における汚染の可能性が明らかになったにとどまり,O−157の菌が,貝割れ大根の常在菌ではなく,本件特定施設からも発見されていない以上,流通経路における汚染こそ,疑われるべきで,それがおよそないと結論付けることは到底できない。
また,本件特定施設から出荷された総量と学校給食に納入された量とを比較すると,出荷量の95%超を占める出荷先からは発症の報告が皆無に近く,本件集団下痢症が学校関係者に大量発生したことは,学校給食を含む流通の過程が大きく寄与した疑いを抱かせ,貝割れ大根の汚染の事実に疑問を抱かせる事実である。本件各報告は,原因食材の観点から調査の結果を分析しており,その分析及びこれにより得られた結論には合理性を認めうるが,学校給食に関してのみ本件集団下痢症の大量発生を見た原因についての検討は不十分であったという他ない。
3 争点(2)(本件各報告の公表の適法性及び相当性)について
(1) 本件各報告の公表の意義,法的根拠の要否
ア 主権国家は,生命や身体の安全に対する侵害及びその危険から国民を守ることも国民に負託された任務の一つで,国民も,これを理解し,納税等により必要な負担をすることを了解する。自国民の生命や身体の安全の確保に関心を払わない国家及び政府は,自国民の信頼を得ることはなく,他国の侮りと干渉に翻弄されるに至るのが常で,国際社会における名誉ある地位(憲法前文)を得ることもない。
イ 有毒ガスにより自国民を虐殺したとされる他国政府の例に加え,有毒ガスにより無差別殺戮を実行した我が国のカルト集団等の例に接しては,無法国家やテロ組織による生物化学兵器による攻撃も,杞憂とばかり言い切れず,昨今の原因不明の疾病の蔓延という異常事態の発生(公知の事実)を目の当たりにすると,我が国の国家としての危機管理の有り様が問われている感を強くする。生物化学兵器等の人為的なもの,又は疾病の蔓延等の人為的でないもの,いずれであれ,国民の生命,身体に危険を及ぼす異常事態に対しては,国家及び政府は,国民に負託された任務の遂行として,事態を科学的に解明し,これに基づく適切な対策を講ずることが求められる。事実の隠ぺいは,事態の悪化を招くに終わるのが常である。殊に,疾病の場合においても,法制上,患者を隔離し,治療と病気の蔓延の防止に実効のある措置を講じることの困難な我が国においては,事態の悪化を防ぐ方策は,原因が究明され,有効な対策が講じられるまで,国民に正確な情報を開示して事態を理解させ,その理性的な対処に待つ他ないのが実情である。
ウ 国民の生命及び身体の安全の確保に関し,厚生省が,第2次世界大戦後の我が国の復興,発展とこれによりもたらされた国民生活の向上に絶大な寄与をして来たことは,国民の等しく認めるところである。一方において,この約40年の間,サリドマイド,スモン,クロロキン,コラルジル及びHIVによる薬剤による被害が争われた訴訟において,厚生省は,薬剤の危険に関する情報に接しながら,利用者の生命,身体の安全より,製造者の利益を重視し,適切な対処又は情報の開示をしなかったとして,被害者から追及を受けて来たことも,公知の事実である。
エ 本件においては,前記(原判決〈略〉「争いのない事実等」,同〈略〉「事実関係」参照)のとおり,大阪府堺市において平成8年7月中旬ころ発生したO−157に起因する数千人規模の学童の集団下痢症に関してされた調査に基づく本件各報告の内容についての厚生大臣による公表の適否が問われている。本件各報告の公表は,本件集団下痢症の原因が未だ解明されない段階において,食品製造業者の利益よりも消費者の利益を重視して講じられた厚生省の初めての措置として歴史的意義を有し,情報の開示の目的,方法,これによる影響についての配慮が十分であったか,疑問を残すものの,国民一般からは,歓迎すべきことである。
オ 本件各報告の公表は,現行法上,これを許容し,又は命ずる規定が見あたらないものの,関係者に対し,行政上の制裁等,法律上の不利益を課すことを予定したものでなく,これをするについて,明示の法的根拠を必要としない。本件各報告の公表を受けてされた報道の後,貝割れ大根の売上が激減し,これにより控訴人らが不利益を受けたことも,前記(〈略〉以下)のとおりであるが,それらの不利益は,本件各報告の公表の法的効果ということはできず,これに法的根拠を要することの裏付けとなるものではない。本件各報告の公表について法律上の根拠を要することを前提とする控訴人らの主張は,前提を欠き,また,憲法29条2項違反をいう点も,採用の限りではない。しかしながら,本件各報告の公表は,なんらの制限を受けないものでもなく,目的,方法,生じた結果の諸点から,是認できるものであることを要し,これにより生じた不利益につき,注意義務に違反するところがあれば,国家賠償法1条1項に基づく責任が生じることは,避けられない。
(2) 本件各報告の公表の適法性
ア 本件集団下痢症発生後の厚生省の対応及び中間報告の公表に至る経緯,中間報告の内容は,先に引用した原判決(同14頁末行〈編注・296ページ29行目〉から15頁12行目〈編注・297ページ22行目〉まで及び同149頁2行目〈編注・404ページ10行目〉から157頁8行目〈編注・411ページ7行目〉まで)のとおりであり,本件中間報告に至るまでの国内の状況は,原判決(同303頁11行目〈編注・524ページ19行目〉から306頁2行目〈編注・526ページ22行目〉までを引用する。)記載のとおりである。本件各報告は,学童を中心に大量に発症した本件集団下痢症についてのもので,内容を再掲すれば,貝割れ大根につき,本件集団下痢症の原因食材としては,[1]断定できないが,その可能性も否定できない(中間報告),[2]本件特定施設から7月7日,8日及び9日に出荷された貝割れ大根が最も可能性が高いと考えられる(最終報告),とする。
イ 本件各報告の公表は,当時,O−157による食中毒が多発し,一方,原因が究明されず,国民の間に食品一般に対する不安が広がっていた事情の下において,殊に,規模が大きく,国民の関心の高かった本件集団下痢症について,調査の結果得られた情報を公表し,国民の不安感を除去するとともに,一般消費者や食品関係者に対して注意を喚起することによって,食中毒の拡大・再発の防止を図ることを目的としてされた(〈証拠略〉)。前記のような国家及び政府の任務を前提とすると,本件各報告の公表の目的は,これに適うものとして是認すべきで,目的の点においては,本件各報告の公表を違法視することはできない。また,前記の経緯に鑑みると,本件各報告の公表は,これをすること自体は,情報不足による不安感の除去のため,隠ぺいされるよりは,国民には遙かに望ましく,適切であったと評すべきで,この点も,違法とすべきものではない。
(3) 厚生大臣による中間報告の公表の適法性,相当性
ア 前記〈略〉のとおり,中間報告は,厚生大臣による記者会見を通じて公表され,中間報告の全文及び概要を記載した書面も,報道機関に交付され,新聞等を通じて報道された。スーパーマーケット等の小売店は,報道から日を置かず,店頭から貝割れ大根を撤去し,生産業者に対する注文を撤回し,新規注文もほとんど停止した。
イ 貝割れ大根は,中間報告当時も,後にも,O−157への汚染が裏付けられず,本件特定施設の出荷量の95%超を占める学校給食用以外のものが汚染されたことは,後にも,裏付けられていない。中間報告は,前記のとおり,本件特定施設が出荷した貝割れ大根について,本件集団下痢症の原因食材であるとまでは断定できないとする。尤も,上記貝割れ大根については,その可能性も否定できないともされていたが,本件特定施設以外の生産する貝割れ大根(調査対象でもない。)はもとより,本件特定施設の出荷した学校給食以外に供給された貝割れ大根は,中間報告当時も,O−157への汚染を疑われるべき理由もなかったと認められる。
ウ 報道機関は,総じて,中間報告の内容を正確に記事として報道している。中間報告は,科学的な調査と分析であり,厳密に表現する必要に迫られ,断定を避けた曖昧とも見える表現が用いられるなど,正確を期すために,かえって読者による的確な理解が妨げられる表現及び内容となっていると認められる。実際にも,中間報告においては,貝割れ大根について,原因食材と「断定できないが,可能性も否定できない」としており,原因食材であると「断定できない」と否定的判断を示しながら,「可能性も否定できない」という表現を付加して,読み方によっては,本件集団下痢症の原因食材である疑いを抱かれていることを明らかにする内容である。新聞記事においては,大阪府堺市を中心に発生した本件集団下痢症の原因食材についての記述であることを明示しているものの,多くは,中間報告を引用し,曖昧な内容が記述され,一部には,端的に,貝割れ大根が原因食材として疑われていることを見出しに掲げ,本文において,学校給食の納入業者に対する食品衛生法等に基づく調査(「検査」と表現するものもある。)が行われる旨記述するものもあり,本件特定施設が特定の日に出荷したものに限定して貝割れ大根が疑われていると読みとることが困難で,他の業者の生産する貝割れ大根が食中毒の原因と疑われるかどうかについては,明確な記述もない(〈略〉)。
エ 上記事実経過の下においては,小売店が,報道後,日を置かず上記行動をとったことは,中間報告の内容と対比すると,不可解に見える。中間報告は,端的に言えば,未だ上記貝割れ大根を原因食材と決めるまでの裏付けはないと言っているに他ならず,小売店は,大半,学校給食はもとより,本件特定施設とかかわりを有するとはおよそ考え難い遠隔地にあり,原因食材が確定されるに至っていないことも,公表の前後を通じて変わらない以上,貝割れ大根を店頭から撤去したり,注文を撤回したりする理由が見あたらないからである。遠隔地にある小売店までによる上記行動は,記者会見を利用したことにより,厚生大臣が,貝割れ大根そのものについて5月以降多数の地域に発生した食中毒の原因食材であると疑っていると公表したと理解されたからにほかならないと認められ,それ以外には,合理的な理由と説明を見出すことはできない。
オ 中間報告は,「国民の関心の高かった本件集団下痢症について,国民の不安感を除去するとともに,一般消費者や食品関係者に対して注意を喚起することによって,食中毒の拡大・再発の防止を図ることを目的として」(前記(2)イ参照),記者会見の方法が選ばれ,これを通じて厚生大臣により公表された。「国民の不安感を除去する」目的は,記者会見によらず,他の方法により,調査報告書の内容を正確に国民に伝えても達成できたことは疑いない(本件においては,原因食材を特定するに至らなかった以上,結果として,中間報告の公表により,この目的が達成されたかどうかについては,疑問が残る。)。しかしながら,「一般消費者や食品関係者に対して注意を喚起することによって,食中毒の拡大・再発の防止を図」る目的は,調査報告書の内容を正確に伝えるだけの,いわば取捨選択及び評価を情報の受領者に委ねる方法によっては,必ずしも達成できるものではない。報道を介することにより,情報の伝達範囲が格段に拡大されるものの,それだけのことである。厚生大臣も,単に調査報告書を報道機関に配布して報道を求めるだけでは目的が達成されないことを危惧したか,又はより効果的に目的を達成することを意図して,記者会見の方法を選択し,これを通じ,前記「食中毒の拡大,再発の防止の目的」のため,原因食材と疑われる理由のある食材について,一般消費者による購入及び食品関係者による供給について注意を喚起しようとしたと推認される。
カ しかしながら,本件において,厚生大臣が,記者会見に際し,一般消費者及び食品関係者に「何について」注意を喚起し,これに基づき「どのような行動」を期待し,「食中毒の拡大,再発の防止を図る」目的を達しようとしたのかについて,所管する行政庁としての判断及び意見を明示したと認めることはできない。かえって,厚生大臣は,中間報告においては,貝割れ大根を原因食材と断定するに至らないにもかかわらず,記者会見を通じ,前記のような中間報告の曖昧な内容をそのまま公表し,かえって貝割れ大根が原因食材であると疑われているとの誤解を広く生じさせ,これにより,貝割れ大根そのものについて,O−157による汚染の疑いという,食品にとっては致命的な市場における評価の毀損を招き,全国の小売店が貝割れ大根を店頭から撤去し,注文を撤回するに至らせたと認められる。
キ 厚生大臣によるこのような中間報告の公表により,貝割れ大根の生産及び販売に従事する控訴人業者ら並びに同業者らを構成員とし,貝割れ大根の生産及び販売について利害関係を有すると認められる控訴人協会の事業が困難に陥ることは,容易に予測することができたというべきで,食材の公表に伴う貝割れ大根の生産及び販売等に対する悪影響について農林水産省も懸念を表明していた(原判決153頁)のであり,それにもかかわらず,上記方法によりされた中間報告の公表は,違法であり,被控訴人は,国家賠償法1条1項に基づく責任を免れない。
(4) その他の問題点について
ア 控訴人らは,原因食材名を公表すべきでなかったと主張するが,前記のとおり,中間報告当時,本件特定施設の出荷した「貝割れ大根」が原因食材として疑われ,調査の対象とされていたと認められ,そのこと自体は,是認しうる以上,中間報告の公表の際,貝割れ大根を明示したこと自体に違法の点はなく,前記のとおり,中間報告の公表の方法が相当性を欠いたというべきである。
イ 厚生大臣が,最終報告を待たず,中間報告を公表したことは,調査結果について,未だ最終結論を得るに至っていない制約と目的を的確に意識し,情報を選別して公表し,それが適切,相当である限り,格別には,違法の問題を生じない。
ウ 食品を扱う小売店は,記事に接し,僅かでも危険のあるものを避けるため,貝割れ大根を店頭から撤去する等の行動に出たものと解され,中間報告の内容との関係においては合理性を欠くと評せざるを得ないものの,記事に基づく行動としては,無理からぬものがある。小売店の行動は,小売店に責めがあるのではなく,一般消費者及び食品関係者に対して注意を喚起すべき点を明らかにしないまま(検討されたかどうかも,疑わしい。),厚生大臣が,正確な公表の名の下に,中間報告から得るべき情報の解釈を報道機関,視聴者及び読者にいわゆる丸投げしたために生じたと評せざるを得ない。
エ 厚生大臣の記者会見の際の質疑においては,本件特定施設に言及され,原因としては土壌か水が疑われるとの認識が示され,報道関係者において他の大阪府内の業者に迷惑が及ばない配慮を求めるなど,本件特定施設の貝割れ大根が疑われていることを前提とする応答がされているものの,これのみによっては,本件特定施設以外の生産する貝割れ大根について,食中毒の原因食材であるとのいわれのない疑いを除くには,不十分である。また,中間報告の公表後,内閣官房長官による記者会見の際,貝割れ大根全般に言及したものでないとして,報道機関に慎重な対応が求められた(〈略〉)が,これによっても,厚生大臣による中間報告の公表を違法とする前記判断は,左右されない。
オ 本件においては,報道後,小売店が店頭から貝割れ大根を撤去する等し,厚生大臣が,国会において,中間報告は本件特定施設が生産した貝割れ大根を対象とするもので,貝割れ大根全般について言及したものでない旨を明らかにし,農林水産省が,小売店団体等に対し,同旨の理由により,冷静な対応を求める通達を出し,厚生大臣が報道関係者の面前において生の貝割れ大根を喫食した(〈略〉)。これらは,本件特定施設以外の生産する貝割れ大根がO−157に汚染された疑いを抱かれていない事実を明らかにすることをも意図したものであることは,内容から明らかで,真摯なものであることは疑わないが,控訴人らに生じたことは,中間報告の公表に当たり,農林水産省も懸念していたとおり,十分予想できたことで,高々程度が予想を超えたのにとどまり,厚生大臣の中間報告の公表の違法性を左右しない。殊に,厚生大臣が報道関係者の面前において貝割れ大根を生で食べるなどという行動は,控訴人らが納得するのであれば,批判の限りでないが,それにより,貝割れ大根のO−157への汚染について厚生大臣自ら招いた疑いを解くことができると期待してのことであれば,国民の知性を低く見過ぎるのではあるまいか。
カ 中間報告の公表に当たり,前記目的のため,報道を通じ,国民に何を伝えるべきかは,厚生大臣が困難な決定を迫られた筈の事柄であったことは疑いない。控訴人らの主張するとおり,端的に,本件特定施設が特定の日に出荷し,学校給食用に納入された貝割れ大根が疑われている事実を明らかにし,これにより,大阪府堺市周辺以外の地の消費者や食品関係者に対しては,5月以来,各地に発生していた食中毒の原因と疑うべき食材から,貝割れ大根を除外しても良いと判断する根拠となる情報を伝達するのも,1方法であったであろう。また,これにより,本件特定施設にとっても,特定の日に学校給食用に出荷した貝割れ大根のみが原因食材として疑われたにとどまり,それ以外の時期に生産され,一般消費者用に出荷される貝割れ大根は,なんら上記疑いを抱かれていないことを明示することにもなったと思われる。控訴人ら主張の内容の公表がされたとしても,本件特定施設は,厚生大臣が実際にした中間報告の公表により生じた注文の停止等を超える不利益を受けることは想定し難かったというべきである。ちなみに,本件特定施設は,国に対し,損害賠償を求めて提訴し,大阪地裁判決により請求の一部が認容され(〈証拠略〉),中間報告の内容の合理性について,原判決及び当裁判所と判断を異にするところもあるやも知れない。中間報告において検討の対象とされた貝割れ大根と対象とされなかった貝割れ大根を取り扱うことに伴って生じる差異に他ならず,同判決に依拠する控訴人らの主張に対しては,必要な範囲において応答するにとどめた。
キ 控訴人ら主張の被害は,中間報告の公表により生じたと認められ,最終報告の公表により生じたと認めうる部分は見あたらず,最終報告の当否については,判断の限りでないが,最終報告において,本件特定施設の出荷した貝割れ大根が汚染された裏付けは見あたらず,汚染の疑いを招いた貝割れ大根が本件特定施設が出荷した総量の5%以下にとどまり,学校給食以外に出荷された95%超のものについて,食中毒の原因食材の疑いを抱かれたものがないことは,考慮の対象とした。
4 争点(3)(損害額)について
(1) 控訴人ら主張の損害について1
ア 控訴人らは,中間報告の公表後,貝割れ大根について,返品,注文の取消しを受ける等して被った積極的損害及び販売量が極端に落ち込んだことによる逸失利益,信用毀損による損害の一部を請求する。
イ 控訴人業者らは,前記のとおり,公表後,小売店による貝割れ大根の店頭からの撤去,注文の取消し等に起因し,色々な損害を被ったことは推測に難くない。しかしながら,中間報告の内容自体は,前記のとおり,本件集団下痢症の原因について科学的厳密さに基づき,曖昧に表現し,その報道も,上記理由による曖昧さをも含めて正確であり,厚生大臣の違法は,中間報告について,内容を誤って公表したのではなく,正確に公表したものの,国民に伝達すべき情報を的確に明示しなかったために,逆に,貝割れ大根についての理由のない汚染の疑いを国民に広めた点にある。控訴人らが主張する損害は,上記理由により曖昧さも含めてされた報道に接した小売店が採った行動により生じたのであり,報道機関に責任はないものの,報道されたことにより,結果的には,予想外に拡大したと認められる。
ウ 我が国においては,かつて,いわゆる石油危機の昭和40年代末期,トイレットペーパーを巡る一種の社会不安(パニック)状態が生じた。根拠のない情報に起因し,消費者が通常備える量を超えて購入する動きが広がって上記商品が品薄となり,このことが更に消費者の購入意欲を強め,品薄状態がいっそう進んだ。消費者は,製造者等が不当な利益を得るため,当該商品を売り惜しみ,隠匿したと主張して追及する動きすら見せた。(以上は,公知の事実である。)上記商品は,安価で,容量が大きく,隠匿して利益を得るにはおよそ不適当で,大幅な価格上昇を期待しうるものでないことは容易に理解しうる。また,上記商品は,代価と容量との関係もあり,保管費用を極力避け,需要予測を基礎に,流通の過程をも保管に利用することも,初歩的経済知識に属する。それにもかかわらず,我が国において,本件と遠くない時代に,上記商品を巡り,およそ不合理で,理由のない社会不安が生じ,沈静化するまでに期間を要した。この例は,消費者の行動が,時に想像を超えて異常に走ることを教え,本件において,上記理由により曖昧さを残す中間報告の報道に接した小売店の極端な行動も1例と見られる。加えて,貝割れ大根が,嗜好に左右され,日常の食生活にとって不可欠のものとはいい難いこともあって,消費者が汚染とはかかわりのないものまで買い控えることも予想された。
エ このような事情の下においては,控訴人らの主張する損害が,すべて,被控訴人の注意義務違反によるものと認めることはできず,他に,これを確定するに足りる証拠も見あたらず,貝割れ大根の売上減少等を理由とする控訴人ら主張の損害は,これを認めることができない。
(2) 控訴人ら主張の損害について2
ア 控訴人らの取り扱う貝割れ大根が,O−157による汚染とはかかわりがないにもかかわらず,明示的に除外することもないまま中間報告が公表され,商品としての評価,信用が毀損され,これにより,控訴人らが損害を被ったと認められる。
イ 控訴人らの扱う商品の評価,信用の毀損による損害は,控訴人らが貝割れ大根を生産する等して得られる利益を償うべきものではなく,控訴人らの扱う貝割れ大根が,厚生大臣による中間報告の違法な公表方法により,市場における商品としての評価,信用を毀損されたことによる損害であり,本判決により厚生大臣の公表に違法があると判断されることにより,大部分は回復される性質のものと認められ,更にこれを補うため,控訴人それぞれについて,100万円(100万円以下の請求をする控訴人については,請求額)をもって相当と認める(控訴人協会は,貝割れ大根を生産し,販売して利益を得ている者ではなく,生産等をする業者全体のために,貝割れ大根の普及,啓蒙活動等に従事する者で,控訴人業者らと異なるところもあるが,貝割れ大根の生産,販売について利害関係を有することは明らかで,同様に被害を被ったと認められ,同額を認容する。)。
5 争点(4)(損失補償の可否)について
控訴人らが当審において追加的に併合して審理することを求める損失補償請求については,被控訴人が請求の追加に同意せず,当審において,この請求について審理することはできず(最高裁平成5年7月20日第三小法廷判決・民集47巻7号4627頁),損失補償に係る訴えは,不適法であり,却下を免れない。
6 まとめ
以上のとおり,控訴人らの請求は,取り扱う商品について違法に市場評価及び信用を毀損されたことに基づき,本判決により,市場評価及び信用が回復されることをも考慮し,各100万円(一部の者は,請求額)及び遅延損害金の限度において認容する。中間報告の公表後,貝割れ大根の生産及び販売が受けた苛酷な影響は,前記認定の事実からも,その一端を窺うことができる。控訴人らの貝割れ大根の生産及び販売が,今もなお,当時の販売量を回復しない(控訴人らの主張)ことを考慮すると,控訴人らの怒りの程は察するにあまりあるが,当裁判所は,この判決において判断した以上の解決を見出すことはできない。控訴人らが突きつける怒りは,この訴訟を契機として,被控訴人において,非常時に遭遇してから対処するのではなく,将来の危機に備え,国民の利益をどのように調整し,確保するかについての技能を高める契機とすることによって解消されることを期待すべきものと考える。
第5 結論
よって,原判決を変更し,控訴人らの請求の一部各100万円(同額以下の請求をする者については,請求額)及び平成8年8月7日(厚生大臣による違法行為の日)から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金を認容し,その余を棄却し,当審において追加された損失補償請求に係る訴えを却下することとして,主文のとおり判決する(仮執行宣言は,付さない。)。
(裁判官江見弘武白石研二土谷裕子)
別紙請求額表
金額の単位は,円である。
番号は,原審における原告番号である。
X12の旧商号は,X12′である。
当審における控訴人らの主張
第1 公表の適法性
1 総論
厚生省が調査し,まとめた本件各報告(中間報告(〈証拠略〉)及び最終報告(〈証拠略〉)には,後記2に記載のとおり,誤りがあるうえ,本件調査において用いられた原因食材の特定の方法につき一応の合理性は認めるとしても,本件調査結果には限界があり,大阪地裁判決(大阪地方裁判所平成9年(ワ)第2222号事件平成14年3月15日判決をいう。)が指摘するように,本件調査結果は原因食材を大まかな範囲で絞り込む目的には有用であるものの,これにより,原因食材を特定するまでの正確性,信頼性を有するものとは認められず,貝割れ大根が原因食材というのは未だ疑問を差し挟む余地のある仮説でしかない。(食中毒事例の原因究明における疫学調査においても,厳格な因果関係の立証がされるべきである。)したがって,調査結果の公表にあたっては,上記の事情を踏まえ,本件調査の限界と弱点を含め,国民に正確な知識と情報を伝える公表がされなければならない。適法な公表の方法については,具体的には後記3に記載のとおりであるが,調査結果の公表にあたり,公表内容として貝割れ大根の名称を入れないで行うべきであり,また,貝割れ大根が原因食材の可能性があることを公表する場合でも,それに伴って控訴人らに生じかねない被害を防止するために,事実に忠実な公表をし,反論・弁明の機会を与えるなど最大限可能な措置をとるべきであったのに,被控訴人はこれを怠って本件各公表をしたもので,本件各公表は,違法である。
2 本件調査結果の合理性,限界について
(1) 本件調査についての評価
本件調査は,大阪地裁判決の指摘するとおり,専門家に対し,基礎資料や個別の調査結果等をどの程度開示し,どの程度具体的な説明を行っているか,それらの専門家が本件各報告書の作成にどのように,また,どの程度関与したのかは,証拠上不明であって,単に多数の専門家が関与していることをもって,本件各報告の公表が相当なものであったとはいい切れず(大阪地裁判決〈略〉,被控訴人の主張するように,「被控訴人が意見聴取した専門家に,ほとんど全ての調査結果を資料として提出し,専門家からは,批判的見地から,十分な検討がなされ,その結果が調査にも反映された」ものとはいえない。
第一に,本件調査には,中間報告時点では,何らまともに疫学者が関与しておらず,同報告が疫学の基本すら踏まえないものであることは明らかである(本件調査の陣頭指導をとったとされる厚生省のD専門官は,本件調査のような食中毒の原因食材調査に関与した経験がなく,厚生省の意見聴取の場に参加したE氏も,食中毒の原因食材調査にはこれまで一切関与したことがないというのである。)。また,被控訴人は,中間報告後,最終報告までの間,8月5日,9月13日に専門家を集めた会議を開き,「中間報告の基になるような,調査のデータなども添付されたかなり詳しい資料を提出して説明し」貝割れ大根が本件食中毒症の原因食材である旨の結論を得たとしている(〈略〉)が,その議事録は開示されず,いかなる議論がされたのか不明であるし,会議においては,調査の原資料(データ)ではなく,厚生省が作成した資料(中間報告,最終報告に添付されたような資料)が提示されたにすぎないと考えられ,このような会議での専門家からの意見聴取により,本件各報告の正当性が担保されるとはいえない。
なお,本件調査につき,細菌学,衛生学の専門家であるF氏は(〈証拠略〉),喫食調査により原因食材が判断できず,中南地区及び北東地区中に存在する非発生校に関する本件調査における見解は,細菌学の見地からは到底あり得ない見解であり,DNAパターン分析についても細菌に対するPFGE法による分析の限界について本件調査では十分な理解がなく,この分析により明らかとなった事実の分析方法は恣意的であるとして,細菌学,衛生学の見地からは,本件調査には極めて不合理な点が多数存在し,この事実を踏まえれば医学的には,本件O−157集団感染症の原因食材は判断できないといわざるを得ないとしており(〈証拠略〉),専門家による会議において異論が出なかったとしても,本件調査結果に合理性があるということはできない。
(2) 原因食喫食日,原因献立及び原因食材の特定について
ア 原因食喫食日の特定について
以下のとおり,本件調査によっては,原因食喫食日を特定することはできず,大まかに絞り込むことができるにすぎない。
[1] 入院者の欠食調査について
入院者の欠食調査に基づき原因食材の喫食日を推論することの信頼性については,入院者の調査には,少なく見積もっても497名はいた入院者のうち99名が調査漏れ(調査されたのは398名)で,これらの調査漏れの児童の中には,早期に発症して入院治療を受け,早期に退院した者が多数含まれている可能性が高いという欠陥があり,早期発症という一定の傾向を帯びた集団が調査対象から抜けて落ちている可能性は否定できず,99名を調査していれば違った結果となったことも考えられるから,一定の限界があるものといわざるを得ない。
道野証言によれば,調査漏れとなった99名の児童は,調査時点で既に退院していたか,重篤な症状を呈していたために調査出来なかった者であり,入院者に対する調査が行われたのが7月17日〜19日で,被控訴人が原因食喫食日とする7月8日,9日から実に9日以上経て行われたものであることから,これら99名のなかには,早期に発症したために早期に治療が終了し退院した者の比率が高かったと推認できる(なお,入院者調査の実施日からすれば,「調査された」児童の中には,多数の「二次感染者」が含まれている可能性が極めて高い。)。
調査漏れについては,最終報告書が,校外学習参加者にも入院患者があることから校外学習が実施された日は原因食材から除外し,入院者全員が出席した日は中・南地区が7月9日,北・東地区が7月8日であること,及びそれらの日は有症者の多くが出席していることから喫食日を特定し,統計上の処理に基づく推論をしていないことに注目すべきである。この論法によれば,99名の調査漏れ児童のなかに,7月8日,9日の給食を欠食した者が数人出れば,結論が全く異なりうる。[2] 有症者の欠食(出席簿)調査について
有症者の欠食調査については,被控訴人主張の統計学的手法に基づき検討しても,「有意」と判断されるのは,中南地区の7月9日のみであり,北東地区の7月8日の欠食者数は,「有意」とは判断されず,また入院者調査においても7月8日,9日の欠食数は何ら有意とはいえない。大阪地裁判決が指摘するように,仮に検定結果が全体の傾向を把握する上ではなお有用であると評価しうるとしても,北・東地区の検定結果については,統計学的にはそれほど意味のあるものとは解されず,被控訴人主張の統計学的手法の合理性そのもの(校外学習を理由とする欠食者をデータから除いて処理する点)や,基礎資料の正確性(実際に出席しているのに誤記等の理由により出席簿上は欠席となっている者が少なからず存在していると考えられる)についても疑義がある。
なお,北・東地区の欠食者の統計学的な検定の結果,7月8日の欠食者数が「有意でない」とされていることについての〈証拠略〉は,疫学手法の依拠することなく,漠然とした感覚,世間常識に基づくものにすぎず,およそ信頼できるものではない。
また,被控訴人は,北・東地区の校外学習実施日を欠食状況調査の集計から除外している点につき,校外学習により欠食者数が異常に多くなることを問題とするが,健康者の欠食者数と,有症者・入院者の欠食者数との比をとれば問題とならず,上記理由から校外学習日を除外するのは失当である。
本件調査においては,7月10日を北・東地区の校外学習実施日であったことから喫食日から除外しているが(最終報告書10頁は,これらの日の給食が原因である可能性は低いと表現する),最終報告書・添付資料「堺市学童集団下痢症の原因究明について」(添付資料10頁)と,同添付資料「入院患者欠食状況」(同17頁)との対比及び7月10日校外学習を実施したのは,1校の1学年のみであることからすると,必ずしも校外学習と欠食とは対応しておらず,7月10日の4名の欠食は,いずれも校外学習とは無関係の理由で欠食していることが明らかで,校外学習実施を理由に当該日を喫食日から除外することは理由がない。
[3] 学校行事による欠食調査について
7月1日から5日までは,学校行事により欠食した者の中に入院者がおり,7月8日から10日が原因食喫食日である可能性があるが,入院者の絶対数が少なく,早期の退院者が調査対象から漏れていること,2次感染の可能性を考慮にいれると,それのみでは,7月5日までの給食が原因食である可能性を完全には否定できない。
イ 原因献立及び原因食材の特定について
[1] 牛乳の除外について
発生校と非発生校の分布と納入元の分布が合致しないこと及び殺菌記録により殺菌されていたことが確認されていることをもって,牛乳が発症の原因食ではないとするのは,合理性を欠いている。
原乳の段階でO−157に汚染されることがあるのは常識であり,汚染された原乳が学校給食に直接納入した2業者の両方に仕入れられていた場合,納入校と多発発症校との分布が一致しないことはあり得るが,本件においては,汚染された原乳が2業者に仕入れられたか,2業者の原料仕入状況,生産工程(一度に製造する量),流通過程(小学校に配送する牛乳の区分)等は全く調査されておらず不明で,2業者の牛乳に同事期にO−157が混入する可能性を完全に否定することまでは出来ない。
さらに,各小学区により発生・非発生のまばらがあること,低温殺菌では菌が完全に死滅するわけではなく,牛乳は菌の良好な発育培地であることなどからみれば,各学校において納入された牛乳の保管のされ方によってはまばらに菌が増殖していくことも大いにあり得るが,保管状況の調査も,まったく行われていない。本件各報告では,牛乳は殺菌工程を経ていることから「製品中で菌が生存する可能性は少ない」とされているが,飽くまで殺菌が実際にされていることを前提としており,被控訴人は,牛乳について殺菌記録を確認したのみで,簡単に行える保存乳の検体調査すらしておらず,牛乳を除外することに合理性はない。
[2] 他の非加熱食材の除外について
7月8日(北東)の「とり肉とレタスの甘酢あえ」,7月9日(中南)の「冷やしうどん」に用いられた他の非加熱食材である「レタス」,「焼きかまぼこ」,「きゅうり」につき,レタスと焼きかまぼこが異なる業者が生産したものであることは確認されたが,大阪地裁判決が指摘するとおり,レタスときゅうりが同一業者の出荷したものであるか,あるいは流通過程で原因菌に接触する機会があったかは全く不明で,レタスときゅうりが原因食材である可能性についても完全に否定する資料が存するわけではなく,異なる原因によって同時多発的に本件のような食中毒事故が発生する可能性を否定する根拠は全くない。
[3] 喫食調査の個票の空欄の扱いについて
喫食調査の個票で,空欄になっているものは,学童の記憶が不明と解すべきであり,空欄をすべて喫食しているとして集計した喫食調査は必ずしも実体を正確に反映しておらず,中南で約20%,北東で約17%の空欄があることは,調査結果の結論に影響を及ぼした可能性がある。
控訴人は,この点について一部「×」印と「○」印が付され,その余が空欄である場合について,学童に対しては好き嫌いなく食べることが指導されている以上,記憶の不鮮明な部分についても喫食として扱っても問題ない,空欄は喫食しているという返答(〈証拠略〉)を得た上で集計を行っているなどと主張するが,調査個票においては,「食べた」,「食べない」,「不明」の3つの分類で調査が行われており,空欄には「○」も「×」もない以上,不明とすべきで,かつ,空欄の割合が20%近くあるという数字は決して無視できない。〈証拠略〉の回答は資料の後付けであり,信用性がない。なお,強制にわたらない範囲で好き嫌いなく食べることが指導されていることと,実際に食べたか否かは全く別であり,また,本件喫食調査が行われたのは,調査対象となった7月1日〜10日の給食からは12日〜28日も経た後の7月22日〜27日の間で,好き嫌いなく食べることが指導されているなか,以前の給食の喫食の有無について記憶しているとすれば,それは「牛乳は嫌いだから(アレルギーを起こすから等々)飲まない」といった要因がある児童に限られることになり,本件喫食調査は,一定の傾向(牛乳は飲まないなど)をもっている児童の調査としてしか意味を持たないことになる。
[4] 冷やしうどんを欠食した入院者が4名いることについて
原因食と名指しされる給食を欠食したのに発症した,という疫学判断では重い事実を,十分な論拠をなしに無視したり軽視したりすることは,科学的でない。被控訴人は,4名の欠食者がいたとしても,全体的傾向には変化がないと主張するが,大阪地裁判決も指摘するとおり,入院者の各献立の欠食者数は,一桁にとどまるものも多く,4名という数字は無視できるものではない。
この点に関連して,被控訴人は,1992年12月にワシントン州で発生したハンバーガーによる集団感染事例や1982年のオレゴン州及びミシガン州の集団発生事例について,「検査されたものよりも早い製造日のパティが汚染されていた可能性や,製造日の遅いパティが通常より早く出荷された可能性が指摘されているが,これらの可能性についての立証が必要であるとはされていない」,「原因とされた特製ハンバーガーを食べていない」者の発症の原因の立証が必要だとはされていない,と主張するが,これらの事例は,分析疫学により統計的に原因食材が検証されている事例であるが,本件では,分析疫学に基づく方法によって原因食材が検証されておらず,本件をこれらアメリカの事案と同一に論じることはできない。
[5] 7月9日,10日の複数日曝露説について
本件の調査結果においては,中・南地区の発症につき,7月9日としながら,ときに10日も汚染されていたのではないかとして,何らの根拠も示さないまま原因を推測し,欠食入院者4名の存在に関連して,中南地区の7月10日の給食(とり肉とレタスの甘酢あえ)に供された貝割れがO−157に汚染されていたとすれば,これら4名は7月10日の給食で発症したと考えられ,7月9日の冷やしうどんを欠食したとしても,貝割れ原因説は維持されるとしている。
この複数日曝露説に関しては,7月10日の給食からは,菌が出ておらず,発症者の分布状況を示すグラフは7月9日の一峰性で、喫食調査によるカイ2乗検定結果(〈証拠略〉)をみても,入院者についてみると,7月10日は「有意」という結果は出ておらず,大阪地裁判決の指摘するとおり,7月10日のとり肉とレタスの甘酢あえの中に入っていた貝割れが汚染されていたことを裏付ける客観的な証拠は何もなく,複数日曝露説がこのような一峰性のグラフの形状を説明できるのかも不明である。
[6] 喫食調査の結果の検討について
カイ2乗検定によれば,中南の7月9日の冷やしうどん,北東の8日のとり肉とレタスの甘酢あえには統計的な関連があるといえるが,カイ2乗検定によって有意差が認められ,ある食品の喫食と発症との間に関連があるからといって、直ちに因果関係があるとはいえず,上記献立以外にも関連があるといえる献立は数多くあること,入院者についてのカイ2乗検定の結果は,有症者のそれと全く異なっていること,学校給食では各献立の喫食率にあまり差がでないのが通例で,学校給食に起因する食中毒の場合,喫食率をもとに統計的に発症との関連性を検定するのはもともと無理があることから,冷やしうどん,とり肉とレタスの甘酢あえの喫食と本件集団下痢症との間に因果関係があることが立証されたといえないのはもとより,統計的な関連性のあることすら立証されたとはいえず,上記各献立が原因献立であるということと矛盾しない結果が出たというにとどまり,喫食日推定の結果,中・南地区において同月9日,北・東地区において同月8日が原因食喫食日である可能性が高いことを併せ考えても,中南で7月9日の「牛乳」「冷やしうどん」,北東で7月8日の「牛乳」「とり肉とレタスの甘酢和え」の疑いが高いと考えられるのが限度である。
個々の調査データの分析,推論,評価には,原因食喫食日を7月8日(北・東地区),9日(中・南地区)とし,原因献立をとり肉とレタスの甘酢あえ(北・東),冷やしうどん(中・南),原因食材を貝割れ大根とする本件各報告の結論を支持するもの,否定するものの双方があり,大阪地裁判決の指摘するように(136〜137頁),本件各報告のもとになった調査結果からは,本件集団下痢症の原因食材は,他の食材と比較すれば本件特定施設が出荷した貝割れ大根である可能性が高いとはいえるが,それにとどまり,結局,原因食材を確定することはできなかったというべきである。
(3) 貝割れ大根が原因であることを基礎づける他の事実
ア 羽曳野市の老人ホームの事例
大阪地裁判決の指摘するとおり,平成8年7月から8月にかけて,大阪府,奈良県,和歌山県,京都府,大阪府,兵庫県,三重県などで,上記DNAパターンと同一のものが多数発見されており,当時,同種のO−157菌が広く蔓延していたとすれば,患者同士のO−157菌のDNAパターンが一致したからといって,必ずしもその発生原因が同一食材とはいえない。喫食日が特定され,そのなかでの特定の献立が原因食と特定され,それと相まってDNAパターンの一致または類似が存在するとなってこそ,意味があるところ,大阪地裁判決の指摘するとおり,喫食調査を実施し,統計学的解析を行ったが,喫食日や特定の献立を原因食と特定することはできなかったし,食事の検査及び流通経路調査において確認した関係食材等の調査において,O−157は検出されず(122頁),本件特定施設の出荷した貝割れ大根が原因となっている可能性があるといえるが,それにとどまり,それ以上の関連性を認めることはできない以上,DNAパターンが一致していることは意味を持たない。この事例における発症のピークは7月15日と18日であり,発症者の分布状況を示すグラフが2峰性の形状を示しており,大阪府O−157対策本部の報告書(〈証拠略〉)によれば,統計的解析を行い(7月)5日と9日の昼食が疑われたが,特定できず,発生曲線は二峰性で正規分布を示さないため,曝露日を推定できず,その他の調査結果とあわせて「感染源や取扱の問題点を特定できなかったと結論しており,調理人保菌者が原因であったとする可能性は依然として残り,貝割れ大根の可能性があるとはいえるが,それにとどまり,それ以上の関連性を認めることはできないというべきである。
イ 京都府の事業所の事例について
京都府の事業所の事例に関しても,被控訴人はDNAパターンの一致又は類似という点を大きな理由にあげて,本件特定施設の貝割れ大根が原因食であることの根拠としているが,その問題点は,(イ)に指摘したとおりであり,京都の報告書は,疫学的な検討結果から7月11日と12日の昼食が疑われたとしつつ,O−157陽性の有症者のうち1名は,7月11日と12日の昼の定食を喫食していなかった事実を判断の有力資料として,原因食材が昼の定食以外の他の食材又は器具や容器の汚染の可能性も否定できないとし,さらに,疑われた11日と12日の昼定食には,「貝割れ大根マヨネーズあえ」のほかに,「線キャベツ」「カット人参」「トマト」「パセリ」「かまぼこ」があり,どのメニューが原因食材か特定できず,いずれも2種類の定食があり,どちらに問題があったか判断できず,どの食材に問題があったかについては,まったく言及できないと述べており,貝割れ大根が原因食材であったということはできない。
なお,9日に本件特定施設から出荷された貝割れ大根が京都事業所に届いていたかは,不明である(〈証拠略〉添付書面は,作成者及び作成の趣旨さえ明らかでなく,これによって被控訴人主張の事実を認めることはできない。)
(4) 貝割れ大根が原因食材であることに消極に作用する事実の存在
以下のとおり貝割れ大根が原因食材であることに消極に作用する事実がある。[1] 本件特定施設の施設及びその周辺の水,土壌からO−157が検出されていないこと。
なお,被控訴人は,アメリカでの例をあげて菌の非検出が必ずしも絶対的条件ではないと主張し,本件特定施設での殺菌は不十分であったと主張する。
しかしながら,控訴人らは,菌が発見されていない限り汚染の事実はないと主張しているものではなく,本件では,何度も行われた調査結果でもO−157が検出されなかったこと,本件特定施設における殺菌処理に関する供述,〈証拠略〉等(本件特定施設における生産過程に食品衛生上の問題が発生するような状況ではなかったこと,本件特定施設の生産現場を実際に見たところ,殺菌状況として十分であること。〈証拠略〉),貝割れ大根の生産に使用していた水は有機物に汚染されたような汚い水ではなく,飲用にも適合する程のきれいな水であることは,本件特定施設から出荷された貝割れ大根が本件集団下痢症の原因食材であるとの推定につき,消極的に作用すると主張している。
[2] 検食からO−157が検出されていないこと。
被控訴人は,検食からO−157が検出されていないことを余り重視すべきでないなどと主張するが,そもそも,検食から菌が検出されなかったのは,調査開始の遅れや,給食の保存期間の短さなどに起因するのに,それを自らに都合良く解釈しているに過ぎない。
[3] 本件特定施設が出荷した他の貝割れ大根からは,集団下痢症が発生しているとは言えないこと。
被控訴人は,アメリカの例を引合いに出し,大阪府及びその周辺におけるO−157感染症の規模は小さくないと主張している。
しかしながら,大阪地裁判決が指摘しているのは,本件特定施設が7月1日から同月15日までに出荷した貝割れ大根の総量が24.6トンになるのに対し,本件の学校給食で使用された量は120kgであり,残りの24.5トンが学校給食以外に供給されているにもかかわらず,その発生数が余りにも少ないことを問題としており,被控訴人の批判は,全くの的外れである。
なお,仮に本件原因食材が本件特定施設が生産した貝割れであったとしても,大量に市中に流通した貝割れによって中南,北東地区の小学校におけるような大規模な感染が発生しなかった事実は,本件食中毒症の最大の問題が学校給食における衛生管理であったことを浮き彫りにしている。ところが,中間報告,最終報告は,いずれも「犯人探し」に腐心しているのである。このような点からも,中間,最終両報告は「異常」であると言わざるを得ない。
被控訴人は,本件調査の過程で,大阪府下のO−157感染症の原因食材を特定する調査を行うことは可能で,また食品衛生の観点からは行うべきでもあったが,被控訴人はこうした調査を全く行っていないのであって,「感染規模が小さくない」などと主張するのは本末転倒である。
[4] 北・東地区における集団下痢症の発生がまばらになっていること。[5] 中・南地区において,G小学校のみ非発生校となっていること。[6] 同一調理場で調理したにもかかわらず,H小学校が発生校となり,I学校が非発生校となっていること。
3 公表にあたり適法といえる公表内容及び公表方法の限度
(1) 貝割れ大根を名指ししない公表内容(主位的な主張)
ア 本件調査結果の限界との関係
食中毒の場合,食材を取り扱った業者名が公表されればその業者が営業上甚大な打撃を受けるのと同様に,食材名が公表されればその食材を扱う業者全体が大きな打撃を受け,本件公表のように業者名が隠され,食材名だけが唯一名指しされれば,その食材を扱う一般の業者全体に一層の被害が及ぶことは必然である。本件公表により,関係者に被害が生じることが明らかで,前記のとおり,本件調査結果でも,本件特定施設の貝割れが原因食材というのは未だ疑問を差し挟む余地のある仮説にとどまるから,本件公表は,公表内容に貝割れの名を入れないで行われるべきであった。
被控訴人が,本件公表にあたって,本件特定施設の固有名詞を公表することを避けてきたのは,被控訴人自身も本件特定施設の貝割れが原因食材というには未だ調査不足であったことを自認していたからにほかならなず,公表内容として業者名を伏せた以上,一層,貝割れ大根という食材名を伏せることが必要であった。
イ 公表目的との関係
本件公表には,防止対策や防止目的に沿う記載がなく,後日本件特定施設及び一般の貝割れの出荷を問題ないと発表している,防止目的であれば(菌が常在しない)貝割れを殊更指摘する必要はない,などの理由により,本件公表には拡大・再発防止の目的は認められないが(大阪地裁判決同旨),本件公表には,情報公開・行政の説明責任の限度で目的が認められるとしても,行政機関として本件の原因究明の努力をしていること,その中である程度の絞り込みができているとの調査過程ないし調査結果を述べれば足り,あえて業者名や食材名を公表する必要性はなく,逆に,公表によって被害が生じてもやむをえないほどの合理的結論が出ていないにもかかわらず,特定人(本件では控訴人らの貝割れ大根業者)に被害が及ぶことが明らかなこと(本件では貝割れ大根の可能性)を公表することは,認められるものではない。
ウ 具体的な公表内容
前記のとおり,本件公表は,貝割れを名指ししたり,名指ししたのと同様の結果が生ずる内容は避けてこそ,はじめて適法だったということができる。
具体的には,調査過程の公表については,給食喫食日の調査過程までは具体的に公表して,以後の食材の絞り込み過程は外形的調査方法・手順などを記述して,結論部分は次のとおりにすべきである。
「以上の調査した事実から,汚染食喫食日としては,中・南地区で7月9日の給食,北・東地区で7月8日の給食といえる可能性がある。また,給食メニューの中から汚染されていた食材を絞っていける可能性もある。それは牛の食材とは限らない。しかし,現段階でこれら給食の食材がいかなる過程で汚染したかについては未だ不明である。なお,本報告は,主管庁として原因究明についての調査経過を明らかにすることだけが目的であるから,何らかの食材についていわれなき疑念を与えることにつながる調査内容は公表できない。」
なお,上記7月8,9日の給食メニューについては,もともと公表されているので,本件公表にあたってわざわざ強調する必要性はない。
(2) 貝割れを名指しする場合の適法な公表方法の限度
ア 公表目的との関係
仮に大阪地裁判決指摘のとおり情報公開・行政の説明責任の目的で貝割れ大根に原因食材の可能性があることを公表してもよいとした場合,次にいかなる公表方法が適法といえるかが検討されなければならない。
また,仮に公表目的について,被控訴人の原審主張や原判決の判断を前提にするとしても,次のとおり,公表方法の適法性が検討されなければならない。[1] 被控訴人の原審主張や原判決の判断によっても,例えば「牛肉以外の食材に対する注意喚起」目的であれ,「衛生管理の徹底」目的であれ,貝割れ大根を名指しすることなく上記の目的に沿った趣旨の文書を記載すればよく,貝割れ大根を名指しする必然性があったわけではない。
[2] 貝割れ大根一般は危険な食材でないし,貝割れ大根一般の危険性を示すことが本件公表の目的でもなかった(中間報告公表の後日,被控訴人は貝割れ大根一般には問題がないことを言明している。)。
[3] しかし,貝割れ大根を名指しすれば,貝割れ大根一般に被害が生ずることは当然に予見できた。
[4] したがって,名指しする必然性もない貝割れ大根を名指しした公表により,控訴人らに被害が生ずることが予見されたから,被害防止のために最大限可能な措置をとるべきであった。
なお,原判決は,本件公表について,「国民の食生活の不安解消」の目的を認定するが(〈略〉),その場合,「ある事実」が国民に安心感を与えることを前提にしている。本件では,行政機関が調査過程や調査結果を公表して「国民の食生活の不安解消」を与えるとしたならば,[1] 行政の原因究明や再発防止に対する真摯な姿勢と努力という「事実」を示して,国民に対して食品行政全体に対する国民の安心感を与える場合,[2] 危険な食品や汚染ルートという「事実」を示して,国民に対して,安全な食品・ルートと危険な食品・ルートとを区別させることで安心感を与える場合の2つの場合が考えられるが,[1]は,大阪地裁判決が認める情報提供・行政の説明責任という目的とほぼ類似し,この場合には貝割れ大根を名指しする必要もなく(名指しを認めても最大限の被害防止義務がある),[2]は,食中毒で原因が究明された場合の汚染食品・ルート等の事実の公表が典型であるが,本件では原因究明が可能性にとどまる。原判決は,[2]の趣旨を述べたと理解され,危険ではないにもかかわらず,貝割れ大根を名指し,国民に対して貝割れ大根以外の食材に安心感を与えることを容認したことになるが,それは,無実の貝割れ一般を犠牲にし,国民を誤解させる結果をもたらすことであって誤りである。
イ 具体的な公表の内容及び方法
被控訴人は,以下のとおり,貝割れ大根の名称を公表するとしても,控訴人らに生じかねない被害を防止するために,最大限可能な措置をとるべきであった。[1] 調査結果という事実に沿った忠実な公表
(i) 事実を隠してはならない
貝割れ大根にはO−157菌が常在しないから,調査結果の公表としては,情報公開目的であれ,拡大・再発防止目的であれ,食材名よりむしろ当該貝割れ大根の生産過程,流通過程などのどこで菌に汚染したかがまずもって重要な要素となる。そのうえ,本件では児童が喫食するまでの間にO−157菌が大増殖した。〈証拠略〉(岡本嘉六論文)でも強調されているように,学校での劣悪な衛生水準による大増殖の事実は本件を公表する上での要である。
しかるに,被控訴人は,本件公表にあたり,当該貝割れ大根の生産地,生産業者,流通ルート,流通業者などが調査により判明していたにもかかわらず,生産地を大阪府とし,生産業者をイニシャル表示とした以外は,具体的な事実を隠し,菌の大増殖の過程については一言もない。
ところで,〈証拠略〉は,被控訴人の調査結果として,当該貝割れが汚染されたとすれば生産過程であり(大阪府羽曳野市の本件特定施設の生産過程である),その生産過程の中でも水か土が汚染源であると認識していたことを証言しており〈証拠略〉,情報公開目的であれ,拡大・再発防止目的であれ,貝割れを名指しする以上,上記証言の内容を含めて公表すべきであったのに,被控訴人はこのような調査結果を一切明らかにしようとしなかった。
(ii)汚染の可能性を減殺する事実の忠実な指摘
貝割れ大根の汚染可能性を肯定的に判断するにあたっては,これらの判断を導くのに消極に作用する事実に対して正当な考慮を払う必要があるが,本件公表は,大阪地裁判決が指摘するとおり,正当な考慮を払っているとはいい難いものであった(〈略〉)。
[2] 公表手続に関連した被害発生の防止義務
(i) 反論・弁明の機会とその公表
控訴人らは,本件公表で貝割れ大根が名指しされれば,否応なしに被害を受ける立場にあり,被控訴人自身も,控訴人らが扱う貝割れ大根に危険がないことを認識していたから,大阪地裁判決の指摘するように,本件公表による被害を受ける者の反論・弁明の機会が保障されるべきであった(〈略〉)。
反論・弁明の機会を与えるうえでは,控訴人らに,とりわけ国内の生産業者の大半が加入していた国内唯一の業界団体であり,当時の農林省もマスコミも熟知していた控訴人日本かいわれ協会に,本件公表前に控訴人らに,とりわけ反論・弁明の機会を与え,かつその反論・弁明の趣旨を公表文書に記載すべきであったのに,被控訴人は,こうしたことを全く行おうとしなかった。
(ii)大臣記者会見の回避
大阪地裁判決の指摘するとおり,被控訴人には,第三者の名誉や信用を害さないようにする注意義務がある(〈略〉)。
本件公表は,情報公開目的であれば,行政が原因究明に努めている姿勢を,再発・拡大防止目的であれば,牛肉以外の食材に対する注意等の衛生管理の徹底を,それぞれ知らせるという,抽象的,一般的,理念的な性質のもので,具体的な事実に注目させて目的を達成しようというものではなく,大臣記者会見という方法をとる必要性はない。逆に,大臣記者会見は社会的影響が大きく,表現の一部がクローズアップされやすく,報告書に記載された具体的な事柄ほどニュース化されるから,貝割れ大根を名指ししながら第三者の名誉や信用を害することのないようにする注意義務を果たすのは,大臣記者会見という方法では極めて困難であった。しかし,被控訴人は,上記注意義務を一切果たさず,大臣記者会見により貝割れ大根が原因食材であることを印象づけた。
(iii)貝割れの印象づけの防止
貝割れ大根一般には本件食中毒に対して何の責任もなく,被控訴人は,公表にあたり,貝割れ大根一般に対する公表による影響が極力少なくなるような配慮をすべきで,貝割れ大根を名指しするとしても,貝割れ大根という食材一般は何の関わりもないことを強調し,貝割れ大根一般が何らかの関わりがあるとの印象を与える余地があれば,徹底して取り除く必要がある。
大阪地裁判決の指摘するとおり,大臣記者会見という方法には問題があり,また,中間報告記者会見での菅厚生大臣によるDNA鑑定発言や最終報告記者会見での疫学者による「95%」発言など,本件各報告と記者会見による公表には,貝割れ大根が原因食材であることを強く印象づける不相当なところがあった(152頁)し,本件報告(とりわけ中間報告)はその結論部分で,貝割れ大根だけを取り上げて記述し,貝割れ大根一般をわざわざ印象づけ,著しく不相当であった。原判決の事実認定とは異なり,本件公表内容は調査結果の一部を脚色したもので,菅厚生大臣は記者会見で貝割れ大根一般に配慮した発言はしておらず,現に被害防止の効果もなかった被控訴人の行為を配慮と評価するのは,著しく誤っている。
(iv)中間報告における貝割れの不公表
本件公表は,前記のとおり,情報公開目的であれ,再発・拡大防止目的であれ,具体的な事実に注目させて目的を達成するものではなく,極めて抽象的,一般的,理念的な性質のもので,大阪地裁判決の指摘するように,本件中間報告のような過渡的情報については,公表する緊急性が必要であるが(〈略〉),中間報告においては,被控訴人自身貝割れ大根一般は危険でないとしており,貝割れ大根を名指しする必要はなく,被控訴人が中間報告において貝割れ大根を名指ししたことは、本項の予備的主張にたっても,誤りというべきである。
[3] 適正な公表方法について(小括)
以上より,中間報告においては,前項の公表内容(貝割れ大根を名指ししない方法,3(1)にとどめるべきであった。
最終報告の結論部分については,次のとおりとすべきであった。
(汚染ルートが明らかではない場合)
「以上の調査した事実から,汚染食喫食日としては,中・南地区で7月9日,北・東地区で7月8日といえる可能性がある。また,給食メニューの中から汚染されていた可能性がある食材の一つとして貝割れ大根がある。しかし,これを否定する方向の調査結果も生じていて到底断定するに至っているものではない。ところで,本件の調査によっても一般の貝割れ大根が危険だということでは全くない。本件で例え貝割れが汚染されていたとしても,貝割れ大根には菌が常在しないから,それは別の汚染源から汚染されたのであり,汚染されたのが偶々後記本件特定施設の貝割れであったという,本件に特有のものである。
それでは,仮に本件で貝割れ大根が汚染されていたとして,どこから貝割れ大根に汚染したのかといえば,生産過程と流通過程は判明している。生産地域は大阪府羽曳野市であり,生産業者は本件特定施設である。流通ルートは○○であり,流通業者は○○である。しかし,いずれからも菌は発見されておらず,現在までの調査では不明である。
なお,本報告は,主管庁として原因究明についての調査経過を明らかにすることだけが目的で,本件特定施設の貝割れ大根に汚染の可能性があることを強調することが目的でないし,まして貝割れ大根一般について何らかの疑念を与えようというものではなく,今後も他の食材と変わることなく取り扱うことができるので,報道にあたってはくれぐれも誤解を生じさせないように強く要請するものである。特に,こうした目的による報告であるから,そもそも食材名や生産地域名など,広く宣伝されればいわれなき被害を与えかねない情報を,テレビ,新聞などで大きく報道することが望ましいこととは断じて考えていない(その観点から,本報告の公表は日常の事務レベルの記者発表とした)。」
(〈証拠略〉をふまえ,汚染ルートが明らかな場合)
「以上の調査した事実から,汚染食喫食日としては,中・南地区で7月9日,北・東地区で7月8日といえる可能性がある。また,給食メニューの中から汚染されていた可能性がある食材の一つとして貝割れ大根がある。しかし,これを否定する方向の調査結果も生じていて到底断定するに至っているものではない。ところで,本件の調査によっても一般の貝割れ大根が危険だということでは全くない。本件で例え貝割れ大根が汚染されていたとしても,貝割れ大根には菌が常在しないから,それは別の汚染源から汚染されたのであり,汚染されたのが偶々後記本件特定施設の貝割れ大根であったという,本件に特有のものである。
次に,貝割れ大根が汚染されたと考えた場合の汚染ルートであるが,本件では流通過程から汚染されていないことが判明しているので,汚染されたとすれば生産過程での汚染,具体的には生産地域の土か水ということになる(但し,調査時点では汚染されていなかった)。その生産地域は大阪府羽曳野市であり,生産業者は本件特定施設である。
なお,本報告は,主管庁として原因究明についての調査経過を明らかにしているが,貝割れ大根一般について何らかの疑念を与えようというものではないし,今後も他の食材と変わることなく取り扱うことができるので,報道にあたってはくれぐれも誤解を生じさせないように強く要請するものである。特に,本件特定施設の貝割れ大根の汚染の有無は可能性にとどまるのであるから,そもそも食材名や生産地域名を,テレビ,新聞などで大きく報道することが望ましいこととは断じて考えていない(その観点から,本報告の公表は日常の事務レベルの記者発表とした)。」
(3) 被控訴人の主張に対する反論等
ア 中間報告の目的についての被控訴人の認識と違法性
被控訴人は,拡大・再発防止目的からの食材名公表の必要性を主張する中で,[1]「食材名が明らかにされれば原因食材に注意して予防対策をたてることは十分可能である」,[2]「原因食材を特定することは,その食材に対する注意を促し,調理に留意する等の対策につながる」,さらに中間報告以後の農林水産省や大阪府の貝割れ大根一般に対する施策を指摘した上で「このような調査や指導は,貝割れ大根という特定の食材の公表を抜きにしては行い得ない」,と述べ,国民の不安解消の目的からの食材名公表の必要性を主張する中で,[3]「貝割れ大根を明示しないで公表することは,……国民の食料品に対する不安を解消することにもならない」と述べている。
上記[1]及び[2]の「原因食材」が,本件特定施設の貝割れ大根でなく,貝割れ大根一般を指していることは明らかで,貝割れ大根一般を対象にして,衛生管理や調理法などを徹底することにより,貝割れ大根一般から感染することを予防する目的だったと述べているのである。
上記の[3]も,食料品に対する不安の解消を述べているのであるから,本件特定施設の貝割れ大根でなく,貝割れ大根一般と他の食料品を区別し,貝割れ大根一般は安全性に注意が必要であるのに対して,他の食料品は安全であることを伝える目的があったということである。
以上のとおり,被控訴人は,中間報告の目的について,貝割れ大根一般の安全性に警鐘し,貝割れ大根一般に安全上の問題があるから対策が必要だとし,また,貝割れ大根一般に比べて他の食料品は安全であることを知らせることにあったと認めている。
被控訴人は,公表目的との関係で,[4]「業者名を出さなくても,公表目的を達成できる」と述べ,控訴人らが本件特定施設の当該貝割れ大根の生産地,生産業者,流通ルート,流通業者などを記載しなかったことの違法を主張したのに対して,[5]「具体的な生産業者・流通ルートなどについては,明らかにしたところで,再発・拡大防止,国民の不安解消という公表目的の上では,貝割れ大根という食材名を特定する以上の実益を持たない」と述べており,また,中間報告の文書上での貝割れ大根一般に対する配慮の表現について、[6]「慎重な表現をした」,「中間報告の結論部分には,そのような(貝割れ大根一般でないことを示すような)限定はないものの,同じページに推論の過程が示されており」と述べるにとどまり,積極的な配慮をしたとの主張はなく,[7]最終報告(〈証拠略〉)で「現在,農林水産省において,貝割れ大根の生産施設について衛生管理の徹底が指導されていることから,貝割れ大根の安全性は十分確保されている」と主張する。
上記の[4]及び[5]は,本件の生産地域や流通過程での感染ルートからの拡大・再発防止よりも,貝割れ大根という食材一般からの拡大・再発防止と貝割れ大根という食材一般を指摘することによる国民の食料品に対する不安解消のほうが,被控訴人にとっては絶対的優先事項だということを積極的に述べたものである。上記[6]及び[7]からは,被控訴人は,中間報告段階で貝割れ大根一般の安全性を文書で表現することを意識的に避け,「生産施設について衛生管理の徹底」がなされた以降の最終報告で,ようやくその安全性について触れることにしたということで,被控訴人は,貝割れ大根一般の安全性をいうには衛生管理の徹底や調理上の注意などの防止策が必要との認識にあって,中間報告当時はその防止策がとられていなかったから貝割れ大根一般を安全でなく注意が必要な食材として取扱い,その防止策がとられた後の最終報告において一応安全なものとしたのである。
以上からも,被控訴人が中間報告により貝割れ大根一般を危険視させようとしたことは,極めて明白である。
貝割れ大根一般は控訴人らが原審から主張してきたとおり他の食料品と比べて安全性に問題があるわけではなく,仮に本件特定施設の貝割れが汚染されていたとしても,被控訴人も,貝割れ大根一般の安全性に問題があるわけではないこと自体を争ってきたわけではない(被控訴人は,原審において貝割れ大根の種子の安全性に関する情報を強調することはあったが,本件において種子は汚染されていないうえに,上記情報は本件各報告当時には存在しないもので,かつ科学的に解明されたものではない)。にもかかわらず,被控訴人は,中間報告の公表により,安全な貝割れ大根一般を危険視することを国民に求めたもので,公表行為の違法性は明らかである。貝割れ大根と対比させて他の食材が安全であるということを示そうとしたのであれば,それは罪のない貝割れ大根をいわば生け贄にしたと言われてもやむをえない。それどころか,本件で本件特定施設の貝割れが汚染されていたとすれば,その生産過程や流通過程こそ危険視されるべきで,その汚染が広がる可能性は,貝割れ大根だけでなく,他の食材にも当てはまることであり,被控訴人が例え貝割れ大根以外の食材について安全性を啓蒙しようと考えたとしても,本件調査結果から貝割れ大根以外の食材の安全性が認められたわけでは全くない。被控訴人主張のとおりの目的であるならば,被控訴人は,罪のない貝割れ大根一般に被害を与えただけでなく,国民に対しては,誤った情報で貝割れ大根以外の食材を安全視させようとしたということとなる。
なお,拡大・再発予防目的との関係で,被控訴人は,「世界で最初の水耕野菜によるO−157食中毒である」と主張するが,以下のとおり,問題がある。第1に,水耕野菜という特徴を指摘するのであれば,本件の汚染源が水ということになるが,本件調査によっても水が原因であるとはいえず,そのことは被控訴人も認めており,事実関係において水耕野菜という特徴を指摘する前提が欠けているにもかかわらず,学問的興味で被控訴人主張の視点から本件各公表に至ったのであれば,行政の権限をはるかに超え,違法である。第2に,被控訴人主張のとおり水耕野菜であるとの特徴を公表により指摘したかったならば,本件各報告文書にその旨強調されているはずであるが,そうした事実は全くない。第3に,被控訴人主張は,水耕野菜という特徴を述べることを基礎付けるため,本件各報告より後に出された米国の情報をとりあげ,裏返せば,本件各報告当時は水耕栽培という特徴に格別な要素はなかったことを認めており,本件各報告段階で水耕栽培という理由から貝割れ大根一般を危険視する根拠は全くない。第4に,「世界で最初の水耕野菜によるO−157食中毒である」という主張は,貝割れ大根を原因食材と断定し,そこには,本件特定施設の当該貝割れ大根が原因食材であるかどうかでさえ相対的に可能性が高いというにとどまるとの本件調査結果への配慮は全くない。
なお,被控訴人は,貝割れ大根が原因食材であると断定できたなどと主張したことはない旨の主張をし,本件各報告の公式文書が断定という表現をしているものでないことは事実であるが,本件各報告における当時の被控訴人の認識は,被控訴人が貝割れ大根一般をどの程度危険視し,十分な配慮を行う姿勢があったかどうかを見定める要素ともなりうるところ,上記の被控訴人の主張によれば,被控訴人は,本件各報告(とりわけ中間報告)の公表目的という主観を形成するにあたり,本件特定施設の貝割れ大根はもちろん,貝割れ大根一般を原因食材と断定するに等しい主観的状態にあったという以外ない。
4 中間報告公表後の貝割れ大根一般を安全とする発言について
被控訴人は,貝割れ大根一般は安全であって,中間報告公表に伴って,中間報告公表直後の官房長官発言,翌日の国会での厚生大臣答弁,翌々日の厚生省食品保健課長の通知など,その旨述べてきたとの主張もある。
しかし,上記のうち食品保健課長の通知(〈証拠略〉)は,中間報告から2日後にされたもので,国民一般に向けられたものではなく,中間報告は「貝割れ大根全般に言及したものではない」との表現にとどまり,国民全体に貝割れ大根一般の安全性を積極的に知らせようというものではない。官房長官発言及び厚生大臣答弁は,中間報告の公表行為の中ではなく,その後に,かつ,貝割れ大根問題が焦点とはなっていない別の場面で,口頭で述べたもので,中間報告の公表行為と比べると,社会に対する浸透力が著しく少ない。なお,中間報告公表時の記者会見での厚生大臣発言は,被控訴人も,当該貝割れ大根の生産業者についての混同に関する問答であったと認めており,貝割れ大根一般を安全とした発言ではない。
ちなみに,このように中間報告の公表の影響力とは比べものにならないにしても,中間報告公表の後,貝割れ大根一般を危険視する中間報告公表行為や控訴審での被控訴人主張とは明らかに矛盾するような上記のような行為があったのは,行政内部において,貝割れ大根一般を危検視するかどうかについて完全な一致がないままに中間報告の本流でない亜流ないし少数の意見が出されたか,又は,意識的に中間報告公表場面という本流では貝割れ大根一般を危険視しつつそれ以外の場面で貝割れ大根一般に対する配慮も見せようと使い分けをしたのかいずれかと考える以外ないが,いずれにせよ,被控訴人を免責できる事実ではない。
5 最終報告における貝割れ大根一般の扱い
被控訴人は,最終報告においては,貝割れ大根一般の安全性に十分配慮したと主張しており,確かに,最終報告では,中間報告のそれと異なり,「現在,農林水産省において,貝割れ大根の生産施設について衛生管理の徹底が指導されていることから,貝割れ大根の安全性は十分確保されている」との表現になっている。しかし,上記表現はあくまでも,中間報告以前は貝割れ大根一般に問題があって,中間報告により衛生管理の徹底などがなされたから一応安全だといういわば条件付の安全表現にすぎず,むしろ,同じ最終報告で「今後,当該食材について,農林水産省における生産過程を通じた衛生対策の結果を踏まえつつ,適宜,食品監視を行い,再発の防止を図る」と記載されており,「当該食材」が貝割れ大根一般を指すことはいうまでもなく,貝割れ大根一般を今後も衛生対策と監視の対象とし,それでなければ再発防止にはならないと述べていることからすると,最終報告も,貝割れ大根一般を他の食料品と区別して特別扱いし,ひきつづき危険視したものであることに変わりはない。
なお,最終報告公表時の厚生大臣発言は,最終報告の具体的内容を省略して述べた程度の口頭発言であり,前項で述べた亜流又は使い分けの表現にすぎない。
6 被害の予見可能性について
被控訴人は,「控訴人に生じた不利益は,報道機関により『O−157貝割れ大根原因か』などの報道がなされたことにより,・・・,貝割れ大根一般にO−157による食中毒の危険性があることを前提とする過剰な反応が生じたためである」とし,「このような不利益が発生することは,被控訴人にとって予見できないことであった。」と主張する。
しかし,厚生省はその事実を予見していたし,仮にそうでなくとも十分に予見できたはずであり,予見できなかったとすれば重大な過失がある。
まず,上記のとおり,被控訴人は,少なくとも中間報告の公表により,国民に対して,貝割れ大根一般には衛生上も調理上も注意と防止対策が必要なことと,貝割れ大根一般より他の食料品が安全なことを知らせようとしたもので,中間報告の公表により貝割れ大根一般,即ち控訴人らの営業に影響が生じることは予見していたことは明らかである。
ところが,被控訴人は,調理方法に工夫をすれば予防が可能であるから「貝割れ大根の出荷停止は,予防対策として不可欠ではない」,本件各報告の公表は,「貝割れ大根の販売等の営業を禁止するものではない」と主張する。中間報告は貝割れ大根一般について衛生管理と調理方法の徹底を求めたのであって,売り控え,買い控えを求めていないということのようである。
しかし,被控訴人は,中間報告前の国民状況について,「各種食料品の売上が落ち」,「国民の間には,O−157感染によるパニックともいえる状況が出現していた」と述べており,パニックでなくとも,危険で注意が必要と名指しされた食料品については,注意して売ったり買ったりするのでなく,売ったり買ったりするのはやめようとするのが,通常の国民心理であり,本件はそのうえに,既に多くの食料品の売上が減少していて,買い控えが生じているケースである。
したがって,中間報告の公表により,国民の間に貝割れ大根一般に対する売り控え,買い控えが一気に生ずることは自明である。報道機関がそれをトップ記事として報道し,国民がその食品を拒絶し,市場からその食品は追放される結果となることは火を見るよりも明らかであった。被控訴人が,ダイエーやある大手寿司店を引き合いに出して,あたかも冷静な対応があったかのように言いくるめようとしているが,それは全体から見ればごく一部の例外的事例でしかない。このような状況の中に,単純に「貝割れ大根」という一つの食品名を出せばどのような事態が生じるのかについて,厚生省は「中間発表」以前に,そのことを十分認識していたことは言うまでもない。にもかかわらず,営業禁止まではしていないなどとして予見を否定するのは不合理も甚だしく,仮に予見していなくとも予見しなかったことの過失は重大に過ぎる。
被控訴人は,中間報告の報道について冷静なものだったとしたうえで,「新聞報道の内容を冷静に受け止めれば,……過剰反応は起こり得ないもの」と主張し,控訴人らも,報道内容が中間報告をそのまま冷静に報道したものであるとの点については同じ主張であるが,「冷静に受け止めれば,……過剰反応は起こり得ないもの」との主張は誤りである。冷静であっても,危険視された食料品を買わなくなることは,上記のとおりで,本件では中間報告前から国民の間の不安心理は既に大きく,買い控えが浸透しており,こうした状況を度外視して「冷静に受け止めれば」と主張しても,それは事実の前提を欠く。
さらに,厚生省は「中間報告」の公表の直前,2つの役所からこの事実を指摘されていた。
その第1の役所は農水省で,「感染源がはっきりしないのに,特定の品目を名指しされては,過剰反応で取り返しのつかない事態になる」として「特定の食品名を出すことは反対である」と明白に反対の意向を示し(〈証拠略〉),そのことは厚生省に2度に亘り伝えられ厚生省もそれを聞いたものの結局無視し(〈証拠略〉),翌日「過剰反応で取り返しがつかない事態」が正に発生した。
その第2は役所は大阪府庁で,午後6時頃,J厚生省食品保健課長と公表問題に関して議論していた大阪府環境保健部長Kに「翌日公表」を決定した直後の厚生省生活衛生局長から電話があり(〈証拠略〉),翌日公表を聞いたK部長は「業界への影響も考え慎重にしてほしい。」と婉曲に公表に反対した(〈証拠略〉)。これらの役所の担当者は,いずれも商品名を出せば大変な事態になることを認識して反対していたもので,その認識が当時の状況の中にいた役人としての常識である。したがって,当時の厚生省の役人も同じ認識に立っていたと考えるのが当然で,逆にその認識がなかったとすれば,それは重大な過失であったといわざるを得ないのも当然である。
(最終報告についても,既に述べたとおり,被控訴人は貝割れ大根一般を安全とは述べつつもひきつづき衛生対策と監視の対象として特別扱いしているのであって,中間報告と同質のものである。
以上のとおり,被控訴人は,控訴人らの被害の予見と予見可能性を否定するが,それには何の合理性もなく,むしろ,貝割れ大根一般を危険視したことを認めることにしたことから,実は予見可能性も否定できないところ,主張としては無理をして否定しようとしているとさえ思えるくらいである。)
7 中間報告の違法性の重要性
控訴人らは,「中間報告」こそが最大の違法な行為で,それだけで国家賠償請求の対象になると主張してきた。損害の面から見れば,既に「中間報告」によって引き起こされた「貝割れ大根パニック」によって控訴人らの生業は完全に破壊され,その深刻な影響はさらに「最終報告」,「種子疑惑」,「他所における疑惑」という国家の仕業によって長期間にわたって継続しているからである。本件においては,まず「中間報告」それ自体での違法性を端的に判断すべきで,それだけでは違法性が判断できない場合に初めて「最終報告」の違法性を判断すべきで,「中間報告」とそれに対する激しい批判が出された後の「最終報告」とは時期的にも,内容的にも異なるものを一つに纏めて論じるのは不適切である。
8 公表にあたり第三者の被害を未然に防ぐための配慮について
被控訴人には,本件各報告の公表にあたり,第三者の被害を未然に防ぐための配慮を前提にした記者会見を行う義務が存在するのに,それが全くなかった。[1] 報道,とくにテレビ報道の特徴を踏まえた配慮
当時の厚生省には新聞社の記者が詰めかけ,厚生省の動向を探っており,既に,中間報告の公表以前に「貝割れ大根」犯人説は日本中を駆けめぐり,控訴人協会会長(当時)X7の耳にも伝わっていたし,菅厚生大臣の公表時には既に「本件特定施設」前にマスコミ記者が陣取っていた。役所の公表は既にそれ以前に漏れており,報道機関は公表と同時にテレビ等で報道をはじめ,新聞記者はニュースの予定原稿を書き上げている状況にあった。特にテレビにおいては,既に関連する既存の録画テープから放映するものを選択して準備しており,後は菅厚生大臣のアップを取れば即放映できる状況になっており,既に根から菌を吸い上げる状況さえ作成されていた。菅厚生大臣は,そのような状況のなかで,午前11時過ぎに公表を開始し,全国のテレビ局は12時前後のニュースで「貝割れ大根」原因説を大々的に放送した。この時間帯には,被控訴人の主張する「配慮発言」(〈証拠略〉)も内閣官房長官の発言もされておらず,結局,「貝割れ大根」原因説が何の制約も受けないまま報道された。被控訴人は,テレビの報道に関して,全く配慮をしなかった。夕刊の発行を待たず,全国の各控訴人の店舗・営業所に対して,注文の取消しと返品の要求がなされたのは昼のテレビ放送の直後からであることは,明らかであるが,これを過剰反応というのは全くの誤りで,起こるべくして起こったごく普通の反応であり,まさに普通の反応によって,控訴人らは膨大な損害を被ったのであり,この点を看過してはならない。
[2] 報道機関に対するレクチャーによる配慮
当時は情報公開に関する法律やルールも確立しておらず,官庁・役所も情報を隠すことに専心していた時代であったこともあり,官庁の記者クラブの記者たちは,官庁の言うがままの記者会見を鵜呑みにして,十分咀嚼し批判的に検討することなく,ストレートに公表する危険性があると指摘されてから久しい状況にあったことは否定できない。
したがって,当時の報道のこのような特徴を前提とした記者会見におけるレクチャーが求められたことは当然である。特に,被控訴人自身が「O−157感染によるパニック」と表現するような状況において,その原因とする「食品名」を公表する場合には,公表によって被害を受ける第三者の存在を十分認識したレクチャーが求められるのは当然である。すなわち,このような記者たちに正確に理解を求めるためには,全体像を冒頭にかつ明確に述べる必要があるし,同時に配慮すべき事項も冒頭に付け加える必要があった。この配慮とは,例えば「これから紹介する食品はそれ自体が危険性があるわけではなく,本件特定施設から特定日に給食に出荷されたものだけが汚染されていた可能性があるので,それ以外の第三者である生産者に損害を与えることのないよう,報道の表現・方法に特段の配慮をお願いしたい」旨の報道に関する留意事項の指示であり,厚生省からこのような指示がなされた場合には,記者クラブに属する各報道機関の記者たちは今後も厚生省からのレクチャーを受ける権利を重要視するために,その指示に従うことが通常でありそのような留意事項は必ず守られることは言うまでもない。しかし,現実にはこのような配慮は全く存在しなかったのである。
[3] 「中間報告」以後の「配慮」は「配慮」に値しない
既に述べたとおり,「中間報告」の最中から全国のテレビを見た市場や取引先等から,各控訴人業者に対して直ちに返品の要求と注文の取り消しが相次ぎ,多大に膨大な損害が発生し,それは長期間継続したのである。テレビを通じた全国的な情報のスピードは瞬間的なものであって一旦情報が流れてしまえば,それ以後にいくら「配慮」をしても意味も効果もなく,「中間報告」のなされている正午前後の後になされた「配慮」などというものは,各控訴人業者の営業の破壊に関して何らの影響を与えるはずがなく,到底配慮の名に値しない。
まず,菅厚生大臣の「中間報告」の中での質問に対してなした発言は,既にテレビ報道の後になされていて「配慮」の名に値せず,全く意味がない。
また,梶山官房長官の談話も客観的にテレビ報道に何らの影響を与えていないので「配慮」などということ自体がおこがましい。そもそも,この談話は,内閣官房長官が通常の記者会見の際になされた通常の会話ででただけの話で,主観的にも「配慮」などしたものではない。
さらに,中間報告の翌日の厚生大臣の発言,その後の厚生省食品保健課長の通知などについては「配慮」などという言葉を使うこと自体が許されない。
なお,翌日以降農林水産省が次々と通達を出しているが,これは控訴人協会などが売り上げの激減等に驚き強く再三にわたり救済を要請してなされた「救済策」であり,これを「中間報告」の「配慮」などと間違っても言わないでもらいたい。以上の通り,「中間報告」に関して報道機関に対して被害防止のための「配慮」が,客観的になされた形跡は全くないことが明らかである。
第2 損害について
1 請求について
原審において,(1)控訴人協会は,協会が被った被害の一部である被控訴人による本件中間報告によってもたらされた協会会員である貝割れ大根製造業者に生ずる被害を最小限に止めるために行った活動費等の一部1000万円を積極損害として請求し,(2)控訴人業者らは,いずれも,各業者が被った被害の一部である,[1]本件中間報告の公表により,返品又は注文の取消しを受けたために廃棄せざるを得なかった製品の原価,配送運賃,廃棄のための経費並びに仕掛品の材料費,栽培経費及び廃棄経費の合計(積極損害),[2] 本件各報告により生じた逸失利益の合計(平成8年から平成12年10月以前で既に到来した決算期まで,消極損害)を請求したほか,控訴人らは,(3)弁護士費用として,控訴人ら訴訟代理人らの本件訴訟に関する日本弁護士連合会に基づく報酬額のうち,5%を請求した。
当審において,(1)控訴人協会は積極損害1000万円の請求のみに,(2)控訴人業者らは,別紙請求債権目録の控訴請求金額欄記載の金額に請求を減縮した(弁護士費用相当額については,請求を減縮した)。
2 損害の内容に関する主張の追加
控訴人らは,いずれも本件各報告の公表により,大阪府堺市において発生した集団下痢症の原因食材であるとして貝割れ大根が名指しされたために,自らには全く責任がないにも関わらず,貝割れ大根の製造業者として,また,製造業者の集まりである協会として,その信用を毀損され,損害を被ったもので,控訴人らは,これによる損害を追加的に主張する。
第3 損失補償請求について(控訴審における新たな請求)
1 貝割れ大根を原因食材とする本件中間報告の公表により,貝割れ大根は,それ自体にO−157の菌が繁殖し汚染する可能性が全くない食品であるのに,危険な食品との烙印を押され,公表の日のうちに全国津々浦々のスーパー・市場・飲食店等の販売者・大口消費者から出荷したものの返品,出荷注文の取り消しがされ,その後も注文は少なく,控訴人らをはじめとする貝割れ大根生産業者は,膨大な損害を被り,現在においてもその被害の回復にはほど遠い状況にある。
これらは,公益目的を達するための行為によって損失を受けたものであるから,控訴人らは,憲法29条3項に基づき,損失補償を求める。
2 損失補償の請求は,既に行っている国家賠償法1条に基づく請求と,請求の基礎が同一であり,同請求と,選択的もしくは予備的に請求する。
以上
当審における被控訴人の主張
第1 公表の適法性について
1 はじめに(本件調査結果の合理性,限界について)
控訴人らは,大阪地裁判決(大阪地方裁判所平成9年(ワ)第2222号事件平成14年3月15日判決をいう。)を引用し,貝割れ大根が原因食材というのはいまだ「疑問を差し挟む余地のある」「仮説」にすぎず,「本件調査の限界と弱点を含めて公表しなければならない。」とし,本件調査の限界や弱点としてるる主張するが,これらの点に対する反論は次項以下のとおりで,本件調査の合理性に関して控訴人らが指摘する点は,いずれも理由がなく,本件調査の合理性が認められることは明らかで,控訴人らの主張は,その前提を欠く。
本件調査の合理性の判断に当たり,控訴人らは,疫学調査の本来の目的が食中毒予防の観点からなされるとしても,その行為によって被害のもたらされるものがいるときは,因果関係は厳格に立証されるものでなければならないと主張するが,これについては,原判決が疫学の目的,研究方法等を踏まえ,適切な留意事項を導いている(〈証拠略〉)とおりである。
すなわち,食中毒予防に疫学を用いるのは,原因を解明することによって,適切な公衆衛生的行動を取るためである。疫学的情報が十分であれば,たとえ因果関係を立証できなくても,効果的な行動を取ることは可能であり,原因究明の過渡的段階で得られた情報であっても,当該事故のもたらす健康被害の重篤性や被害の拡大状況・再発の危険性等を考慮しながら,予防的観点からみて国民にとって有用と判断される情報については,これを迅速に提供すべき必要性がある。因果関係について厳格な証明がなされない限り情報提供をしてはならないというのは,多くの国民の生命・健康に直結する情報の重要性を理解しないものであって失当である。なお,控訴人らは,大阪地裁判決を引用し,「専門家に対し,基礎資料や個別の調査結果等をどの程度開示し,どの程度具体的な説明を行っているか,そして,それらの専門家が,本件各報告書の作成にどのように,また,どの程度関与したのかは,証拠上不明であって,単に多数の専門家が関与していることをもって,本件各報告の公表が相当なものであったとはいい切れない」(〈略〉)と主張するが,本件調査の結果は,本件各報告についての専門家からの意見聴取の際にも,異議なく了承され(〈証拠略〉),被控訴人が意見聴取した専門家に,ほとんどすべての調査結果を資料として提出し,専門家からは,批判的見地から十分な検討がなされ,その結果が調査にも反映され,本件調査は,多数の専門家により,適切な時期に助言や指摘を受けて進められ,その結論についても,踏み込んだ検討の結果,妥当性が担保されており,この専門家の役割を軽視するのは誤りで,本件の調査内容については,米国疾病管理センターCDCの専門家からも非常に高く評価されている(〈証拠略〉)。
2 本件調査の内容の合理性,限界について
(1) 原因食喫食日の特定
被控訴人による原因食喫食日特定の過程は〈略〉で要約されたとおりで,控訴人ら指摘事項は,検討結果の合理性を否定する理由にならない。
ア 欠食調査について
調査漏れと主張された99名が大阪地裁判決が指摘するような「早期発症という一定の傾向を帯びた集団」であることを示す証拠はなく,調査対象から外れた児童は,重症による回答不能者又は退院した児童で,喫食状況や欠席日で選別された児童ではないことからも,調査結果への影響は否定できるし,本件各報告に先立って行われた専門家による意見聴取の場においても,疫学調査の方法論について異論は出ておらず,99名が漏れたとしても,約80%の回答率は,疫学調査としては高い回答率であるから,上記の点は,喫食日の推定の合理性を否定する根拠とはならない(〈略〉)。加えて,被控訴人は,北・東地区において7月8日に欠食した児童が0名であり,中・南地区において7月9日に欠食した児童が0名であったことのみを根拠として,原因食材の喫食日を推論しているわけではなく,入院者と有症者の調査結果が一致した傾向を示していることが重要なので,一部の調査漏れを重視することはできず(〈証拠略〉),99名の調査漏れを理由に,喫食日の推定が合理性を欠くということはできないし,これを理由に本件各報告の公表が相当性を欠くということもできない。
イ 有症者の欠食(出席簿)調査について
[1]北・東地区の検定結果については,〈証拠略〉は,「有症者と入院患者と非常によく一致しているということが,検定の問題だけじゃなくて,両方の別の対照の資料で一致した傾向が見られ,北・東についても同じ傾向が同じに見られるところは非常に重要な点で,欠席という情報で1つ可能性のある日を絞って行くというのは,これはそれでいいのでないか。」と述べており,有症者に対する欠食調査が原因究明に役立ったことは明らかである(原判決も,北・東地区の有症者の欠食調査の検定結果によって,本件各報告の判断を批判することはできないとしている〈略〉。)
[2] 校外学習に関する処理については,疫学データは,常に分母となる集団が明確でなければならず,分母となる集団は,目的に応じて選ばれるが,対象とする健康障害が発生する可能性のある範囲とするのが原則であり(〈証拠略〉),校外学習を実施した学校の欠食者数は,そうでない学校と比べ,欠食者数が異常に多くなり,日ごとの欠食者数を調査する対象として,代表性を持たないといえるから,原因食材を特定するためには,特別なデータを排除し,学校間の条件を均一にした上で,データを分析すべきで,前提条件の異なる学校を合算しても,統計的に意味がなく,CA教授は,全校欠食の場合のデータを除いた処理について,データの質を上げるものとして積極的に評価している(〈証拠略〉)。
[3] 誤記などによる基礎資料の誤りの可能性については,準備書面(九)53ないし55頁で主張し,〈略〉で認定されたとおりである。
ウ 学校行事による欠食調査について
入院者の絶対数が少ないことについては,前記専門家の評価によれば,入院者の欠食調査の有効性を否定する根拠にはならないし,早期の退院者が調査対象から漏れているという主張についても,これを裏付ける証拠はなく,喫食状況や欠席日で選別された児童ではないことからも,調査結果への影響は否定できる。さらに,二次感染の可能性に関しては,発症者数の分布を見ると,入院者及び有症者とも,ピークの前日ころにかなり急激に上昇し,その後急激に,あるいは1日緩い下がり方をした後急激に下がっていることから,比較的短い時間(1〜2日)の曝露であると考えられ(〈証拠略〉),二次感染の可能性は,わずかであると考えられ,入院者に対する喫食調査は,十分意味がある(〈略〉)。
(2) 原因献立及び原因食材の特定
被控訴人が原因食材を特定した判断過程をみれば,控訴人らの指摘する事項が被控訴人の判断の合理性に影響しないことは明らかである。
ア 牛乳の除外について
原判決の認定のとおり〈略〉,牛乳は,乳処理業者によって加熱殺菌されるから,仮に原乳が汚染されていたとしても,O−157菌が熱に弱い性質を有していること(〈証拠略〉)も考慮すれば,製品中で菌が生存する可能性は少ない。さらに,異なる乳処理施設において,同時期に殺菌工程に異常が生じ,さらにそれらのDNAパターンが同一であることはあり得ないと考えられる。牛乳業者別納入学校一覧表(〈証拠略〉)と学校ごとの食中毒発生状況(〈証拠略〉)を対照して見れば,A牛乳業者の牛乳の配送先は,中・南地区の発生校35校のほか,非発生とされた西地区の6小学校(〈略〉)と中・南地区唯一の非発生校(G)にわたることが明らかである。同様に,B牛乳業者の配送先は,北・東地区の発生校12校,北・東地区の非発生校12校,非発生とされた堺・西地区の25校にまたがっていることがわかる。したがって,万一,2つの乳処理施設へ納入される原乳に同時に同じDNAパターンを持つO−157菌が混入することがあったとしても,いずれの業者の殺菌過程でも生き残り,両施設から牛乳の提供を受ける小学校のうち,北・東地区と中・南地区に限って菌の混入した牛乳が届き,堺・西地区には菌の混入されていない牛乳のみが配送されるということは,ほとんど考えられない。よって,牛乳が原因である可能性を考慮することは正しくない。製造工程において貝割れ大根に有効な殺菌工程がないこと,北・東地区と中・南地区の共通食材が本件特定施設から納入されたことが重要であり,この点が牛乳と貝割れ大根とは異なる。
イ 他の非加熱食材の除外について
原判決が指摘するとおり〈略〉,本件のような同時期に多数の食中毒事故が発生し,更に両地区の有症者から検出されたO−157のDNAパターンが一致する場合,異なる原因によって同時多発的に発生するとは考え難く,同一の原因によるものと考えるのが合理的である。そして,中・南地区における7月9日の給食と北・東地区における7月8日の給食との間における共通の非加熱食材は,牛乳を除くと貝割れ大根しかないこと(〈証拠略〉)からすると,レタスやきゅうりを除外した判断は不合理ではない(〈証拠略〉)。控訴人らは,レタスときゅうりが同一業者の出荷したものである可能性も指摘するが,その可能性はない(〈証拠略〉)。
ウ 喫食調査の結果の検討について
「カイ二乗検定」は,〈略〉で判示されているとおり,あくまで1つの目安にすぎず,カイ二乗検定において有意差の認められる献立が他に存在したとしても,前記のとおり,本件喫食調査の結果に原因食喫食日の推定結果,さらには加熱調理の有無,食材の納入元と発生校の分布,DNA鑑定の結果等を併せて,原因献立を推定したことについて不合理な点はない。
個票の空欄の処理については,学校給食は,強制にわたらない範囲で好き嫌いなく食べることが指導されているのであるから,○か×を付ける欄が空欄である場合,これを喫食として扱うのが相当で,堺市では,調査当時,空欄を発見したため,教育委員会を通じて確認し,空欄は喫食しているという返答を得た上で集計を行っており(〈証拠略〉),本件において,貝割れ大根を用いた献立を喫食しなかった児童に限って個票に空欄が生じたという傾向が生じたとは到底考えられない。そのため,空欄のある個票につき空欄を「喫食」に分類したことが誤った分類であると仮定しても,それによって,児童の喫食状況の全体的な傾向が歪曲されたとは考えられず,また,本件調査結果に影響を及ぼしたとも考え難い。しかも,献立ごとの喫食調査は,とり肉とレタスの甘酢和え及び冷やしうどんという2つの献立を導くのに役立ったものであるが,この2つの献立は,他の調査結果からも,疑わしいと推定でき,個票の空欄の処理が調査結果の結論に影響を及ぼしている可能性は想定できない。
エ 冷やしうどんを欠食した入院者が4名いることについて
控訴人らは,十分な論拠をなしに,この事実を無視したり,軽視したりすることは,とうてい科学的でないと主張するが,疫学調査において,このような証拠まで必要とするということはできず,入院者のうち4名が欠食していたとしても,全体の傾向として,中・南地区において冷やしうどんを欠食した入院者及び有症者が少ないという傾向に変わりはないし,そもそも疫学調査においては,特定の因子に曝露した者が100%の確率である疾病に罹患したという事態は起こらないし,反対に,特定の因子に曝露しなかった者が100%その疾病に罹患しないという事態も発生しないものである上,他の場所でO−157に感染することもあるのであって(〈証拠略〉),これらの事実によれば,入院者のうち4名が7月9日の冷やしうどんを欠食していた事実は,疫学調査の結論を左右するものとはいえない〈略〉。
オ 7月9日,10日の複数日曝露説について
中・南地区の発症者の分布を示すグラフは,北・東地区と異なり,完全な一峰性ではなく,7月12日の翌日にも比較的高い値を示しており,複数日曝露説と矛盾しないことは,疫学の専門家の指摘するところである〈証拠略〉。また,中・南地区は,北・東地区と比べて有症者の割合が高く,曝露の機会が多かった可能性がある〈証拠略〉。中・南地区で2回連続して汚染食材が出された可能性を指摘することに問題はない。
(3) 貝割れ大根が原因であることを基礎づける他の事実
ア 羽曳野市の老人ホームの事例
同老人ホームでは,7月6日から24日までの間に有症者が発生し,そのピークは同月15日及び18日で,O−157陽性者33名の共通食材は7月9日の昼食である貝割れ菜サラダ,ビーフカレー及びらっきょう漬けであって,そのうち,ビーフカレーは加熱食材であり,貝割れ菜サラダに北・東地区における本件集団下痢症と共通する食材である本件特定施設から同月7日に出荷された貝割れ大根が使用されていること,同老人ホームの有症者から検出されたO−157のDNAパターンは,本件集団下痢症で確認されたO−157のDNAパターンと極めて類似しており,最も多く確認されたパターンと「一致」ないし「密接に関連」するもので,ほぼ集団発生の一部と解釈できるものであったこと(〈証拠略〉)からすると,同老人ホームにおける集団感染事例を本件集団下痢症の原因究明に当たっての有力な資料とすることが不合理だとはいえない〈略〉。控訴人らは,当時,同種のO−157菌が広く蔓延していたとすれば,DNAパターンが一致したからといって,必ずしもその発生原因が同一食材とはいえなくなると主張するが,乙34によれば,平成8年に日本全国で分離された約1790株のO−157は,DNA解析の結果,PFGE法によって200以上の型に分けられているのであって,DNA解析による個体識別機能を軽視することはできないというべきである。
イ 京都府の事業所の事例について
同事業所においては,O−157陽性者の発症日が7月16日から18日までの間で,また,発症のピークが同月17日であり,その後,同月20日から22日までの間に小さなピークがあることから,同月15日から22日までに発症した有症者が集団発生の対象と考えられる。そして,同事業所の有症者から検出されたO−157のDNAパターンは,本件集団下痢症で最も多く出たO−157のDNAパターンと一致するか密接に関連するものであり,ほぼ集団発生の一部と解釈できる。さらに,疫学的に原因食の疑いがあるとされた同月11日及び12日の昼食のうち,同月11日の昼食には,本件集団下痢症の中・南地区において使用されたものと同じ本件特定施設から同月9日に出荷された貝割れ大根が使用されている(以上の点については,〈証拠略〉)。なお,控訴人らは,京都市衛生局が作成した資料(〈証拠略〉)によれば,同月9日に本件特定施設から出荷された貝割れ大根が同事業所に届いたとはいえないと主張するが,〈証拠略〉の添付書面は,京都市衛生局で作成され,大阪府環境保健部食品衛生課に送信された書面であり,京都市の事業所で発生したO−157の感染について,7月11日の給食食材(貝割れ大根)の流通が同添付書面のとおり判明したという説明がされていたもので(〈証拠略〉),これによれば,L株式会社は,7月9日に仕入れた貝割れ大根93パックのうち80パックを7月11日午前7時に京都市の事業所で社員食堂を運営しているM給食センターに納入したが,その93パックのうち53パックは本件特定施設から出荷されたことが明らかであり〈略〉,同事業所の事例を有力な資料とすることは不合理ではない。
(4) 貝割れ大根が原因食材であることに消極に作用する事実について控訴人らの指摘する事実は,貝割れ大根が原因である可能性が最も高いという判断に矛盾しない事実にとどまり,被控訴人がこれらの事実を考慮した上で,本件特定施設から出荷された貝割れ大根が原因である可能性が最も高いとした結論には合理性がある。以下補足して説明する。
ア 本件特定施設からO−157が検出されていないことについて
CDC(アメリカ疾病管理センター)の調査報告書にも,「大腸菌O−157:H7の集団発生は,汚染された牛挽肉を食べたことによると考えられてきたが,関係する肉からその微生物が分離されることはほとんどない。」という記載があり(〈証拠略〉),貝割れ大根から菌が全く検出されなかったとしても,それだけで貝割れ大根が原因食材であることを否定する決め手にはならないし,本件特定施設における殺菌の状況は,井戸水に一定量の次亜塩素酸ナトリウムを投入していたというものであるが(〈証拠略〉),本件特定施設の使用する井戸のうち,「井戸B」については,「残留塩素」のないことを保健所において確認し(〈証拠略〉),次亜塩素酸ナトリウムは,有機物存在下で効果が減弱する(〈証拠略〉)ことを考慮すると,生産施設での殺菌状況を考慮して「井戸水がO−157に汚染されている可能性は極めて低い」〈略〉ということもできない。
イ 検食からO−157が検出されていないことについて
保存検食からO−157菌が検出されなかったのは,当時の検査方法が,主として食肉を対象とするものであったため,貝割れ大根を始めとする野菜については,検出方法が十分に整備されておらず,検査の精度が低かったことによると考えられるし〈証拠略〉,保存検食から,O−157菌が検出されなかったのは貝割れ大根に限らず,他の食材についても同様であるが,本件集団食中毒の原因食材が学校給食であること自体については,原判決及び大阪地裁判決も認めており(大阪地裁判決107,108頁),これら保存検食からのO−157菌の不検出を余り重視することはできない。E教授も,検査方法の未発達などに加え,食中毒の発症時期から検体採取まで数日経過すると,容疑食品からの原因物質の採取が困難であったり,環境によって病原微生物が死滅してしまうなど,種々の障害が存すること」を挙げ,「病原体の検出よりも疫学調査の成績を重視し,総合的に判断することにより原因を追求することが必要であるとし(〈証拠略〉),9月13日の疫学・細菌学の専門家に対する意見聴取の際,菌が検出されなかったとの話も聴いたが,全体の結論を変えるような情報ではないと思ったとの証言をしている〈証拠略〉。米国における報告例でも,1982年から1994年にかけて起きた19例は,いずれも感染原因が示されているが,菌が同定できたものはそのうち5例に過ぎない(〈証拠略〉)。国立公衆衛生院疫学部のN部長は,中間報告に対するコメントの中で,「当たり前のことだが,事件後数日を経た拭き取り検査で菌が証明されなくてもその施設に対する疑いは晴れない。」としている(〈証拠略〉)。
ウ 本件特定施設が出荷した他の貝割れ大根からは,集団下痢症が発生しているとはいえないという主張について
7月10日から20日までに本件集団下痢症以外にO−157菌が検出された患者は,157名,そのうち本件特定施設の出荷した貝割れ大根喫食者と確認された人は,19名である(〈証拠略〉)。これは,本件集団下痢症に比べれば少ないものの,他の事例と比較し,また,成人の場合は発症率が低いことを考慮すると,相当多い人数である。例えば,1982年のオレゴン州とミシガン州の事例では,確認された感染者の合計は47名である(〈証拠略〉)。また,ワシントン州で1986年に起きた事例の感染者数は,ワラワラの一次感染者と二次感染者計37名,デイトンの老人ホーム3名,その他10名の合計50名である(〈証拠略〉)。
また,最終報告書(〈証拠略〉)本文20頁の表を見れば,大阪府における散発事例についての喫食調査の結果,O−157菌検出者157人のうち,調査不能者が14名,貝割れ大根を喫食したかどうか不明な人が20名,どの生産施設のものか不明の貝割れ大根を喫食した人が23名であったことがわかる。そうすると,本件特定施設の貝割れ大根を食べたという19名以外に,本件特定施設の貝割れ大根を食べたことを否定できない人が57名いることになる。加えて,この調査のうち,大阪市内の人については,貝割れ大根非喫食者と不明者が一括して38名とされており,このうちの何人かが前記喫食不明者に加算されると,本件特定施設の貝割れ大根を食べたことを否定できない人は更に増えることになるうえ,本件特定施設から貝割れ大根が納入された販売施設のうち,調査の行われた958施設中10施設から購入した者について,O−157陽性者が出ており(〈証拠略〉),本件集団下痢症の他に,本件特定施設から出荷された貝割れ大根を一般家庭で喫食した人にも,O−157感染症が発生した事実を示している(〈証拠略〉)。
エ 北・東地区における集団下痢症の発生がまだらになっていることについては,〈証拠略〉で認定されたとおりであり,加えて,本件特定施設が使用した貝割れ大根の種子がO−157に不均質に汚染されていたために,発生状況がまだらになった可能性がある(〈証拠略〉)。
オ 中・南地区において,G小学校のみ非発生校となっていること及び同一調理場で調理したにもかかわらず,H小学校が発生校となり,I小学校が非発生校となっていることについては,〈略〉で認定されたとおりである。
第2 適法といえる公表内容と公表方法の限度について
1 貝割れ大根の名指しについて
(1) 「調査結果の限界から」について
控訴人らは,本件調査結果でも,本件特定施設の貝割れ大根が原因食材というには,いまだ「疑問を差し挟む余地のある」「仮説」にとどまるものであったから,貝割れ大根の名を公表すべきでなかったとするが,本件調査の結果に対するこのような控訴人らの評価が誤りであることは,前項で主張したとおりで,原判決も大阪地裁判決も,原因食材について,貝割れ大根である可能性が最も高いことを認めており,「貝割れ大根については,原因食材とは断定できないが,その可能性も否定できないと思料される。」(中間報告。〈証拠略〉),あるいは,「原因食材としては,特定の生産施設から7月7日,8日及び9日に出荷された貝割れ大根が最も可能性が高いと考えられる(最終報告。〈証拠略〉)という公表内容は,いずれも違法となる余地がない。なお,大阪地裁判決は,「カイワレ大根が原因食材であるとすることに疑問を差し挟む余地のある事実も少なからず存するのである。」〈略〉,「原因食材を確定することはできなかったというべきである。」としている〈略〉が,公表されたのは,原因食材を確定したという内容ではなく,「最も可能性が高い」という内容であるから,原因食材が確定されなかったからといって,本件各報告の公表が違法となるものではなく,現に,大阪地裁判決も,「結論部分をみる限りにおいて,本件各報告に特に不適当なところが存するとまでは認められない。」としている〈略〉。
控訴人らは,原因食材が確定されない以上,「可能性が高い」という言い方であっても,貝割れ大根という食材名を出してはならない,と主張しているとも解し得るが,後述のとおり,予防的観点から見て,最も国民にとって有用と判断される情報は,食中毒事故のもたらす健康被害の重大性や被害の拡大状況・再発の危険性などを考慮しながら,迅速に提供すべきであり,公表目的を達成するためには,食材名を特定する必要があった。
(2) 公表目的との関係
ア 本件各報告の公表の目的は,[1]本件集団下痢症のような社会的に影響が大きい事件では調査結果が出た以上,これを公表して広く国民に情報を提供するのが当然であり,また,それによって国民の不安感も解消できること,[2]通常O−157が常在しない貝割れ大根であっても,O−157の付着によって汚染され食中毒の原因となり得るものであり,注意が必要であることを一般消費者や食品生産関係者に対し広範に注意喚起し,それによってO−157による食中毒事故の拡大防止,再発防止を図ることにあった(〈証拠略〉)。([1]については,被控訴人は,準備書面(一〇)15頁及び61頁でO局長の証言及び陳述書を引用して,国民の不安感を払拭する目的があったことを明らかにしているほか,同準備書面63頁で,国民の間に食についての不安感が募っており,可及的速やかな情報提供が期待されていたことを主張している。)
イ 拡大・再発防止目的からの食材名公表の必要性
控訴人らは,本件各報告の公表には,拡大・再発防止の目的は認められないと主張し,その理由として,本件公表には,防止対策や防止目的に沿う記載がない,後日本件特定施設及び一般の貝割れ大根の出荷を問題ないと発表している,防止目的であれば(菌が常在しない)貝割れ大根を殊更指摘する必要はない,などと主張する。
しかし,最終報告には,「今後,当該食材について,農林水産省における生産過程を通じた衛生対策の検討結果を踏まえつつ,適宜,食品監視を行い,再発の防止を図るとともに,今回明らかとなった給食システムにおける食材管理等の問題点について,文部省との協力の下,適切な対応を行うことが必要と考えられる。」との,「防止対策や防止目的」に沿う記載(〈証拠略〉)がある。
また,原因食材が特定できれば,O−157が常在しない貝割れ大根であっても汚染があり得るという注意喚起ができる。O−157が調理によって滅菌できることは,被控訴人の広報活動や新聞報道により広く知られており(〈証拠略〉),食材名が明らかにされれば,原因食材に注意して予防対策を立てることは十分可能であるし,調理方法を工夫することによって,食中毒事故の予防が可能である以上,貝割れ大根の出荷停止は,予防対策として不可欠ではなく,被控訴人が貝割れ大根の出荷を問題にしなかったことは,予防目的を否定する根拠にはならない。
さらに,世界で最初の水耕野菜によるO−157食中毒である本件調査の結果を公表することは,その後の食中毒調査,再発防止に資することは明らかで,現に,翌年の米国におけるアルファルファによる食中毒調査においても参考にされている(〈証拠略〉)。
控訴人らは,防止目的であれば(菌が常在しない)貝割れ大根を殊更指摘する必要はないと主張するが,原因食材を特定することは,その食材に対する注意を促し,調理に留意する等の対策につながり,また,貝割れ大根生産業者に対しては,貝割れ大根に対する衛生管理の徹底を促す効果を持つうえ,食材名を明らかにすることが食中毒の拡大と再発の防止に役立つことは,次の事実によっても理解できる。すなわち,農林水産省は,中間報告を受け,都道府県知事や控訴人日本かいわれ協会の会長,全国農業協同組合連合会会長ら宛ての通達「貝割れ大根の生産に係る衛生管理の徹底について(平成8年8月7日付け)」を出し,原因究明に対する配慮と衛生管理の一層の徹底を依頼するとともに,各都道府県農林水産主務部長に宛てて「O−157に係るかいわれ大根の自主検査の優先的取扱いについて(平成8年8月9日付け)」を出し,公的検査機関における貝割れ大根の自主検査の優先的取扱いへの配慮を依頼した(〈証拠略〉)。一方,大阪府は,中間報告を受け,8月8日,12日及び15日に再度本件特定施設に立ち入り,製品,水,器具,周辺環境等の詳しい検査を行った(〈証拠略〉)。加えて,大阪府は,中間報告を契機に,養液栽培によって生産される野菜の衛生管理を徹底するため,前記農林水産省通達「貝割れ大根の生産に係る衛生管理の徹底について」を8月12日に各栽培農家,府出先機関等に通知するとともに,府独自の資料「養液栽培農家等における培養液用水の消毒について」を作成し,養液栽培農家に対して衛生管理の徹底について重点的に指導した(〈証拠略〉)。このような調査や衛生指導は,貝割れ大根という特定の食材の公表を抜きにしては行い得ず,拡大・再発防止目的の観点からは,食材名特定の必要性がある。
ウ 国民の不安解消の目的からの食材名公表の必要性
控訴人らは,情報公開・行政の説明責任の実行目的という大阪地裁判決の認定を前提に,同目的からは,貝割れ大根を名指しする必要性は強くないと主張する。しかし,国民の不安解消のためには,食材名を公表する必要性があった。まず,本件各報告の公表は,行政機関がある所管事項について調査活動をしたことから,行政の説明責任を果たすべくその結果を公表し,批判を仰いだというような単なる事務処理ではなく,当時,O−157による大規模な食中毒は,国民の生活に深刻な不安をもたらしており,その不安の核心は,原因が突き止められないことにあった。各種食料品の売上げが落ち,野菜の薬剤消毒などの過剰反応が起きていた(〈証拠略〉)。大手百貨店からは,「原因が早くわからないと可能性のあるものをすべて撤去したら,食品売り場にものがなくなってしまう」との声があがる一方,感染源が特定されなければ対応にも限界があるという指摘もあった(〈証拠略〉)。堺市では,スポーツ大会が中止され,堺市民であるというだけで宿泊を断られる事態も発生し(〈証拠略〉),各地において,地方公共団体などが企画していた夏のすいか割りやそうめん流しなどの恒例行事を中止したり,児童センターのプールの中止,ボランティアによる高齢者所帯への食事サービスの中止などの防止策が次々と打ち出され,国民の間には,O−157感染によるパニックともいえる状況が出現しており(〈証拠略〉),国民のこのような不安の解消が早急に求められていた。
このような状況下で,その内容に合理性の認められる本件各報告について,原因食材の可能性がある貝割れ大根を明示しないで公表をすることは,情報提供として何の意味をも有しないばかりか,国民の食料品に対する不安を解消することにもならない〈略〉。したがって,前記アで挙げた目的のうち,[2]の拡大・再発防止目的はもちろん,[1]の国民への情報提供目的だけを取り上げても,速やかに食材名を特定して公表する必要があったことは明らかである。
(3) 業者名を名指ししなかったこととの対比について
控訴人らは,本件公表のように業者名が隠されて食材名だけが唯一名指しされれば,その食材を扱う一般の業者全体に一層の被害が及ぶことは必然であると主張するが,その趣旨は,業者名が開示されれば,その業者以外の生産するものについては心配ないことが明らかになることにあると考えられる。そうすると,重要なのは業者名ではなく,特定の業者の生産したものに限られるという情報である。中間報告では,公表に当たり,中間報告の本文及び概要文書が報道機関に配布され,そこには,貝割れ大根については,「8日,9日及び10日には,同一生産施設で生産されたものが納入されていること」が明記されており(〈証拠略〉)。また,公表の際,内閣官房長官から,ある特定の一か所から出た貝割れ大根以外にはないという説明がされ(〈証拠略〉),最終報告では,報告書及び概要文書の結論部分に,特定の生産施設から特定の日に出荷された貝割れ大根であることが明記されており(〈証拠略〉),業者名を名指ししなかったことによって貝割れ大根一般に対する不安が増大したとか,一般の生産業者に一層の被害が及んだなどということはない。
業者名を伏せた理由が当該業者への配慮にあることは,控訴人らの指摘するとおりであるが,それは,業者名を出さなくても,公表目的を達成できるからでもある。これに対し,食材名を明らかにすることは,前記のとおり,公表目的達成のため不可欠であった。
2 貝割れ大根を名指しする場合の適法な公表方法の限度(予備的主張)について
(1) はじめに
控訴人らは,名指しした場合,貝割れ大根一般に被害が生ずることは当然に予見できたことを理由に,被害防止のために最大限可能な措置をとるべきであったと主張するが,本件各公表は,特定の生産施設から特定の日に出荷された貝割れ大根についてのものであって,それ以外のものについては言及していない。控訴人らに生じた不利益は,報道機関により「O−157カイワレ原因か」などの報道がされたことにより,スーパーマーケットが,店頭から貝割れ大根を撤去するとともに,貝割れ大根の販売を中止し,外食産業も,貝割れ大根を商品として提供することを中止する措置をとり,国民も,貝割れ大根を買い控えるなど,貝割れ大根一般にO−157による食中毒の危険性があることを前提とする過剰な反応が生じたためである(〈証拠略〉)。
以下に述べるとおり,被控訴人は,本件各公表の際に,控訴人らに不利益が生ずることのないように配慮し(後記ア及びイ),また,報道機関もその配慮を考慮した報道を行ったが(後記ウ),控訴人らにこのような不利益が発生することは,被控訴人にとって予見のできないことであった(後記エ)。
ア 報告の表現における配慮
被控訴人は,中間報告では,「貝割れ大根については,原因食材とは断定できないが,その可能性も否定できないと思料される。」(〈証拠略〉)と慎重な表現をし,最終報告では,「特定の生産施設から特定の日に出荷された貝割れ大根が原因食材として最も可能性が高いとしたものであり,特定の日以外に出荷されたもの及び他の生産施設から出荷されたものについて,安全性に問題があると指摘したものではない。現在,農林水産省において,貝割れ大根の生産施設について衛生管理の徹底の指導がされていることから,貝割れ大根の安全性は十分に確保されているものと考える。」と明記した(〈証拠略〉)。被控訴人は,本件各報告に,貝割れ大根等から菌が検出されなかったことや,北・東地区での非発生校の混在などの事実も,ありのままに記載している(〈証拠略〉)。
その上で,被控訴人は,報道機関に対し,報告内容が正確に伝わるよう,本件各報告の際,報告書(〈証拠略〉)のほか,その概要文書(〈証拠略〉)を配布した(〈証拠略〉)。
その結果,後記のとおり,中間報告当日の新聞記事(〈証拠略〉)は,断定的な表現を避け,「疑い」「可能性」といった見出しの下に,原因食材の可能性を指摘されているのは特定の生産施設から出荷された貝割れ大根であるという趣旨の本文記事で構成されている。最終報告当日の夕刊記事(〈証拠略〉)も,「特定のカイワレ疑い濃厚」という見出しで,「特定の」貝割れ大根であることや,断定に至らなかったことが一見して明らかなものとなっている。
イ 公表の際の配慮
中間報告の際,厚生大臣や内閣官房長官は,一般の貝割れ大根生産業者に配慮して補足説明をしたり報道機関に配慮を求めたりした。なお,中間報告当日の厚生大臣の発言(〈証拠略〉)について,控訴人らは,同じ大阪の他の業者が本件特定施設と誤解されないように配慮を要請したもので,そもそも同施設と誤解されることもない一般の生産業者の営業を考慮して要請したものでは全くないと批判するが,質問を行った報道機関自身が,大阪府外の業者については,混同されて損害を生じるおそれがあるとは考えておらず,質問しなかったために,厚生大臣の応答が大阪府内の生産業者を念頭に置いたものになっただけのことで,大阪府外の業者について混同のおそれがないことは,控訴人も認めるところであり(準備書面(2)62頁),混同のおそれがなければ,小売店や一般消費者から汚染の誤解を受けることもないと考えられる。
それでも,被控訴人は,慎重に対応し,大阪府外を含めた貝割れ大根生産業者についても,内閣官房長官や,中間報告の翌日の厚生大臣の発言,その後の厚生省食品保健課長の通知などにより,不利益が生じないよう配慮し,最終報告では,前記のとおり,報告書の結論部分自体が特定の生産施設から特定の日に出荷されたものであることを明らかにしているが,これに加えて,厚生大臣は,「特定の生産施設から特定の日に出荷されたカイワレダイコンについて原因食材の可能性が高いとしたもので,それ以外のカイワレダイコンの安全性は十分に確保されている」と強調し(〈証拠略〉),本件各報告の公表に当たり,報告の内容,表現及び報道機関への注意喚起などの面において,一般の貝割れ大根生産業者にできる限り不利益が生じないよう最大限の配慮をしている。
ウ 報道機関の受け止め方
中間報告当日の読売新聞の夕刊記事は,「O−157カイワレ原因か」という大見出しだけでなく,「同一業者が生産」という見出しも伴うほか,本文中に,「全国的にカイワレ大根(生産業者)がダメージを受ける懸念がある。ある特定の一か所から出たカイワレ大根以外にはないので,どうかカイワレ大根という名前が先行しないように,協力をお願いしたい」という官房長官の発言が載せられている(〈証拠略〉)。同じ新聞の別の記事では,「中間報告で指摘されたのは特定の業者が納入したもので,それも「可能性を否定できない」との慎重な表現」であることが示されている(〈証拠略〉)。もっとも,同じ読売新聞の早版には,官房長官の発言などは載っていないが,閣僚会議での厚生大臣の報告は,ある特定地域の施設で生産された貝割れ大根についてであったこと,「原因食材とは断定できないが,その可能性も否定できない」という内容であったことが明記されている(〈証拠略〉)。毎日新聞の「カイワレ大根の可能性も」という見出しの記事も,「生産施設を検査へ」との見出しを伴い,官房長官が記者会見で貝割れ大根全体に問題があるわけではないとの認識を強調したと記載され(〈証拠略〉),日本経済新聞の「カイワレ大根の疑い」という記事でも,「カイワレ大根の疑い」という見出しに続けて「納入業者を調査へ」という見出しが並べられ,本文中に,「同じ生産業者が納入したカイワレ大根が使われていた」ことが明記され(〈証拠略〉),産経新聞も,見出しは,「カイワレ大根か」となっているが,本文の冒頭に,「大阪府内の特定の栽培業者が納入したカイワレ大根が原因である可能性が否定できない」という報告内容を載せている(〈証拠略〉)。特定の生産施設の貝割れ大根であるという趣旨が伝えられていないのは,早版の中でも東京新聞(〈証拠略〉)だけで,この東京新聞も含め,その内容及び見出しはいずれも「原因か」「疑い」などの可能性を指摘するものであり,原因を断定する記事は1つもない。
エ 被控訴人にとって予見不可能であったこと
以上の結果,スーパーマーケットのうち,Pは,中間報告後も販売を続けていた(〈証拠略〉)。Qも,いったんは販売を中止したが,8月12日以後,商品検査の終了した地区から販売を再開し,Rも,自社検査を経て,8月15日からの販売再開を決めた(〈証拠略〉)。また,ある大手寿司店は,中間報告があったからといって「きょう,あす中に使用中止といったことは考えていない」との判断であった(〈証拠略〉)。このように,本件各報告の内容や公表の方法,新聞報道の内容を冷静に受け止めれば,前記のような過剰反応は起こり得ないもので,控訴人らに不利益が生ずることは,被控訴人にとって予見不可能であった。
(2) 「適法な公表方法といえる具体的な基準と本件公表の違法」について
ア 「事実を隠してはならない」との主張について
控訴人らの,被控訴人が当該貝割れ大根の生産地,生産業者,流通ルート,流通業者などを調査により把握していたにもかかわらずこれを隠し,菌の大増殖の過程に触れず,汚染源が生産過程の水か土と考えられていたのに公表しなかったとの主張に対する反論は,以下のとおりである。
[1] 具体的な生産業者や流通ルートなどの不公表について
食中毒の原因となったのは,特定の日に本件特定施設から出荷された貝割れ大根で,それ以外のものは危険とされておらず,具体的な生産業者や流通ルートなどについては,明らかにしたところで,再発・拡大防止,国民の不安解消という公表目的の上では,貝割れ大根という食材名を特定する以上の実益を持たない。一方,貝割れ大根一般に対する安心感の面でも,「特定の生産施設から特定の日に出荷された貝割れ大根」であることが公表された以上,貝割れ大根が一般的にO−157に汚染されているわけではないことが明らかで,それ以上に生産業者名などを公表する実益はなく,殊更に生産業者名などを公表することは,不要であるばかりでなく,当該業者などに必要以上の負担をかけることになる。
[2] 菌の増殖過程について
本件において,貝割れ大根及び本件特定施設から菌は検出されておらず,実際の菌の増殖過程は明らかになっていない。栽培水が汚染されていれば,貝割れ大根がO−157に汚染される可能性があること,また,汚染された貝割れ大根が温度管理をされずに長時間放置された場合に菌が増殖し得ることについては,実験を行っており,最終報告でその結果を明らかにしている(〈証拠略〉)。このほか,被控訴人は,中間報告及び最終報告において,納入元から給食提供までの流通経路において牛乳を除く食品の温度管理がなされていないことを明らかにし,最終報告で,その間にO−157が増殖している可能性が高いことを指摘している(〈証拠略〉)。[3] 汚染源について
汚染源についても,解明には至らず,〈証拠略〉は,汚染源については確証を得ることができなかった旨証言している〈略〉。汚染源の調査については,本件特定施設内の井戸水や種子,貝割れ大根,周辺の河川水,同時に輸入された種子などの検査を行ったがいずれも菌は検出されず,また,給食の調理過程にも問題は確認されず,食肉及び生野菜の関係施設への立入検査でも,食材運搬車からも,菌は検出されなかったが,これらの調査については,中間報告及び最終報告に明記されている(〈証拠略〉)。
[4] まとめ
以上のとおり,具体的な生産業者などについては,公表目的,一般の貝割れ大根生産業者への影響,当該業者への影響のそれぞれの面からみて明らかにしないことが相当であり,菌の増殖や汚染源については,事実をありのままに公表しており,控訴人らの主張は,理由がない。
イ 「汚染の可能性を減殺する事実の忠実な指摘」について
控訴人らは,被控訴人が貝割れ大根の汚染可能性を導くのに消極に作用する事実に対し,正当な考慮を払っていないと主張するが,控訴人らの引用する大阪地裁判決が原因食材が本件特定施設の出荷した貝割れ大根であるという推定を減殺する事実として指摘するもののうち,本件特定施設からO−157が検出されなかったことは,中間報告及び最終報告に明記され(〈証拠略〉),また,本件特定施設から出荷された他の貝割れ大根と食中毒事故の発生状況についても,最終報告に調査結果がそのまま記載がある(〈証拠略〉)。
大阪地裁判決が指摘する,[1]検食からO−157が検出されていないこと,[2]北・東地区における集団下痢症の発生がまだらになっていること,[3]中・南地区において,G小学校のみが非発生校となっていること,[4]同一調理場で調理したにもかかわらず,H小学校が発生校となり,I小学校が非発生校となっていることについても〈略〉,中間報告又は最終報告に記載されており(〈証拠略〉)。これらの事実が隠され,無視されたことはない。
大阪地裁判決は,前記[2]ないし[4]の事実に,[5]中・南地区の入院者のうち4名が7月9日の冷やしうどんを食べていない事実を加え,これらの事実に対する最終報告の説明が「科学的に十分な根拠があるものとはいい難く,カイワレ大根が原因食材であると推定することに妨げにならないよう,殊更理屈を後からつけ加えていると評せざるを得ない程度のもの」であり,「本件最終報告は,原告が出荷したカイワレ大根が原因食材であると判断するのに消極に作用する事実を殊更に低く評価した上で,原因食材がカイワレ大根である可能性が高いという結論に至っている」と断定する〈略〉が,上記[2]ないし[5]の事実に対する最終報告の説明(〈証拠略〉)に科学的根拠があることは,前記主張のとおりで,また,この説明は,これらの消極的事実が貝割れ大根を原因とする仮説と矛盾するかどうかという観点から検討した部分であって,仮説を捨てるまでの矛盾がないと言っているだけで,消極的事実が疑う余地なく説明できるとか,仮説が確定的に立証できたなどとは言っていない。そのような誤解を招く表現もしていない。本件各報告は,消極的事実を検討してもなお,仮説を否定するには至らなかったことから,「最も可能性が高い」(最終報告)と結論づけたものである。それは,仮説を積極的に裏付ける調査結果があり,他方,消極的事実については仮説と決定的に矛盾せず,消極的事実に対して考えられる説明が合理性を欠くとはいえないことから,導き出されたものであり,消極的事実を殊更低く評価した結果ではない。本件各報告の消極的事実に対する説明は以上のような趣旨で書かれたもので,上記大阪地裁判決の指摘〈略〉は,本件各報告の趣旨を誤解するものである。
なお,大阪地裁判決は,本件特定施設において,種子や井戸水が殺菌され,特に不衛生であったといえるような事情はなかったことについての言及がなかったことも問題としている〈略〉が,前記主張のとおり,本件特定施設における殺菌の状況からして,「井戸水がO−157に汚染されている可能性は極めて低い」〈略〉ということまではできず,他方,前記のとおり,O−157が井戸水等から検出されなかった事実自体は記載したから,それとは別に殺菌の状況までは記載する必要が認められず,上記事実の記載がないからといって,本件各報告の内容が不合理であるということはできない。
ウ 反論・弁明の機会とその公表について
行政処分と手続保障の関係については,最高裁判所平成4年7月1日大法廷判決(民集46巻5号437頁)が,「一般に,行政手続は,刑事手続とその性質においておのずから差異があり,また,行政目的に応じて多種多様であるから,行政処分の相手方に事前の告知,弁解,防御の機会を与えるかどうかは,行政処分により制限を受ける権利利益の内容,性質,制限の程度,行政処分により達成しようとする公益の内容,程度,緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって,常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではない」と判示し(その後,同旨の判断を示したものとして,最高裁平成4年10月29日第一小法廷判決・民集46巻7号1174頁,最高裁平成5年3月16日第三小法廷判決・民集47巻5号3483頁がある。),侵害処分,不利益処分等に該当しない行政手続については,立法政策の当否の問題として法定手続が要求されることはあっても,それは憲法上の要請ではない(千葉勝美・最高裁判所判例解説民事篇平成4年度255,256頁参照)。本件各報告の公表は,控訴人業者らに対して貝割れ大根の販売等の営業を禁止するものではなく,行政上の規制や勧告に従わない者に対する制裁ないし強制手段としての性格を有するものでもない〈略〉から,行政処分としての性格を有しない。本件各報告の公表のような行為について,手続保障を認めるか否かは立法政策の問題であって,明文の規定もないのに手続保障をしないことが国賠法上の違法となる余地はない。
前記のとおり,本件各公表は,食中毒事故が発生し,続発の危険のある中で,公務員が感染の拡大・再発を防ぎ,国民の生命・身体を守るとともに,国民の不安を解消する目的で,高度の必要性があるという政策的判断によって行われたものであって,貝割れ大根の販売を禁止するものではなく,その公表内容も,「特定の生産施設から特定の日に出荷された貝割れ大根」に限定され,公表に当たっても,前述の配慮がなされている。にもかかわらず,小売店や消費者の過剰反応によって控訴人らに損害が生じたからといって,公表前の段階から,貝割れ大根生産業者一般に損害が発生することを予定して,これに対する手続保障を行って利益調整をすべきであったとはいえない。
エ 「大臣記者会見の回避」について
控訴人らは,本件各報告につき,貝割れ大根を名指ししながら第三者の名誉や信用を害することのないようにする注意義務を果たすことは,大臣記者会見という方法では極めて困難であると主張する。
しかし,本件集団下痢症については,O−157対策関係閣僚会議が立ち上げられており,関係閣僚会議後には,同会議で話題となった事項について記者会見で述べるのが通常であることから本件でも大臣記者会見が行われたにすぎない(〈証拠略〉)。本件各報告の社会的影響が大きかったのは,記者会見を行ったためというよりは,国民の関心が高かったためである。
また,被控訴人は,前記のとおり,本件各報告の公表の際,報道機関に対し,中間報告書(〈証拠略〉)や最終報告書(〈証拠略〉)とともに,その概要文書(〈証拠略〉)をも配布し,これにより,公表についての報道の正確性は,おおむね確保されていること,特に,カイワレ大根全体が問題ではないという記者会見時の内閣官房長官や菅厚生大臣の発言も,正しく報道されている(〈証拠略〉)ことを考慮すると,記者会見によって,特に弊害が生じたとはいえず,閣僚会議後の通常の記者会見を避けるべきであったとはいえない。
オ 「貝割れ大根の印象づけの防止」について
控訴人らは,大阪地裁判決を引用し,[1]中間報告で厚生大臣がDNA鑑定に言及したこと,[2]最終報告記者会見で疫学者が95%という数字を出したこと,[3]本件各報告,とりわけ中間報告がその結論部分で,貝割れ大根だけを取り上げたことは,貝割れ大根一般をわざわざ印象づけるもので不相当であると主張する。[1]の厚生大臣のDNA鑑定についての発言は,「今日の時点で中間報告をまとめて,発表された理由とは。」という質問に対するまとまった回答の一部であり,その回答の趣旨は,専門家の意見では,DNA鑑定の結果,菌としては非常に極めて共通性が高いというところはほぼ認識が一致したものの,疫学的なことも含めて検討した結果,食材については断定できないというのが,大方の判断であったが,そういう専門家の判断を踏まえて,行政として方針を決め,閣僚会議で公表した,というものであり(〈証拠略〉),DNA鑑定が中間報告公表の決定的な理由となっているなどという発言ではないし,そのような誤解を生じるおそれもなく,かえって,原因が断定できないことが明らかな内容である。また,DNA鑑定と言えば,人のDNA鑑定と同様に決定的な証拠があると誤解する,というのは,一般の人々に科学的な報告を素直に理解する力がないことを前提にしており,正しくない。なお,控訴人らの引用する大阪地裁判決の説示部分は,厚生大臣の発言のこの部分だけを聞いた者は,人のDNA鑑定の場合と同様,「特定の生産施設」が出荷したカイワレ大根が原因食材であることを示す決定的な証拠があると誤解する可能性もなくはないというもので〈略〉,控訴人らの主張とは前提が異なる。
[2]の最終報告の記者会見での疫学者の発言について,大阪地裁判決が,疫学者の「95%」発言を問題としたのは,「これは「特定の業者ないし生産施設」が出荷したカイワレ大根が原因食材であると断言しているのも同然である」(大阪地裁判決153頁)という説示からも明らかなとおり,これによって「特定の生産施設」の貝割れ大根が原因であると印象づけたのではないかという点であり,貝割れ大根一般の問題ではなく,控訴人らが上記大阪地裁の説示部分を引用する意味はない。なお,大阪地裁判決は,疫学者の発言を国賠法1条1項の違法を判断する上で問題としているが,一般に,国の機関から独立して専門家としての自己の見解を述べるにすぎない者は,国賠法1条1項の公務員には当たらないと考えられており(例えば,執行裁判所の選任した評価人。宇賀克也「国家補償法」36頁。鹿児島地裁昭和59年12月26日判決・訟務月報31巻8号1763頁)。最終報告に同席した疫学者であるS氏及びT氏は,厚生大臣の行った公表行為の一部を分担したものではなく,両名は,厚生大臣が最終報告書に基づいて公表をした後に,専門家としての立場から記者の質問に答えたもので,その発言は,厚生大臣による本件公表行為とは別個のもので,両名は,疫学専門家の立場から,いわば鑑定人的立場からその専門的知識経験に基づいて自己の意見を述べたものであって,両名の発言は国賠法の公権力を行使する公務員による公権力の行使に当たらないし(加茂紀久男「最高裁判所判例解説民事篇昭和57年度」332頁参照),両名は,厚生大臣の記者会見に同席したとはいえ,厚生大臣の立場からではなく,専門家の立場から自由に発言するために同席したもので,その発言内容を厚生大臣の発言として評価することもできず,両名の発言をとらえて,厚生大臣の行為に職務上の法的義務違反があったことの理由とすることもできないから,両名の発言を本件の違法判断において考慮することはできない。
[3] 本件報告の結論部分の記述について
控訴人らは,本件各報告(とりわけ中間報告)は,その結論部分で,貝割れ大根だけを取り上げて記述しており,これは,貝割れ大根一般をわざわざ印象づけるもので,著しく不相当であると主張する。
最終報告の結論部分では,「特定の生産施設から7月7日,8日及び9日に出荷された貝割れ大根」であることが明記され(〈証拠略〉),中間報告の結論部分には,そのような限定はないものの,同じ頁に,推論の過程が示されており,それによれば,同一の生産施設から,特定の日に出荷されたものが問題とされていることが明らかである(〈証拠略〉)から,少なくとも,本件各報告の結論部分が,貝割れ大根一般を特に印象づける記載となっているという控訴人らの主張が誤りであることは明らかである。
なお,大阪地裁判決は,本件各報告の結論は穏当であるとしつつ,「原告が出荷したカイワレ大根」が原因食材であることを「強く印象づける内容となっている」ことを問題として〈略〉おり,貝割れ大根一般を印象づけたという控訴人らの主張とは異なる立場に立っていることは明らかである。
カ 「中間報告における貝割れ大根の不公表」について
控訴人らの,とりわけ中間報告においては,被控訴人自身がカイワレ一般は危険でないとしていたのであるから,その過渡的情報でカイワレを名指しする必要は一層ないとの主張が本件に妥当し得ないことは,前記主張のとおり(貝割れ大根の名指しについて)である。
(3) 「適正な公表方法」について
ア 控訴人らの主張する公表方法の要点
食材名を出す場合として控訴人らが主張する公表方法の要点は,次のとおりである(なお,「O証言をふまえれば」という部分は,前記のとおり,汚染ルートが水か土であるという絞り込みはできていなかったから,意味のない主張である。以下,大阪地裁判決を基礎にした控訴人ら主張の公表内容を「対案」という。)。対案は,中間報告の「5原因食材の推定」(〈証拠略〉)及び最終報告の「IV結論」(〈証拠略〉)と次の点で異なっている。
[1] 中間報告の「貝割れ大根については,原因食材とは断定できないが,その可能性も否定できないと思料される。」あるいは最終報告の「特定の生産施設から7月7日,8日及び9日に出荷された貝割れ大根が最も可能性が高いと考えられる。」という記載が,「給食メニューの中から汚染されていた可能性がある食材の1つとして貝割れがある。」に変更されている。
[2] 「否定する方向の調査結果も生じていて到底断定するに至っているものではない。」という記載が加えられている。
[3] 「本件の調査によっても,一般の貝割れ大根が危険だということでは全くない。本件で例え貝割れが汚染されていたとしても,貝割れ大根には菌が常在しないから,それは別の汚染源から汚染されたものであり,汚染されたのが偶々後記本件特定施設の貝割れであったという,本件に特有のものである。」という記載が加えられている。
[4] いずれからも菌は発見されておらず,汚染源が不明であるという留保のもとに,生産業者名や流通業者名などが明記されている。
[5] 「本報告は,主管庁として原因究明についての調査経過を明らかにすることだけが目的で,本件特定施設の貝割れに汚染の可能性があることを強調することが目的でない」との記載が加えられている。
[6] 報道に当たってはくれぐれも誤解を生じさせないように強く要請するという趣旨が加えられている。
イ 被控訴人の主張
[1] (「可能性がある食材の1つ」などの表現)について
対案の表現は,中間報告の表現との比較では,大きな違いはない。最終報告と比べてみると,対案に「特定の日に特定の生産施設から」がないことについては,特に記載を禁止する趣旨で削除したものではないと思われるので,問題となるのは,「最も可能性が高いと考えられる」が「可能性がある食材の1つ」に変更されている部分である。
本件の調査により,最終報告の時点で「最も可能性が高いと考えられ」たことは,従前から主張したとおりであり,原判決〈略〉はもちろん,大阪地裁判決〈略〉によっても是認されており,そうである以上,これを殊更不明確にして「可能性がある食材の1つ」と表現する必要はないし,公表目的(拡大・再発防止,不安解消)に照らして相当でもない。
「最も可能性が高いと考えられる」という表現は,原判決〈略〉及び大阪地裁判決〈略〉でも,明確に肯定されている。
[2] (「否定する方向の調査結果も生じていて」などの結論部分への追加)については,被控訴人は,特定の施設から特定の日に出荷された貝割れ大根であるという推論に消極的に働き得る調査結果は,本文中にすべて明記し,検討の対象としている。したがって,これを殊更結論部分で強調しなかったからといって,違法事由となるものではない。また,上記推論が断定的なものでないことは,中間報告では「原因食材とは断定できないが」と結論部分に明記されている。最終報告には,そのような記載はないが,「最も可能性が高い」という表現により,断定するものではない趣旨が明らかにされている。
[3] (一般の貝割れ大根が危険でないという趣旨の追加)については,被控訴人は,最終報告の結論に続く「VII おわりに」の部分に,「堺市の学童集団下痢症の原因究明の結果からは,特定の生産施設から特定の日に出荷された貝割れ大根が原因食材として最も可能性が高いとしたものであり,特定の日以外に出荷されたもの及び他の生産施設から出荷されたものについて,安全性に問題があると指摘したものではない。現在,農林水産省において,貝割れ大根の生産施設について衛生管理の徹底の指導がされていることから,貝割れ大根の安全性は十分に確保されているものと考える。」と明記し,中間報告には,そのような記載をしなかったが,「5原因食材の推定」の(8)の結論部分を「可能性も否定できない」という最終報告よりも控えめな表現にし,「5原因食材の推定」(4)ないし(6)(〈証拠略〉)によって,特定の生産施設から出荷された貝割れ大根についての推定であることが理解できる記載をしている。
[4] (菌が発見されなかったこと等の追加)については,菌が発見されなかったことは,中間報告の「5原因食材の推定」(〈証拠略〉)及び最終報告本文の「6特定の生産施設の貝割れ大根のO−157汚染の可能性の検討」(〈証拠略〉)に記載されており,これを結論部分に重ねて記載する必要はない。生産業者名や流通業者名などを明記することは,前記主張のとおり,公表目的,当該生産業者等の不利益のいずれの面からも相当でない。
[5] (「調査経過を明らかにすることだけが目的」などの追加)については,本件各報告は,対案にあるような「主管庁として原因究明についての調査経過を明らかにすることだけが目的」のものではなく,本件各報告の目的は,前記主張のとおり,食中毒の拡大・再発防止と,国民の不安解消にあり,そのためには,原因究明によって得られた知見は,予防的観点から国民にとって有用と判断される限り,迅速かつできる限り具体的な形で,広く情報提供される必要がある。したがって,対案のように「調査経過を明らかにすることだけ」では不正確であるし,「本件特定施設の貝割れに汚染の可能性があることを強調することが目的でない」ことは,本件各報告の内容から明らかであって,殊更強調する必要はない。
[6] (報道に際しての誤解防止の要請を記載すること)については,被控訴人は,前記[3]で引用した最終報告の「VII おわりに」で,貝割れ大根一般の安全性に問題がないという趣旨を明らかにし,また,本件各報告の際には,厚生大臣あるいは内閣官房長官において,一般の生産業者に不利益が生じないよう報道機関に配慮を求めたり,貝割れ大根一般の安全性に問題がないことを補足説明するなどの対応をしており,これ以上に,対案にあるような報道機関に対する要請を報告書に記載しなかったからといって,本件各報告の公表が違法になることはない。
3 まとめ
以上によれば,本件各報告に関する公表内容及び公表方法についての控訴人らの主張はいずれも理由がなく,違法とされる余地はない。
第3 「控訴人らの損害賠償請求に関する整理」について
損害賠償請求について
控訴人らの主張する積極損害及び逸失利益は,いずれも,仮にそのような損害が生じたとしても,それは,前記主張のとおり,小売店や消費者それぞれの判断に基づく過剰反応によるものであり,このような過剰反応は予見不可能であり,通常生ずべき損害ではないから,本件各報告の公表との間に相当因果関係はない。精神的損害について
法人には精神的損害が生ぜず(中島恒・最高裁判所判例解説民事篇昭和39年度91頁),控訴人らは,名誉・信用毀損による無形の損害を主張しているものと解されるが,上記のとおり,控訴人らに損害が生じたとしても,それは小売店や消費者それぞれの判断に基づく過剰反応によるものであって,本件各報告の公表との間の相当因果関係がない。以上
出典:裁判所ウェブサイト「裁判例検索」(https://www.courts.go.jp/hanrei/20105/detail4/index.html)。本文は同サイト掲載の判決書PDFからTaiLexi AIがテキスト化・整形したもの(正確な文言は原本PDFを参照)。判示事項・裁判要旨・参照法条は裁判所の公表どおり。
出典:「訟務重要判例集データベース」(法務省)(https://shoumudatabasep.moj.go.jp/hanreiSearch/HanreiSearch)を加工して作成(加工:TaiLexi AI)。訟務月報53巻2号205頁。