主文
1 被告は,原告X1に対し,1375万円及びこれに対する平成20年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X2に対し,1300万円及びこれに対する平成24年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,本判決が被告に送達された日から14日を経過したときは,仮に執行することができる。ただし,被告が各原告について1250万円の担保を供するときは,当該原告に係る仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は,B型肝炎の患者である原告らが,乳幼児期(0ないし6歳時)に被告が実施した集団ツベルクリン反応検査及び集団予防接種(以下,併せて「集団予防接種等」という。)を受けた際,注射器(針又は筒)の連続使用によってB型肝炎ウイルス(hepatitis B virus。以下「HBV」ということもある。)に持続感染し,成人になって慢性肝炎を発症したとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,原告X1においては1375万円(包括一律請求としての損害額1250万円及び弁護士費用125万円)の賠償及び同額に対する不法行為の後である平成20年8月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,原告X2においては1300万円(同損害額1250万円及び弁護士費用50万円)の賠償及び同額に対する不法行為の後である平成24年3月30日から支払済みまで上記同様の遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実。以下,特に明記しない限り,書証の掲記は枝番号を含む。)
⑴B型慢性肝炎について
ア B型肝炎は,B型肝炎ウイルス(HBV)に感染することによって発症する肝炎(ウイルスを排除しようとする免疫反応により,自らの肝細胞を破壊し,肝臓に炎症を起こした状態)であり,慢性化して長期化すると,肝硬変,肝がんを発症させることがある。(〈証拠略〉)
免疫反応により肝細胞が破壊されると,肝細胞内の酵素であるAST(GOT)やALT(GPT)が血中に放出される。ALT値等の上昇の持続及びその変動は肝炎の活動性を示唆し,一定期間高値を示し,かつ変動が認められる場合には肝細胞壊死が高度であり,肝炎が活動性である可能性が高い。(〈証拠略〉)
イ HBVは,主として感染者の血液を介して感染し,感染様式としては,①感染成立後一定期間の後にウイルスが生体から排除されて治癒する「一過性の感染」及び②ウイルスが年余にわたって生体(主として肝臓)の中に住みついてしまう「持続感染」(HBVキャリア状態)がある。後者の主な感染経路は,出産時の母子感染(垂直感染)と乳幼児期の水平感染である。(〈証拠略〉)
ウ HBVに感染すると,HBVに関連する抗原及び各抗原に対応する抗体が,順を追って血中に出現する。各抗原及び抗体の臨床的意義は,次のとおりである。なお,各抗原及び抗体は,後記エのHBV-DNA等と併せて「ウイルスマーカー」といわれる。(〈証拠略〉)
ア HBs抗原 HBV感染状態(通常HBc抗体も陽性)。
HBs抗体 HBV感染既往(多くはHBc抗体も陽性)。
イ HBc抗原(HBVの芯を構成するタンパクである。外殻に包まれHBV粒子内部に存在し,そのままでは検出できない。)
HBc抗体高抗体価:HBV感染状態(通常HBs抗原陽性)。
低抗体価:HBV感染既往(多くはHBs抗体陽性)。
ウ HBe抗原血中のHBV量が多く(増殖力が強く),感染性が強い。HBe抗体血中のHBV量が少なく(増殖力が弱く),感染性が弱い。
エ HBV持続感染の診断には,HBs抗原の測定が最も優れている。また,HBV活動性の評価には,HBe抗原・HBe抗体及びB型肝炎ウイルス遺伝子(HBV-DNA)量が主に用いられる。HBV-DNA量は,肝細胞でのHBVの増殖状態を反映するものであり,①7.0log copies/ml(PCR法による測定値であり,TMA法の7.0LGE /mlに相当する。以下,単位表記は略する。)以上が高ウイルス量,②4.0ないし7.0未満が中ウイルス量,③4.0未満が低ウイルス量(一般に,肝炎が非活動性であり,感染性も弱い。以下「低値」ということもある。)であり,B型肝炎の治療目標は,HBV-DNA量を低値で安定させることであるとされている。(〈証拠略〉)
なお,従前,HBVの増殖状態を反映するものとして,DNAポリメラーゼ(HBVの複製酵素としてウイルス内に存在する酵素の一種)が用いられ,基準値は30cpm(以下,単位表記は略する。)未満とされていた。(〈証拠略〉)
オ B型慢性肝炎とは,HBVの持続感染者(HBVキャリア)に起こる病態の一つであり,臨床的には,6か月以上の肝機能検査値の異常とHBV感染が持続している病態として定義され,HBs抗原陽性(通常HBc抗体高抗体価陽性)で,HBVの増殖を伴うALT値の異常が6か月以上持続すれば,B型慢性肝炎と診断される。(〈証拠略〉)
ALT値について,日本肝臓学会(肝炎診療ガイドライン作成委員会編)「B型肝炎治療ガイドライン(第2.2版)」(〈証拠略〉。以下「本件ガイドライン」という。)では,ALT正常値は30U/l(以下,単位表記は略する。)以下とされ,31以上は異常とされている(4頁)。もっとも,「ALTの正常値についての明らかなコンセンサスは存在せず,国内・海外の臨床研究のほとんどがその施設における基準値を正常値と定義している」(12頁)。例えば,原告X2に係る検査施設では,「基準値」(又は「参考値」)について,①平成8年8月まで35以下又は「0~35」とされ,②同年9月以降,男性「10 ~39」,女性「8~26」とされ,③平成17年以降,男性「8~42」,女性「6~27」とされ(もっとも,平成22年には「5~30」とする検査施設もあった。),④平成23年9月以降,「6~30」とされている(後記⑸(別紙5(原告X2時系列表)〈略〉)参照)。
カ 慢性肝炎の症状の重さ等については,A教授作成に係る平成29年1月18日付け意見書(〈証拠略〉。以下「A意見書」という。なお,A教授は本件ガイドライン作成委員である。)において次のとおり記載されている。
ア 慢性肝炎は肝臓に持続的に炎症が起きている状態であるから,新しい線維が次々と発生する。最終的には線維により肝細胞の構造が変化し,肝硬変となる。肝硬変の状態に至ると増生した線維により肝細胞と周囲の脈管(血管及び胆管等)との間,肝細胞同士の間での物質交換ができず,肝再生も悪くなり,その結果肝機能が次第に低下していく。(6頁)
イ B型慢性肝炎は炎症が持続する疾患であり,慢性肝炎の病態の重さ(肝硬変にどの程度近いか)は,ウイルス要因(ウイルスの量,活動性の強さ),宿主要因(主に免疫応答の強さ)及び環境因子に影響を受ける。特に,①炎症の程度・重さと,②炎症を起こしていた期間の2点が重要である。上記①(炎症の程度・重さ)は,肝組織所見で確認されるが,肝生検は頻回に実施できないため,ALT値で評価する(前記⑴ア参照)。なお,HBs抗原及びHBe抗原(ウイルスの産生する蛋白)並びにHBV-DNAは,ウイルス量を反映するものの,炎症の程度を直接反映するものではなく,感染者の病態を直接反映するものではない。(6及び7頁)
ウ 炎症の持続期間が長い場合,大きな炎症(正常上限の10倍,即ち300IU/L以上が一つの目安である。)を伴う場合は,肝臓の線維化が進み,肝硬変に至りやすい。(6頁)
⑵ HBV持続感染者の自然経過
ア HBV持続感染者は,肝機能が正常である「無症候性キャリア」及び「非活動性キャリア」(肝炎の時期を経た後にALT値が正常化したもの)と,肝機能異常(肝障害)を有する「症候性キャリア」に大別される。(〈証拠略〉)
イ 本件ガイドラインでは,「持続感染者の病態は,宿主の免疫応答とHBV-DNAの増殖の状態により,主に4期に分類される」として,次のとおり記載され,別紙2(HBV持続感染者の自然経過)〈略〉のとおり図示されている。
ア 免疫寛容期(immune tolerance phase)乳幼児期はHBVに対する宿主の免疫応答が未発達のため,HBVに感染すると持続感染に至る。その後も免疫寛容の状態(HBe抗原陽性かつHBV-DNA増殖が活発)であるが,ALT値は正常で肝炎の活動性がほとんどない状態が続く(無症候性キャリア)。感染力は強い。多くの例では乳幼児期における感染後,免疫寛容期が長期間持続するが,その期間は数年から20年以上まで様々である。(1頁)
⑴免疫応答期(immune clearance phase)
成人に達するとHBVに対する免疫応答が活発となり,免疫応答期に入って活動性肝炎となる。HBe抗原の消失・HBe抗体の出現(HBe抗原セロコンバージョン。以下「SC」ということもある。)に伴ってHBV-DNAの増殖が抑制されると肝炎は鎮静化する。しかし,肝炎が持続してHBe抗原陽性の状態が長期間続くと肝病変が進展する(HBe抗原陽性慢性肝炎)。(1及び2頁)
なお,SCについては,A意見書において,HBe抗原陽性・HBe抗体陰性の状態から,HBe抗原陰性・HBe抗体陽性の状態に変化することを意味し,HBVの一部の遺伝子変異を反映する現象であるとされている(4,5,11及び14頁)。
ウ 低増殖期(low replicative phase又はinactive phase)HBV持続感染者のうち約9割は若年期にHBe抗原からHBe抗体へのセロコンバージョンを起こす。そして,SCが起こると,多くの場合(約8割の症例において)肝炎は鎮静化し,HBV-DNA量は4.0以下の低値となる(非活動性キャリア)。しかし,低増殖期に入った症例(当初HBe抗原陰性の非活動性キャリアと診断された症例)のうち,10ないし20%の症例では,SC後,長期経過中にHBe抗原陰性の状態でHBVが再増殖し,肝炎が再燃する(HBe抗原陰性慢性肝炎)。また,4ないし20%の症例では,HBe抗体消失及びHBe抗原の再出現(リバースセロコンバージョン(以下「リバースSC」ということもある。)を認める。(1,2及び55頁)
HBe抗原陰性肝炎は,「間欠的にALTとHBV DNAの上昇を繰り返すことが多く,自然に寛解する可能性は低い」。(55頁)そして,「HBe抗原陽性例と比較し高齢で線維化進展例が多いため,より進んだ病期と認識すべきである(レベル4,グレードB)。」(56頁)なお,エビデンスレベル4は「処置前後の比較などの前後比較,対照群を伴わない研究」を,推奨グレードBは「行うよう勧められる」をそれぞれ意味する。(目次末尾)
エ 寛解期(remission phase)
SCを経て,一部の症例ではHBs抗原が消失し,HBs抗体が出現する。寛解期では,血液検査所見,肝組織所見ともに改善する。HBV持続感染者での自然経過におけるHBs抗原消失率は年率約1%と考えられている。(2頁)オ上記アないしエのとおり,HBV持続感染者はその自然経過においてHBe抗原陽性の「無症候性キャリア」から,HBe抗原陽性又は陰性の慢性肝炎を経て,肝硬変へと進展し得る。肝硬変まで病期が進行すれば年率5ないし8%で肝細胞がんが発生する。一方,自然経過でSCが起こった後にHBV-DNA量が減少し,ALT値が持続的に正常化したHBe抗原陰性の「非活動性キャリア」では,病期の進行や発癌のリスクは低く,長期予後は良好である。(3頁)
ウ HBe抗原陽性慢性肝炎(上記イイ)及びHBe抗原陰性慢性肝炎(同ウ)については,日本肝臓学会「慢性肝炎・肝硬変の診療ガイド2016」(〈証拠略〉。以下「本件診療ガイド」という。)において,次のとおり記載されている(10頁)。
ア HBe抗原陽性慢性肝炎では,HBV排除に働く宿主の免疫反応が起こり,肝炎が惹起される。HBe抗原陽性慢性肝炎が長期に続くと肝硬変へ進行するが,多くの患者ではHBe抗体へSCし,非活動性キャリアとなる。
(長文のため、ここでは本文の冒頭のみを掲載しています。全文はこのページの表示後に読み込まれます。原本は原本PDFをご覧ください。)
出典:裁判所ウェブサイト「裁判例検索」(https://www.courts.go.jp/hanrei/87366/detail4/index.html)。本文は同サイト掲載の判決書PDFからTaiLexi AIがテキスト化・整形したもの(正確な文言は原本PDFを参照)。判示事項・裁判要旨・参照法条は裁判所の公表どおり。
出典:「訟務重要判例集データベース」(法務省)(https://shoumudatabasep.moj.go.jp/hanreiSearch/HanreiSearch)を加工して作成(加工:TaiLexi AI)。訟務月報66巻11号1701頁。